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第一話 季節はずれの転校生

 雨がしとしと降る六月。折口しのぶ子はぼけーと窓の外を見ていた。朝のホームルームほど退屈なものはない。だが、この日は違った。それが何を意味するのかまだしのぶ子本人にもまたその当の本人にもわからなかったが。ガラッとドアが開いて担任が入ってきた。

「かったるーい」

「何か言ったか、しのぶ子」

 明らかに子を強調して担任、子松一彦は言った。子松は甘いマスクを利用して普段は二枚目教師をしているが実際は違う。それは文芸部の部員だけが知っている秘密だ。

「言ってませーん」

 間の抜けた声で答えて前を見ると担任のそばに少女がいた。


 転校生・・・か。


 しのぶ子はぼけーっとその少女を見ていた。カッカッカッ・・・と小気味よいチョークの音が聞こえる。


 白鳥ゆいる。


 白鳥、と名前を見ただけでしのぶ子は噴出しそうになった。リハウスしてきたとか言うのでは・・・。期待とおかしさがいりまじる。すでにクラスの中には笑いをこらえきれずに噴出しているものもいる。当の本人は顔を真っ赤にしている。


「白鳥。挨拶ぐらいしろ」

 子松が促してゆいるは一歩前に出た。

「父の転勤で引っ越してきました。白鳥ゆいるです。よろしくおねがいします」

 ぺこり、とゆいるは頭を下げる。と同時にポニーテールの頭がさっとゆれた。ゆいるは困っていた。父の転勤は初めてではない。何度もしてきた。そのたびに名前を言うたびに期待される言葉がある。「リハウス」である。社宅に住むのだからリハウスでもなんでもない。ただ有名CMがみなの頭に刷り込まれている以上この期待は消えないのだ。何度転校しても嫌なものだ。

 まぁ、またおとなしい目立たない子とでも認識されただろう。次の転勤までおとなしくていればいい。学校なんてそんなものだ。ゆいるは半ばさめた目で学校を見ていた。子松は何か考え込んでいるようだった。手をあごにつけてうーんと考えている。

 ゆいるはそれをじっと見つめる。

「席は・・・そうだな。しのぶ子。君の隣がいいようだね。親切にしてあげなさい。白鳥君もいろいろ教わるといい」

 この教わるという意味合いがどんな意味合いを持ってしまうのか今はしのぶ子もゆいるも子松も考えもしなかった。

 しのぶ子は別の意味で顔をしかめた。子松は必ず「子」を強調して名前を呼ぶ。折口しのぶで止めてくれていたらいいのに何を思ったのか両親は最後に子とつけてくれた。おかげで面白おかしい名前になってしまった。それを楽しんで子松は喜んでしのぶ子と呼ぶようになっていた。一年生のときからの子松としのぶ子の戦いの一端である。自分の中に沈んでいたししのぶ子はあの、という声で我に返った。ゆいるが隣の席にすでにいた。

「教科書、そろっていないんです。一緒に見せてください」

 しのぶ子はにかっと笑って見せた。先ほどのしかめ面は子松のせいなのだから。ゆいるを不安に陥れる必要はない。ゆいるもその笑顔を見てほっとした様子だった。

「今日、うちの部室に来ない? 子松の本性がわかるわよ」

「本性?」

 ゆいるが口を開いたとき子松のチョークがとんできた。

「しのぶ子! うるさいぞ!」

「すみませんーん」

 まったく反省の気持ちもない返事を返しておきながらアメリカナイズされたしぐさでゆいるにしのぶ子は肩をすくめてみせた。そしてしのぶ子は目で合図してきた。ゆいるもうなずく。あとは文芸部でということだ。ゆいるは古文の教科書に視線を落とした。


 六限目を終えて最後のかったるいホームルームも終わるとしのぶ子はゆいるの腕をとった。

「いざ。わが文芸部へ!」

「ってまだ入部したというわけではないのですが・・・」

「その敬語やめよ。どうせ同じ年何だしさー。こう明るく明るく」

「明るく、ね」

 ゆいるも納得してにこりと笑う。

「ゆいる。その笑顔可愛すぎ~~~」

 しのぶ子は抱きついたかと思うと腕をとって廊下の奥へと進んでいった。

「こういうのもおかしいかもしれないけれどなんだか不思議なところにあるのね」

 部室は高校の奥の奥の奥まったところにひっそりとあった。ゆいるはなんだか怖いなぁと思いながらしのぶ子に告げる。

「まぁね。そのほうが都合いいのよ」

「都合?」

「まぁまぁ。それは入ってからのお楽しみ。どうぞどうぞ我が部へ」

 しのぶ子に背中を押されてゆいるはしかたなく古びた扉をあけた。ぎぃっという不気味な音を立てて扉が開く。

 ゆいるの目に入ってきたのは本、本、本、の山だった。どこもかしこも本棚で占められている。

「すごい」

 ゆいるは感嘆のため息を漏らす。

「でしょ? でもうちはこんなのは当たり前なの。好きな本を選んでみて」

「好きな?って」

「何でもいいの。本を選んで」

 しのぶ子はにっこり笑って言う。どうやらこれが入部の儀式、あるいは試験のようなものなのかもしれない。ゆいるは本棚にひとさし指を添えて本の題名を流し読みしていった。一冊題名すら薄れて見えない本があった。そっと手に取る。それは古びた布表紙のぶあつい本だった。開いてみると真っ白だった。

「?」

 ゆいるは首をかしげた。

「そ、それを選んだの?」

 しのぶ子は動揺していた。ゆいるはなんだかわけがわからない。

「え? 何か悪かった?」

 ゆいるは平然としてたずねた。それもそのはずである。それが何なのかもわからないのだから。部屋の中の部員の視線がすべてゆいるに集まっていた。数秒、無言の合間があく。

 と、真っ白なページに文字の光が走った。文字が発光する。

「ま、まぶしい」

 ゆいるは目を閉じた。それでも光はまぶたをとおりこしてやってきた。何か奇妙な感覚がゆいるを襲った。

 何かが入ってくる感じ。


 何? 何が入ってきたの?


“ようやくボクを選んでくれたね”


「誰? 誰が話しているの?」

 発光現象が終わって静かになった部室には緊張感があふれていた。そしてその面々を見ても誰も話していない。しのぶ子は呆然としている。


“ボクが話しているんだよ”


 直接言葉がゆいるの中に響いてきた。


“ボクは君の中にいる神様みたいなもの。依童をするんだよ。御先使いは・・・そうだな。君の飼っている猫のタマにしよう。タマ”

「タマ」

 ゆいるの口が勝手に動いた。ゆいるは抗おうとするが無理だった。

“抗わないで。ボクは君の味方だよ”

「そういうのが一番信じれないのよっ」

 ムカッと来てゆいるは声を上げた。友達のふり。そんなものいらなかった。転校して何度も味わった悲しさ。それを瞬間的に思い出す。

“落ち着いて。タマが来るよ”

「タマが来るの?」

“ゆいるちゃん”

「え?」

 目の前には家で飼っているネコのタマがいた。

「御先使いだわ!」

 しのぶ子が最初のショックから立ち直って興奮して言う。

「御先使い? 何?」

”ゆいるちゃん。ボクを御先使いにしてくれたんだね。これからはボクにまかしてよ“

「た、タマが話している・・・」

 貧血でもおきそうになりながらゆいるはパニックになった頭を抱えて立っていた。タマの体は宙に浮き、ゆいるの頭の中に言葉が入ってくる。

 そこへいつのまにいるのやら子松はゆいるの両肩をがしっとつかんだ。

「白鳥ゆいる君。君を栄誉ある我が文芸部の部員として認めよう。これからは切磋琢磨して神様ご光臨大会で頂点を極めるのだ!」


 はぁ? 神様後光臨大会?


 失礼ながらもぞんざいな言葉を言いそうになってゆいなは口を硬く結んだ。パニックしているゆいなに向ってしのぶ子が子松をどけてゆいるの両手を取った。

「私たちは表向きは普通の文芸部。だけどその裏では本の神様を下ろして御先使いを使う練習をするの。それに神様の力をよりよく使えるようにするためにもね」

「か、神様? 御先使い?」

 なんの言葉かゆいるには理解できない。

「御先使いっていうのはほら、稲荷神社の神様のお使いがきつねでしょう?あんな感じに神様と一体化したゆいるには御先使いが使えるのよ。それがあなたのタマなの」

 しのぶ子が丁寧に説明する。

「そしてあなたの選んだ本は誰も開くことができなかった「禁断の外典」。誰にも読むことができなかった本。そんな本に選ばれるだなんてすごい。やっぱり心の友ね」

「心の友っていつから・・・」

「今からよ。私たちは強い絆で結ばれるの。ああ。禁断の外典を使うなんて。すばらしいわ」

 陶酔するしのぶ子になんだかむっとしているとしのぶ子がにこっと笑って謝る。この元気な笑顔には負けてしまう。まげていた気分もどこかへ飛んでいってしまった。

「ごめんごめん。一人で陶酔しちゃって。だってゆいるはどこから見ても都会から来た普通の転校生なんだもの」


 そのとおりなんだけど・・・。


 ゆいるが思っているとしのぶ子から子松がゆいるを奪った。

「しのぶ子! いつまでゆいる君を占領しているんだ!」

「そういうわけだから。部活の戦力になってもらう。辞退したくとも君は神と契約を結んだのだ。もうこれは運命だ! 目指すんだ。世界一を!」

「はぁ・・・」

 ゆいるはそういうしかなかった。この勢いはとめられそうにもない。

「これから部員を紹介する。しのぶ子はもう知っているな?」

 あくまでも子を強調して子松は言う。嫌がっているのを知っていてわざとする。いやもいやも好きのうち。この二人には何かあるのかもしれない。そんな秘密めいたものをみつけてゆいるは一人満悦する。

「同じ二年には柳田丈がいる。柳、自己紹介をしろ」

 柳と呼ばれた少年はぼうっとしていたが立ち上がり頭を下げる。

「柳田丈です。よろしく。僕はシェークスピア系の本を読みます」

 そう言ってまた椅子に座る。どこかぼんやりとした感じでぱっとしない。顔はいいほうなのだが。

「あのとおり、朴念仁だ。で次に田中」

 小指を立ててすこし髪の毛の襟足を伸ばした少年が立ち上がる。

「よろしくねぇ。ゆいるちゃん。あたしは三輪明宏様のファンよ」

 うふっと最後に付け足されてゆいるは面食らってしまう。それをみて子松のフォローというのかどうだかわからない言葉が入る。

「見てのとおり少しおねぇが入っている。今日は御先使いで丈に巻きつくなよ」

 子松が釘を刺すと田中はふんとそっぽを向いた。

「それから関口」

「はい。あのう。関口です。がま蛙を使います。僕は星になった王子様一筋です」

 気弱そうに少年が言う。

「相変わらず気弱ね。あたしは松島貴子。三年よ。御先使いはマングース。ほとんど本は読まないけれど雑誌系には強いわ。あとブランドが大好き。ブランド品もらったら頂戴ね」

 大人びた少女がきりきりと話す。ゆいるはただはぁと言ってうなずくしかなかった。

「とにかく君はもう部員の一人だ。がんばれ。明日へ向って!」

 一昔前のアニメのような熱血ぶりにゆいるはぷっと噴出す。

「あ、笑った」

 しのぶ子がうれしそうに言うとゆいるのほほをむにゅうとひぱった。

「にゃにひにゃるの?」

「笑いやすいように頬のお肌をリハビリしてあげてるの」

 しのぶ子がうれしそうに言う。しのぶ子とはいい友達になれそうだ。そんな気がして、ゆいるはしのぶ子とじゃれあった。





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