表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

取り巻き転生

【連載版はじめました】悪役令嬢の取り巻きに転生したけど、推しの断罪イベントなんて絶対に許さない!【短編】

作者: shiryu

【連載版のお知らせ】

大変ご好評につき、連載化して続きを書いております!

下記にリンクを貼っておりますので、そこから飛んでお読みください!

上記の「取り巻き転生」というシリーズ設定からも飛べます!


連載は短編の内容が6話まで、その後から続きです!

よろしくお願いします!



 

 私が取り巻き令嬢に転生してしまった。


 ここは乙女ゲーム「ロゼ・アカデミア」の舞台であり、私は「悪役令嬢」と呼ばれるアルティア・ブライトウッドの取り巻き――という、なんとも微妙な立ち位置にいる。


 前世ではゲームの中でさんざん聞いた「アルティア様のおっしゃる通りですわ!」を繰り返す役回りを、まさか自分がやることになるとは思わなかった。


 でも私は、アルティア様をただの悪役扱いで終わらせるつもりはない。


 もともとゲームをやっていた頃から、アルティア様のファンだったから。

 あの銀髪に宿る凛とした美しさをずっと見てきたファンとして、彼女には幸せを掴んでほしい……それが私の本音だった。


 今朝も学園へ登校し、正門前へと向かう。


 すると、馬車から降りるアルティア様の姿が目に入った。

 相変わらず、周囲の視線を一瞬で奪うほどの存在感を放っている。


「おはようございます、アルティア様!」


 思わず声を張り上げると、彼女はちらりとこちらを見て、わずかに口角を上げた。


「おはよう、セレナ。今日も早いのね」

「はい。アルティア様にご挨拶したくて、ちょっとだけ早起きしました!」


 自分でも少し舞い上がり気味だとわかっているが、この情熱を抑えるのは難しい。


 私の大切な推しキャラに話しかけられる幸せ……!

 すると、傍にいた他二人の取り巻き令嬢も、どこか呆れたように私を見やる。


 彼女たちは取り巻き仲間ではあるけれど、アルティア様を深く慕っているわけではないらしい。


「セレナったら、いつもはしゃいでばかりね」

「ほんと。アルティア様にご迷惑をかけないよう、加減してちょうだい」


 そんな言葉をかけられても、私はまったく気にしない。


 むしろアルティア様の手を煩わせるようなことは絶対にしないと誓っているからこそ、全力で応援しているのだ。


「気にせずいらして。私も別に迷惑だなんて思っていないわ」


 アルティア様が扇子を開きながら、優美に言葉を続ける。

 その何気ない一言を耳にするだけで、私の胸はじんわりと温かくなった。


 やがてホームルームが終わり、魔法実技の授業になる。


 広い実技教室では、それぞれ属性の異なる生徒たちが魔法の訓練をするのだが、アルティア様の水属性は際立って優秀だ。


 私は火属性を持ちながらも、たいして炎の扱いが上手ではない。


「セレナ、今日はどんな練習をするの?」


 アルティア様が私に声をかける。


「あ、えっと、初歩的な火魔法を安定して出せるようになる練習です。威力は低めですけど、まずは安定した制御を目指そうかと……」

「悪いことではないわ。大きな炎ばかり追い求めても、実戦で扱いにくいだけよ」

「そうですよね!」


 満面の笑みを浮かべて返事をする。


 はぁ、今日もアルティア様は素敵ね。


 そう思っていると、いきなり思わぬ事故が起きた。

 別のクラスメイトが火魔法の練習をしていたところ、制御に失敗して炎が暴走し始めたのだ。


「きゃあっ!」

「誰か、水属性で消せる人はいないのかしら!?」


 周囲がざわめき、悲鳴と混乱が広がる中、アルティア様は即座に行動を起こした。


「あなたたち、下がっていて」


 扇子を軽く閉じて言い放つと、すぐさま水の魔法陣を展開。

 豊かな水流が渦を巻きながら炎を包み込み、呆気ないほど簡単に鎮火してしまった。


 あまりの手際の良さに、近くにいた生徒たちは息をのむ。


 私もその一人だ。


「アルティア様……ありがとうございます!」


 火を暴走させた女生徒が青い顔で頭を下げる。


「ええ、今後はもう少し気をつけることね。私も毎回消火してあげられるとは限らないのだから」


 アルティア様はそう言い放ち、軽く扇子を振った。

 冷たい口調に聞こえるが、実際は大惨事を防いだ後の注意喚起だろう。


 しかし、周囲には「すごいけどやっぱり怖いわ……」「助けてもらったけど、怒らせたら大変そう」などと囁く声が交錯している。


 私は彼女のそばに駆け寄る。


「アルティア様、大丈夫ですか? 魔力をかなり使われたんじゃ……」

「これくらい、朝飯前よ。セレナこそ、巻き込まれなかった?」

「はい、私も少し離れて見ていたので無事です。それにしても、さすがアルティア様ですね!」


 私が心から感嘆すると、アルティア様はわずかに目を伏せ、扇子の向こうで小さく笑う。


「大げさだと思うけれど。……まあ、火傷でもしたら大変だから、気をつけなさい」


 彼女のツンとした態度と、優しさの同居に胸が熱くなる。


 伯爵家と侯爵家の取り巻き二人は、やや怯えながら「アルティア様には敵わないわ……」とため息をついているが、私からすれば、その強さも含めて最高なのだ。


 授業が終わり、実技教室から廊下へ出たところで、アルティア様に話しかける。


「ところでアルティア様、先ほどの消火のとき、相手の火魔法がけっこう拡散しかけていましたよね? あれに素早く水を当てるのは、かなり高度なのでは……」

「そうでもないわ。炎の根元を把握して、水の勢いと温度を調整すればいいだけ」

「なるほど。私は炎の根元を探るのもいっぱいいっぱいなんですが……」

「あなたは火属性でしょ。むしろ炎の形を把握しやすいはず。慣れれば、すぐに対処できるようになるわ」


 まっすぐ私を見つめてそう言われると、なんだかやる気が湧いてくる。


「そういえば、セレナは火属性をどこで学んだの? ご家族?」

「はい、そうですが家族はみんな平均的な火力でして……私も同じようなものなんです。だから訓練して少しでもうまくなりたいと思ってます」


 私の家系は子爵家、そこまで位が高い貴族じゃない。

 だから侮られることが多いけど……。


「学園の設備をうまく使えば、ある程度は上達するわ。先生に頼めば、余分に教室を使わせてもらえるかもしれない」


 アルティア様は身分で差別をしない。

 私に合ったアドバイスをしっかりしてくださる。


「ほんとですか!? わあ、頑張ります!」


 するとアルティア様は、小さく頷きながら扇子を握り直した。


「……その頑張る姿勢は嫌いじゃないわ。たまには私の練習にも付き合ってちょうだい。何しろ、わたくしも模擬戦の相手がいなくて退屈していることが多いのよ」

「え、私でよろしいんですか?」

「もちろん。誰も挑んでこないから、実践の機会が少なくてつまらないの。あなたならまあ、程よい相手になりそうだし」


 アルティア様は公爵令嬢だから、気軽に模擬戦などに誘われるような人ではない。

 私も誘ったことはないけど、彼女も身分を少し気にしていたのかもしれない。


 そんなアルティア様から模擬戦に誘われるなんて、とても嬉しい。


「はい、ありがとうございます! ぜひお手合わせ願います!」

「そこまで気合を入れなくてもいいけど……よろしくお願いするわ」


 そう言って笑みを浮かべたアルティア様は、とても可愛くて美しかった。


 授業が終わるチャイムが鳴り響き、私は小さく伸びをした。


 魔法実技が終わったばかりで多少体力を使ったけれど、アルティア様の華麗な魔法を近くで見られたので満足感のほうが大きいわね。


 そんなことを考えながらアルティア様のもとへ向かおうとすると、伯爵家と侯爵家の取り巻き令嬢が少しざわついた声を上げた。


「アルティア様、あの、肩に……」

「えっ?」


 そちらを見ると、アルティア様の左肩あたりに小さなテントウムシが止まっている。

 可愛らしい虫ではあるけれど、アルティア様は青い顔をして固まっていた。


(そういえばアルティア様、虫が苦手ってゲーム設定本に書いてあったっけ!)


 ゲーム内のサブ情報で“虫嫌い”と明記されていたのだ。

 銀髪で高貴な佇まいの彼女が唯一弱いもの……それが虫だった。


 急いでアルティア様の肩に手を伸ばし、そっとテントウムシをつまんで取り除く。


 虫としては無害な子だけれど、アルティア様から見れば恐怖の対象だろう。


「……か、感謝するわ、セレナ」


 聞こえてきた声は、いつものツンとした響きとは違い、ほんのり震えていた。

 扇子で口元を隠す彼女の瞳は、どこか潤んでいるように見える。


「い、いえ! 大丈夫ですか? びっくりされましたよね」

「ちょっと驚いただけで、平気よ、ええ……」

「私でよければ何度でも虫をとりますよ!」


 潤んだ瞳でお礼を言ってくるアルティア様が可愛い……!


 凛とした雰囲気のアルティア様だが、こういうところがあるのはズルいと思う。



 そんなちょっとしたハプニングの後、しばらくして放課の時間になった。


 私とアルティア様は、学園の廊下を並んで歩く。

 そして、校舎を出て少し歩いた先にある中庭へ向かう。


 ここは花壇が美しく整備されていて、貴族の子女たちが談笑に利用している。


 すると見覚えのある背丈の青年が、噴水のそばに立っていた。

 黒を基調とした制服を着こなし、美しい金色の髪に端整な顔立ち。


 彼こそ、アルティア様の婚約者であり、次期国王候補――レオナード殿下だ。


「レオナード殿下……」


 アルティア様は、ほんの少し眉を下げながら、その名を呼ぶ。

 近づこうとした瞬間――。


「レオナード様ぁ!」


 甲高い声が響き、私たちより先に殿下へ向かう人影があった。

 薄桃色の髪をゆるく巻き、ふわりとしたローブを身にまとった少女。


 ミランダ・フェリシティ。


 この学園では珍しい平民出身の特待生で、しかも乙女ゲーム「ロゼ・アカデミア」の主人公ポジションだ。


 正規ルートだと、最後は王子と結ばれる運命……つまり、アルティア様にとっては危険なライバルでもある。


「ミランダ様……」


 アルティア様が戸惑ったように声を落とす。

 向こうでは、ミランダが王子にしなだれかかるように体を寄せ、楽しそうに笑いかけている。


(公爵令嬢であるアルティア様が婚約者のはずなのに……)


 私は思わず唇を噛みそうになる。


 王子は猫撫で声で話しかけてくるミランダに、優しげな笑みを向けていた。

 その光景を見て、アルティア様ははっきりと唇を噛む。


 いくら平民出身で慣習を知らないといっても、婚約者がいる相手にここまで密着するのは明らかにおかしい。


 意を決したように、アルティア様が足を進める。


「ミランダ様、婚約者がいる方にそこまで身を寄せて話すなど、はしたないですよ」


 その声は低く、静かな怒りを帯びていた。

 実際、私が見てもやりすぎに思うレベルだ。


 にもかかわらず、ミランダはハッとした顔をして、王子の背中のほうへ隠れるように身を引っ込める。


「ご、ごめんなさい……私、そんなつもりじゃなくて……」


 弱々しい声と涙目がなんとも上手い。

 心底謝っているようにも見えるが、視線がこちらをちらりと伺う様子は、どうにもわざとらしい。


「だから、それを言っているのですよ。自分の立場をわきまえない行動は周囲に誤解を与えます」


 アルティア様は重ねて注意するが、それをさえぎるように王子が口を開く。


「アルティア、このくらいいいじゃないか。ミランダは平民出身だから、貴族の社会ルールをまだ理解しきれていない。怒ることじゃないだろう?」


 その言い分に、私は思わず目を見張る。

 確かに平民から特待生で入学したミランダにとっては、貴族の常識は難しいかもしれないけど、もう少し学んでいてもいいはずだ。


 アルティア様は深く息をつく。


「レオナード殿下は彼女に甘すぎます。いくら平民だからとはいえ、学園で指導される機会はいくらでもあります。第一、入学してもう数カ月になりますのに、まだご存じないなんて……」

「それでも、小さい頃から学んできた君と比べたら、できないのは当たり前だろう? それにあまり堅苦しく注意すると面倒だよ、アルティア」


 王子の言葉はどこか柔らかい口調だが、内容は完全にミランダをかばっている。


「面倒……? わたくしは常識を教えようとしているだけなのですが」

「わかってるさ。でもさ、あんまり強く言うと彼女が怯えちゃうだろう?」


 そう言って王子は苦笑交じりにミランダをちらりと見る。


 するとミランダは大袈裟なくらいに目を潤ませて、王子の袖を掴む。

 アルティア様は悔しそうに唇を噛んだままだ。


 言い返したいのに、相手が王子であるがゆえにうまく言葉を継げないようにも見える。


 私もどうにか加勢したいと思うのに、貴族社会での立場上、王子に意見するのははばかられる。


 そして、ちらりと横目でこちらを見たミランダが、一瞬だけ勝ち誇ったように口元を歪ませた気がした。


 やはりこれは確信犯なのだろうか。

 平民出身とはいえ、特待生として入学できるほど学力も魔力もある人物……立ち回りもうまい。


 そのまま、王子は「ミランダが困ってるから、また後で」とアルティア様に声をかけ、さっさと中庭の奥へと移動してしまう。


 置き去りにされたアルティア様は、追いかけることもせず、その場に立ち尽くしていた。


「アルティア様……」


 私は何か声をかけたくて、そっと彼女の顔を伺う。


 彼女の悔しさと悲しさが入り混じった空気が、ひしひしと伝わってきて、胸が苦しくなった。


 アルティア様と王子レオナードの婚約は、ゲームの原作でも確かに存在する設定だ。


 でも正規ルートだと、最終的にはミランダに奪われるという形でアルティア様が破滅へ向かう。


 今、目の前でその過程が進行しているようにしか見えない。


 私はぎゅっと唇を噛む。


 なんとかしてアルティア様をお助けしたいのに、私にできることは少ない。取り巻き令嬢という立場で、王子やミランダに口を挟むのはリスクが大きすぎる。


 でも……それでも放っておけない。


「アルティア様……大丈夫ですよ。殿下は少し甘やかしているだけです。ミランダ様も、本当に困っているだけかもしれません」


 そう声をかけながら、自分でも無理に明るい言葉を捻り出しているのを感じる。

 アルティア様は小さく息をつき、扇子をぎゅっと握りしめた。


「……そう、かもしれないわね。わたくしが神経質になりすぎているだけなのかも」

「そんなことないです。アルティア様は正しいと思います!」

「ええ、私も自分が正しいと思うわ」


 私が言い切ると、アルティア様は小さく頷いてくれる。

 口惜しそうな彼女の横顔に胸が痛む。


 ゲームどおり、このまま悪役扱いされてしまうのだろうか。



 それから数日後、私はアルティア様と一緒に学園の廊下を歩いていた。


 いつものように彼女の隣を歩けるだけで嬉しいのだけど、今日はなぜか胸がざわついている。


 理由は、最近広がり始めた“とある噂”だ。


 先日、アルティア様の婚約者である王子レオナード殿下と、平民出身の特待生ミランダ・フェリシティとのやり取りを見てから、なんだか周囲の空気が怪しい。


 嫌な予感がする……と思っていたら、案の定というべきか。


 廊下の先の曲がり角の先で「アルティア様がミランダに嫌がらせをしているらしい」と言う声が聞こえた。


「平民のミランダ嬢が髪飾りを壊されたみたいだ」

「俺はドレスを汚されたとも聞いたぞ」


 曲がり角の奥から楽しそうに話す生徒たちの声が聞こえて、まさにアルティア様がミランダに嫌がらせをしたという話題が持ちきりのようだ。


 私とアルティア様が角を曲がって姿を現すと、生徒たちはハッと息を呑み、気まずそうに視線をそらしてすれ違う。


(やっぱり、みんな信じちゃってるんだ……)


 そう思うと、私の胸がぎゅっと締め付けられる。

 アルティア様も、あからさまに視線を避けられていることに気づいたようだが、表情は変えない。


「アルティア様、今の噂を否定しないと……! みんなが変な誤解をしています」


 私は心配になって思わず声をかける。

 だけどアルティア様は、少し肩をすくめただけだった。


「あんな根拠のない噂、いちいち弁明するのも面倒だわ。わたくしは公爵令嬢よ。下手に反応したら品格が下がるだけでしょう?」


 そう言い切るアルティア様は強気だ。


 気高くて、ちょっとやそっとの風評には揺らがない。

 そこがカッコいいと思うけれど……このままだとますます周囲に悪いイメージが固定されてしまう気がする。


 私の脳裏には、ゲームのストーリーがよぎる。

 あの“悪役令嬢断罪イベント”が着々と近づいている――そんな気がしてならない。


「でもアルティア様、このままじゃまずいですよ……」

「仕方がないわ。どの道、わたくしがミランダ様に悪さなどするはずがないのだから、そのうち周りも気づくでしょう。いちいち相手をしていたら、噂ごときに左右される者になってしまうわ」


 アルティア様がそう言うのを聞いて、私は何も言えなくなった。

 彼女なりのプライドと判断があるのだろう。


 でも、噂の広まりはゲームの中でも散々見た展開。


 放っておけば、ヒロインであるミランダの正当性ばかりが強調され、アルティア様がどんどん悪役にされてしまう……!


 そして放課後。アルティア様とは別れて、私は一人で廊下を歩いていた。


「どうすれば、あの噂を止められるんだろう……」


 そう考えていると、すっと背後から声がかかる。


「お困りのようだね、セレナ嬢」

「あっ、ラファエル様」


 振り返ると、青みがかった髪をさらりとなびかせるラファエル・アスター様が立っていた。


 彼は公爵家の嫡男で、アルティア様と同じくらい高い地位にある。


 私がアルティア様の取り巻きをしている関係で、何度か顔を合わせる機会があったけれど、いつもフレンドリーに接してくれるありがたい存在だ。


「どうやらアルティア嬢に関する悪い噂が広まっているようだね。ドレスを破ったとか、髪飾りを壊したとか」

「そのようです。ラファエル様は信じてらっしゃいませんよね……?」


 私は思わず、睨むように顔を上げてしまった。

 アルティア様を悪く言われるのが我慢ならない、という気持ちが表に出てしまう。


「もちろん、そんなわけないよ。彼女が人の持ち物を壊すなんて、想像もつかないし。だから、睨まないでくれないかい? 僕は仲間なのに」

「す、すみません。アルティア様のことになると、どうしてもカッとなってしまって……」


 するとラファエル様は、くすっと笑みをこぼす。


「昔からそうだったね、セレナ嬢は。アルティア嬢に対して情熱的というか、心配性というか……でもそこが面白いところだよ」

「お、面白い……ですか?」

「うん。情が深いってことさ」


 彼がさらりと言うものだから、私は少し照れてしまう。


 そんな私を見て、ラファエル様はやや真面目な表情へと切り替えた。


「アルティア嬢の性格上、自分から否定することはしないだろうね。わざわざ反応すると品格が疑われる、って思ってるんだろう」

「そうなんです。そこがアルティア様らしいのですが……私はアルティア様が傷つく姿は絶対に見たくありません」

「じゃあ、どうするの?」


 ラファエル様は先を促すように首を傾げる。

 私は一呼吸おいてから、力強く答える。


「もちろん、アルティア様の無実を証明します! 彼女がやってないことを証明するのは難しいでしょうけど、何が何でも私がやってみせます。私はアルティア様の取り巻きですから!」

「なるほど、行動力があるね。そこは素直に尊敬するよ。……いいよ、僕も協力しよう」


 ラファエル様は笑みを浮かべ、スッと片手を胸に当てる。


「僕はアスター公爵家の嫡男だ。いろいろと力になれるはずさ。せっかくだから、一緒に愛しいアルティア嬢を助けようじゃないか」

「ありがとうございます! 一緒にアルティア様をお救いしましょう!」

「ふふっ、やっぱり君は面白いね」


 ラファエル様が楽しそうに頷く。


 青髪が優雅になびいていて、周囲から見たら絵になる光景……なのだけど、私の頭の中はアルティア様のことでいっぱいだ。


 こんな協力者がいるなら、噂を払拭できる方法がきっと見つかるはず。


 そこで、はたと私は気づく。


 ラファエル様の言葉には「愛しいアルティア嬢」という言葉があったような……。

 もしかしてラファエル様、アルティア様をお好きなのでは?


(でもアルティア様には婚約者の王子がいらっしゃるし……。とはいえ、ゲームのストーリーだと最終的には破談してしまうんだよね)


 そう考えると、ラファエル様の想いが実るかもしれないと思えてくる。


 もし王子との婚約が破棄されたら、アルティア様には新たな縁談が発生するかもしれない。


 ラファエル様は公爵家同士で釣り合いもとれるし、もしかしたら実現する可能性がある。


(そうだわ。もしアルティア様とレオナード殿下の関係が終わってしまったら、ラファエル様が……)


 頭の中で少しだけ失礼かもしれない想像をしてしまう。

 だけど、私としてはアルティア様に幸せになってほしい一心だ。


 噂が広がっている今はまずそちらを優先するけれど、いずれはアルティア様とラファエル様の縁談をサポートするのもありかもしれない。


「セレナ嬢? どうしたの、急に黙りこんで」

「あ、いえ、なんでもありません! ……えっと、改めてよろしくお願いします、ラファエル様。お力を貸してください!」

「もちろんさ。具体的な方法はこれから考えるとして、まずは関係者の証言を集めるといいんじゃないかな」

「はい、わかりました!」


 私は嬉しさを胸に、深く頭を下げる。

 ラファエル様も軽く笑ってから、そのまま廊下を歩き去っていった。


 その姿を見送ってから、私は改めて拳を握る。


(よし、頑張るんだ、私! アルティア様のために絶対、噂を払拭してみせる。ついでにラファエル様の恋路も叶えちゃうかもしれないし……!)


 ひとり盛り上がりながら、私は決意を新たにした。



 しかし……噂は日に日に広まるばかりだった。


 私はラファエル様の協力を得ながら、「アルティア様がそんなことをするはずがない」という証拠や証言を集めようと必死になった。


 でも現状、決定的な手がかりを掴めず、歯がゆい思いをしている。


 おまけに新たな火種――「アルティア様がミランダに脅迫状を送ったらしい」という噂まで浮上してきた。


 もちろんアルティア様本人はまったく送っていない。

 周囲の生徒にも直接攻撃なんてしたことがないというのに、まるで彼女が極悪非道な人物であるかのような話ばかりだ。


「アルティア様、大丈夫ですか? 最近、噂がますます……」


 昼休み、私はアルティア様と二人で学園の中庭を歩きながらそっと声をかけた。

 すると、彼女は扇子を開いて口元を少し隠す。


「ええ、もちろんよ。公爵令嬢である私が、そんな根拠のない噂にいちいち惑わされると思う?」


 声こそ変わらないが、なんとなく無理しているように見える。


 確かに、“品格を守る”という意味では何もしないのが彼女なりの正解なのかもしれない。

 でもあまりに酷い噂で、私としては心配でしかたない。


「アルティア様は強い方ですけど……。でも、もし辛くなったら言ってください。私が何とかしますから!」

「あなたのそういうところ、変わらないわね。……まあ、心配してくれて感謝するわ。大丈夫よ、セレナ」


 そう言って歩調を進めるアルティア様。


 先日まで取り巻きだった伯爵令嬢と侯爵令嬢の姿は、もうここにはない。

 二人とも噂が広まり始めたあたりからスッといなくなった。


 以前は当たり前のようにアルティア様の後ろをついていたのに、いまは彼女を避けるように行動しているのだ。


「アルティア様をあれだけ近くで見ていたはずなのに……! なんだか悔しいです」


 思わず私がそう呟くと、アルティア様はまた扇子で口元を隠しながらわずかに笑う。


「仕方ないわ。あの二人はただ『公爵令嬢についていれば得だろう』という考えで取り巻きをしていただけよ。そもそもわたくしの人柄なんて興味がなかったんじゃないかしら?」

「……そう、かもしれませんね。納得いかないですけど」


 正直、怒りと悲しさがこみ上げてくる。


 アルティア様があまり気に留めていないようなのが救いだけど、それでも私は内心では激しく憤慨していた。


 アルティア様を信じず、噂を真に受けるなんて……!


 そんな気持ちを抱えたまま迎えた放課後。


 私は「今日はラファエル様と進捗を共有しよう」と思いつつ、アルティア様のもとへ行こうとしたところ、彼女が焦ったように歩いているのが見えた。


「アルティア様、どうかなさいましたか?」

「……殿下に呼び出されたの。二人きりで話があるとか」


 王子レオナード殿下が、よりによって今このタイミングで呼び出すなんて嫌な予感しかしない。

 だけどアルティア様には断るわけにもいかない理由があるだろう。


 私は「ご一緒します」と即答したが、アルティア様は「ありがとう。でもあくまで私が呼ばれているだけだから」と控えめに首を横に振る。


「いえ、せめて教室の外でお待ちします。心配ですし……」

「そう? ならご自由に」


 アルティア様はそう言いつつ、どこか心細そうに見えた。

 私はこのまま傍で待機しようと決め、アルティア様と連れ立って無人の教室へ向かう。


 指定された教室にはレオナード殿下が先に入っていた。


 私は廊下で待機することにし、扉の陰から中の会話を聞く。


 外に響くほど大きな声で話しているわけではないが、しんと静まった放課後の校舎なので内容がなんとか耳に入ってくる。


「君の悪評は酷いぞ。ミランダが平民で優秀だから妬んでいるんじゃないかって、みんな言ってる。どうなんだ?」


 レオナード殿下の声に、アルティア様がはっきりと言い返す。


「私は何もしておりません。噂など、しょせん噂ですわ」

「だけどミランダは傷ついている様子だ。この前、彼女と二人で食事した時にも……」


 私はそこで息を止める。

 王子とミランダが二人きりで食事?


 それってデートじゃない。


 貴族社会では、婚約者がいる状態で異性と二人きりで過ごすなどタブーとされているはず。

 案の定、アルティア様がとがった声を返す。


「彼女と二人きりで食事に? 婚約者がいるのにですか、殿下?」

「彼女が相談したいというから、仕方ないだろう。それに私は護衛も連れていたから」

「そういう問題ではありません!」


 アルティア様の苛立ちが声ににじむ。


 私だって「殿下、何考えてらっしゃるの?」と問いただしたい気分だ。


 でも王子はまったく悪びれる様子もなく、むしろ呆れた調子で返す。


「まさか君、ミランダに嫉妬してるのか? 私が取られるとでも思って?」

「はっ……? 嫉妬なんて、そんなこと……」


 アルティア様は公爵令嬢の立場で婚約しているだけで、王子に恋しているわけではない。

 おまけにこういう筋違いな疑いをかけられたら、怒りも込み上げるだろう。


「ふん、どうでもいいが、お前は私の婚約者なんだ。これ以上何かするようなら、わかっているな?」


 レオナード殿下は最後にそう言い捨てて、足音を響かせながら教室を出ていく。

 扉の向こう、廊下で待機していた私にすれ違いざまの視線を向けるが、無言のままスタスタと行ってしまった。


 少し遅れて扉が開き、アルティア様が教室の中から出てくる。


 殿下のせいでひどく傷ついたはずなのに、表情は崩さない。


 私は思わず、アルティア様のほうへ駆け寄った。


「アルティア様……大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないわ。ほんの少し、わずらわしい会話をしただけ」


 アルティア様はそう言うけれど、視線は私とまったく合わない。


 多分、必死に堪えているのだろう。

 王子に婚約者扱いされたうえで「これ以上何かするな」なんて脅されたら、誰だって心が痛む。


 私はぎゅっと拳を握りしめる。


 王子レオナードの態度があまりにも冷淡で、アルティア様を追い込もうとしているようにしか見えない。


 何もしていないのに、勝手な噂を信じて、勝手に警告するなんて。


(こんなの許せない……! アルティア様はただ、誇り高く生きていらっしゃるだけなのに!)


 チラリと見たアルティア様の瞳は揺れている。

 普段と変わらぬ姿勢を貫こうとする姿が、むしろ痛々しい。


 私は胸の奥で大きく息をついて、決意を新たにした。


(アルティア様……私、絶対にお助けします。無実のアルティア様を悪役扱いなんて、絶対にさせません!)


 ゲームのシナリオでは、ここから“断罪イベント”につながるなんて冗談じゃない。


 アルティア様は断罪されるような人じゃないし、そもそも悪いことなんて一つもしていない。

 噂を流す誰かを探し出して、告発する。


 ミランダや王子の影があるのかもしれないが、何があろうとも私は引き下がらない。


(私の推しを傷つけた報いを、必ず受けさせるから……!)


 私はまた一歩、決意を固めながら教室を出る。

 レオナード殿下とミランダがどう動こうと、絶対に負けない。


 こんな屈辱を受けたまま、アルティア様が終わるなんて考えられない。


 私がこの世界に転生してきた意味、それはきっと推しであるアルティア様の幸せを守ることにあるのだから――。



 冬の学園パーティー当日。


 私は胸がそわそわして落ち着かない。


 学園の大ホールで行われる華やかな社交の場――それ自体は魅力的だけど、ゲームのストーリー的に、今日のパーティーが怪しいとしか思えないのだ。


(原作ルートだと、もう少し後の時期だったはず。だけど噂が広まるのが早いから、ここで何か起こってもおかしくない……)


 私はそう考えながら、会場へ向かう廊下を足早に進む。


 すると、後ろからラファエル様が声をかけてきた。


「セレナ嬢、今日はずいぶんと気合いが入ってるようだね。ドレスも一際美しいよ」

「ありがとうございます。自分で選んだわけではないんですけど、母がせっかくならと……」


 照れながら答えると、ラファエル様はにこやかに頷いてくれる。

 いつもながら爽やかで、貴族のエレガンスを絵に描いたような姿だ。


「こちらこそ、協力できてよかったし、セレナ嬢と情報交換するのは楽しかったよ」

「いえ、こちらこそ。ラファエル様にはずいぶん助けられましたし、お礼をさせてください」

「うん、考えとくね。もしかしたら今日にでも、お礼を求めるかも」

「え? 今日に……ですか?」


 私は首をかしげる。どういう意味なのだろう。

 よくわからないけど、ラファエル様は楽しそうに笑っている。


 何やら企んでいる風にも見えるが、今はパーティーが優先だ。


「じゃあ、また後でね」

「はい、後で」


 そう言葉を交わし、私は先に会場入りする。


 そして入口近くで待機していると、アルティア様がやってきた。

 見ると、美しい深紅のドレスをまとい、銀色の髪をゆるやかに結い上げている。


 その姿はまさに絢爛豪華で、誰もが見惚れるほどだ。


「アルティア様、お綺麗です……!」


 思わず息を呑んで感想を口にすると、アルティア様はいつも通りクールに扇子を持って笑みを隠す。


「あなたも素敵よ。よく似合ってるわ」

「わ、私ですか? いえ、そんな……! アルティア様こそ、本当に、もう……最高に素敵です!」


 自分で言っていて、少し舞い上がりすぎかもしれないと思う。


 でも目の前にいる推しが、最高のドレス姿で現れたら感激するのは当然でしょ。


 私は胸をときめかせながらアルティア様と会場へ足を踏み入れる。


(とはいえ、アルティア様はさっきまで元気がなかった。やっぱり噂の件で少なからず落ち込んでるのかも……)


 そんな不安を抱きつつも、私たちは豪華なシャンデリアが輝くパーティー会場へ入場。

 普段ならアルティア様の周囲に多くの生徒が集まってくるはずなのに、今日はほとんど近寄ってこない。


 元取り巻きの伯爵令嬢も侯爵令嬢も姿を見せず、私はアルティア様の隣に並ぶ。


 向こうのほうでは、ラファエル様も見えるけれど、他の貴族たちと談笑しているのか、ちょっと距離がある。


 私はどうにかアルティア様に楽しんでもらおうと、テーブルに置かれたお菓子を取って戻る。


「アルティア様、これ甘くて美味しいんです! ぜひどうぞ!」

「パーティーでお菓子はあまり食べないのだけど……」


 アルティア様はそう言って、一口かじる。

 すると、わずかに表情が和らぐのがわかる。


 彼女は甘いもの好きだけれど、こういうパーティーでは滅多に口にしないのだ。


「美味しいわね」

「ですよね! よかったです。こういう場、結構緊張しますし、疲れも溜まりそうですよね」


 私がホッと笑うと、アルティア様もほんの少しだけ目尻を柔らかくしてくれた。

 いつものツンとした彼女が、こうして笑ってくれると嬉しい。


 しかし、それも束の間だった。


 会場の入り口がざわついたので視線を向けると、王子レオナード殿下がミランダを伴って入場してきたのだ。


(え……王子にはアルティア様という正式な婚約者がいるのに、なぜ彼女を連れて?)


 貴族の婚約者がいるなら、こういうパーティーでは必ずその婚約者と共に入場するのが常識。

 ほかの参加者も「え、何……?」「アルティア様はどうするの?」と動揺している。


 場の空気が一気に凍りつくような気がした。


 私の隣で立っていたアルティア様は、扇子を握る手に明らかな力をこめている。

 唇を噛み、悔しさをこらえているようだ。


 王子とミランダのあの姿――まるで公然の場でアルティア様を蔑ろにし、辱めているみたいだ。


 王子とミランダはまるで恋人同士のように笑顔を交わしながらホールの中心へ向かい、挨拶を始めた。


 周囲の貴族たちは戸惑いながらも、次第に納得いかないものを感じているようだ。


 横を見ると、アルティア様が静かに頭を下げている。


 誰も近づかないところで、ただ私と二人きり。


 せっかくのパーティーが、こんなにも苦々しいものになってしまっている。


(絶対に許さない……! アルティア様をこんなにも辛い思いにさせるなんて、どうして王子はこんなことを。ミランダまで彼にべったりで、まるでここは自分が主役の会場だと言わんばかり)


 私は強く歯を食いしばる。

 王子とミランダが何を仕掛けてこようと、私は推しであるアルティア様を守ってみせる。


 王子レオナードが、ミランダを伴ってこちらへ近づいてくる。

 パーティー会場の喧騒の中で、彼らの動きだけがやけに際立っていた。


 隣にいるアルティア様も、さっきまでとは打って変わって気配が張り詰めている。


 レオナードとミランダがゆっくりと足を止めると、アルティア様は迷わず前に出た。


 扇子を握るその手が小さく震えているようにも見えるが、彼女は毅然とした声を発する。


「レオナード殿下、なぜミランダ嬢を連れているのですか? 婚約者が私であることはご存じのはずですけれど」


 ホールにいた貴族たちが、一斉に注目しているのを肌で感じる。

 ミランダは相変わらず後ろに控え、ちょこんと王子の背を隠れ蓑にしている。


 あの態度だけで、周囲からは「王子から庇護受けている女性」というイメージが伝わってきそうだ。


 レオナードはわざと大きく息を吸って、会場全体によく響く声を上げた。


「アルティア・ブライトウッド! 貴様に私の婚約者の資格はない! よって、ここで婚約破棄を宣言する!」


 一瞬、空気が止まったような気がした。

 そばにいるアルティア様が目を見開き、息を呑む。


 周りの貴族たちも「ええっ!?」という驚きの声をこぼし始め、あたりがざわざわと騒然とする。


「それは、なぜでございましょう……?」


 冷静を装っているように見えるけれど、その声は微かに震えていた。

 私も、その姿に胸が痛む。


 何とかアルティア様を支えたくて、そっと隣へと移動する。


(大丈夫、アルティア様。私はここにいます…!)


 その思いが届いたのか、アルティア様はほんの少しだけ、緊張を解いたように見えた。


「理由は明白だ。貴様は公爵令嬢という地位と権威を振りかざし、罪もない平民のミランダ嬢を傷つけた! 婚約者としてふさわしくない!」


 レオナードが声を張り上げると、ミランダが王子の後ろで悲しげな顔をして、しかし庇護欲をくすぐるような態度を取る。


 見ているだけで、胸がムカムカしてしまう。


 アルティア様はきっぱりと首を振る。


「そんな事実は一切ございません。勘違いですわ」

「勘違いじゃない! 証拠が挙がっているんだ!」


 王子が言い放つと会場の一角から、もともとアルティア様の取り巻きだった伯爵令嬢と侯爵令嬢が姿を現す。


 あの二人、まさか……!


「私たち、彼女がミランダ様に暴言を吐いているところを見ました。いつもミランダ様をいじめているんです!」

「ええ、ドレスや髪飾りを盗んでこいと指示されました。私たちはそれに逆らえなくて……」


 完全な嘘だとわかる。

 でも、二人は泣きそうな顔をして、あたかも本当に被害者かのように演技している。


 アルティア様は必死に反論する。


「ちがい、ます……! 私はそんなこと、決して……!」


 しかし、二人が異口同音に声を重ねると、周囲の生徒たちはどんどんアルティア様が悪者だと思い込み始める。


「ひどいな……」

「そこまでして平民をいじめるなんて……」


 そんな声がちらほら耳に届く。


 アルティア様は声を震わせながら、視線を下げる。


 もう少しで涙がこぼれそうに見える。


 ――その瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。


(ふざけるな! アルティア様がどれだけ優しい人か、私は知っている。こんな悪意ある嘘、絶対に許せない!)


 気づけば私の身体から火魔法の魔力が溢れ始めていた。

 自分でも驚くほど強い怒りが、炎となって巻き起こる。


 ぼうっ、と紅い光が周りを照らし、炎の竜巻が私たちを包み込むように渦を巻く。


「きゃあああっ!?」

「な、何が起こったの!?」

「火魔法……危ないわ!」


 周囲の生徒が恐慌状態になりかけるのを感じる。


 でも、私は冷静だ。


 炎の竜巻の中心部に、私とアルティア様だけが炎に守られるように立っている。


 私はアルティア様の肩をそっと支える。


「アルティア様、大丈夫です。私が守りますから」


 アルティア様は目に涙を溜めながら、動揺して私の名を呼ぶ。


「セ、セレナ……」


 私はその声に力をもらうように深呼吸し、火魔法を静かに収束させる。


 ゴウゴウと巻き起こる火の粉がゆっくりと鎮まり、竜巻はぱたりと消え去った。

 焦げ跡ひとつ残さず、私たちを守りながら注目だけを集める。


 会場はしんと静まり返った。


 レオナードやミランダ、元取り巻きたちも呆然としている。

 レオナードが震え声で叫ぶ。


「な、何なんだお前は! 無礼だぞ!」


 アルティア様を庇うように一歩前へ出て、しっかりと王子を見据える。


「私は、アルティア様の取り巻き令嬢です!」

「取り巻き、だと?」


 私はもう決めていた。ここで引くつもりはない。

 彼らが嘘の証拠を並べるなら、こちらも真実を暴くまでだ。


 だって私は、推しの悪役令嬢を守るためにこの世界へ来たんだから。


 大ホールの中央で、私は堂々と王子たちに宣言する。


「今のお話について、私から反論させていただきます!」

(アルティア様を悪者にするなんて、そんなことはさせない!)


 私の言葉を聞いて、レオナード殿下が顔をしかめる。


「反論だと? 取り巻き令嬢ごときが」


 その表情には見下しの色があふれている。

 背後にいるミランダも、今にも舌打ちしそうな顔つきだ。


 私と目が合うと、慌てたように作り笑いを浮かべる。


(やっぱり、性格悪い奴ね……)


 私は心の中でそう毒づきながら、次に視線を移す。

 そこにはアルティア様の元取り巻き令嬢だった伯爵家と侯爵家の二人が立っている。


 私はギロリと睨むように視線を送ると、彼女たちはビクッと身を縮めつつも、なんとか強気で言い返してきた。


「な、なによ? 反論って」

「そうよ。なんなのかしら?」


 私は火魔法の余熱がまだ身体に残るのを感じながら、一歩前へ出て、しっかりと声を張る。


「まず『暴言を吐いていた』という件ですが、アルティア様はミランダ嬢に忠告していただけですよ。婚約者がいるレオナード殿下に身を寄せるのは、貴族社会の常識的にありえない、と」


 わざと“常識”という言葉を強調すると、ミランダが涙ぐんだ顔で口を開く。

 さっきまでの憔悴した様子とは違い、その声には妙な演技感が混じっている。


「それは……私がレオナード様に教えていただいていて……それをアルティア様が目の敵のように言ってきて……」


 私はすぐに言葉をかぶせる。


「まず、レオナード殿下に伺うこと自体が間違いだと、アルティア様はおっしゃったんです。あなたが平民で貴族社会の知識が少ないなら、正規の先生や同級生に聞くべきでしょう? そう何度も言っているのに、理解力はないんですか?」

「なっ……馬鹿にするな!」


 思わずといったように、ミランダが声を荒げる。


 しまったと言わんばかりにすぐ顔を逸らし、しくしくと泣くポーズに戻ろうとするが、その一瞬の剣幕で彼女の“作り涙”感が透けて見えてしまった。


 私は言葉を続ける。


「レオナード殿下、あなたもおわかりのはず。アルティア様という婚約者がいらっしゃるのに、ミランダ嬢がくっついてくることを避けもなさらない。これこそ婚約者に対して失礼だとお思いではありませんか?」


 まわりの貴族が「それはそうかも」「王子が少しひどいのでは」という反応を示す。

 レオナードの表情がぎくりと強張る。


 明らかに不利な空気に気づいたのだろう。


「ぐっ……。だ、だがアルティアが彼女を追い詰めているというのだから、婚約者として相手の女性をフォローするのも務めだ!」


 それでも殿下は弱々しく反論。

 私はやや呆れながら、さらに言葉を重ねる。


「まず『追い詰めた』という点に誤解があります。えっと、ドレスと髪飾りを壊したって話でしたよね?」


 その問いかけに、先ほどの元取り巻き令嬢たちが即座に声を上げる。


「そうよ! アルティア様が命じて、私たちに盗ませて壊せと……!」

「ミランダ様の大事な物をね!」


 彼女たちの安っぽい芝居にイライラしつつ、私は冷静に尋ねる。


「……まず、なんで盗んでこいと命令するんでしょう? 普通は『壊してこい』だけで足りますよね? わざわざ盗ませる必要なんてないと思うんですが」

「え、それは……その……」


 動揺した気配が二人から漂う。

 あまり深く考えていなかったらしい。


 私は深呼吸してから、真顔で続ける。


「それに、壊されたという髪飾りやドレスはどちらに? 証拠品があるなら、ぜひ拝見したいですね」

「も、もちろんです! ほら、使用人! 持ってきて!」


 ミランダが合図を送ると、どこかで待機していた使用人がボロボロのドレスと折れた髪飾りを持ってくる。


 ドレスはまるで切り刻んだような跡があり、髪飾りは根元から折れ曲がっている。


「これが証拠よ。ひどいでしょう? アルティア様が公爵令嬢の権威を使って、こんな……!」


 ミランダが涙交じりに訴える中、私は物品をじっと観察し、口の端をうっすらと上げる。

 そして会場をぐるりと見回したあと、はっきりと告げる。


「ふうん……ドレスも髪飾りも、魔法によって破損されていますよね? 魔力反応が残っていますよね?」

「なっ……!」

「なぜそれを……?」


 ミランダと元取り巻きたちは、一気に血の気が引いた顔をしている。


 周囲の貴族や生徒たちもざわめき始める。


 魔法を使って物を壊したりすると、魔力反応が残る。


 感じ取る人は稀だし、私も実際は魔力反応なんか感じ取れていない。


 だがこれを知っている理由は、ラファエル様と調べたからだ。

 チラッと彼のほうを見ると、彼も満足げに頷いている。


「おそらくドレスは風魔法による切断、髪飾りは土魔法で折られた魔力反応がありますね。アルティア様の属性は水ですから、風と土は使えません」


 私はアルティア様を一瞥し、扇子を持つ彼女が静かに頷くのを確認する。


 そう、アルティア様の得意魔法は水だけ。

 しかもレベルが高いから、こんな粗雑な破壊方法を選ぶはずがない。


「じゃあ、風と土を使えるのは誰なんでしょうね?」


 そこへ視線を向けると、取り巻きだった二人はギクリと体を強張らせ、顔を青ざめさせる。


 まさに図星。

 その反応に、周囲の人々も「ああ、そっか」「なるほど」と気づき始めている。


 もう逃がしはしない。


 私が推しをこんな形で貶めようとするなんて、絶対に許せないのだから。


「まさか全部嘘なのか?」

「こんな大騒ぎが嘘の証言だけなんて……」


 周囲からそんな声が上がりはじめた。

 元取り巻き二人がうろたえた様子を見せたところへ、ミランダが急に手を挙げる。


「い、いえ、まだあります! 実はこんな脅迫状まで送られているんです!」


 彼女は懐から一枚の紙を取り出した。


 私が「拝見しても?」と問いかけると、ミランダは少し渋りながらも紙を私に渡してきた。

 文面は確かに脅迫じみた内容。


『早く退学しろ。さもなくばお前の実家を潰す』


 というような……。

 私はざっと読み、ふっと笑みをこぼす。


 これは明らかに“やりすぎ”な文章だ。


「普通、こんな証拠になるような脅迫文に名乗りを入れますか? それも、公爵家の紋章付きだなんて。アルティア様が本気で平民の家を潰すとお思いで?」


 会場がさらにざわつく。


「確かに、公爵家がそんな無茶な……」

「相手は平民の家?」

「さすがにあり得ないのでは」


 と、あちこちから声が聞こえる。

 ミランダは涙を浮かべながら必死に言い訳を始める。


「そ、それは……私がレオナード様と仲良くさせてもらっているのに嫉妬して、アルティア様が私を排除しようと……」

「まず、あなたごときに嫉妬するようなアルティア様じゃないんですが?」

「っ、取り巻きごときが……!」


 私はピシャリと返すと、ミランダの眉間に皺が寄よせて口が悪くなる。


 でもすぐに取り繕い、しおらしく黙り込んだ。

 いや、もうばれてるぞ、と言いたい。


 私は息を整え、脅迫状を軽く振ってみせる。


「それに、この脅迫文の筆跡がアルティア様のものじゃないのは明らかです。私、ずっとアルティア様のそばにいたんで、文字を見ればわかるんですよ」

「そ、それは私が書かされたからで……! アルティア様に無理やり!」


 元取り巻き令嬢の一人が言い訳を口にする。


 私は眉をひそめて問い返す。


「公爵家の紋章が入った手紙を、あなたが? そんなわけありません。貴族が紋章付きの手紙を、家外の者に書かせるなどあり得ないんです」

「うっ……」


 相手はぐうの音も出ない様子。

 さらに私は指摘を続ける。


「ですが、あなたが書いた物なのは確かのようです。このインクは、あなたがお持ちのものでしょう。アルティア様はもっと上質な道具を使っています。こんな安いインクはまずありえません」

「な、なんであなたがそんなことまで……! 証拠なんてないでしょう!」


 そう逆上する彼女に、私は微笑んで答える。


「いえ、証拠はちゃんとあります。――ラファエル様、お願いできますか?」


 私が声をかけると、ホールの隅で様子を見守っていたラファエル様がゆっくりと歩み寄ってくる。


 優雅な所作に、まわりがまた小さくざわつく。


「ようやく僕の番だね?」

「はい、お願いします」


 まさかアスター公爵家の嫡男が出てくるとは思わなかったのか、王子レオナードやミランダも驚いた顔でこちらを見ている。

 ラファエル様は軽く会釈をしてから、周りに説明するように話し出す。


「そこの令嬢の家で使っているインクや筆は、僕が部下に調べさせました。照合すれば、今回の脅迫状と一致する可能性が高いですね。壊されたドレスや髪飾りの魔力反応も、こちらで正式に検証しましょう。セレナ嬢だけの言葉じゃ納得できないという方もいるでしょうから」

「くっ、ラファエル……お前はそっちにつくのか!」


 レオナードが悔しそうに声を上げる。

 ラファエル様はにこりともせず、静かな調子で答えた。


「僕はいつだって正しい人の味方です、王子殿下」


 その言いざまに、王子は言葉を失ったようだった。

 私はここで満を持して、脅迫状の紋章に視線を落とす。


「この紋章、よく見ると少しずれているんですよね。切り貼りした跡があるってラファエル様がおっしゃってました。つまり本物じゃない。紋章を切り取って偽造したんです」


 さらに、まわりが騒ぎ始める。

 私は王子をじっと見つめた。


「アルティア様が公爵家の紋章を用いて手紙を出すとなれば、普通は正式に作成された便箋と封蝋を使いますし、受け取る相手も限られます。……殿下は何かご存知ありません?」


 私ですらアルティア様から正式な書簡を受け取ったことはない。

 アルティア様が直筆で紋章付きの手紙を送る相手なんて、そうそういない。


 そう、彼女から手紙を受け取る相手なんて、婚約者のレオナード王子殿下くらいだろう。


「まさか……」

「そんな愚行を……」

「もし王子殿下が……?」


 周りの貴族達もそう考えたのか、騒めき出す。


「ち、違う! 私ではない! そんな手紙を捏造するなんて……!」


 王子は必死に否定するが、その焦った様子が余計に怪しく見える。


 周囲からも「本当に王子じゃないの?」「公爵家の紋章を捏造するなんて重罪では?」と冷ややかな声が相次ぐ。


(ふふん、やっぱり私たちの推理は正しかったみたいね)


 私は王子とミランダ、それに取り巻きだった二人をぐるりと見回す。


 みんな口をつぐみ、視線をさまよわせている。

 ラファエル様と私の反論に、レオナード王子やミランダ、元取り巻きの二人は何も言い返せないようだった。


 周囲の視線が冷ややかに注がれ、ざわざわと声が飛び交う。


「まさか殿下が、アルティア嬢を陥れて婚約破棄を画策していたのか……?」

「ミランダ嬢も学園成績はいいらしいけど、ここまでのことをするのか……?」

「王位継承争いにも影響が出るぞ……」


 そんな声があちこちで聞こえる中、大きな杖を持った学院の重鎮らしき人物が前に出てきた。

 厳かな雰囲気に、会場がしんと静まり返る。


「今の話ですが、詳しく精査したいので、後日改めて証拠などを揃えてからお聞きしましょう。特に公爵家の紋章付き手紙の捏造は重罪にあたります。そちらの手紙をお渡しください」


 重鎮の言葉に、私は手元にあった例の脅迫状を差し出した。


 するとレオナード王子が慌てて「ま、待て! それは……!」と声を上げるが、重鎮は一切耳を貸さずに書簡を受け取る。


 周囲の貴族も「あれは酷い内容だったな」「あれが捏造なら……」と、王子を冷たい目で見ている。


「それでは、この場では一旦話を閉じますが、何か言い残したいことはありますか?」


 重鎮がそう問いかけると、レオナードやミランダ、元取り巻きの二人は歯ぎしりする。


「……ない」

「ない、です……」


 二人は何も言えず、そう答えた。

 それを見て、私は胸の奥に込み上げる怒りを抑えつつ言葉を投げかける。


「私から一言だけ。あなた方はアルティア様を散々傷つけましたよね? せめて謝罪くらいはするべきじゃないでしょうか?」


 私の言葉に、レオナードは苦い顔をして視線を下に向ける。


「……すまなかった」


 そして、小声で呟いた。


「っ……」


 ミランダは怖がるふりをして、王子の後ろに隠れて沈黙している。

 私はその態度に苛立ちを覚えるが、もう何も言わないことにした。


 こうして、冬の学園パーティーで起こった騒ぎは“ひとまず”ここで打ち切りとなった。


 レオナードたちは、この後のダンスに参加するのを避けるように、気まずそうに会場を出ていく。


 残された私とアルティア様、それにラファエル様は、隅のほうへ移動して一息ついた。


「アルティア様、大丈夫でしたか?」


 私は彼女の顔をのぞきこむ。

 アルティア様は背筋をピンと伸ばしたまま、小さく息を吐いて頷いた。


「え、ええ……平気よ」


 その言葉に、私は心から安堵する。ずっと張り詰めていた気持ちが、スッと解けたようだ。


「よかったです。ラファエル様も本当にありがとうございました」


 私がお礼を言うと、ラファエル様はいつもの柔らかな笑顔を見せる。


「僕は軽く手伝っただけだよ。もっと貢献したかったんだけどね」


 そのやり取りを耳にしたアルティア様が、一度深呼吸してから小さく微笑む。

 ほんの少し照れくさそうに頬を紅くして、こちらを向いた。


「……セレナ。ありがとう、助けてくれて。あなたが私の取り巻きで、そして友達で、本当に良かったわ」


 ――友達。


 アルティア様からそんなふうに言ってもらえるだなんて……!


 私は一気に涙がこぼれそうになる。

 自分でも驚くほど感情が込み上げてきて、目が熱くなるのがわかる。


「アルティア様……嬉しいです……うっ、ぐすっ……」


 我慢できずに泣いてしまった私に、アルティア様は呆れたように目を細めながら、やさしくハンカチを差し出してくれた。


 涙を拭ってくれる彼女の手が、いつもと違ってとても温かく感じる。


「何を泣いているのよ。大げさなんだから……」

「す、すみません……でも、あの……私、アルティア様が傷つくのが嫌で……」


 鼻をすすりながら絞り出すように言うと、アルティア様は気まずそうに扇子で口元を隠して、少し笑う。


「まったく、あなたって本当に……。でも、ありがとう。おかげで助かったわ」


 肩の力が抜けたアルティア様の表情は、先ほどまでの険しさが嘘のように和らいでいる。


 私はさらにこぼれる涙を拭いながら、心の底から嬉しさをかみしめる。

 推しを守れて、感謝の言葉までかけてもらえるだなんて……人生でこれほど幸せな瞬間はないかもしれない。


 これから先も私がずっと守る!

 私はそう心に誓った……涙を流しながら。



 私が泣き止むまで、アルティア様とラファエル様は呆れたような、でも優しい笑みを浮かべて待っていてくれた。


「もう大丈夫よ、セレナ。そんなに泣いたら、瞳が真っ赤になってしまうわ」


 アルティア様にそう言われて、私はようやくぐずぐずの涙を拭う。

 彼女と視線が合うと、ふわっと微笑まれた。


 はぁ、可愛い……もうそれだけで胸がいっぱいだ。


「お騒がせしました……すみません」

「気にしなくていいわ」


 ラファエル様も、口元に手を当てながら小さく笑う。


「セレナ嬢が泣き止んでよかった。アルティア嬢も、ほっとしてるみたいだね」


 そんなとき、ホールの中央からダンスの曲が流れだした。

 優雅な調べが響き、周囲の貴族たちが思い思いにパートナーを見つけて踊り始める。


 けれど、私たち三人にはパートナーがいない。


 アルティア様は一応、王子レオナード殿下が婚約者だったはずだけれど……今まで彼女が実際に王子と踊る姿は見たことがない。


「……どうしましょうか?」


 私がふと口にすると、アルティア様が私の前に足を進め、軽く片手を差し出してきた。


「セレナ、一緒に踊りましょ?」

「えっ!? わ、私ですか?」


 まさかアルティア様が私を誘ってくれるなんて、想像もしていなかった。

 戸惑いが顔に出るけれど、彼女は構わず私の手をスッと取る。


「あなた、まだ泣きはらした顔だし、そのまま突っ立っていたらもったいないわ」

「も、もったいない……?」

「せっかくのパーティーでしょう?」


 そう言って、アルティア様は私の手を引き、ダンスの輪に入っていく。


 通常なら男性パートと女性パートに分かれるものだけど、アルティア様は男性側のステップを完璧に踏んでいる。


 公爵令嬢として、どちらの役割もマスターしているらしい。


「アルティア様、すごい……!」

「ふふっ、これくらい当然よ」


 曲のリズムに合わせてステップを踏むと、私まで気分が高揚する。

 アルティア様が私をリードしてくれるので、私は安心して身を任せるだけだ。


「私、こんなに素敵なダンスを踊れるなんて、一生忘れません……!」

「大げさよ。まだ曲は始まったばかりなんだけど?」


 アルティア様が楽しそうに笑い、私の腰を少しだけ支えて回転させてくれる。

 人目を集めてしまって少し恥ずかしいけれど、今はそれさえ幸せに思える。


 けれど踊りながら、私ははっと思い出す。


(そうだ、ラファエル様はアルティア様が好きだったはず……。私が踊っちゃっていいの?)


 踊りの合間、アルティア様の肩越しにラファエル様の姿がちらりと見える。

 彼は微笑ましそうにこちらを見ている。


 そこで私はアルティア様にささやいた。


「アルティア様、ラファエル様とも踊っていただけませんか? さっきもいろいろ手伝っていただきましたし、お礼もしたいです」

「別にいいけど、なぜそれがお礼になるの?」

「ラファエル様、きっとアルティア様と踊りたいと思ってますよ。アルティア様は綺麗だし、憧れの存在だと思います!」


 私の言葉に、アルティア様は軽く息を吐いて呆れたように微笑む。


「あなた、案外鈍感ね。……まあ、いいわ。ダンスが終わったら誘ってみましょう」


 鈍感? 私が?


 よくわからないけど、アルティア様はダンスの終わりまでエスコートしてくれる。

 最後のポーズでピタリと止まると、私たちのダンスを見ていた人たちから小さな拍手が湧いた。


 頭を下げてから、私とアルティア様はラファエル様のもとへ戻る。


「お疲れさま。二人とも素敵なダンスだったね」


 ラファエル様が笑顔で迎えてくれる。

 アルティア様は扇子を閉じ、軽く一礼した。


「ありがとうございます。……ところでラファエル様、あなたは誰と踊るご予定なのかしら? もしよろしければ、助けていただいたお礼に、私から誰か踊る相手を紹介して差し上げますわ」


 私は(もちろんアルティア様と踊りたいでしょう!)と期待しながら彼を見つめる。

 でもラファエル様は意外な答えを口にした。


「そうだね。じゃあ、僕はセレナ嬢と踊りたいな」

「――えっ、私!?」


 驚いた声を出す私。アルティア様はわかっていたのか、深く頷いて「ですよね」となぜか納得している。


 ラファエル様が私に手を差し出し、微笑む。


「本当は最初からこうしたかったんだ。セレナ嬢、僕と踊ってもらえないかな?」

「え、えっと……もちろん、喜んで」


 私は混乱しつつも、ラファエル様の手を取る。

 すると彼は私をすっと引き寄せ、次の曲のリズムに合わせてステップを踏み始める。


「本当に私でいいんですか? アルティア様じゃなくて……」


 だって彼はアルティア様に片思いをしていたはずじゃ……。


「君がいいんだよ。最初からずっと、君とのダンスを望んでた。アルティア嬢を守ろうと奮闘する君が、とても素敵に見えたんだ」


 ラファエル様にそう言われて、私は頬が熱くなるのを感じる。

 いつもアルティア様を推してばかりだった私にとって、男性からこういう言葉をかけられること自体が新鮮でドキドキする。


「そ、そうですか……ありがとうございます」


 ぎこちなく返事をしながらも、ラファエル様にリードされ、踊りのステップを繰り返す。


 アルティア様とのダンスも最高だったけれど、ラファエル様とのダンスは別の意味で胸が高鳴る。


 私はこの学園パーティーが、結果的に最良の夜になっていくのを感じていた。


 まだ推しのアルティア様が危険な目に遭うかもしれないけど、彼女を守るために頑張っていこう。


「ラファエル様、これからもよろしくお願いしますね!」

「ん? ああ、そうだね……僕の気持ちはまだ伝わっていないみたいだけど」

「? 何か言いました?」

「いや、なんでもないよ」


 ラファエル様は笑みを浮かべながら、私と一緒に踊り続けた。

 最初はどうなることかと思ったけど、楽しいパーティーだった。



 ダンスパーティーが終わった翌週、学園にある噂が伝わってきた。


 どうやらレオナード殿下とミランダは、あの取り巻き令嬢たちにほぼ全責任を押しつけたらしい。


「私が聞いたところによると、いじめや物を壊したのは元取り巻きたちの“勘違い”だったとか。私からミランダ嬢への暴言も“ただの誤解”とのことね」


 アルティア様がそう教えてくれたとき、私は思わず頭を抱えた。


「ええ? あれだけ大事にしておいて、いまさら勘違いって……」


 アルティア様も扇子をたたき、苦い表情を浮かべる。


「まあ、王子殿下としてはミランダ嬢を守りたかったんでしょうね。実際、取り巻き二人がそれなりの処罰を受ける形になったみたい」


 たぶん、あの二人の家は王子とミランダに利用されてしまったんだ。貴族社会は怖い。

 ただ、公爵家の紋章付き手紙だけは隠しきれなかったらしい。


 王子レオナードはあの手紙に対する責任を問われた結果、第一継承権を失い、弟である第二王子にそれが移ったのだとか。


 さらに、アルティア様との婚約も正式に破棄された。


「本当に婚約破棄になっちゃったんですね……」


 私がそう言うと、アルティア様はさらりと肩をすくめた。


「もともとレオナード殿下とは契約だけの関係だったし、私には痛くも痒くもないわ」

「でも、今後も殿下やミランダが何か仕掛けてくる可能性はありますよね」

「ええ、もちろん。そのときはまた、あなたとラファエル様に手伝ってもらうかもしれないわ」


 アルティア様は苦笑しながら、扇子で口元を隠している。


 でも表情は晴れやかだ。

 私も彼女の無事が守られたことに心底ほっとしている。


 そして数日後の朝。

 いつもと同じように学園の門をくぐろうとすると、アルティア様が先に到着していた。


「アルティア様、おはようございます!」

「おはよう、セレナ。今日も元気そうね」


 彼女の口角が少し上がる。私はそれだけで嬉しくなる。

 すると後ろからラファエル様の声が聞こえた。


「二人とも、おはよう。気分はどう? 最近、少しは落ち着いた?」

「おはようございます、ラファエル様!」

「あなたこそ、慌ただしく動いていたけれど大丈夫?」


 アルティア様がそう声をかけると、ラファエル様はわざとらしく大げさに肩をすくめる。


「まあ、あちこちで書類確認とかごたごたしてたけど、僕はいつでも平気だよ。何かあったらまた呼んでよね」

「ええ、頼りにしてるわ。私の取り巻きだけじゃ負担が大きいもの」

「アルティア様……!」


 私のことを心配してくれるなんて、優しすぎて幸せね……!


(王子とミランダが何を企もうと、必ず守り切ってみせる!)


 そう心に誓いつつ、私はいつも通りの学園生活を始める。


 悪役令嬢だろうと、婚約破棄されようと、アルティア様は負けない。


 私も全力で支え続ける――そんな気持ちを胸に、取り巻きとしてアルティア様の隣に並んで歩いた。



【連載版のお知らせ】

大変ご好評につき、連載化して続きを書いております!

下記にリンクを貼っておりますので、そこから飛んでお読みください!

上記の「取り巻き転生」というシリーズ設定からも飛べます!


連載は短編の内容が6話まで、その後から続きです!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
悪役令嬢(にさせられそうな)アルティアの不器用さとそんな彼女にある意味心酔しきって頑張る主人公がワンコみたいで可愛かったです。  王子の廃太子がぬるいという意見を散見しますが、平民女ミランダともどもま…
第一王子の継承権が奪われただけだと、王家の一員として権力を持ったままなので処分が甘すぎでは? 言い方悪いけど、平民に現を抜かした上で公爵家を敵に回す行為(重罪判定)なので、廃嫡の上平民に落とすのが最低…
令嬢二人に押し付けられなかった家紋を悪用した文書偽造こそが一番ヤバいのにバレても第一継承権を失うだけ!? 第二王子に何かあれば返り咲く可能性があるとは恐ろしい 王家は揃って頭が悪いんでしょうか それで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ