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1559年(永禄2年) 笄(こうがい)

 馬廻衆となり、信長様の近くに居る事が増えて、知れる事が多くなった。


 豪放磊落な振舞いに見せて、繊細に、かつ事細かに周囲を見渡している。なにか新しいものがあれば気にかけて取り寄せ、使えるものかを試す。

 相手の面子を潰すような事でも、するべき進言は臆する事なく言い放ち、かと思えば相手が味方であれば利があるよう手回しをする。


 ある日、政務がひと段落した所で、信長様が茶を所望した。茶を用意したのは、信長様が普段からお気に入りだった茶坊主の十阿弥じゅうあみだ。この者、信長様に気に入られているのを笠に着てなのか、殿に仕える我ら馬廻り衆や小姓組への当たりが横柄な所があったので、できれば関わりたくない相手だった。


「どうそ、信長様」


「うむ。今日は何処どこの茶であるか?」


「はい、此度こたびの茶は昨日京の商人から仕入れたモノになります」


「うむ、そうであるか」


 我らへの態度とは異なり、信長様へは柔和な、いかにも仕事できます!という態度、表情をこれでもかと表源していた。

 正直、俺には茶の出来不出来は解からないのだが、信長様が満足そうに楽しまれているので、そこにあえて水を差すこともない。


 ただ、この日はそれだけでは済まなかった。


「おや?前田殿。変わったこしらえの刀をお持ちですね」


「あぁ、これは妻からあの贈り物でな。『貴方あなたに持っていて欲しい』って言われちまってなぁ。いやぁ、俺って妻から愛されちゃってますから」


 十阿弥じゅうあみは、その又左またざ殿の答えが気に入らなかったのか、機嫌が悪くなったようだ。


「へ、へぇ?そんな良い物でしたら、少し見せてもらえませんか?」


「ん?構わないが?」


 そう言うと佩刀を外し、受け取った十阿弥じゅうあみは、刀のこしらえを眺めると、おもむろにこうがいを外し、刀だけを又左またざ殿に投げ返した。


「刀は並みですが、このこうがいは良い物のようですね。これは、私が頂いておきます」


 は?


 同席していた他の者達の、言葉も動きも一斉に止まった。


「断る!!それは妻の亡き父の形見だ!!誰であろうと渡せぬ!!」


 又左またざ殿は激しい口調で断ると、放り投げられた刀を受け取ると十阿弥じゅうあみへと歩み寄っていく。

 普段から雑な扱いを受けていた他の小姓組や馬廻り衆の者達は、我事われごとが如く十阿弥じゅうあみを睨みつけた。

 それに、臆したのを隠すかのように、言葉をつなげた。


「よ、よいではないですかこのような物くらい。囲いの妓女ぎじょへの贈り物にちょうど良い」


 この言葉を聞くなり、又左またざ殿は激高し、手に持つ刀を抜き、鞘を投げ捨てた。


「大事な妻からのたまわりものを、妓女ぎじょなんぞへ贈るともうすか!!戦働きもせぬ茶坊主めに、夫婦の絆はわからぬわ!!」


 刀を振り上げ、斬りかかろうとする寸での所を、内蔵助くらのすけ殿が羽交い絞めにして止めた。


たわむれれだ又左またざ!!十阿弥じゅうあみも冗談はそれくらいにしておけ」


 刀で斬られかけたのに驚いたのか、十阿弥じゅうあみは尻餅をつく。それでも、その口は言葉を止めなかった。


「ふ、ふん、そなたが戦場いくさばで死なば、嫁はわたしが引き取ってやるから安心するがよい。ただそなたの嫁なんぞどうせ大した器量でもなかろうから、飽いたらどこぞへでも売り飛ばしてくれよう」


 本人が腰を抜かしている状況では、どう聞いてもただの足掻きでしかなかった。

 しかし、だからといって、その言葉は発した限りは意味をもってしまう。

 ただでさえ大柄な又左またざ殿が一回り大きくなったように見える程に、激し怒りに覆われた。



「貴様なんぞに、くれてやる嫁などおらぬわ!!!」


 背負った内蔵助くらのすけ殿を振り払うと、そのまま座り込んだ十阿弥じゅうあみに刀を振り下ろした。


 左の肩から入った刃は、そのまま腹部までを切り分け、腕ごとだらんとぶら下がる。切り口からは血が噴き出し、十阿弥じゅうあみだった体はそのまま床へと崩れ落ちた。


孫四郎まごしろう!このバカ者が!」


 城が震えるほどの大声が信長様から発せられ、部屋中を走り抜けた。


 又左またざ殿の手から刀が滑り落ち、床を傷つける高い音がした。


「やってしもうた!!しっかし、まつ(つま)はずかしめられては黙っておられん。信長様!!我慢できずに申し訳ない。この前田孫四郎まえだまごしろう利家、命をもってお詫びいたす!!!」


 脇差を抜き、自らの喉へと突き立てようとする所に足が跳ぶ。又左またざ殿の頭を横から勢いよく蹴り飛ばした者がいた。又左またざ殿の弟、藤八とうはち殿だった。


 頭を蹴り飛ばさ手た又左またざ殿は、そのまま気を失って倒れた。そこでようやく、俺を含めた周りの衆も動き出せた。


「目覚めても、自死出来ぬよう縛って牢に入れて置け。沙汰は追って言い渡す」


 そう言うと、信長様は遺体を眺めながら、十阿弥じゅうあみが最後にれた茶をすすっていた。


 馬廻り衆の何人かで、気絶した又左またざ殿を縛っている所、


「その短慮たんりょを直せって言っただろ、バカ兄貴が」


 藤八とうはち殿の小さい、ほんの小さな声のつぶやきが聞こえた。



 後日、又左またざ殿の処分が言い渡された。当時の現場に居た家臣達は、十阿弥じゅうあみの言動があまりにも酷かった事から又左またざ殿を擁護する意見が多かった事もあり、命までは取らない、という事になった。


 しかし、言い渡されたのは執務の停止、つまりは織田家家臣では無くなる、とう事であった。

 信長を心酔している者が多い小姓組でも、元服前から信長様に仕えていた又左またざ殿は、織田家以外に仕える気は無いと浪人になり、熱田神宮の神職家に世話になっているとのことだった。


 信長様の気持ちが変わる日が来るのか、それともあきらめた又左またざ殿が他家へと仕官を求めて尾張をでるか。


 信長様と又左またざ殿の意地の張り合い、我慢比べであった。


人物紹介

十阿弥じゅうあみ:織田家に仕えていた茶坊主。

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