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1559年(永禄2年)ドキドキ初出勤、馬廻り衆

 早朝の時の鐘が鳴り、朝餉あさげをかっ喰らい終わると、新介を誘い、共に城へと向かう。


「ほら、ちゃんと目を覚ませよ新介。こういうのは最初が肝心なんだから」


 眠そうに薄目しか開けてず、歩き方にも気怠そうだ。最初の顔見せで失敗したら、その後も悪い印象を引き摺る事になるのは、前世の高校と社会人でやらかしたのは今では嫌な経験だ。


「そんな事いってもよ、十郎おじが持ってきた酒が悪い。あんなに旨い酒なんてもってくるから、ついつい飲むのも無理はないだろう?」


「俺は先に寝たけど、どれくらいまで飲んでたんだ!今日から城で仕事って何度も言ったよな?」


「いやぁ、十郎おじは今日は休みだからって、俺に引きっきり無しに注ぐから、辞める時をのがしたよ。お前が起こしにきて助かった。あのままだと多分、日暮れまで寝てたかもしれない、助かったよ」


 二日酔いで初出勤なんて、ヤバすぎるだろうに。大丈夫か?


 清州の城門をくぐると、集合場所の二の丸へと向かう。二の丸に着き、入り口の扉を開けると、そこには何人もの男達が床に寝転がっていた。その真ん中には、空になった酒樽が、部屋中に酒の匂いを充満させていた。


「ん?んあぁ、あ~あぁ。おう、今日からくるっつう新入りらか。すまんが井戸で水汲んできてくれんか」


 開いた口が塞がらない。


 目を覚ました者から順に、起きがけに汲んできた水を飲んで、目が冷めたら井戸に顔を洗いに行く。


「おう、お前たち今日からだったな。河尻与兵衛だ。うちは中で誰が上とかは無いんだが、俺が古株なんで一応世話役みたいな感じになってる」


「毛利長秀です。今日からお世話になります」


 つい背筋を伸ばしてお辞儀をしてしまう。


「毛利新介っす。いやぁ、なんか俺、ここ馴染めそうな気がします」


 酒飲み同士の直感というやつか、新介はへらへらしながらの自己紹介する。かくいう俺も嫌いではないが、次の日を気にしながらだと味わえない。

 だけど、周りはそれどころじゃなく、ほぼ聞いていない。


「えぇ~と、とり合えず仕事は色々あるんだが、今日は俺についてきて覚えてくれたら良いから。他の者達とは追々話して行けば良いから」


「はい、わかりました」

「うぃ~っす」


 そういうと、いきなり殿の執務室に向かう。


「信長様、おはようございます。藤八とうはち、今日の殿の予定は?」


 河尻さんが信長様へ挨拶すると、横に控えている人に話しかける。


「今日は午前は岩倉攻めの後処理の報告、午後は城下の商人へ訪問、夜は熱田の宮司との会食で、その間は空いています。あと、その見ない顔は新入りか与兵衛よへい?」


 この人何だか秘書っぽい。かけてないけど眼鏡が見えるようだ。


「そうだ。今日からうちの馬廻りにきた、毛利の所の秀長と新八?だっけ?」


「長秀です」

「新介っす」


 やっぱり覚えられてなかった。


「そうか、十郎殿のところの。俺は小姓組こしょうぐみ佐脇さわき 藤八とうはち小姓組こしょうぐみとは、殿の身の回りの事から執務の補佐などを行っている者達だ」


「そうそう。で、馬廻りの仕事はというと、殿の周辺警護や面会の取次とか。でも、一番の仕事は戦働きだから、普段は交代で警護任務に当たる者と、鍛錬するものとを交代でやってる、って感じ」


 と、仕事の説明が軽い。だが、結局今までとする事はあまり変わらない。普段稽古して、戦では槍働き。ただ、今までは中心が親父殿だったのが信長様に変わるだけか。


与兵衛よへい、昨日の酒はうまかったか?」


「はい。ご馳走様でした」


 あの酒は、信長様からの差し入れだったのか。


「そうか。わしは酒は好かんからの。棄てるよりは、お主らが飲んだ方がよかろう。午後は備前屋の後、庄内川に行く。馬廻りから何人か付けろ。見繕っておけ」


「わかりました」


「と、殿?!夜の熱田との会食はどうされるのです?」


「それまでには戻ってくる。どうせ飯を種に、繁盛自慢に来るだけだ。生臭ジジイ共もわしさえ顔を出せば、機嫌ようするじゃろうて」


「わ、わかりました。小姓からも何名か付けますので、必ず帰ってきてくださいね!!熱田が当家にとって大事なのは重々承知なされているとは思いますが、どうも不安でなりませんので」


「心配症であるな、藤八とうはちは。兄の又左またざの気楽さをちぃとは見習えばよかろうに」


「兄のあれは、直すべき悪癖あくへきです。槍働きで手柄を立てるのは結構ですが、もう少し事後の事を考えて動くべきです」


「そうかの。あれはあれで考えてはおるが、一時の想いが強く出るのじゃろうて。それが良いか、悪いかはまた別の話じゃ」


「ご歓談の所申し訳ありません、村井吉兵衛むらいきちべい殿が参られました。お通ししてよろしいでしょうか?」


 俺達とは違って、きちんと仕事をしている馬廻り衆の人だろう、取次の仕事をしている。


「うむ、通すがよい。与兵衛よへいはまた午後にな」


「わかりました」


 河尻さんと一緒に執務室から下がると、二の丸の方へ戻る。


「本当は、先程の内蔵助くらのすけのような仕事もあるのだが、俺達は今日は鍛錬番だ。殿の外出付いていくのもまた然り。と言う事で、お前たち二人は決定な。あとは九郎次郎くろうじろう庄之助しょうのすけあたりにするか。という訳で、これから午前は鍛錬だ。お前たちの力を見せてもらうぞ」



 なんだかバタバタとしていたが、これが織田家では日常的な事なのだろう。

 取次は、家臣同士の顔合わせと当家の中でどのような仕事をしているのかを覚えるのが真の目的なのかもしれない。


 これから想像よりも慌ただしい日々が待ち受けていそうで心配になってくるが、不安になっても仕方ない。こればかりは慣れるしかないだろう。


 こして、信長様直属家臣としての生活が始まったのだった。


人物紹介

河尻かわじり 与兵衛よへい河尻かわじり 秀隆ひでたか。馬廻り衆で黒母衣衆筆頭。叛意を持った織田信勝の殺害を実行した。信長が家督相続する前から仕える最古参家臣。

佐脇 藤八:佐脇さわき藤八とうはち良之よしゆき。小姓組。前田利家の実弟。

又左またざ:前田 又左衞門またざえもん 利家としいえ。小姓組。後の五大老になる利家だが、この時は若さゆえの行動に粗さが目立つ。

内蔵助くらのすけ:佐々成政さっさなりまさ。馬廻衆。さらさら越えの逸話がある、雪山登りの人。

九郎次郎くろうじろう:松岡 九郎次郎くろうじろう。馬廻衆。後の黒母衣衆

庄之助しょうのすけ:生駒 庄之助しょうのすけ。馬廻衆。元は織田信清の家臣だった。

村井吉兵衛むらいきちべい:村井 貞勝さだかつ。信勝騒動の時は和平交渉役を務めた。

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