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1565年(永禄8年) 鵜沼の城攻め問答

 鵜沼うぬま城戦へと向けて、まずは3人だけでの話し合いとなった。



「というわけで、改めて此度こたび鵜沼うぬま攻めの大将となった、木下藤吉郎です。母衣衆のお二方には、何卒なにとぞご助力の程、お願いしたい」


「で、その木下殿は此度の鵜沼うぬまを、どのように落とすのか?策をお示し願おうか。あれほどの大口を叩いておいて、無策などとは言わないでしょう?」


 皮肉交じりの山口飛騨守やまぐちひだのかみ殿は、やはり藤吉郎殿を良くは思っていないのだろう。


「そりゃぁ、信長様の威光があれば、鵜沼うぬま城主の大沢何某(なにがし)なんぞ、腰を抜かして城を明け渡すであろうよ。命惜しけりゃ城明け渡せ、と言えば、たちまち城を明け渡す、という算段だ」


 は?何を言っているのか最初は解からなかった。


「ふ、はっはっは。そうか、そうですよね。殿の威光に心が折れない訳はない、ということですか。では、調略は当然、木下殿自らが行われるので?」


「あぁ、ワシが行って話を付けてくるから。敵とはいえ、あれだけ怖い信長様を恐れない訳はない」


「あっはっは、そうですよね。さすがは木下殿、慧眼にございます。っく、それだけ聞ければ、後は私は良いように動けば良いのですね。わかりました、もう十分。それでは、私はこれにて失礼しますね。くっくっくっ」


 笑いながら、飛騨守ひだのかみ殿は立ち去ってしまった。


「やはり、飛騨守ひだのかみ殿にも十分通じる策という事ですな」


 勘違いもはなはだしい。


「藤吉郎殿、本気ですか」


 心の底から、そう聞かざるを得なかった。


「うん?無論でござる。何か問題でも?」


「問題しかありません」


 どうしようも無く、ツッコミを入れてしまう。これが、後の天下人と呼ばれる秀吉なのか。


「そもそも、鵜沼うぬま城主の大沢が城を明け渡すつもりなら、犬山が落ちた時点で織田側に接触しているでしょう。隣の城が敵対勢力の手に落ちたのです。少なくとも戦の覚悟はしておりますよ。声を掛けたら直ぐに織田に付く、などと言う事はないでしょう」


「……そうかのぅ?河内守殿はそう思うのかの?」


「少なくとも、そのような覚悟も気概も無い者を、国境の城を治めさせはしないでしょう。少なくとも、今の龍興はわかりませぬが、一色家の義龍よしたつが、そのような軽々な差配をするような人物なら、美濃は今頃信長様の手中にあるでしょう」


「……言われてみれば、たしかに。道三どうさん亡きあと9年経つが、結局信長様は道三どうさんの仇討ちが出来ずじまいに終わっておったの」


「それに、藤吉郎殿が同じく、任せられておる城が多勢に攻め入られたら、両の手を上げて降参いたしますか?」


「……少なくとも、時間を稼いで援軍を待つか、逃げるの二択じゃ。そうそう転びはせぬな」


「相手は、同じ気持ちですよ。相手の気持ちを考えないと、何事も上手く行きません。此度は、藤吉郎殿、鵜沼うぬまの大沢、共に命懸けの戦です。藤吉郎殿の命は、先程言われた程に、軽いのですか?」


「……」


 藤吉郎は考え込んだ。俺も、なんだか会社を甘く見て入ってきた新人に説教しているような気分になって、つい言い過ぎてしまったのかもしれない。


 しかし、戦となれば、必ず人は死ぬのだ。それを差配する人間が、命の事を軽んじてはいけないのだ。きっと、命を軽んじる方が自らの命を落とすのだ。

 大軍で油断の出た今川(しか)り、謀反して尚一度は許された信勝様(しか)り。


「たしかに。ワシはまだ死にとう無い。嫁のおねにも、良い暮らしをさせてやる、と言ってまだ叶えておらん。そうじゃな。これをしくじれば、ワシは死ぬんじゃったな。そしてそれは、相手も同じ、か」


「そうです。相手も命懸けです。そして、自分の命を預けるのに、軽々に扱う相手に預けないでしょう。今、情勢は織田に傾いております。それは相手の大沢も当然解ってはおるでしょう。そして、その織田から差し向けられたのは、名も知られておらぬ藤吉郎殿です。相手はどう思いますか?」


「ふ、不安じゃぁ。本当にこいつの言う事を信じて良いのか解らん!騙して殺されるかもしれん」


「そうです。今、藤吉郎はその状態で調略に向かうのです。手ぶらで向かえば、ましてや助命してやる、などと大上段で応じたら、相手は『使者の首で一色への忠節を』とばかりに名誉を取る事もありましょう。力押しで織田に敵うはずもないのは、事実でしょうから」


「ど、どうすれば良い?!河内守殿!ワシはどうすりゃ良いんじゃ」


「ですから、相手の立場になってこちらに付くには、どのような条件で、どのように接すれば良いのか、を考えなされ」


「……まずは一晩考えまする」


「いくらでも時間を使いなされ。藤吉郎殿が此度こたびの大将なのですから」


 そう言って、その場を離れた。


 あの秀吉と言っても、今は戦で指揮したことも無い、ただの足軽でしかない。新人は、誰かに導かれて大きくなるのだ。俺も初陣では親父殿に付いていくだけで精一杯であったように。


 それが藤吉郎殿の場合は、いきなり失敗の許されない命懸けだっただけの事なのだろう。


 そもそも、元の歴史では一体だれが秀吉を導く立場だったのだろうか?

 前世でもう少し日本史を勉強しておけば良かった。


 それとも、元居た世界の歴史と差異が生まれているのだろうか?


 そう思っても、歴史に問う事は今更できはしないのだから。


読んで頂きありがとうございます。

良ければ高評価、ブックマークを頂ければ、創作の励みになりますので、よろしくお願いします。

※今回の人物紹介は無しです。

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