1565年(永禄8年) 美濃攻め軍議
「全く、犬山が早う獲れておったのなら、小牧山に城など不要ぬわ。余計な手間よのう」
今日の会議は、美濃攻めに向けての方針を決める大事な会議、のはずであったが、会議は信長様の盛大な愚痴から始まった。
「どうやら一色の阿呆な子倅が、家臣に追い立てられて稲葉の城から追い出されているという。領内の統制が取り難かろう今、一気に崩す。東美濃は、お艶叔母上が嫁いだ遠山殿を中心に調略を進めておる。西美濃の稲葉、安藤、氏家らは、龍興めに疎まれておる。現に稲葉山から追い出した中に安藤も加わっているとの事。寝返るは時間の問題。今しばらくは調略をかけるに止めおく。残るは中濃、ここは一気に落とす」
淡々と語る信長様に、刺された地図の上だとほぼ美濃は手中の治めたかのように感じるが、未だ一色の力は残っており、東西も織田に靡いてはいるが、一色龍興を美濃から取り除かなかければ織田に鞍替えはしないであろう。その程度には強かだ。
「そうすると、まず一陣は鵜沼、猿啄を抜け加治田に向かう。もう一陣が烏峰を落とす。すでに、加治田周辺の城には五郎左が調略を仕掛けておる。問題は、それぞれに誰をあてるか、である」
ここで、目線を一瞬佐久間半羽介殿に移すが、すぐに目線を他へ移した。
「まずは猿啄を抜けて加治田へ向かうのを本隊として、儂自ら出向く。差配は五郎左、そちに任せる」
「は、お任せください」
これは、犬山攻めの功績を見込まれて、のことであろう丹羽五郎左殿が一軍を率いる事になる。
「もう一方は三左、軍を率いて烏峰を獲ってまいれ。補佐に母衣衆から刑部の兄弟をつけようぞ」
森三左衛門殿はよくぞ自分に回ってきた、との想いがあるのだろうか。
「おう、お任せ下され」
自信の込められた返答をする。
刑部の兄弟とは、織田刑部大輔の子で、織田駿河守殿、織田左馬允殿である。
本来の立場で言うなら、ここに佐久間半羽介殿の名が上がるのが常道であるが、やはり小口攻めでの失態が響いているのであろう。信勝様に組した柴田殿、林殿と同じく、しばらくは織田の戦からは遠ざけるおつもりなのだろう。
「鵜沼は犬山から近き地、誰に任せるとしようか。誰ぞあるか」
鵜沼城は、犬山城がら木曽川を挟んで目と鼻の先にある。美濃の奥深くへと進むには、ここを残しておけば小さな城とは言え背後をつかれかねない。
とはいえ、間近に織田の犬山城がある事で、相手の城主は織田家の勢いをまじまじと感じるであろう事も容易く想像ができる。
落としやすく、落とせなければ進軍の足を引っ張る事になる。重圧のかかる任務である。
「わ、せ、拙者にやらせてくだされ!!」
会議の一番末席の方から立ち上がった者がいた。立ち上がっても尚、前方の人垣に紛れてしまいそうな程の小柄な姿であった。
木下藤吉郎殿である。
座っている場所からすると、精々足軽大将であろう。一軍を率いるような立場では無い。この会議に参加しているのも、恐らくは美濃の土地勘があったり、美濃に縁がある者達で、会議で出た疑義の補足として参列しているにすぎないのだろう。
そんな者の一人が、一軍の将を任されるべく、名乗りを上げたのであった。
「おぉ、お主はたしか、厨奉公をしておったな。名は何といったかな」
「へ、へぇ。足軽大将の木下藤吉郎です。信長様、この戦、ワシ、いや拙者に命じて下されぃ」
その言葉に怒声をあげる者がいた。声がかからなかった柴田権六殿である。
「足軽ごときが出しゃばってよい話ではない!!おぬしらは、聞かれた時に答えればよい。殿が問われたのは儂ら家臣団に対してじゃ。ぬしら足軽は引っ込んでおれ!!」
この怒声に、反射的に藤吉郎殿は座り込んで頭を下げた。
「出しゃばっておるのは重々承知しております。ただ、ワシにも機会を頂けたら、必ずお役に立って見せますので!」
「黙らんか!」
柴田殿が怒声で制止する。この騒然とした中、信長様は冷ややかな声で柴田殿を制する。
「よい、権六。必ずこの信長の役に立つ、と申したな。その言葉に偽りは無いか」
「へい!!」
藤吉郎殿は真っ直ぐと信長様と目を合わせる。互いにその視線を逸らす事は無かった。
「では、任せよう。もししくじれば首を落とす。よいな?!」
慣例を変えるのには命掛け、か。そうでなければ、統率が乱れるのは理解できるが、酷ではある。
「へ、へい……」
さすがに命懸けとなった藤吉郎殿の返事に、戸惑いが出てきている。
「さすがにお主一人だけでは荷が勝ちすぎるであろう。ふむ、そうだな。では毛利河内、山口飛騨、そなたらが補佐せよ」
「は、はいぃ?!」
お、俺ですか?!
「うん?毛利河内、何ぞ不服があるか?」
変な声で返事をした俺を、揶揄うように信長様は念を押してくる。
秀吉がこんなところで失敗は、しないハズ、だよな。
自分が知っている歴史通りに進んでいるのか、確証が持てないから断言も出来ない。
返答を言い澱んでいると、俺と同じく指名されたもう一人の母衣衆、山口飛騨守殿は不満げに声を上げる。
「殿、我らはあくまで補佐。もし失敗したとしても、その責はその木下殿か?のみにある、という事でよろしいですか。名も知らぬ足軽の功名餓鬼の、巻き添えにされてはかないませぬ」
悪意100%である。
「うむ、お主らに責は問わぬよ。責も功も、その藤吉郎だけのものよ。それで良いか?山口飛騨。他の者らも、そういう事、でよいか」
命懸けなのは藤吉郎殿のみ。そして補佐は非協力的。これでやってみろ、という厳しい沙汰に、柴田殿をはじめ、家臣団も承諾するしか無かった。
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※今回の人物紹介は無しです。




