閑話-藤吉郎、尾張のはじまり
秀吉と利家の出会いの話です。
「うら!」
バキ!ドカ!
「そら!」
ゲシ!ドゴ!
二人の男から、一人の男が殴る蹴るの暴行の限りを受けていた。
暴行している側の二人は大柄で、素肌の覗く腕から刺青が見える、見るからに堅気ではない。方や暴行を受けている男は、成人にしては小柄な、子供のようにも見えた。
そこへ、二人以上に体格の良い一人の男が通りかかると、暴行に夢中な二人を、親友にあったかのように後ろから両手で抱きかかえた。
「よう、お二人さん。景気よさそうだねぇ。一体、どうしたんだい?」
抱えられた二人は、抱えられた腕を振り払おうとしたが、振りほどけない。そして、男の顔を見るなり、今までの薄ら笑いから、卑屈で媚びた笑いに変わっていた。
「こ、こりゃ又左さんじゃねぇですか。驚かさないでくださいよ」
二人の手が止まると、そこに蹲っている一人の姿が浮き彫りになる。顔は晴れ上がり、四肢や腹にも打撲痕ができ、痛みのせいか手足が震えている。
「これは、ずいぶんとやったな。ここまでやるたぁ、この男、なに仕出かしたんだい?」
二人に問いかけても、互いに目を合わせて、どちらも言い出さない。
「なぁ、どうなんだい?お二人さん?」
腕にかかる力が強くなり、二人の首が絞まってゆく。すると観念したのか、口軽く話しだした。
「ば、博打で負けが込んで。で、むしゃくしゃしてた所に、こいつが目に着いたから!ちょっとからかっただけで」
「胴元の野郎が何か仕組んでやがるんだ。間違いねぇ」
それを聞くと、二人を抱えていた両腕を離すと、二人は安堵の表情を浮かべた。すぐさま、二人の首を後ろから片手で掴み、二人を締め上げた。
「ちょ、ま」
「するってぇと、この人はなーんも関係ない、ってことになるねぇ。おめぇらは、ムカついてたら殴って良いのか。良い事聞いちゃったなぁ。うん」
二人を締め上げながらでも、笑顔を絶やさない。反対に二人は手足をバタつかせて逃れようとする。
「いや、そういう訳じゃ」
「そうです、こいつが絡み始めたから、おれはそれに乗っただけで」
「てめぇ、俺になすりつけようと」
一旦、二人の距離を開けると、勢いをつけて二人の頭をぶつけあう。
「あぎゃ」
「おご」
二人供、目を剥いて気を失ったようだ。
その二人を道に放り投げると、うずくまっている男のそばへ歩み寄り、屈んで話しかけた。
「お前さん、災難だったねぇ。傷はどうだい?医者行くかい?」
すると、うずくまって震えていた男の震えが止まり、スッと立ち上がり体の砂を払い落した。
「助けてもらって、ありがとうございます。ですが、打ち身だけで、骨には異常ありませんで。医者は結構です。そんな金ねぇもので」
立ち上がった男と比べると、胸にも満たない背丈しか無かったが、顔つきから子供ではない事は確かだった。
「そうかい。じゃぁ、そこの井戸で傷を冷やしてはどうだい」
そういわれると、小柄な男はフラフラとした足取りで井戸の方へと歩いていった。大男も付いて行き、井戸の水をくみ上げて手桶に井戸水を注ぎ入れる。
冷えた井戸水に、懐からだした手ぬぐいを浸し、絞って小柄な男に手渡した。受け取った手ぬぐいで、傷口に当てると顔をしかめた。
「お前さん、災難だったねぇ。この町であぁいったおいたをする輩がまだいるなんてねぇ」
「……助けられておいて何ですが、あなた様も、わたしらから見たらあの二人と同じです」
ちゃぼん。
人通りも無く静かな横丁で、手ぬぐいを水につけては傷を拭う音だけが耳に届く。
「へぇ、そいつはどういう事だい?」
「わたしらみたいな、体の小さい、力の無いモンからすると、力ある人からは何されようとも耐えるしかないんです。気まぐれの暴力だろうと、気まぐれの助けだろうと、ね」
ちゃぼん。
ちゃぼん。
「そういう事かい。なるほど、そう言われたらそうなんだろうねぇ」
「体の大きさだけじゃなく、生まれの違いもあります。お貴族様やお武家様の家に生まれれば、体とは違った力が、権力があります。あたしらみたいなモンは、どっちも無い。為すがままににされながら、有るか解からないのし上がる道を探すしか無いんですよ」
ちゃぼん。
ちゃぼん。
「そうかもしれないねぇ」
小柄な男は、暴力を振るった男たちにも力があれば拒めたし、大男が気まぐれで助けたのも、力があればそれすら拒める。と言っているのだ。
どちらも拒める程の力があって、初めて矜持が保てると、小柄な男は思っているのだろう。
「お前さん、生きにくいだろうねぇ。だけど、今世間は変わってきている。信長様が国を治めだしてから、変わりだしてる。俺みたいな武家の放蕩四男坊でも、臣下に加えてくれる。武家以外でも家人に取り立て、他所から移ってきた国人もかあまわず取り立てる。今までとはちょっとした事でも、たしかに変わってきてる」
「そりゃ、力がある人にとっては、でしょうね」
「それに守護様の子供を一家臣の養子に出す位だ。生まれの家の価値より織田家への献身でのみ身を立てれるんだ。そりゃ俺みたいな腕っぷしもありゃ、要領の世さ、頭働きででものし上がれるんじゃないか?力あるヤツが評価されないよりも、される方が俺にぁ性に合ってるってものだ」
ちゃぼん。
「そうですかい。ここを治める信長様ってのは、俺みたいな流れ者でも取り立ててくれるんかね?」
「お前さんが、役に立つ、と思えばきっとな。少なくとも俺は、信長様はそういうお人だ、と思ってる」
「そうなんですかい?これから商い人から守護代になったって噂の美濃にでも行こうかと思ってたが、一度、この尾張で働いてみるのも有りかもしれない、か」
「そうか。尾張の暮らしが、お前さんの今日の不運が帳消しになる事を祈ってるよ」
ちゃぷん、ちゃぷん。ざーーー。
絞った手ぬぐいを返そうとしたが、大男はそれを一瞥するだけだった。
「返さなくともいい。今日の事を嫌だと思い出すなら棄ててくれ」
「そうですか。そう言えば、お名前も聞いておりませんでしたな。わたしは木下藤吉郎と申します。遠江から流れてきた者です」
「俺ぁ前田又左衞門利家、又左で通ってる。今は、この那古野で信長様にお仕えしてる」
「で、その養子にだされた守護様の子というのは、どなたというのですか?」
「あぁ、十郎殿の家だから、たしか……毛利、長秀?だったかな」
「へぇ。毛利の長秀様、ですか」
後に、天下人となる男と、五大老となる男との邂逅であった。
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