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1562年(永禄5年) 織徳同盟と嫁取り

 長期化した楽田がくでん城攻めは、佐久間さくま半羽介はばのすけ殿の指揮で継続し、信長様は清州へと戻っていた。母衣衆も付き従って清州に戻り、統治業務に戻っていた。しかし、4,5里先で戦闘が行われており、戦況の急変があれば直ぐにでも出陣となる。場合によればこの清州も攻められるかもしれないのだ。そして、職場を同じくしていた小姓の一人が討死している。今までとは違って、緊張が常に城内を覆っていた。


 そんな中、家老の林新五郎殿から朗報が入る。


 三河の松平元康が名を改め徳川家康とした。そして、その重臣の石川数正(かずまさ)と進めていた同盟が成そうとしている、との報告であった。


 最終的には、徳川家康が清州へと訪れ、最終調整を行うとの事であった。


 この報せで、清州城では歓待の支度が行われることとなった。


 熱海や津島の港からの食品の仕入れから料理の支度と、饗応きょうおう役は村井民部むらいみんぶが務めており、藤吉郎も一時いっとき兵から裏方の奉公人へと姿を変えて務めていた。


 我ら馬廻りは、饗応に事前に準備できる事は無い。せいぜい当日の段取りの確認と、当日の警備、客人の案内位なもので、周りの慌ただしさに、すこし取り残されたように感じていた。


「なんだ長秀。退屈そうだな」


与四郎よしろう殿にそういわれるとは心外ですが、確かに、お家が大事な時というのに、少し気が抜けているのかもしれません」


「あぁそうそう、輿入れの件決まったから」


 突然、何を言うのか。


「はいぃぃぃ?!何言ってるんですか」


「十郎殿に話したら快諾もらえたし、殿にも承諾を貰ったぞ」


「この大変な時に、信長様に何聞いてるんですか」


「でもなぁ、殿も『わしなぞ嫁どころか側室二人に息子3人、娘二人おるぞ。嫁の一人くらい早うめとれ』と言っておったよ」


 さすが戦国の世。嫁取りと跡取りは早い方が良いとでもいうのか。


「十郎殿も、喜んでたよ。早く孫が抱きたい、って」


 親父殿もか。


「子供に恵まれなかったからな、十郎殿は。身内の良勝と、息子とではまた違うだろうからな」


「はぁ、もう外堀も内堀も埋まってる訳ですか。で、結局攻め入る敵はどなたでしょうか?」


「娘の方だ。名をおせんという。この徳川との饗応きょうおうが明けたらお前の結納で宴会だから」


「宴会の後に宴会って、どういう予定だよ、まったく」


「俺らが楽しめない宴会は、宴会の内には入らない。お前の祝言なら死ぬほど酒飲んで暴れられるってもんだ」


「いや、暴れるの前提は止めてほしい。なんなら酒抜きにしても良い」


「ば、バカ野郎!!祝言とはいわば神事!酒で神と同化し一族としての結束を高める事が必須!!酒無くして祝言なし、だ!!」


 はぁ、こういうノリだから嫌だったんだよな。与四郎よしろう殿からはテンション置いてけぼりにされる感じがしていた。


「ま、これでうちの河尻と毛利は身内ってことだ」


 そう、与四郎よしろう殿は俺を斯波しばではなく毛利もうりとして見てくれている。これは、何とも嬉しい事ではあった。


 実際、過去に来た縁談の話でいうと、京の三条家さんじょうけ縁者えんじゃで、その実政争に敗れて地方に流れ落ち、再興を狙う家の娘だったり、自称皇族の血統を謳っている家の大年増、身内が都の役人で自称高貴な御家柄の四十路の後家さんだったりと、家同士不釣り合いだったり、とても武家の嫁は務まらないような縁談ばかりで辟易としていた。


 そんな中、同じ馬廻りの同僚の縁で、共に武家の出なら、家の格も、心構えも問題は無いのだろう。


 しかし、一度も見たことが無い人と家庭を築く、とうのが何とも理解が難しかった事も、敬遠していた理由であった。しかし、それももうさすがに年貢の納め時というものだ。


 徳川との同盟話も無事に成り、自らの祝言となった。


「だぁっはっはっ、これで毛利の家も続くとういもの。本当に、本当に」


 親父殿は泣きっぱなしであった。


「たしかに良勝の時とは違う、か」


「あぁ、俺がどうしたって?ほら、主役だろ飲め飲め~」


「そうだ~、のめ~」


 与四郎よしろう殿と良勝は既にすっかり出来上がている。

 しかし、今この時も楽田がくでん城での戦は続いているのだ。よく酔えるな、とも思う。どうも本当は一番嬉しがるのは俺自身なのだろうが、どうも自分の事をまるで他人事のように感じているのは、前の人生から引き継いでいる特性なのだろう。


 そんな自分の隣に座っているのは、まだまともに顔もわからない俺の嫁。実感が湧かないのはそのせいかもしれない。


 この少し前に、嫁の母親とは顔を合わせていた。

 つつましやかな雰囲気のする女性であった。実際の歳よりは若くは見えるが、やはり歳を重ねた落ち着きも感じた。


「おせんの母のおこうです。この度は娘をよろしくお願いしますね。あと、与四郎よしろうから聞いたわよ?最初相手は私だったみたいね。なんなら娘と一緒でも良いわよぉ」


 顔の雰囲気に似合わず、距離感がおかしいのは与四郎よしろう殿とそっくりであった。


 そんな宴が落ち着き、とうとう初夜を迎える事となった。


 床を前に、ようやく妻と顔を合わせる事になる。


 行灯あんどんに照らされた妻の顔は、化粧が全く似合わないほど幼さが残る、というより幼い、どう見ても子供であった。

 たしかに13歳とのはずだが、年齢以上に幼いように見える。


「子供やん」


 つい、口に出てしまった。


 それがいけなかった。


「だっ、だれが子供ですか!私はあたなの妻ですよ!立派な大人の、お、と、な、の、女ですー!!」


 地雷を踏んでしまったようだ。


「わかった、わかったから。大人だから」


 と言いつつ、ついつい頭を撫でてしまう。


「あうあうぅ~、わかればいぃですぅ~」


 いいんだ。


「おせん、大人だから知ってるですぅ。夫婦めおとは床に入って一緒に寝るんですよ。お母様にちゃんと教えてもらってますから」


 おこうさん、ちゃんと教えておいてくださいよ。

 しかし、こんな子供にどうこうする気も起きない。


「そうだね、よく知ってるね~」


 そう言って、頭をなでる。


「えへへぇ」


 薄暗いが、にんまりしているのが解る。

 酒宴でそれほど飲んではいなかったとは思うが、酔っているのかもしてない。


 娘がいたらこんな感じだろうか。そう思いつつ共に床に入ると、掛け布団をぽんぽんと叩きながら、寝付くのを見守った。


「これで、わたしも、お、と……スー」


 やれやれだ。これだと、迎えたのは嫁ではなくて養女じゃないか。


 世の男は、結婚するとこんな思いをするものなのだろうか。


 多分違う。


人物紹介

石川数正(かずまさ):徳川の重臣で西三河勢を束ねる。東三河勢を束ねる酒井忠次と共に徳川の片腕として支えた。

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