俺が知ってる豊臣秀頼と違う?!え、誰?
言われるがままに歩いていた。那古野?に向かって歩いてるそうだけど、俺が知ってる名古屋?なの?着てるものからして江戸?戦国時代?それとももっと前?そうなるともう解らない。
あの時、声は転生先は『良い身分』って言ってたはずだけど、今どういう状況?屋敷が燃えてて、そこから逃げてきたみたいなのは解るけど。
知ってそうのは、先頭を馬を曳いて歩いてる髭の人だろうけど。
「あの~、今どこに向かってのでしたでしょうか」
思い切って髭の人に話しかけてみた。
「混乱めされているか、仕方なかろう。今、斯波殿の屋敷が大和守の兵に襲撃され、ご子息である貴殿や女子供を我が殿のおられる那古野城へと向かっておるところですぞ。御父上との約束があります。那古野までは、何としてもこの毛利十郎がお届けしますぞ」
髭の奥で光る眼には『惜しい人を無くした』という、なんというか、感情を真っ直ぐに向ける人なんだろう。
「ハハッ、ハイ、よろしくお願いします」
つい、愛想笑いからの空返事で返す。
取り合えず分かった事は、この髭の人が『毛利十郎』という名前で、俺が『斯波』という家の人間らしい。あと、この髭の人は俺に同情しているようにも感じた。
そして『貴殿』とか呼ばれてたし、周りの人も『若様』としか言われないしで、自分の名前がわからないのもどうも座りが悪い。
それに、炎上していた屋敷に父親が居た、そして、恐らくは助かる事は無いのだろう、という事だ。
あぁ、今回も父親の顔も分からないのか。
それが残念でならない。
そして、もしかして母親にも会う事は無いのだろうか。
ただこれから向かっている先は逃げ延びる先だろうから、安全なんだろうし、きっと一息つけるのだろう。
しかし、『斯波』って苗字は知らないけど、有名なんだろうか。声の主が言うには『良い身分』なはずなんだが、よくは知らない。
この『毛利十郎』って人の『毛利』も、あの「一本では折れる矢も、三本束になれば折れない」という「三本の矢」の逸話の毛利なのか?
歴史は学校で習ったのと、ゲームに出てくるくらいしか知識が無くて、そこまで詳しくないから全くわからない。
でも、あの毛利家だったら、この髭の人も偉い人なんだろうか?
そして、今歩いているのも当然舗装された道はなく、踏み固められた跡が造ったような道ばかり。
さらに、足元はわらじというか、編まれた草履だったが、結構歩きやすいのは想定外に良かった事だった。それにどうやら俺はまだ10代半ばくらいで、体力的には『生前』よりも充実しているのは助かった。身体はまだ成長途中だが、むしろ動きやすい。この時代だから鍛えていたようなのは、助かった。
しかし、もう歩き続けてどれくらい時間が経ったのだろうか。太陽が地平線へと近付いていった。そこで、初めて視線の先は丘や山にぶつかるまでさえぎる建物が無い事に気づく。町で育ってきたからか、その広大な視界に、少し感動していた。
ようやくの事で、どうやら那古野に着いたらしい。家々は掘っ立て小屋のような、加工してない木材で建てたような家々が並んだ後、きちんと加工された板材や土壁で建てられた家に変わっていった。そして、威圧感を受ける程の横に大きな土塀が見える。櫓も建っていて、人が頻繁に上り下りをしているように見えた。この体は視力も良いみたいだ。
土の壁に近付いてみて解かるのが、土壁の前には大きな堀が彫られていて、土の壁とで高低差を増している。そして土の壁の奥には建物の屋根が見えて、その屋根は他のような板張りではなくて瓦が敷き詰められていた。これがこの時代の城とういものか。
初めて目にするその光景に、歴史好きでもないけど好奇心というか、知識欲というか、知れた喜びの感情があった。
門が開き土塀の中に入っていくと、中にも土の壁があり、その奥の建物には真っ直ぐ向かえないようになっているようだった。
髭さん、もとい毛利十郎さんは他の人に何やら耳打ちしたあと俺達の方に向かいあう。
「では、これから殿へお目通りいたします。若君、拙者に付いてきてくだされ」
え?ここから俺だけ?とも思ったけど、髭さんについていく事にり、土塀の中を何度も曲がりくねって進み、3つの門をくぐった先に、やっと瓦屋根の建物の前にやってきた。
建物の門が開き、中へ入ると綺麗な板張りで『え、このままでいいの?』と思ったけど、髭さんが草鞋のまま歩いていったので俺もそのまま板の上に上った。
「これ十郎!!土足で上がるとは何事か!まったく、どいつもこいつも殿が礼儀に甘いのを良いことに、粗雑な振舞いばかりだ」
そう叱りつけられて、俺も一緒に驚いてしまった。
見ると同じく髭を蓄えた、新しい髭の人が出てきた。
「おぉ、これは失敬した新五郎殿。つい、殿をお待たせしておるので気が逸ってな」
といいつつ草鞋を脱いでいるのに習い、俺もそそくさと草鞋を脱ぐ。バレてないよな?
「その方が武衞殿の御子か」
そういうと、俺を頭から足先まで舐めるように見ると、一瞥する。
「殿がお待ちだ、急がれよ」
自分が呼び止めたクセに。とは言えずに、毛利さんと建物の中を進んでいった。そして、ある部屋の前に来ると、毛利さんは片膝をついて座った。
「毛利十郎、斯波殿ご子息を連れて戻りもうした」
「おう、入れ」
習って俺も片膝をついてしゃがむと、中から若い男の声がした。
襖を曳き部屋の中へ入ると、相手は奥に座っていた。かなり距離がある所で毛利さんが止まり、手で俺の背を推すように前に座らせる。そして、その背をそっと前へ推し、頭をさげて礼をする形になった。
奥に座っていた男はまだ若く、二十歳そこそこ、いやもっと若く見えた。
「ふむ、そちが尾張守護斯波武衞殿の息子か」
いや、名前を言ってくれよ。名前よりも家が重いって事なんだろうけど。
「俺は弾正忠家が当主、織田三郎信長である」
え?今信長って言った?!え!あの信長?
という事は、俺は結局誰なの?豊臣秀頼に生まれ変わるって言ってたのは何なの?
人物紹介
武衞:斯波義統。尾張一国の守護。斯波家は室町幕府で管領(将軍に次ぐ立場)を交代で務めた三管領家の一つ。「武衞」は兵衛府の唐名。斯波家当主は「武衞殿」と呼ばれた。
大和守:織田 大和守 信友。織田大和守家当主。尾張の南半分の守護代。信長の弾正忠家は家来筋。尾張守護の斯波義統を保護していたが、義統が独自の政治を行うようになったのを嫌って弑逆した。
新五郎:林 新五郎 秀貞。先代から織田家に仕える家老で、信長の後見役。