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1561年(永禄4年) 桔梗の植え替え

墨俣すのまたの砦を取った所で、清州より早馬が来る。


それは北近江の浅井あざい家から使者が参り、輿入れの条件を承諾した、との事であった。この報せを聞いた信長様は。


「この墨俣すのまたは、四郎次郎しろうじろう叔父上に任せる。だが、この墨俣すのまたは攻めに良く守り難き地、取られても取り返せばよい。ここに一色の目を向けさせるが目的と心得よ」


「わかり申した。守りは無理せず、という事だな」


「うむ。取られたら取り返す。そうしておけば、一色の小童こわっぱの小さき胆力に響くであろう?容易く取られるのも良い。が、容易く取り返せ」


「そうか、心を攻める訳じゃな。しかもじんわりと弱火で。まっこと嫌らしき甥殿よのう」


「誉め言葉、と受け取っておこうか。わしは急ぎ清州へ戻り縁組をすすめる。此度の評定もそこで行う。が、先んじて言っておく。前田の孫四郎まごしろうも城に呼んで置け。謹慎は解く」


それを聞いて、又左またざ殿を知る小姓や馬廻りの者達は大いに喜んだ。その中。


「やっとか、バカ兄貴が」


素直になれない者もいたようだが。



そして、兵の一部を残して清州へと戻ってきた。



清州へ戻ると浅井からの使者、雨森弥兵衛あまもりやへいを城内に留め置いていた。


「で、迎えるは浅井あざいが嫡子、猿夜叉さるやしゃ殿であるか」


「はい、既に家督を継ぎ当主となられ、今は名を賢政かたまさと名乗っておいでです。そして輿入れはご正室としてお迎えする事となりました。先の六角ろっかくゆかりの室は既に実家へ帰しております故」


「そう、か。では、こちらも約定通り妹のお市をおくろう。で、今後浅井家は如何いたす?」


「いつまでも六角ろっかくの庇護下にあった浅井あざい家ではありません。既に六角ろっかくの手から巣立っております。それに、六角が一色に近付いておるようで。織田殿には、一色の背後の尾張から攻め立てて頂く事を望んでおりまする」


「なるほど。であらば、当家とも歩みを同じくして行ける、というものだ。一色が北近江へ備えを割く事で、わが家の美濃攻略の助けとなる」


二人の会談は、このような形で行われたようで、尾張からお市の方様をお送りするのに、護衛の軍をつける事になった。


その護衛軍に母衣衆として数名加わる事になる。


総大将は柴田権六しばたごんろく殿。そして意外だったのは、その陣中にあの木下藤吉郎がいた事だった。


ちいさな背丈、折れ曲がった背を、見間違えるはずもなかった。そして、それは相手の方から話しかけてきたのだ。


「これは河内守様も此度こたびの輿入れに付き添われるのですか」


「これは藤吉郎殿。そなた、奉公の仕事は如何した?これは戦へ向かう陣立てぞ」


「いやぁ、このたびお館様からご奉公はいとまを頂き、武士ぶしとして身を立てたいと申した事を汲んで貰えましてな。この藤吉郎、こたびが初陣にござる」


たしかに、軍備をして美濃の一部を通るが、侵攻ではなく防衛、反撃の為の兵。戦闘にならない可能性の方が大きい。


「まぁ、初陣とは言え此度はめでたき輿入れでござる。戦にならない事もあり得るゆえ、気負いなさるな」


「そうですなぁ、めでたきことゆえ戦いにならぬのが良いが、それではわしの手柄を立てる機会がのうござるのもまた困りもの」


さすがの上昇志向。しかし、いくら護衛に手練れが多いとはいえお市の姫様を守りながら戦うのは避けたいものだ。


「そう言えば、今回輿入れされるお市様が、先程我らのような一兵卒らにご挨拶に来てくださりました。ほんに菩薩の如き美しさをお持ちのお方でした。まっことあり難き事で」


「へぇ、そうなのか。それはあっておきたいものだ」


たしかこの先何年後かわからないけど、浅井は滅びる。織田が滅ぼす。そしてお市様は生き残ったはずだ。くそ、こんな事ならもっと日本史やっとくんだった。


藤吉郎と話していると、品の良さそうな少女、まだ12,3歳であろうか、が側女を連れて陣内の兵に声を掛けながらこちらへと向かって来ていた。


「もしかして、あのお方か?」


指をさして藤吉郎に見せる。


「はい。あのお方でございます」


藤吉郎は既に膝をついて頭を下げていた。


「ごきげんよう、お市にございます。今日から、よろしくお願いしますね」


確かに美しい。が、まだ若い。というか幼い印象が強い。そんな女の子が家族から離れて一人、これから嫁いで行くのか。


俺も片膝を突き、頭を下げて礼をする。


「は、はい。わたしは信長様の馬廻りで母衣衆ほろしゅう拝命はいめいしておる毛利河内守長秀もうりかわちのかみながひでと申します。こたびは傷一つ無く送り届けまする」


「まぁ、あなたがあの河内守殿?桶狭間ではお身内の良勝殿が活躍されたとか。お兄様が嬉しそうに話してくれました」


「おぉ、それを聞けば良勝も喜びましょうぞ」


「で、そちらの方は……」


「はい、わっしは木下」


「先ほどお話させていただきましたよね。えっと、とうきちろうさん?」


「は、はいそうでございやす」


「うふふ、なんだか可愛らしい動物さんみたいね。頼りにしていますよ」


「へ、へい」


お市様が去った後、甘い花の香りが鼻をくすぐる。


そんな尾張の花は、つつがなく運び終える事になった。


織田の尾張から浅井の北近江までは、間に美濃を通る必要があったのを、今回妨害が無かったのは、恐らくだが今後予定している六角と一色の間で縁組で、南近江と美濃を行き来する間に、北近江を通る事になる。

今回妨害すると、当然報復が行われるのは目に見えている。


そうして、織田と浅井の縁組はなされた。美濃攻略への足場は着実に固められて行く。


人物紹介

浅井賢政あざいかたまさ:幼名を猿夜叉さるやしゃ、人質時代に六角氏に居た事により、六角義賢(よしかた)から一字を与えられているが、国に戻り家督を継ぐと六角へ反旗を翻し争う。お市を娶る事で、信長から一字を取り名を長政に改める。

雨森弥兵衛あまもりやへい:雨森清貞。浅井家の海赤雨の三将と称される。

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