1561年(永禄4年) 新介の祝言
「いやぁ、今日はめでたい。あの新介が嫁を取るとは。これも、昨年の今川との戦働きができたからこそ。よくやったな」
朝から、親父殿がずっとこの調子だった。
「いやぁ、俺が嫁を取るとは。俺が槍働きが出来たのも、十郎おじに頂いた具足のおかげぞ」
そして、主役の新介もずっとこの調子だった。
「いやいや、新介の働きが」
「いやいや、十郎おじのおかけで」
何度も繰り返されるやり取りに、とうとう我慢が出来なくなってしまう。
「いい加減にしろ、二人供!!浮かれてばかりでなく、少しは落ちつけ。新介は今日、改名も一緒にするんだろう?準備できてるのか。あと親父殿も、ちゃんと親代わりの威厳をだすようにしないと。お相手の林様に失礼だよ」
今回新介の相手となる方は、織田家家臣の中でも家老となる林新五郎殿の一族の娘だった。
それは5年前の、信勝との家督相続争いが発端で起こった稲生の戦いで討死した、当時相手方だった新五郎殿の弟、美作守の娘で、今回の縁組は、この家督相続争いで残る遺恨を、一族の結束に結びつける意味もある縁談であった。
これは、林殿からの申し出ではあったが、明らかに家格が上からの申し出に、信長様への許可を取ることにもなっていた。
そうした裏事情もある中、式はつつがなく行われた。
祝言があけ、その後設けた宴席にて飲み過ぎた頭を冷やすべく中庭へ出ると、そこには既に林殿がいた。
「これは、河内守殿。そなたも風に当たりにきたか」
「いやぁ、これは新五郎殿。この度は、新介いや、良勝か、と縁組いただきありがとうございます。わたしも毛利家の者として毛利家と林家の発展に尽くして参ります」
この時祝言と同じく、新介は『毛利新左衛門良勝』へと改名を行っていたのだった。
「ふ、あの時屋敷に下足で上がった小童が、いまや一端の武士か。時が経つものよのう」
あの時。それは俺がこの世界での最初の記憶。燃える屋敷から親父殿と落ち延びてきた時の事。
「あの頃は、まだ幼かった故、ご容赦頂きたいものです」
「そうだな。正直あの武衞殿の息子が、言っては悪いが家人の家でしかない毛利家に引き取られて、いまの其方のようになるとは思っておらなんだ」
?どういう意味だろう。
「斯波家の頃とはかけ離れた生活に耐えきれるとは思っておらなんだ。ましてや武士の子、毛利家の人間になるとは。そたなの兄上が、斯波家の家格に押しつぶされたように、お主も、身の程に合わない野心を得る、と思っていた。しかし、身の程を弁えなかったのは儂の方であった、がな」
兄の、斯波義銀が発端の一因となった今川の大規模侵攻。それで名を上げたのは、弟である俺が引き取られた毛利家。なんとうい運命の皮肉であろうか。
「新五郎殿は信勝様の臣として、お家の為に働いただけ、にございます。そして今は、信長様の臣として、織田家の為に尽くしておられる。であらば、我らになんの違いもありません。同じ、信長様の臣下であります故。あぁ、これは馬廻り如きが、ご家老殿に申す事ではありませんな、申し訳ない」
「かまわぬよ。今日は毛利家と林家の祝言の日じゃ。それに、儂の立場はそれほど安定したものでもない。一度、信勝様について歯向かった事は消えぬ。が、それを打ち消す程の働きを見せる事でしか、この身を立てれぬからの」
この戦の世、裏切りは数あるとはいえ、その後に身を持ち直すのは余程の苦労がある。
そこへ、酔って顔を真っ赤に親父殿が庭に出てきた。
「あ~あ~あ~」
なにやら謳うように声を上げている。ここまで酔った所は初めて見る。
「おぉ、これは嫁家の新五郎殿に長秀!こんなところにおられたか!探しましたぞ。まだまだ宴も酣、まだまだ親睦を深め切れておりませんぞ!!さぁさ、こちらへ。さぁさぁ」
どうやら、新五郎殿との真面目な話はこれまで、だ。後は、酒の勢いの他愛ない話にしかならないだろう。しかし、やはりとういうか、新五郎殿とは以前戦場で戦った相手だ、いくら家老職に戻ったとはいえ、家臣の間では色々と出世争いもあるのだろう。
今の家老は林新五郎殿と柴田権六殿、そして佐久間半羽介殿。3名の内2名が信勝様の謀反に荷担していたのだから、その立場も危うくなっていっているのだろう。
今回の縁組も、その地位回復策の一端だろうが、それは毛利家にとっても利があるのは確かだ。
しかし、再び織田家に家督相続争いが起きたら、毛利家は林家に同調するのだろうか。そして今度は勝てるかも解らず、助命が叶うかも分からない。
ただいまは、不穏な未来は考えずに、ただめでたいこの時を楽しむこととしようか。
毛利良勝が林家から嫁を貰った、というのは創作です。ただ、それまで信長の後見人だったのに信勝騒動で裏切った林秀貞は、家老の地位で復帰したとはいえ、かなり家中での立場は悪かったのが推測されます。それで、信長への忠義を示す上で、信長派の家臣との縁組はあったかもしれない手だと思い、たまたま桶狭間で手柄を立てた毛利新介に目を賭けたのでは?という所です。そして、最初那古野に逃げてきた時の会話はこの伏線でもありました。出せて良かった、という所です。




