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魔法の鏡は魔法をかけた

 白雪姫が羨ましい。

 美しいというだけで、若いというだけで、彼女は何もしていない。

 血のにじむような努力も、それが報われぬという辛酸も、彼女は味わっていないではないか。

 必要なものはすべて用意されている。それが認められている。

 この世界が彼女の為にあるというのならば

 

 ――とっておきのリンゴを贈ってやる


「つまりお妃様って、自分の思い込みで白雪姫に嫉妬して、殺そうとして、最期は結局死んだのか。醜い姿で」

「彼女は醜くなどありません! 私が一度でも彼女が醜いなどと言いましたか!?」


 鏡は自らの鏡面が割れるのではないかと思わせるかん高い声をあげ、小舟が振動するほどに震えながら最の方を向く。視線がこちらに動いたことで小舟が揺れるが、最は動揺することも、怯むこともない。鏡に映る最は鏡を見据え、もう一度説いた。

「白雪姫」に対する嫉妬。それを打ち砕き悲劇を生まないために、鏡に声をあげさせなければならない。


「だけど少なからずお妃様にはそういったイメージは残された。俺があえて聞こうか? 鏡よ鏡、世界で1番美しいのは誰?」


 鏡は鏡面を最からゆっくりと逸らし、光が覗き始めた曇り空を見上げた後、王城をその身に映した。


「渡し守様、真剣な問いに対して目を、お顔を見ずに回答をすることをお許しください」

「むしろそうしてくれ。俺を映して答えられても、それは君の答えではないんだから」

「誰も……誰も知らないのです……彼女が見せなかった……彼女の本当の姿を」


 鏡面が黒い壁を映しているかのように黒く染まる。まるで目を閉じているかのように、余計な情報を入り込ませないように。

 

「お妃様がまだ令嬢であったころ、私たちは出会いました。彼女の誕生日プレゼントの1つとして、私は彼女のお母様に用意されました。お妃様……お嬢様は私をとても喜んでくださり、早速自室において毎日私と、私に映った彼女自身を見ていました」


 過去を懐かしむ鏡の声色は人間とまるで変わりなく、大切に、そして愛おしげに語り続ける。

 雲の隙間から覗き込む日差しまでもが、鏡と妃の過去を愛でるように降り注いでいるようで、最は羨望の思いを堪えながら耳を傾ける。


「彼女から大切にされた私はいつの間にか彼女とおしゃべりができるようになり、魔法の鏡となったのです。そのときも聞かれましたよ。『鏡よ鏡、世界で1番美しいのはだあれ?』と。私はこう答えました。『もちろん、奥様でございます』と。彼女は嬉しそうに笑っておられました。実際奥様……お嬢様のお母様は本当に美しい方でした」


 幼い令嬢は鏡の魔法を信じたのだろう。自分が世界一美しいと信じて疑わない母親を、鏡も肯定したのだから。

 純粋な令嬢は自信を持ったであろう。自分が信じたものを肯定してくれる存在がいるのだから。

 

 それが自分の心を反射しているだけとも知らずに。

 

「優秀な彼女は大人になり、王宮に仕えるようになりました。摂政妃として国のために尽力した功績が認められ、亡き前王妃様の後を継いで王妃となられたのです。並大抵の努力などではございません。何も知らない清らかで美しい少女から、酸いも甘いも知り、時に狡猾に、時に残酷になるときもございました。ですがそれはすべて国の為、民の為でした」


 大人になった令嬢は知ったのだ。綺麗なだけでは、清らかなままでは国を支えられない。冷酷になることもなければ。小賢しいことも知っていなければ。悪意を感じ取られなければ、負ける。王妃として、国を支える民の1人として、それだけはあってはならない。それでも、汚れていく自分が、美しくなくなっていく自分に王妃はひそかに怯えていた。継子の穢れを知らない無垢な姿を見るたびに、汚れていく自分に。幼い子供に嫉妬する自分に怯えていた。


 鏡ならば、いつも自分を肯定してくれた魔法の鏡ならば、いつものように答えてくれるはず。


「国の為にすべてをささげた彼女が、世界で一番美しい女性でないはずがないのです! 容姿が若ければ、美しければ優れているなどばかばかしい! 正義感だけで政治はできない! 穢れを知らぬ聖女が王家を守れるのか! あんなにも全てを国の為にささげた彼女が、醜い老婆で終わるだなんて……悪女として語られるなんて……あってはならないはずなのです!」


 鏡の心は常に彼女の味方であり、苦しみを知る存在であった。ずっと昔から彼女といたのだから。毎日見ていた大切な女性だったのだから。

 鏡は知っていた。王妃となり、無垢ではいられなくなった気高き彼女が、穢れを知らぬ美しい継子をどう思っていたのかを。

 今になって鏡は知ってしまった。自分は自らの言葉で話ができることを、物語の外で気づいてしまった。いくらでもあったチャンスに気づかず、ただ聞かれたことを答えていただけの自分に怒りがわいた。


 自分にはできたはずなのでは? 

 

「私だって彼女に伝えたかった! いつだって貴女が世界で一番美しいと……! 自分を犠牲にしてでも、王妃であろうとする貴女が誰よりも気高く心打たれる存在であると! 私を大切にしてくれた彼女に……!でも……でももう遅い! 何もかも!」


 鏡は鏡。映ったものしか返せない。


「だって私は彼女に言ってしまったのです! 『世界で一番美しいのは白雪姫である』と……彼女から自信を奪い、不安を煽り、凶行に走らせたのは……ほかでもない私なのです」


 妃の抱いた「世界一美しいのは白雪姫」という疑念を、鏡はそのまま反射することしかできなかった。

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