0655
「さて、そなたらを招くのも久しぶりではあるのだが……いったいどうしたのだ? そもそも、そなたらは京の都を出た後どこに行っておったのだ?」
「ああ、実はですね……俺達は京の都を出発して、東の方を見に行ったんですよ。東海道を進みオオツ、クサツ、コウカを抜けてスズカの峠を越えて伊勢に」
「伊勢へと行っていたのか。もしかして神宮へと参ったのか? 私は一度も行った事が無くてな。羨ましいものだ……」
「いえ、伊勢神宮には行ってませんよ。伊勢はミッカに行った後に北のクワナへと行きました。その後、尾張のツシマに舟で渡り、アツタに行こうとした時に南に行ったんですよ」
「うん? ん~……私も関東からこちらへと来る際に尾張を通ったが、あんな所に何かあったかな?」
「何の気なしに南へと行ったんですよ、唯の見聞旅ですからね。そうしたら迷宮紋があるわ、何故か放ったらかしになってるわでビックリしたんですよ。そした……」
「待て待て待て。迷宮紋とはいったい何だ!? そなたら大陸の者が驚く程のものなのか!?」
「ああ。迷宮紋というのは、ヤシマの国では穢門と呼ばれてるものですよ。あの中には確かに邪気が大量にあるんですけど、そもそもダンジョンというのは……」
俺は清常さんにダンジョンというものの価値を正しく教えていく。話さなければ尾張の1人勝ちだろうが、そもそも俺のやるべき事は下界の浄化であって、織田家の天下布武に協力する事じゃない。
下界の浄化を進めるのに1番良いのは、ダンジョンを使わせて浄化をさせる事だろう。大体なんでダンジョンを放置するのかこれっぽっちも理解できない。あれ程儲かるものも、なかなか無いだろうに。
「う~む……そなたらには悪いが、半信半疑としか言えんな。そもそも我が国において穢門と言われ忌み嫌われておるのは、その昔突如として京に穢門が現れたからなのだ。しかも、その中は穢れで満ちておる。それで穢門と呼ばれる様になったのだ」
「え!? と言う事は、京の都の中にダンジョンがあるんですか? 珍しいですね。大陸の西側でも、ダンジョンは都市の外ですよ。街中にダンジョンがあるとは初めて聞きました」
「いや、突如出来たらしいのだがな。今は何者も近付かん場所だが、誰でも行く事は出来る。明日、暇ならば共に行くか? そなたらが言うダンジョンとやらと同じとは限らんしな」
「それは良いですね。……って、話の途中でしたね。ダンジョンを放置してあるのを見て驚いた俺達の所に近付いてきた武士が居たんですよ。それが織田家の人だったという訳です」
「織田……確か尾張の白衆筆頭だったか。あそこの紅衆は斯波だが、斯波は京ではあまり好かれておらんからな。御家騒動を起こして京が荒れた以上は、仕方がないのであろうが……」
「尾張では白衆筆頭が南部織田家。織田家の宗家が北部織田家。最近力を付けてきた西部織田家とありましてね。俺達に声を掛けてきたのは西部織田家の当主でしたよ。俺は西部さんと読んでますけど」
「……そなたの事だ、織田ばかりで紛らわしいと言って呼んでいそうだな」
「ええ。よく分かりましたね。その後、西部さんにダンジョンの話をして中に入り、その有用性とか色々話して説明したんですよ。流石は新進気鋭と言える当主です。利が有るならと、直ぐに自分で調べる為に中に入りましたよ」
「ほう! それはなかなかの胆力の持ち主だ。穢門の中であろうと、必要があるならば自ら赴く。それでこそ武士よな。怯え竦む者は武士とは呼べぬ。ましてや、屋敷に篭って謀ばかりしている様な愚か者はな」
「結局のところ、ダンジョンの中って有用な様々な物が獲れる場所でしかないんですよ。その理由も邪気……ヤシマの国で言うところの、穢れを浄化させる為に神様が作ったものですからね」
「そなたに言われてやっと理解できたわ。我等の様な下界の者に穢れを浄化させる為に、目の前に餌をぶら下げた。神は実に我等人間種の浅ましさをご存知だと、深く納得できるわ。奇麗事を言ったところで愚か者は動かんよ。真に愚かしい性根を理解されておられる」
清常さんは過去に何かあったのか、頻りにウンウンと頷いている。まあ、深く納得する何かがあったんだろう。それはともかくとして、平手さん。流石にそろそろ復活してくれない? いつまで呆けてるんだ?。
「で、ダンジョンの説明したり中に入ったりして過ごしていたら、東の三河から松平が攻めてきたんですよ。俺達も西部さんから雇われて参加しましてね。そこでも色々あったんです」
「松平と言えば、主殺しをやった家か。三河の紅衆である吉良を根切りにした者であろう? 京の都でも話題になっておったわ。東国は蛮族ばかりかと、また言われたのだからな」
「松平が根切りをやったのは、神殿と吉良が結託して松平清康を呼び出して暗殺しようとしたからですね。そもそも吉良は東西に分裂して争いを続けていたそうですし、その時だけは神殿が居たからか、協力して暗殺しようとしたみたいです」
「なんとまあ。ある意味では自業自得だな。そもそも三河の吉良と言えば、力の無い傀儡で有名な家だぞ。足利に連なる家でありながら、傀儡にされる程度だと言われておった。まあ、最近は斯波も同じだったが……」
「ああ、それはですね。松平との戦に勝った後で、南部織田家の家臣であり、斯波家と南部織田家を傀儡にしていた坂井という奴が、南部織田家の当主を暗殺したんです。この男、今川と松平と手を握っていた様で、本来なら西部織田家は戦で負ける筈だったんですが……」
「アタシ達が魔法で色々やって、松平とかいう奴等をボッコボコにした所為でね、碌な手傷も受けずに完勝しちまったのさ」
「ああ。東の今川と松平と手を組み、挟み撃ちにでもする気だったのか。しかし、その様な事が出来るとは……真か?」
「まあ、私達は不老長寿ですからね。長く生きていれば様々な技は磨かれるものですよ」
「不老……長寿………。そ、それが真ならば! 神武の帝と同じではないかっ!!! ちょっと待て! だから白烏がおるのか!?」
「ちょーっと、落ち着いてもらえませんかね? 俺達は大陸の西側で生きている不老長寿です。ヤシマの国の不老長寿の方は知りませんよ。アルメアはその時代に生きてたみたいだけど、会った事も話した事も無いんです」
「そうだね。ヤシマの国なんて650年生きてきて、初めて訪れたくらいだ。だから、この国の建国者の事を聞かれたりしても困るんだよ。私が知っているのは、あくまでもその頃の大陸の西側だけさ」
「あ、ああ……成る程。申し訳ない、取り乱してしまった。それでも驚くべき事なのだが、それはともかくとして……えっと、そなたらの活躍で松平を退けた所為で、坂井とやらが暴発したと」
「まあ、そうですね。その後、斯波家の当主も実弟も殺害した所為で尾張は混乱したんです。北部織田家は坂井を討伐せんと兵を挙げたんですが、美濃の土岐と長井、それと坂井に挟み撃ちにされて、当主と嫡男が討ち死にしました」
「おいおい、では織田で残っておるのは西部の織田家だけか? 何とも都合が良いというか……うん? 美濃?」
「ええ。どうも裏で絵図を描いて暗躍していたのは、美濃の土岐と長井だった様です。今川と松平を動かしたのも、坂井を利用していたのも、美濃の土岐と長井でした。私達も協力しましたが、ギリギリで坂井を討伐する事が出来たので仇討ちにはなったと思います」
「成る程な。そこまで面倒な事になっておったとは……。それにしても、美濃の長井と言えば悪名轟くマムシではなかったか?」
「みたいですね。美濃では、それ以上に土岐が嫌われているらしいですけど。どうも、土岐がやった事から美濃を守る為に手を汚してきたみたいなんで、美濃国内では人気があるそうですよ」
「ふむ、まあ分からんではない。民からすれば、強く己らを食わせてくれる者が1番だからな。それは西国だろうが、畿内だろうが、東国だろうが変わらん」
そりゃね、弱くて貧しくする様な奴に従う義理は無いよ。
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