1944
俺達だけなら走れば済むんだが、今のところ身体強化を明かす気も無いので歩く事にする。たまにはゆっくりと歩く事も悪い事じゃない。そういう想いから、歩いているのだが遅い。
もちろん身体強化をした走りよりも遅いのは当然だが、俺達が遅いと思っているのは王女の足だ。流石は王族と言うべきか、驚くほど体力が無い。歩き始めて1時間ほど、既に息が上がっている。
「はぁっ、はぁっ……」
「仕方ない、この辺りで一旦休憩としよう。まだ街道っぽい所までも行けてないが、しょうがない」
「す、すまない……はぁっ。私は、完全に、足手纏い、だな……」
「まあ、仕方ないんじゃない。王女様だし。王女様が体力も力もあったら、それはそれで驚く事だもん」
俺は土でテーブルと椅子を作り、そこに座らせて休憩させる。神水と樽を取り出して各自水分補給、並びにカマクラのトイレだけを作って準備しておく。
今の内に行かせておかないと、何処で行きたくなるか分からないからな。恥ずかしがる事じゃないんで、行きたくなったら行っておいてくれ。
「ああ。流石に私も分かっている。馬車旅でも似たようなものだし、場合によっては馬車を止める事もある。その為にこういった服なのだ」
「成る程。ドレスなどを着ていないから不思議に思っていたが、移動中だとそういう服で移動するんだな。まあ、ドレスで用を足すのは大変か」
「それだけではない、ドレスは高いのだ。何処かに引っ掛けて駄目にしてしまっては目も当てられん、それならば重要な場面以外は着ておらぬ方がマシだ。王族の私でさえ気を使うほどの物もあるからな」
「蜘蛛の糸のドレスか? 前に王国のダンジョンで蜘蛛糸を獲ってくる仕事を請けたが、その時に王が式典で着る服の材料だと言われたからな。そういう高い素材で出来てるんだろう?」
「うむ。緊張するような素材のドレスなど、私でさえ着たくない。いちいちドレスに気を使うなど疲れるからな。だいたい王都に入る前に馬車の中で着替え、王都の中では馬車から顔を出して手を振って応えるぐらいだな」
「もしかして王城の中でもドレスは着ていないんですか? ……へー、イメージとは違うんですね」
「あれらの服もいちいち肩が凝る。陛下もそうであるが、普段から肩が凝って疲れるような事はせんさ。外に向けて魅せる服と、普段の服は違うものだ。それは臣民に見せるものでは無いのだがな」
「私達が見ているのは仕方ないでしょう、事故のようなものですし。それよりも、このままだと日が暮れても村か町に辿り着きそうもありませんね。いつも通りにカマクラで休むしかありませんか?」
「だな、夕日が出てくるまで歩いて、そこで休む準備をするしかないだろう。村と王都の間くらいだったからな。中途半端な位置から北に移動してるし、真っ直ぐ北だった訳でもない。西にズレていたら、余計に移動距離は長いだろうしな」
会話をしながら体力が回復してきたんだろう、笑顔が見える王女にトイレを済まさせ、全て壊して更地にしたら出発する。再び東へと歩き、一時間ほどでタイムアップ。夕日が出てきた。
俺達はその場で焼き場やテーブルにカマクラなどを作り、夕食の準備をしていく。皆にはいつも通りの物を頼み、俺はワイバーン肉の唐揚げを作る。その前にやるべき事はシルバーボーアの脂採りだ。
肉と一緒に脂肪も確保していたので、それらを【分離】して大量の油を溶かして用意する。次にワイバーン肉を【熟成】したら一口大に切り、塩と出し殻を【乾燥】させた物を掛けて揉み込んでいく。
ある程度おいて味を馴染ませたら準備完了。今回は【粉砕】した米粉を付けて揚げていく。低温でじっくりと揚げていき、火が通ったら脂から上げて次を投入する。
そうやって揚げていき、全ての肉に火が通って揚がったら、今度は高温にして二度揚げをしていく。今回は表面がパリッとしたら終わりだ。十分に表面が揚がったら、余分な表面の脂を【抽出】して落とし、皿に盛っていく。
全てが揚がるのと麦飯が炊けるのは同時くらいだった。やれやれ、ギリギリで間に合ったな。俺は油を瓶に入れながら安堵の息を吐く。子供達と配膳を行い、全てが整ったら、いただきます。
「ワイバーンのお肉って締まってるからか、唐揚げにしても美味しいね。シルバーボーアの脂も美味しいけど、ワイバーンのお肉も負けてないよ」
「噛めば味が出てくるお肉だからか、思っているよりも唐揚げに合うんだと思う。出し殻が味になってるからか美味しいけど、全部の分には足りなかったんですよね?」
「ああ。出し殻の粉末が付いてるやつは当たりみたいなもんだ。この脂の味だと塩だけでも十分だとは思うけどな」
「確かに美味しいですからね、塩だけでも十分な……どうかしましたか?」
「いや……本当にワイバーンなのか疑問に思ってな。とはいえ本物であったとしても、私は食べた事がないので分からないのだが」
「わざわざ嘘を言ったりしないよ? 蓮達はダンジョンでワイバーンを倒して持って帰ってきてたし、1匹で小金貨1枚だったからね。5頭以上は無理って断られてもいたし」
「本当はもっと持って帰って来れたんだが、5頭以上は解体も追いつかないので止めてくれと言われたんだよ。だから5頭で済ませるしかなかった訳だ」
「何だろうな? 非常に現実的なのだが、ワイバーンを倒すという偉業を行ったようには聞こえない。簡単に取ってくるみたいに言われているからだろうか?」
「実際ボク達には簡単だからじゃありませんか? ボクと蓮だけでも勝てましたし、ワイバーンって飛んでるから面倒なだけですよ。地面に叩き落とせば簡単に勝てます」
「本当かどうかは別にして、その地面に落とすのが難しいのだとは思うがな」
どうにも王女としては信じられないみたいだ。まあ、この星ではワイバーンというのは強者なんだろう。俺達にとっては弱者でしかないが、この星の大半の奴等にとっては強者。
今までもそんな事はあったので特になんとも思わないが、俺達の感覚とは相当ズレるな。仕方がないが、俺達が普通の奴に合わせる理由も無い。
夕食後、後片付けを終えたら、カマクラ内にすのこを敷く。その上に布団を敷いたら中に入り、入り口を閉じる。【光球】を使っているので中は明るく、王女も特に不安がってはいない。
カマクラを叩いたりして強度を確かめていたが、硬さに安心していたくらいだ。蓮とイデアがリバーシを始めると、王女は興味深そうに見ている。どうやら何となくでルールを理解したらしい。
一戦終わると、今度は王女と蓮で始めたようだ。蓮は一切の手加減をしなかったが、あれはあれで良いんだろう。王女も割とムキになっている。ゲームだからこそ勝ち負けに全力でないとな。
ただしそれも長くは続かなかった。子供達がウトウトし出すと同時に、王女もウトウトし始めたのだ。どうやらお腹がいっぱいになって良い気分らしい。王族だと節制したりとか大変だろうしなぁ。特に王女は。
俺は3人をさっさと寝転がらせ、【昏睡】を使って深く眠らせる。それが終わったらフィーと一緒に外へ出て、十分に満足するまでフィーの相手をした。
外だからか恥ずかしがったフィーも満足し、綺麗にして服を着せたらカマクラ内に戻る。【念動】でフィーを寝かせたら、俺も端で寝転がり目を瞑りながらも【浄化】していく。
カマクラ内と体を十分に綺麗にしたら、悪意や敵意を調べて問題ない事を確認。【探知】範囲を広げても問題なし。吸血鬼側は失敗した事を理解してないのかね?。
少々爪の甘さに疑問を覚えながらも、俺もさっさと寝る事にした。それじゃあ、おやすみなさい。




