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警戒しながら戻ったものの、尾行してくる者達は居なかった。ただし、既に宿が知られているからという可能性も無い訳じゃない。なので警戒は緩めないが、今は悪意が飛んできてはいない。
宿の部屋へ戻ってきたが、やる事がある訳でもないし……どうしたものか。まだ夕方には早いので何かを食べに行くというのもなぁ。微妙な時間帯に帰ってきているので困る。そう思っていると、子供達は魔法の練習を始めたようだ。
俺はそれを見つつ、子供達が聞いてきたら指導する。すぐに口を挟むのも良くないので、子供達が間違いのままにしてしまったり、聞いてきたら教える形だ。フィーぐらいであれば細かく指導するんだが、子供達だとそのレベルはとっくに過ぎてるしな。
細かく教えて基礎をしっかり学ばせる段階ではなく、自分自身で基礎の間違いを把握、修正できるようになる段階だ。だから自分で気付くまで指摘しない。もちろん間違ったままは最悪なので、そうなる前に指摘するけど。
「むー……間違ってた」
「しょうがないよ。ボク達だって忘れてる事もあるし、魔法の使い方どころか魔力の使い方さえ日々ズレるものだからね。そろそろボク達自身で正しい状態に修正出来るようにならないと、ここから先には進めないって事なんじゃないかな?」
「それがどれほど高レベルな事かと考えると、少々呆れてきますけど。そもそも蓮やイデアの歳でそこまでの高みに居る子供など誰も居ないでしょう。それこそ前に聞いた、転生? した者でない限りは無理ですよ」
「そういえば転生者って居るのかなぁ……。ここは神様が実験してる所だから、何だか居そうな気がする。面倒な感じじゃなければいいんだけど、変なのが絡んできたらヤだなー」
「そういう事を言うと本当に絡んでくるから止めなよ。フラグっていうらしいからさ、口に出さない方がいいし考えなくてもいいと思う。出てきたら、出てきた時。そう考えておいた方がいいって」
「ですね。仮に転生者という者が居たとして、持っているものは精々が知識とスキルでしょう? 肉体も魔力も鍛えないと強くなりません。転生した者が居たとしても、果たしてそこまで努力するでしょうか? 仮にしたとして、そこまで脅威になるんでしょうか?」
「邪生の心臓とか呪いの魔物の心臓を食べた訳じゃないから、そこまで強くはならないね? 蓮みたいに強くなったりは出来ないかなぁ……?」
「ボクもそうだけど、よくよく考えたら普通の人間種と比べて遥かに強いんだった。意識しないと忘れちゃうね。となると、努力しても普通の範疇からは出られないのかな?」
「難しいだろうな。たとえどれだけ努力しても人間種の枠組みを超える事は簡単じゃない。空想の物語じゃないんだから際限なく強くなるなんてあり得ないし、必ずどこかで頭打ちになる。ならないなら、それは生命体として狂っている。まともな生き物じゃない」
「ですね。そもそも一つの生き物であるという時点で、その生命体という枠組みに囚われてしまうのです。人間なら人間、獣人なら獣人。どう足掻いても限界を超える事はできません。それが出来るなら、それは人間に見えるだけの存在です」
「人間に見えるだけ?」
「ええ。人間のように見える、人間じゃない何かです。でなければ、限界を超えて際限なく強くなるなんてあり得ません。そもそも人間の限界を超えている時点で人間ではないのです。人間の限界を超えるとはそういう事なのですよ」
「ちなみに言っておくと、邪生の心臓や呪いの魔物の心臓を食べた俺達がそれに該当するからな? 既に元の種族とは違っている。ほんの僅かなだけかもしれないし、大きくズレているかもしれない。それでも元の種族からはズレてしまっている訳だ」
「蓮もそうなの? ………そうなんだ」
「とはいえ、そうやって邪生の心臓などを食べた俺達でも限界は存在する。もう食べても殆ど魔力や闘気が増えないだろう? この辺りが限界なんだと思うが、それが本当に正しいかは分からない。ある日突然増えるかもしれないしな」
意味があるのか無いのか分からない、ある意味でフラグになりそうな話をしていると夕日が出てきていた。なので皆に言って酒場へと移動する。大銅貨4枚を支払って夕食を頼み、運ばれてくるのを待っていると大きな声が聞こえてきた。
「今日いきなり貼り出された情報見たか? 何でも62層の情報までが未確認だけど出てたんだぜ! 誰か行った奴が居るに違いねえ。いったい誰だと思う? 俺は<白の大盾>だと思う」
「あそこは重装備の奴等が多いだろ。前から言われてる46層の湿地帯を越えられるとは思えねえな。やっぱり女ばっかりの<紅の旋風>じゃねえの?」
「いやいや。オレは嫌いだけど、あの大人顔負けのガキがいる<影の墓標>じゃねえか? あそこの連中って黒一色で怖いんだけど、実力者揃いだからなぁ。どんな修行してるのか知らねえけどさ」
「そうかぁ? オレはやっぱり<栄光の頂>だと思うぜ。あそこは本気でダンジョンを攻略しようって奴等しか居ないからな。他のクランは金稼ぎがメインだろ? やっぱり気合いが違うぜ、気合いがよ」
「もしかしたら案外<地図連合>かもしれねえぜ? 全てのダンジョンの地図を明らかにするっていうあそこなら、攻略に必要な情報も持ってるかもしれねえだろ? あそこは全てのダンジョンの町にクラン員を常駐させてるからな」
「ああ、確かにな。あそこなら詳細な地図も持ってるだろうよ。ただなー、売ってる地図がメチャクチャ高いんだよなぁ。それだけしっかりと書き込まれてるんだけどさ」
「まあ、あそこは同じ冒険者に地図を売って儲けているクランだから仕方ないさ。高くても買った方が儲かるし、命の危険も回避できる。色んな意味で助かってるクランでもあるし、世話にもなってるから悪くは言えねえ」
「どのみち誰かは知らねえけど、62層まで進んだ奴が居るってこった。しっかしワイバーンが出てくる山の地形って……おっそろしい所もあるもんだ。オレ達なんかじゃ絶対に死ぬな」
「あったりめえだろ。ワイバーンなんて化け物に勝つなんて、夢でも見ねえ方がいい。ちょっと欲でも出した日にゃ、すぐに殺されっちまうぞ」
「わーかってるって。んな事は言われなくてもよく分かってるっての。倒せりゃ一攫千金かもしれねえけど、分が悪いどころじゃねえ賭けになる。イカサマより酷えギャンブルなんて、する気にもならねえよ」
「まったくだ。命があるだけマシってもんよ。それにワイバーン1頭で小金貨1枚だってよ。別に遊んで暮らせる金でもねえ。それに命懸けてどうすんだって話だ。コツコツ稼いだ方が結果的に儲かるっての、バカバカしい」
「でも何体かワイバーンが持ち込まれてるんだろ? もしかしたらワイバーン革の鎧とか売りに出されるのかねえ。大手のクランは買いそうな気がするが……いや、大手のクランでもなかなか出せない金額か?」
「ワイバーンの牙で作られた短剣とか凄そうだよなー。どれほどの切れ味なのか一度だけでも拝んでみたいぜ!」
いや、牙も骨も大して変わらないぞ? もちろん夢を壊さない為と面倒なので口には出さないが、超魔鉄の方が粘りがあるだけに優秀なんだよな。ワイバーンの骨はバキッといくし。
そんな事を思いつつも雑談しながらの食事は終わり、宿の部屋へと戻る。早速フラグを回収するかの如き、子供の情報があったな。確か<影の墓標>だったか? 大人顔負けの子供が居るっていうクランは。
とにかく近付かないのが一番だな。転移があるなら転生もありそうだし、蓮が口に出さなくても既に居る以上はどうにもならない。対処をどうするか、と考えても良い案は出ないか。
相手が元大人と考えれば、面倒臭い手も思いつくだろうしな。俺達の情報は漏れるだろうし……どうしたものやら。




