1912
今日も饅頭に成形してもらい、蒸篭を渡したら蒸していってもらう。俺はステーキをじっくりと焼いていくのだが、さっきの女性が再起動したらしく俺達の方に近付いてくる。固まっていたのも然る事ながら、どうやら何か言う事があったらしい。
「ごめんなさい。先ほど伝える筈だったんだけど、衝撃的過ぎて忘れてたわ。ここまで来たのなら32層に進んで魔物を狩っておきなさい。1匹でいい、狩ってギルドの解体所に持っていきなさい。鍵がもらえるわ」
「鍵?」
「1層の北西にある扉の鍵よ。貴方が知っているかは知らないけれど、1層の北西には鍵の掛かった扉があるの。昔ここ31層に初めて到達した冒険者は鍵を見つけたらしいわ。その鍵はギルドに保管されていて、31層を越えた者には複製した鍵を渡してくれるのよ」
「もしかして、31層に飛んでこれる転移紋が1層の北西にあるのか?」
「ええ、そうよ。実力者はそうやって31層から探索を始めるの。一流の者達が高く売れる魔物を持って帰れる理由よ。ここまで来れば一流の仲間入りと言われるのも、1層の北西の転移紋が使えるからなの」
「へー……。それを教えてくれてたのか、ありがとう」
「どういたしまして。この層に初めて来た者を見かけたら教える決まりなのよ。ついでに言っておくと、安易に言い触らさないようにね。自分も仲間に入れてくれと、しつこく付き纏われるわよ」
「ああ、いちいち言ったりなんかしないさ。面倒なのはこっちからお断りだ」
女性は自分の言いたい事を言い終えたからか去っていった。何かを要求される事も無かったので、本当に教えてくれただけらしい。俺は手元のフライパンで肉を焼きつつ、先程の話を考える。確かに1層はすぐに通り過ぎたが、まさか31層に飛ぶ転移紋があるとは。
この辺りもゲームっぽい感じはするが、いちいち毎回急いで走らなきゃいけないよりは遥かにマシだ。楽な事に感謝しつつ、焼けた肉を皿に乗せて野菜を添える。次の2枚を焼きつつ、そろそろ饅頭が蒸しあがるので子供達には先に食べていてもらう。
俺達の分が焼けたので皿に乗せ、野菜を添えたら食べよう。いただきます。
「塩を振って肉を焼いたって感じだな。塩しかないから、こんな物としか言えない。野菜も含めて侘しすぎるな。肉を【熟成】しているのが唯一マシな部分だが、それも……」
「でも、お店には塩しかなかったよ? しかも高いんでしょ? なら仕方ないんじゃないかなー」
そうなんだよな。ここまでの層にも色々あったが、それでもわざわざ採ってこようとは思わない。何故なら通過するだけの層だったからだ。31層に飛んでこれると分かったが、言い換えれば、それより手前には1層から行くしかない訳だ。
そんな面倒臭い事をするのか? という話になる。多分だけど山の層には何か食べる物があったと思う。実っぽい物は見えていたし、持って帰って聞けば分かったんだろう。俺は面倒だからいちいち採らなかったけど。
昼食を終えて少しゆっくりし、壁を作っただけの簡易トイレで用を足し。スッキリしたら、焼き場などを壊して更地にする。皆も準備は終えているので32層へと進む。
やって来た32層は、まさかの海の地形だった。久しぶりの海の地形だが、それよりも重要なのは海の中に魚が居る事だ。マジで魚が居るので、俺は素早く人の居ない方角を調べ、そちらに向かって走って行く。
皆もついて来てくれて、十分に他人から見えなくなったら、最初に水を補給する。次に大きな樽に塩を作って入れていき、満タンまで確保する。その後は海の中から【念動】で魚を引き上げて、絞めたら腹を裂いて塩を詰める。
それを持っていた甕の中に入れていき、一番上まで詰めたら【浄化】した後で【発酵】させていく。十分に【発酵】させたら、中身を【念動】で引き上げて甕の中を綺麗に【浄化】し、魚醤のみ【抽出】して甕の中に戻す。他は捨てて終了。
これでようやく塩以外の調味料が手に入った。お酢とかが無いのが不思議でしょうがないんだが、この国は酒関係はどうなってるんだろう? そんな事を思いながら、魔物を倒した子供達とフィーを褒めておく。
魔物が近付いて来てたのは知ってたんだが、適当に倒せばいいやと思ってたら子供達が向かって行ったんだ。近付いて来てたのはデカイ蟹で、鋏が何故かノコギリみたいなヤツだった。変な魔物というか、随分と変わってるなー。
ノコギリはともかくとして、爪の方の腕がやられたら終わりじゃないのか? 蟹の中には片腕が駄目になっても生きているのが居るらしいけど、爪の方が駄目になったらノコギリの腕しか残らないぞ。流石にノコギリだけじゃ生きて行けないだろう。
「それは無理ですね。ノコギリのような腕では、口に食べ物を運ぶ事も出来ません。確かに仰る通り、生き物として変ですね。普通はどちらも鋏にして、片方が駄目になっても生きられるように進化する筈」
「普通はそうだと思うんだが、魔物にそれを当て嵌めても……うん? 何だあれ。エイが空を飛んでるのか? 訳が分からんな。何でもアリか」
「【疾風弾】【疾風弾】【土硬弾】」
「【風弾】【土弾】、【水弾】【火弾】」
子供達が空飛ぶエイを狙い撃って遊んでいる。まあ、敵だから別にいいけどね。フワフワというか、割と必死に逃げてるっぽいな。尻尾の毒針は強力そうだけど、飛ぶのが遅いので遠距離武器なら普通に倒せそうだ。子供達が【風砲】で叩き落したぐらいだし。
その後に槍で突いて止めを刺していたので良しとするけど、魔法を放っていたからか海から上がってきた奴がいる。海蛇か何かだと思うが面倒になった俺は、【念動】で持ち上げて矛で首を切り落とす。海蛇なんてどうでもいいし。
ある程度の魔物を倒して収納したら、俺達は脱出紋から帰る事にした。そもそも31層に着いたのも昼を回っていたぐらいだ……そういえば、あの女性は何であんな時間に31層に居たんだろうな? 考えても無駄だけど。
脱出紋で戻った俺達は冒険者ギルドに行き、ロックリザードやファングボーアに加え、蟹とエイと海蛇を売る。特に何かを言われる事も無く、木札を渡された俺達は受付へ。獲物の書かれた木札を渡すと、普通に精算していく。
蟹はビッグソークラブで小銀貨3枚、エイはフライングマンタで小銀貨2枚、海蛇はシーロングスネークで小銀貨1枚。小銀貨だし安いのは、おそらく31層に続く転移紋があるからだろう。簡単に手に入れられるなら安いのも道理だ。
ロックリザードやファングボーアも売ったので、全部纏めて小銀貨6枚と中銀貨12枚を受け取る。皆で分けようと思っていると、受付嬢がついてくるように言うので素直についていく。
後ろから「おーっ」という声が聞こえてきたが、受付嬢についていくという時点で31層に到達したのがバレている気がする。
2階に上がって一番奥の扉をノックする受付嬢。間違いなく一番偉い奴の部屋だろう。中から返事があったので受付嬢が入り、その後に俺達が入る。中に居たのは強面でもなければ、気の良さそうな顔の人物だった。気を付けた方がいいな。
「ギルドマスター。彼らは32層の海の魔物を解体所に売っています。間違いなく突破者だと思われるので連れてきました」
「御苦労、君達が新たな突破者か。……コレだ。おそらくは誰かから聞いているとは思うが、念の為に説明しておこう。これは1層の北西にある扉を開ける為の鍵……の複製だ。オリジナルは厳重に保管されている。そして31層まで辿り着けた者には与える事になっている」
「つまり32層の獲物を売った俺達には、その鍵を手にする権利があると?」
「その通りだ。実力の無い者を31層以降に送り込んだとて、すぐに死ぬだけだからな。この鍵を持つという事は、それだけの戦闘力を有しているという証明だ。31層以降は魔物の強さも大きく変わる。気をつけて進む事だ」
そう言ってギルドマスターは俺に鍵を投げて寄越す。それ以上の話は無いようなので、俺達はギルドマスターの部屋を出て宿へ帰った。




