1877
「……バタバタしていてすっかり忘れていたが、蟻の魔物はどうなったのだ? マーテンロ町を襲った蟻の魔物は、このままだとまた町を襲うかもしれんぞ?」
「それがなー、なんとも言えないところだ。マーテンロ町での災害救助の間も色々探っていたが、地面の下を移動している生物は発見できなかった。もしかしたらだが、蟻の魔物は地震を予期して暴走していただけかもしれん」
「地震を予想ですか……?」
「ああ。俺の元の世界でも、地震が起きる前の動物などの異常行動は知られてるんだ。何が起きてるのかまでは分かってないが、地震が起きる2日か3日前から暴れたり、飛び回ったりと妙な行動を起こすんだよ。毎回じゃなかったり、同じ行動じゃなかったりするらしいんだけどな」
「んー……じゃあ、地震が起きそうだから、蟻の魔物は変な行動をしたって事? それで町を襲った? 何だかよく分からないけど、そういう事ってあるのかなぁ」
「俺はその可能性が高いんじゃないかと思ってる。結局のところ町の柵程度しか壊せてないし、攻めた蟻の魔物は全滅だろ? どれだけ残っているのかは知らないが、戦力としてはそれなりに減ったはずだ。蟻側としては損しかしてないからな」
「まあ、蟻の魔物なぞ強くもないからな。槍でチクチク突いていれば安全に倒せる程度の魔物だ。実際そうやって狩人が倒しているのを何度も見た事がある。甲殻は防具の素材にしたりするらしい。その多くは自作した物らしいが……」
「自作って……自分で作るの?」
「うむ。私が聞いたのは、革鎧に縫い付けるというものだ。蟻の背中の甲殻を剥がし上部に穴を開け、そこに糸を通して革鎧に縫い付ける。まあ、金の無い者が少しでも防御力を上げる為に、革鎧をそうやって改造するらしい」
「あー、分かります。弱い物でも革鎧まで届かなければ繰り返し使えそうですもんね。甲殻が壊れても、また蟻の魔物を倒せば良いわけですし、お金のたいして掛からない便利な方法ですね」
「若い奴等や金の無い者はそうするんだろうし、気持ちは分かるが……本当に強力な魔物相手だと何の役にも立たないな。安全を誤解しなきゃいいが……ソードグリズリーとかだとバッサリいくぞ?」
「流石にソードグリズリーと比べちゃダメじゃない? でも狼系の魔物の噛みつきに耐えられるのかな? それにオーガの力にも耐えられなさそう」
「オーガは難しいでしょ、そこまでは流石に期待してないんじゃないかな。そもそもお金の無い人達の防御力アップ方法なんだし」
「話がズレたが、蟻の魔物は問題は無いと思う。俺の予想通りに地震の前兆行動としておかしな行動をとったのなら、今はむしろ落ち着いている筈だ。もしかしたら蟻の巣が崩壊しているかもしれんが」
「蟻の魔物が埋まってる? でも、あんなに「ドォン」って来たら、確かに埋まっちゃうかも」
蓮も話をしていた御蔭で回復したようだな。こっそり全員を【浄化】してるし、これで心の傷にはならないだろう。とはいえ蓮だけで、イデアやウェルは大丈夫そうだが、そうやって軽く見るのも危険だからな。しっかり【浄化】しておく。
昼食を食べ終わったら少しゆっくりし、壊して整地した後は南に走って行く。今日は町での救助活動が長かった為、白い魔物を作るのは無しで走って行く。
走る事に集中したからだろう。思っているよりも早くショイル村に到着した。村の入り口近くにカマクラを作るのだが、村人が遠巻きにジッとこちらを見てきている。鍬や鎌などを持っているので、盗賊か何かと間違われているのかも。
そう思っていたら、腰の曲がった婆さんが近付いてきた。腰が曲がっている癖にやたら眼光が鋭い婆さんだな。威圧しようとしているのか、それとも素人なのか……とはいえ足運びは素人じゃないんだよなー。玄人でもないが。
「お主らは何者じゃ? 返答次第では村人と共にお前達を襲うからな、しっかりと返答するがよい」
「俺達は東から旅をしているだけだ。マーテンロ町で地震に遭ったんでな、色々ヤバそうなんで救助をある程度手伝ったら離れたんだよ。こういう時に余所者は何をされるか分からないからな」
「ふむ……まあ、良かろう。ただし、村に一歩でも入ったら容赦はせんぞ。覚悟しておけ」
「前に別の村でも同じ事を言われたな。そうやって威嚇するのはいいんだが、村人から襲ってきたら抵抗するぞ? その場合は、そちらがどうなっても知らんからな……覚悟しておけ」
俺は多少の魔力と闘気を念力を使い、この婆さんにのみピンポイントで威圧を放った。婆さんはヘタクソながらも独学で使える様になったのだろう、威圧を放ってきていたからな。ただしウチの子達にすら効いてないが。
婆さんは短く「ヒッ」というと、素早く村の中へと戻っていった。あの程度でも村人からすれば頼りになる力だったんだろうなぁ、多分。あの婆さんの立場を落としてしまったか? 心配しなくても今日の夜には聖人になるから大丈夫かね。
俺達はテーブルを囲む椅子に座ってゆっくりしつつ、今日の地震に関する余震の話をしておく。大きな地震の後には何度も余震があり、場合によれば本震と変わらない規模の場合もある。
なので30日ぐらいは同じ規模の地震が起きる可能性はあるので、心構えとして気をつけておいてくれ。
「アレが起きる可能性が残っているのか。仕方がないとはいえ、気が抜けない日々が続くな。いっそ一月ほどはカマクラで生活するか? そちらの方が安全な気がするぞ。仮に崩れてきても死にはせんだろうし」
「確かに死なないとは思うが、町の聖人化の際に言い訳が難しいので無理だな。やはり宿に泊まっておかないと、あからさまに不自然になりかねん。代わりに窓から脱出できるように態勢を整えておくべきだろう。あの時も窓から出れば余裕はあったんだよ」
「言われてみれば窓の方が近いですし、そっちから出ればもっと早く脱出できましたよね。何故あの時はしなかったんですか?」
「一つは【念動】がバレる虞があった事、もう一つは……やっぱり俺も焦ってたんだろうなー」
「まあ、いきなりであったからな、仕方あるまい。それでも腰を抜かしていた私達よりは動けたのだし、その御蔭で助かったのだからな。私達だけなら動けずに治まるまで待とうとし、宿の崩落に巻き込まれていた」
「実際に出てすぐでしたからね、あれにはビックリしました。……まだ見てきてますね」
「今は悪意を持ってこっちを見てるよ。この村も地震の被害を受けたんだろうけど、酷いぐらいに悪意を向けてきてる」
「放っておけばいいさ。悪人どもに構ってやる必要もない。どうせ今日の夜には聖人になる連中だ、今の自分で居られる最後の時間なんだしな。そう思って無視してりゃいいさ」
今までの村もそうだけど、どうしてああも悪意を隠さないんだろうな。仮に奪おうとしているにしても、警戒させたら奪う事なんて出来ないし逃げられる可能性もある。本当に奪うつもりなら、普通はあの悪意を隠すと思うけどなぁ。
そういう事すら知らない素人だというなら分かるんだが、でも最初の婆さんは少なくとも素人じゃない。何ともチグハグな村だが、婆さんはそういう仕事をしてたという事を村人に隠してるんだろうか?。
例えば、元暗殺者が過去の経歴を隠して村に住みついたとか? もしくは長年この村から情報を仕入れている<草>? でも潜入している奴に戦闘能力は要らないし……ま、夜に聞けば分かるか。




