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トイレの譲り合いを止め、イデアから順に済ませて出てきた。何をやってるんだと思うも、ああなる状況も分からなくはないので微妙なところだ。出てきたウェルが紅茶を入れつつ話し掛けてきた。
「昨日アルドは働き盛りの男が居ないと言っていたが、それに関して何か分かったか? それともさっさと聖人化したので聞かなかったか?」
「残念ながら誰も知らなかったよ。村長に聞いたところ、町の兵士が来て連れて行ったんだそうだ。畑の事もあって文句ばっかりだったし、恨み言をブツブツ言われた。村長にとっても予期せぬ事だったらしい」
「ふむ。有無を言わさず無理矢理に連れて行ったか。ますます訳が分からんな、働き盛りの男を奪われた村など衰退するしかないぞ。もちろん後で戻すのだろうが、畑が全滅でもしたら怨み憎しみは領主に向くのだがな?」
「そこまで考えてないんじゃないかな? 無理矢理に連れて行くって事は、どうしても連れて行かなきゃいけない事情があったんだろうし……町を広げてるとかじゃないの?」
「柵を壊して堀を埋めて広げてる? もしくは魔物が攻めてきて壊れたから修理? そういう可能性もあるね。もし町が無防備になってるんだとしたら、無理矢理に連れて行って直すんじゃないですか?」
「それなら無理矢理にでも連れて行くだろうな。早く修理しないと第二、第三の襲撃があるかもしれん。その為に強引に連れて行ったというなら納得するんだが……とりあえず、朝食作るか」
今日の朝食はタコスモドキなのでウェルに生地を捏ねてもらい、蓮に野菜を、イデアにスープを頼む。俺は薄切り肉にして味噌炒めにした。ミンチばかりも飽きるので、たまには薄切りでもいいだろう。
生地が出来たらチャパティとして焼いていき、出来たら挟んで完成だ。スープを椀に入れて、いただきます。
「薄切りだと零れ難くていいね。それに、お肉の味が強いかな? 蓮はこっちの方が好き」
「こっちの方が楽だし、硬い部分ならまだしも普通に食える部分は薄切りで食うか。そこまで硬い部分を無理して喰う必要もないし、絶対にミンチにしなきゃいけない訳でもないしな」
「確かに食べやすいな。とはいえミンチ肉もあれはあれで良いものなので、私としてはどちらも作ってもらって構わないのだが……」
「ボクも薄切り肉の方が食べやすいですけど、ミンチ肉も捨てがたいのでどっちも食べたいです。その時の気分で良いんじゃないでしょうか」
「まあ、それでいいなら適当に気分で決めるけどな」
どっちにしても美味しいから特に問題ないのかね? 朝食の後は少し休んでから準備を整え、カマクラなどを壊して整地する。終わったら北西へと歩いて行きつつ、魔物を白く変えていこう。
4つの枷を着けて浄化能力持ちに変え、歩いて進みつつ更に変えていく。皆も枷を4つ着けては次へ、4つ着けては次へと進んで行く。周囲は木々に遮られているものの、魔物の位置が分からない者はいない。
子供達にはダリアが付いているので問題なし。ウェルはドラゴンだから何の問題もない。いつも通りに4つの枷を使って進み、昼になったので昼食を食べたら再び進んで行く。
少し身体強化を使って走り、ある程度距離を稼いだら再び枷を4つ嵌めながら進む。そうやって魔物を浄化能力持ちにして進んでいると、町が遠めに見えてきた。見えてきたんだが……。
「あれは、なんだ? 町の前に人が多く居るようだが……いったい何をしておるのやら。別に町を攻めておる訳ではなさそうだし、人が妙に多いぞ」
「………どうやらイデアが正解みたいだな。壊れた所を補修しているみたいだ。おそらくは魔物か何かに襲われたので修理してるんだろう。その為にカロッソ村の働き盛りの男が連れて来られたんだろうな」
「町の修理か。まあ、それなら無理矢理に連れて行くのも理由としては分からんでもない。領主のお膝元がボロボロだというのであれば、無理矢理に連れて行ってでも修理するであろう。そうせねば町の住民がどうなるか分からん」
「パニックからの暴動とかが起きかねないからな。それを防ぐには出来得る限り早く民心を落ち着かせる必要がある。その為だというのなら、為政者の行動としては分からんでもない」
「暴動が起きたら殺されて引き摺り下ろされそうですもんね。次の当主は町の人の言いなりとかになっちゃうかもしれませんし、難しいですね政って」
「特にこういう争いの多いトコだと余計に難しい。あっちもこっちもそっちも信用できないからな。疑心暗鬼で常に下剋上を警戒し続けるって事になりかねん。妻がスパイというのも普通なのが戦国時代だしな」
「それは……もはや妻でも何でもない気がするのだが? スパイと妻は一致せんと思うぞ」
「それが一致する。権力者が市井の者を嫁に迎える訳にはいかないんでな、当然だが妻の実家も有力者の家だ。そういう家は自家の為に娘を送り込むんだよ。そして自家の為の情報収集をさせるんだけど、代わりに便宜を図ったりもする。そういうややこしい関係な訳だ」
「何と言うか……いや、何とも言いがたい関係だな。夫婦のような、そうではないような感じで、本当に何とも言いがたい……」
「疑心暗鬼というか、周りが信用できないと婚姻すらそうなるって事さ。そういう時代と言えばそれまでだけど、そういう時代に生まれた事が不幸かは別だけどな。そういう時代を生きる才能の人も居るし」
「まあ、平時というか平和な時代にそぐわぬ才能の者もおるからな。他人を騙す才能など戦乱の時代は必要な才能だが、平和な時代には詐欺師にしかなれん。他者を殺す才能など、戦乱の時代にしか使えんものだ」
話をしつつ町に近付いていたんだが、流石に内容が内容なので止め、町に近付いて門番を探す。1人中銅貨1枚だと思っていたら大銅貨を要求してきたので、渋々大銅貨6枚を支払って中に入った。
本当は特に気にしていないのだが、渋々という態度を出さないと余計に要求してきて鬱陶しいからな。それはともかく宿に泊まれるのかの心配をしつつ探していると、問題なく泊まれる事が分かった。
5日分。小銀貨2枚を支払って部屋を確保できたが、中銅貨40枚分という事は1日で中銅貨8枚だ。他の町に比べて高いが、町が壊れてる事といい値上がりしてるのか? ちょっと町に出て調べた方がいいか悩むな。
こういう時に聞き込みなんぞしてたら余計に目立ってしまうし、目を付けられる可能性は高い。大人しく……聖人化のついでに聞き込めばいいか。そうすれば確実な情報が手に入るだろうしな。
最初は宿とその周辺。次に連れて来られたカロッソ村の連中だな。補修がいつ終わるか分からない以上は、早めに奴等を聖人にしておく必要がある。流石にこの時間から村に帰したりはしないだろうから、今日はまだ居る筈だ。
夕方が近くなってきたので宿の部屋を出て、近くの食堂に行き大銅貨3枚を払って食事にする。食事の代金は値上がりしてないんだな? そんな事を思いつつ、呪いで美味しくない食事をとったら宿の部屋へ戻る。
布団を敷くと、子供達はその上に座って魔法の練習を始めた。基礎から始めつつ、徐々に魔力の扱いへと進み、魔法陣を形成して魔法を行使する。【小浄】ではあるものの、何度も練習して最適な形と魔力量にしていく。
基本は基本であるが故に大事なんだ。何度も何度も何度も、気が遠くなる程の回数を行うしかない。上達はその結果だからな。子供達もいずれは達人の仲間入りだろうけど、その後がな、果てしなく永い。
まあ、今は口にしないけど。




