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今回、実は普通に殺す気は無い。理由は簡単で、どう殺したとて俺がやったと決め付けてくるからだ。もちろん俺が殺害宣言をしているからなのだが、だからこそ逆に命が残ったまま殺す事にした。
なに言ってんだ、コイツ? と思うかも知れないが、久しぶりの【忘却】の出番だ。かつてヤシマの国で忘れさせ過ぎて赤子まで戻した事があるが、それと同じ事をする。コレの場合、何かをキッカケにして記憶を取り戻す事もあるのだが、それはそれで構わない。
絶対に殺すとしていても洩れは出てくるものだし、運良く助かったのなら、俺は文句を言うつもりもない。とはいえ非常に高い確率で死ぬだろうけどな、赤ん坊まで戻るのだし。大人の体だから泣かないかもしれないが、まともな生活は送れない。
さて、まずは魔法士団の奴等だ。部屋の中の連中を一気に【昏睡】で眠らせていき、終わったら【忘却】を強力に使っていく。本来なら丁寧に繊細に使って該当の記憶だけを忘れさせるんだが、今回は適当に雑に行い、代わりに強く使って忘れさせた。
本当に忘れているのか確認が出来ないが、こればっかりは仕方ない。続いて近衛騎士団の連中だ、と思ってたら酒飲んで寝てるじゃないか。何て情けない奴等だ、わざわざ俺が眠らせるまでもなかったな。それでも【昏睡】は使うけど。
後は部屋の中に居る騎士どもも含めて、全員に【忘却】を使い全てを忘れさせた。さて、これで終わりだし寝るか。今日も一日お疲れ様でした。
<呪いの星77日目>
おはようございます。昨日は結局、夜中に暗殺には来ませんでした。それにしても玉座が腐肉で汚染されているのを知らないのかね? 何故かあの件に関して王太子も王女も全く聞いてこなかったけど。
もしかして、まだ知らない? ……幾ら玉座の間を普段使わないからと言って、流石に掃除の連中などは入っているだろうし、知っている筈だがな? まあ、俺達はこの国に用は無いんで、今日出て行くんだけどさ。
朝の日課を終えて、紅茶を淹れて飲みながら【探知】と【空間把握】を使う。特に周囲に問題は無し。ウチの子達や2匹、ウェルに何かあったという事も無い。何も問題は無いんだが、ある意味でそれもおかしな話だ。
死んでいないからか? それとも寝息を立ててるので理解していない? ま、俺達が出て行くまで事態を理解していなくても構わない。既に必要な連中は潰し終わっているし、この国の水が何故綺麗なのかも分かった。
あの技術は秘匿しているんだろうが、聖教というのが絡んでなきゃいいが。絡んでたら元の星の某宗教みたいになりかねん。呪いを浄化する技術を持って、自分達が国を跨いで覇権を握ろうとするだろう。
元の星でだってアレは国家の権威や権力に勝ち、とんでもない権威と権力を手に入れた。その所為で科学的な事を否定しまくってきた歴史があるしなぁ。科学というより事実を否定してきたと言った方が正しいか。
おっと、考え事をしていたら蓮が起きたようだ。そのまま考え事を続けていたが、部屋に戻ってきたら紅茶を入れて膝に乗ってきた。相変わらずだが、まだ寝惚けてるんだろうか? 前回のように2度寝するかもなぁ。
そう考えていたが、今日は起きているままだ。どうやらちゃんと眠れたらしい。そのまま蓮と2人で静かな時間を過ごしていると、イデアとウェルが起きた。2人で見送りながらゆっくりしていると、2匹も起きてきたので神水を出す。
フヨウが吸い上げた後で首に登ってきたが、ダリアは俺の膝をペシペシ叩きつつ水を飲む。水を飲む事に集中しなさい。そんな事を話しているとイデアとウェルが帰ってき、紅茶を入れた後で聞いてきた。
「結局、昨夜はどうなったのだ? 朝から騒がしくないという事は、何もしなかった……とは思えんのだが」
「魔法士団の連中と近衛騎士団の連中は、仲良く赤ん坊に戻りましたとさ。おしまい」
「「「???」」」
「ヤシマの国でな、かつて【忘却】という念術を使い完全に忘れさせ、子供を通り越して赤ん坊まで戻してやった事があるんだよ。それと同じにした。つまり知識も何もかもを忘れた。正しくは思い出せないようにしてある」
「??? ……つまり、どういう事なのだ?」
「言葉も思い出せないから喋れない。赤ん坊と同じように泣いたりしないと伝えられない。赤ん坊と同じじゃないから泣かないかもしれないが、「あー」とか「うー」しか言えないだろ。言葉を思い出せないんだから」
「「「………」」」
「人間種としては死んだと言っていいだろうし、俺がやったと証明するのは不可能だな。俺は殺すと言ったが、殺し方には様々ある。命を奪う事だけが殺すという訳じゃない、社会的に抹殺するのも殺すという事だ。今回は記憶を抹殺した訳だが」
「何と言うか、本当にやりたい放題なのだな。いや、正しくは神々がやりたい放題できるように力を与えられたのか。そして下界の腐った者を始末せよと……。前にも言ったが、相手が悪過ぎる」
「でも、無理矢理にこちらを犯罪者扱いしてくると思いますけど……」
「だったら大人の赤ん坊が増えるだけだ。魔法士団の連中や近衛騎士団の連中がやられたのに、何故自分はやられないと考えるのか不思議だがな?」
「まあ、そうですね。誰かがやられたって事は、それが出来る人が居るって事ですし、それが自分に向かない保証は無いですから。それでも騒ぎ立てる人は居るでしょうけど」
「それは居るよ。だって貴族だもん、何も考えずに騒ぐ奴は絶対に居る。貴族ってそういうものだし」
ある意味で貴族に対する信頼は厚いなぁ。もちろん碌でもない奴等という意味だけど。さて、部屋を片付けてそろそろ宿を出るか。俺は皆にそう言って部屋を片付けると、宿の玄関で残りの日数をキャンセルし、返金不要を言って宿を出た。
食堂に入り中銅貨6枚を支払って朝食を食べ、食堂を出て買い物をする。といっても紅茶の茶葉と、香辛料の買い増しだ。合わせて小金貨10枚を払った俺は、ホクホク顔の商人を他所にさっさと聖都を出る事に。
聖都の門まで行き、震える門番に登録証を見せて外に出ると、さっさと西に向かって走って行く。身体強化をしているので残念ながら連中が追いつける速度ではない。記憶が戻るかどうかは知らないが、そこは気にしなくていいだろう。
適当に西へと走って行くと町があり、そこの門番に登録証を見せて中に入る。中に入った俺達は大銅貨を支払いながら1人1人に話を聞き、だいたいの地理を把握できた。
聖都シールから西には、トーグ町、セクン村、バッテオス村、タウンド町、カナナ村、メメネマ村、セプテイソ町、フィオム山。これが西の地理であり、フィオム山の向こうは知らないそうだ。
というより、聖国の領土はフィオム山までであり、その向こうは知る必要が無いというのが正しい。俺達は進めるなら進むが、駄目なら北か南に進路を変える必要があるな。
多少でも使っている人が居るなら、無理矢理にでも越えて行くんだが、全く使われていないのなら流石に越えようとは思わない。越えた向こうに何も無いなら、行った所で意味は無いからな。
一番西のセプテイソ町で話を聞くのが第一目標か。それで駄目なら北か南のルートで西へと進む道を探そう。皆にもそう話してトーグ町を出る。
西へと走り、セクン村を越え、バッテオス村を越えて多少走ったところで終了。カマクラや焼き場などを作って夕食の準備を始める。蓮には麦飯を炊いてもらい、イデアには蟹の身の味噌汁を頼む。
俺は呪いウサギの肉を一口大にし、全粒粉を付けつつ鍋に脂を用意する。それで分かったのか全員のテンションが高い。気持ちは分かるが、落ち着きなさい。




