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ウェルは俺を強い意思の篭もった瞳で見てくる。俺は気になった事があり、ウェルに聞く事にした。
「さっきの口上には何か意味があるのか? ウェルにとって何がしか重要な意味を持つとか、それともドラゴンとして重要な意味を持つ?」
「どうであろうな? 先ほどの文言は私風にアレンジしているが、かつての古い時代、当時とても強かった雌が自身の愛する雄に向かって述べた口上が元ではある。ドラゴンにとって歴史上初めての婚姻といえるものだ」
「それはとても大きい意味を持つと思うのだが?」
「そうだな。その雌は私と違い、子供の頃から強すぎたらしい。あらゆる雄を蹴散らし、どんな雄からも犯される事など無かったという。その雌が然して強くもない雄に惚れ、その雄のものになりたくて述べた口上だと子供の頃に聞いた」
「ふーん……あの長老が居た群れと考えると、あまり良い意味で考えられていなかった気はするがな」
「まあな。長老は確かこの話を嫌っていた筈だ。とはいえ、ドラゴンとしては意味のあるものとなった。雌が己の惚れた雄に向かって、己の全てを差し出すという口上だ。だからアルドは私を好きに使って良い。私は全てを差し出したのだからな」
ウェルにとっては非常に重いじゃないか。俺はその思いに応えるように抱き寄せてキスをする。ウェルは少し驚いた後、嬉しそうに舌を絡めてきた。
その後は子供達が起きるまで話し、子供達と2匹が起きたので話も終わり、朝の賑やかな時間が始まる。2匹の水皿に神水を入れ、戻ってきた子供達が紅茶を入れて飲んでいるのを見つつ、部屋の中を片付けていく。
ゆっくりとし終えたら宿を出発し、食堂で中銅貨6枚を支払い朝食を食べる。特に気になる噂話は無く、俺達は食べ終わったらさっさと食堂を出た。そのまま町を出、今日も西へと走って行く。
バナンブ町を出発し、テオグ村、オルトン町を越えて、聖都シールに辿り着いた。夕方には早いが、聖都の前の列に並ぶ。それなりに人数が多いのだが、並んでいる奴等がしている噂の殆どは<カレエ>の店の話だった。
そこまで噂になっているんだなぁ。日本ならともかく、こんな星のこんな時代なのに、それでも噂は相当出回っているようだ。聖都にある店だからかな? そんな事を考えつつ皆とゆっくり待つ。
前に進む速度は遅いものの、それでもある程度は進んでいる。子供達も待つのに飽きてきたのだろう、適当に蛸と烏賊の干物を食べ始めた。俺はダリアとフヨウに干し肉を渡し、ウェルにも渡して待つ。
ようやく順番が来たので登録証を出すと、驚くほどあっさりと通れた。時間が掛かってたのは何なんだと言わんばかりに、ほぼスルーで終了だからな。もしかしたら鉄の登録証だからかもしれないが。
聖都に入ったものの、何処の国も中央都市というのは変わらないな。町並みに然したる違いは無い。香辛料の匂いが大きな違いだろうか? そういう違いはあるが、建物の違いは何も無い。同じ文化圏だからだろう。
そんな中を歩き、町の人に大銅貨1枚を渡しつつオススメの宿を聞いていく。ついでに<カレエ>の出る食堂の場所も聞き、その店から離れた宿を聞いた。聖都という名前の割にはスラムがあるようなので、その近くの宿にする。
いつも通りだが、こちらに何かしてくるなら”浄化”すれば済むので、俺達にとってスラムの近くというのは悪くない。むしろ安くて都合が良いというくらいだ。
「は? 一泊小銀貨3枚? ……ちょっと待て、幾らなんでも高すぎだろう」
「残念だがウチは女か男が付く宿だ。普通の宿とは違うんでな、安値のスラム近くの宿はウチじゃないぜ?」
「ああ、そうだったのか。そりゃすまん、こっちの勘違いだ。町の人に聞いたらこっちだと言ってたんでな」
「そういう店としてウチは有名っちゃあ、有名だからな。そう思ってウチを紹介してくれたんだろうよ。安値の宿なら、ウチの真正面の宿だ。ただ、あそこはな……」
「何かあるのか?」
「別に何かある訳じゃねえんだが……まあ、いいか。たまにドラゴンの人が泊まりにくるから気をつけた方が良い。まあ、ウチにも来るんで、そしたら問題ないだろうが」
「ドラゴンが、こういう店に泊まりに来るのか?」
「ああ。ドラゴンの方は普通に金を稼いだり、ダンジョン行って魔物を狩って食ったりしてるぜ? 巷で言われてるような殺し合いはしてねえよ。勇者とかいうのはドラゴンの方に最初は突っ掛かったが、今は修行をつけられてるって聞くし」
「ああ、修行の為の手合わせが争ってるという噂になった訳か。噂というのは無責任なものだからな。ありがとう、真正面の店に行くよ」
「おお、こっちこそありがとな」
俺は情報量として大銅貨1枚を渡し、店主に聞いた真正面の店に行く。大銅貨を払ったという事は、つまり【白痴】を使って聞いたという事だ。嘘は吐けない。俺達は宿に入り、部屋を10日とる。
小銀貨3枚を支払い10日とったら、<カレエ>の出る店に行く。表通りにある店ではなく、この国の宗教施設の近くにあるらしい。教会のような寺院のような、何とも言い辛い建物の2軒隣に、行列が出来ている。
皆が皆、大人しく列に並んでいる光景は日本らしさを感じる光景なのだが、横入りされない為か並んでいる人の目がギラギラしているのが大きな違いだな。俺達は最後尾に並んで待つ事に。
「一度でも食べられれば良いんだが、一度は待つしかない。流石に一度も食べずにどうこうとは言えないしな。マールと比べてどうかは知らんが」
「マールもカレーあったもんね。久しぶりだからちょっと楽しみだけど、列が長い……」
「まあ、仕方ないよ。マールには色んなカレーを出す店があったけど、ここだと1軒だけみたいだし。それならお客が集中するのも仕方ないよ。ボクだって久しぶりにカレーが食べたいし」
「まあなあ。聖都に入る際にも待たされたが仕方ない。一度食べたら多分もう食べないと思うが、一度は食べないと批評する訳にもいかないしな」
そんな事を話しながら待ち、順番が来たので入る。既に辺りは薄暗くなっていたので、結構待たされたものの味は良かった。ただ、前の星の商業国家マールで食べたようなカレーではなく、いわゆる日本式のカレーだった。
聖国にも米はあるので分かるのだが、スープ系じゃない日本の定番のカレー。それによく似た物だった。味は美味しかったので、料理が出来る人なのか、料理人なのは間違い無い。ただ、1人中銅貨4枚も支払う料理じゃないな。
夕食後、店を出たが蓮もイデアも何とも言えない顔をしている。俺が【念話】で『言いたい事は宿に帰ってからな』と言ったからか、今は抑えているようだ。
歩いて宿に戻り、部屋に入った途端に子供達は喋り始める。
「何かビミョーだった。美味しいのは美味しいけど、それだけって感じ。多分だけど、呪いの篭もった水で作ってるからだと思う」
「ボクも蓮と同じです。何かもったいないっていうか、美味しいのに美味しくないっていうか……。呪いの水の悪いところを消せてないんだと思います。あのままじゃ……」
「早晩、あの店は客足が遠のくであろうの。子供達の言う通り、呪いの水の悪いところが出ておった。それを何とか出来ぬ料理人ではないと思うのだが、店を終えてからでは時間もないのであろう。繁盛しておるようだしな」
「まあ、そのうち改良する余裕も生まれるだろう。味は美味しかっただけに、それ以外のマイナス点が大きく感じるな。それとも、この星の人は呪いの不味さに慣れてるのか?」
「私は慣れてなどおらんぞ?」
「だよなー……。人気なんじゃなくて、食べてみたさに並んでるという方が正しいのかね?」
総じて「惜しい」が結論だな。その惜しい部分が、何とも言えないものになっていた。




