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夕方になったので練習を止め、食堂に行って夕食を食べる。中銅貨7枚を支払って注文したら、席に座って雑談をしながら待つ。近くの会話を聞くも、特に関心を持つような会話は無かった。獣国との戦争の話が多い。
「そもそも帝国は何故獣国を攻めていたのですか? 結局塩の湖も取れてませんし……もしかして、塩を高値にしていた貴族の力を削ぐ為にでしょうか。それとも他に何かの理由が?」
「………あまり大きな声では言えませんけど、呪いの塊が壊れた後に混乱した時代がありまして……。その時に欲を掻いたのです、先代の陛下が。塩の貴族が問題だった事も当然ありますが、欲を掻いた戦争は止め時を失い……」
「ズルズルと続いてしまったという事か。更には領土が取れたから余計に止め時を失い、気付いたら泥沼に入り込んでおったと? ……それは、また。戦争など始めた方は簡単なのであろうがな」
「そんな事で多くの怨みと憎しみを残す結果になったとは……。帝国としては今は守るしかないという事でしょうね。このままズルズルと負けているフリをしつつ撤収し、国境で守り続ける。これしかないと思います」
「陛下を始め、多くの上層部がその意見です。先代の陛下は呪いの件で若くして即位されましたが、その結果がコレですからね……。当時の混乱で周りの貴族も止めなかったと聞いています」
「まあ、混乱している時なんてそんなものじゃないか? 当時は当たり前のように欲望のままに突き進んだんだろうし、周りも欲望のままに動いたんだろう。それこそ呪いの所為かもしれないが、今さら言っても意味は無い。それに負の遺産は残ったままだ」
「怨みと憎しみですね。でも獣国でも温度差がありませんでしたか? ボクも覚えてますけど、東と西で凄く差がありましたよ。東の人達は国土を取り戻したら、戦争を止めてほしいと言ってた筈」
「そんなのを確かに聞いたね。戦争を止めて税を安くしてほしいって。でも、怨みと憎しみで無理だろうって溜息吐いてたけど。少なくとも獣国の東側は、戦争の所為でずっと税が高いから止めてって思ってるみたい」
「そうですか……。我が国の場合は、戦争に賛同した貴族の持ち出しが多かったと聞きました。その分だけ貴族家が没落しましたが、責任のとり方として正しかったのだろうと思います。塩の貴族も潰れましたし」
どうも戦争を始めた皇帝は相当のポンコツだったみたいだな。相手の国の領土を奪ったとしても、何処で手打ちにするのかという落とし所も無く始めたみたいだし。まあ、塩の貴族を潰すまでは続ける必要があったのかもしれないが……。
食事後、宿の部屋に戻ってゆっくりするも、ウェルが先ほどの事をカナイスに聞いている。
「先代の皇帝は若くして即位したのだろう? その割には今の皇帝は歳をそれなりにとっておるが、どれほどの若さで即位したのだ? 20代、もしくは30代か?」
「先代の陛下は20代の前半で即位したと聞いています。確か24か5だった筈。それが40年前ですので、当時は若き陛下が力強く国を引っ張って行くと喜ばれたそうですが、結果は……」
「持っていたのは、若さゆえの浅薄さか。見通しも何も無く、戦争というものを軽んじた結果が今の状況という訳だな? まあ、今の皇帝に責任はそこまで無いのだろうが、先代が愚かだと大変だな」
「前にアルドが言っていた、本当の愚王といったところでしょうか? ……ロードエルネムの話ですよ。最後の王が愚王として国を滅ぼしたと多くの人が思っていますが、アルドは唯の生贄だと言っていました」
「生贄……ですか?」
「国を傾けるキッカケを作ったのが本物の愚王だと、最後の王は責任をとらされ馬鹿にされ続ける為の生贄。そう言ってたんですよ。帝国は今の陛下が槍玉に上がるようになると、先代の所為だったというのが忘れ去られるかもしれないって事です」
「………」
話はいいんだが、子供達がお眠だから布団に連れて行くか。子供達を布団に寝かせ、左右に2匹を寝かせたら【昏睡】を使い、俺は【光球】を消す事を伝える。カナイスは一応【光球】を使えるので、自分で使って部屋に戻った。
これで寝られると思ったが、誰かさん達は早速襲ってきたので返り討ちにして寝かせておく。ベッドに寝転がって目を瞑り、部屋と体を綺麗にしたら俺も寝よう。それじゃあ、おやすみなさい。
<呪いの星37日目>
おはようございます。今日は帝都に到着の日ですが、カナイスの修行はまだまだこれからです。といっても、そこまで時間は残されていないので急ぐ必要はあるが……。それはともかく、朝の日課をさっさと終わらせて紅茶を淹れよう。
紅茶を入れて飲んでいるものの、今日は誰も起きてこない。なのでゆっくりと静かな朝を過ごしている。久々だな、この優雅な時間。そう思っていると、何やら外で動いている気配が複数ある。仕方ない、調べるか。
……くっだらねえ。酒に酔って寝ていた奴が、身包み剥がされてケツを掘られていたらしい。そんな噂をしている奴等だった。どうも娼館から出てきた連中らしく、娼婦の話もしていたが俺にとってはどうでもいい。
そう思って意識を部屋に戻したら紅茶を飲む。未だゆっくりと一人で静かに過ごせているが、そろそろ雲行きが怪しくなってきた。イデアが寝返りをうって……どうやら起きたようだ。ゆっくりと布団から出てトイレに行った。
その後は一気に起きて騒がしくなる。俺は水皿に神水を入れて2匹に飲ませてやり、少しだけゆっくりしたら部屋の片付けを始める。皆も紅茶を飲みつつゆっくりしたら、準備を整えて部屋を出た。
宿の入り口で合流し、食堂へと移動したら中銅貨7枚を支払って朝食を食べる。今日はさっさと帝都まで行って、残りは練習時間としたい。なので町の外に出たら人力車に乗せ、一気に帝都へと走って行く。
そこまで時間もかからずに帝都に到着すると、門番に登録証を見せて中へと入る。カナイス達も俺達と同じ一般人用の方からだ。貴族用の方はスカスカだが、一応偽の身分で居る間は使えないらしい。徹底してるなぁ、そういうところは。
帝都に入りカナイス達にお薦めの宿を聞くと、大通りの高そうな宿を薦められた。なので穴場的な宿はないのかと聞くも、そういう宿は知らないとの事。
「首都の大通りの宿なんて大抵がボッタクリなんだがなぁ……というか、それが当たり前なんだけど知らないか。仕方ない、町の人に聞いて探すかね。金ならあるけど、ボッタクリに払う金は無い」
そう言って町の人に【白痴】を使って聞いていく。大銅貨を払いつつ聞いているからだろう、全員が上機嫌で話してくれる。そんな中、スラムの近くにお薦めの宿があると分かった。どうも治安は悪いものの安い割に質が良いらしい。
俺達はその宿に行って部屋をとろうと移動していく。カナイスはスラムの近くなのが納得できないらしいが知った事ではない。宿に近付くと、何かの揉め事が起きていた。チンピラと多くの住民が睨みあってる感じだ。
「こっちはアンタのダチが作った借金を払ってくれりゃあ、それでいいんだ。簡単な事だろう? アンタだってその場に居たんだし、ここにサインしてる。悪いがこれは正当な取引だ。オレ達だってスラムに近いアンタ達にこんな事したくはねえ、だがな、オレ達だって返してもらえなきゃ死ぬしかねえんだよ」
「それは分かるが、中金貨2枚なんて金額を今すぐ払うのは無理だ。店を売ったところで、どうにもならない」
「ちょっといいか? 宿に泊まりたいんだが、4人部屋で10日とりたい。幾ら?」
「兄さんよ。すまねえんだが、こっちの事で今立て込んでるんだわ。宿に泊まるとかは後に……」
「それでいいんだろ? 中金貨2枚、つまり小金貨10枚だ。こっちは宿に泊まれればいいんでな、それ呉れてやるから俺の邪魔はするな。……な? その証文置いて失せろ」
俺が少し威圧を使ってやると、証文を渡して去っていった。俺はその証文を宿の主人に渡して部屋をとろうとすると、周囲がやたら大きな歓声で褒める。そんなのは要らないから宿の部屋。
「申し訳無い、見ず知らずの人に大金を支払ってもらう事になるなんて! 頑張って返「いや、いいから」すから……」
「別に返さなくていいから、ちゃんと部屋をとらせてほしい。10日間頼む。さっきの金は気にしなくてもいい、社会に還元しなくちゃいけなかっただけだ」
「それ前にも言ってましたけど、どういう意味なんですか?」
「うん? ああ、さっきの金は盗賊をブッ殺して奪ってきたもんだ。だから綺麗な金じゃない」
そう言った瞬間、周囲が「シーン」としたな。まあ、だから気にしなくてもいいって言ったんだよ。




