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人力車を引いているものの、ゴムタイヤも無く全て木で出来ている為に振動は激しい。それでも椅子の部分に毛布を敷いているので多少はマシだろう。結構大変そうだが、そこは我慢してもらおうか。そもそも足が遅いのが悪いんだし。
ガラガラともゴロゴロともいう音をさせながら、俺とアリシアは人力車を引っ張っていく。鉄があれば車輪に鉄を被覆してもいいのだが、そんな事をするほどの鉄が余っている訳でもない。本気で使う事を考えるのなら超魔鉄だが、今だけの物に使う意味も無い。
ましてや帝国組に超魔鉄を見せる訳にもいかないし。身体強化や魔法なら特に問題無い。あれらは本人の資質と努力に左右されるので、使い熟せなければ然したる強さにならないうえ、魔力や闘気はそこまで増えないからだ。
結局のところ、この星でも呪いの魔物の心臓を食べない限りは、そこまでの実力など得られない。ならば大した事は無い訳だ。逆に超魔鉄で作った武器は、実力以上の力を与えてしまう。それは碌な事にならない。
なので、帝国組には出来得る限り超魔鉄の存在を秘匿する。アリシアには特に釘を刺しておかないといけないな。ウェルは余計な事は言わないだろうし、ウチの子供達も面倒は嫌いなので大丈夫。一番脇が甘いのはアリシアだろう。
そんな事を考えながら【念話】を使って、超魔鉄に関して秘匿するように伝える。余計な事は言わず短めに伝えたからか、アリシアが何かを言ってくる事は無かった。今は走る事に集中しているから、余計な事を考える余裕が無いのかも。
ソデ村を越えて、キャクル村を越えた辺りで昼食にする。椅子やテーブルに焼き場を作って料理を始めるが、帝国組は椅子に座ってグッタリとしてダウン中だ。どうやら相当に疲れたらしいが、そこは諦めてもらおう。
「休憩をとりながら走ってきたのだから、そこまで疲れるのも不思議ではあるがな。トイレ休憩であったり、水分を補給する為の休憩もしておったであろう。走ってきた私達よりも疲れているのは流石にな……」
「いえ、揺られているだけなのも大変ですよ。もちろん言われていた通りに練習はしていました。循環と身体強化の練習ですけど……何となくですが、使えている間は疲れが楽だったような気もします」
「何か曖昧な感じですね? 成功していれば耐久力の強化は出来ている筈ですから、振動を受けてもそこまで苦しくないと思いますよ。私も馬車の苦しさは何となくでしか覚えていませんが……」
「馬車の苦しさか……乗っているだけで済む訳ではないのだな。私の場合、いちいちあんな物に乗りたいとも思った事が無いので、乗ったらどうなるかなど知らんのだ」
「馬車もですね、揺れが大変でして……王女の時は、お尻が痛くなるのであまり好きではなかったです。それに密室になりますからね、中は暗いんですよ。それも好きじゃなかった理由でした」
色々言いたい事があるんだろうが、明日も明後日も乗る事になるぞ。まあ、明後日は帝都に行くまでだから短いけどな。そんな事を考えながらスマッシュボーアの肉をステーキ状に切り、味噌を塗って【熟成】させる。
蓮には麦飯を、イデアにはサラダとマヨネーズの準備をしてもらい、俺はじっくりと丁寧にステーキを焼いていく。いちいち面倒なので騒がれる焼き方はせず、2つのフライパンを駆使して6枚を一度に焼きつつスープも作る。
といっても、謎の魚節で出汁をとって野菜を煮込んでいき、最後に味噌を溶かせば完成。慣れたものだし、難しくもないからな。完成した味噌汁はそのまま置いておき、焼けたステーキを皿に乗せて、残りの分を焼いていく。
まだ麦飯が完成していないので食事には早い。俺は残りのステーキを焼きつつ、肉に手を出さないように言っておく。既にアリシアやウェルだけでなく、帝国組までジッと見ているからな。手出ししないように言っておかないと、手を出しそうなんだよ。
ステーキの焼き終わりと麦飯の炊きあがりは同時くらいだった。椀に麦飯を盛って用意し、別の椀に味噌汁を入れて、サラダを皿に乗せてマヨネーズをかけて出せば準備完了。ステーキは既に用意してあったし、最後に【加熱】で温めなおした。
皆の前に昼食は出ているので、食べようか。それじゃあ、いただきます。
「うん! このお味噌も、お肉に合ってて十分美味しい!! ご飯を食べれば味が柔らかくなるし、今日のご飯も上手く炊けてる! やっぱり美味しい物を食べないと駄目だよ」
「味噌漬けのお肉は中まで味が染みて美味しいんだよね。アルドさんが臭味を取ってくれているから臭味は元々無いけど、お味噌の良い匂いがするから匂いでも美味しいし、お味噌が焦げた所が好きなんだ」
「これ、美味しいですね。イデアが食べたいと言った気持ちが分かります。もちろん美味しいお肉に使っているんでしょうけど、それにしても美味しい。どうして我が国ではこの調味料を作っていないのでしょうか?」
「さてな。アルドも不思議がっておったし、何か理由があってそうなったのではないか? もしくはアリシアの祖国では誰も思いつかなかったとかな。おそらくそんな話なのであろう」
「確か我が国の地方の田舎で生まれた物だった筈です。今では何処ででも作っている筈ですが、古くは地方の特産だったという話を何処かで聞きました。……詳しくは覚えてないです、そういう話って色々な所で似た様なのを聞かされるので……」
「確か味噌の発祥は、帝都から北に行った寒村だったと思います。豆類を育てていた村が始まりだったかと……。私もあまり詳しくは覚えておりません、今では何処ででも作っている物ですからな」
「うむ、美味い」
一人だけじっくり味わう事に集中している奴が居るがスルーしておこう。皆も特に気にしていないし、美味そうに食ってるだけだしな。俺もゆっくりと味わって食べようっと。
昼食を終えて片付け、全てを壊して更地に戻したら出発する。再び人力車に乗せて移動だが諦めてくれ。そんな事を話しつつ、町まで一気に走って行く。たまに石に乗り上げて大きく揺れるが、こんな時代の道だからどうしようもない。
帝国も舗装された道路がある訳でもないし、そんなお金も無ければ資源も無いだろう。そのうえ魔物に襲われながら道を作る人手も無い。国家としてはそんな事より食べる物が先だろう、収穫の不安定な時代だし。
そんな事を話しつつ移動し、ソーイント町が見えてきた場所で人力車から降ろす。近衛騎士の二人は背伸びをしており、カナイスも体を解しているようだ。俺とアリシアはアイテムバッグに人力車を収納し、ソーイント町へと皆で歩いていく。
登録証を見せて中に入り、中銅貨8枚で宿を確保。今は中庭で練習中だ。身体強化は出来るようになっているし、極小でのギリギリ発動は出来ている。なので今は歩かせているが、そこは問題なし。センスは普通ぐらいかな?。
近衛騎士の2人も練習しているが、これは俺が了承したからだ。といっても2人は魔力と闘気の認識と循環からなので、身体強化まで進んではいない。カナイスは歩き続け……途切れたな。まあ、最初はそんなものだ。神血も飲ませて無いし。
「思っているよりも難しいです。身体強化をしながら歩くだけでも大変で、アレをしながらコレもするという感じでしょうか? やる事が増えるうえに集中しないと出来ないので、両立が凄く難しいんです」
「最初はそんなものですよ。私だってそれなりに時間がかかりましたしね。武術大会に間に合うかはカナイス次第です。それでも使えるようになって損などないですから、頑張って下さい」
アリシアは丁寧に精密に淀みなく循環させろー、他人の事を言っている場合じゃないからな?。




