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「それにしても……モグモグ。どうして第三皇女である……ムグムグ。イルファリア皇女が……ゴクッ。……狩人に?」
「アリシア、その汚い真似は止めよ。そなた本当に王女だったのか? そう思うぐらいだぞ。大猿の期間が長かったと聞いたが、その間に王族としての様々なものを失くしておらぬか?」
「それ前に蓮が言った。アリシアは大きな猿だったのが長かったから、人間種としてどうしていいか忘れてるって! 寝相で髪が滅茶苦茶になってた時!!」
「そういえば、そんな事あったね。まあ、もう王女じゃないからいいと思いますよ? 王女に戻る事も出来ませんし、これからは狩人として生きるしかありません。狩人だと考えたら、そんなものでは?」
「それはそれで色々駄目だと思うので、ちゃんとします。イデアが気を使ってくれるのが、むしろキツイ……」
「だろうなあ。子供に気を使われたら、もう駄目だと思うぞ。流石に反省して貰わないとな。まあ、イデアが言っているのも、王女じゃないならいいんじゃない? という王女扱いしないものだしな」
「……あの、それより皆さんは何なのでしょう? アルディアーナ王女と分かっていながら、何故そこまで気を使わないのか……」
「アリシアがそもそも呪いの大猿だったのは知っての通り。俺が浄化して治したものの、その少し前から命を狙われていた。正しくは王命で騎士と兵士がアリシアを殺害しようとしていたんだ。その騎士と兵士連中をアリシアは壊滅させたんだが……」
「最後に一人の騎士を残してアリシアと共に気絶させたんです。そしてアリシアを浄化したら、何故か大猿から人間種の姿に戻ったという訳ですね。ボク達も見ていてビックリしましたけど」
「呪われていた大猿から戻った……。そのような事が本当に? ……いえ、ここに居るアルディアーナ王女は間違いなく本物です。となると、呪いは治す事が出来る!」
「勘違いしないようにな。アリシアだけが運が良かったか、それとも欲に流されなかっただけだ。今のところはその程度しか分かっていない。誰も彼も【浄化】したら元に戻る訳じゃないんだよ」
「違うのですか? ……えっと、私を騙そうとしている訳でもなく、本当に?」
「イルファリア皇女は知らないので「カナイスと呼んで下さい」分からないか……分かりました。私もアリシアと呼んで下さい。どうも全ての者が浄化されれば元に戻れる訳ではないようなのです。私は見た事がありませんが……」
「私は自分の目で見た。……ああ、私はウェルディランカ。一応言っておくとドラゴンだ。私の昔の知り合いである同じ群れのリョクディマは、私の目の前で呪われたが、アルドが浄化すると塵のようになって消えていったのだ。そしてリョクディマは呪いから声を聞いていた」
「力の使い方や体の動かし方を聞いていたようだし、力も数倍になっていたな。さらには鱗が異常なほど硬くなっていた。アリシアは大猿の時、普通に鉄製の武器で傷付いていたんだよな。呪いの声に従わないと、あまり強化はされないのかもしれない」
「呪いを取り込まないと強くなれないけど、代わりにアルドに浄化してもらうと戻れるって事? それとも他の人が浄化魔法を使っても治る?」
「そこはちょっと分からないな……そっちも食事にするなら好きにしてくれていいぞ。それはともかく、今までで4例だ。そのうち人間種の姿に戻れたのはアリシアだけ。流石に数が少ないうえに、成功例が1度だけじゃなあ。未だサッパリだ」
「最初は帝国出身と言っていた裏組織、<ドクロの花>の女ボス。次が王女だったアリシア。その次がゾルダーク侯爵家の子息。最後がリョクディマというドラゴン。その中で元の姿に戻れたのはアリシアだけですもんね」
「そうなんだよなぁ。相変わらず何故なのかは分からないし、そもそも解明出来るかも不明だけどな。それでも理解しようとする事は大事だと思ってるし、解明出来れば助けられる奴は分かるかもしれん」
話についていけないカナイス達は、パンと干し肉をモグモグしているだけだ。不審な者を見る目を最初はしていたが、アリシアが王女本人だと思った頃から警戒心が減っている。それでも最低限度の警戒はしてるけどな。
「少し良いですか? 私が狩人の真似事をしているのは鍛える為なのです。我が国には<帝国武術大会>があり、その予選は10日後にあるのです。その武術大会の為に最後の修行としてウロウロしているのですが……」
「ああ。帝国武術大会って、皇族は一応参加する事が義務付けられていますもんね。そして皇族に対して遠慮は要らぬとも決められてますし……確か、皇族たる者、挑戦する姿を民に見せねばならぬ。でしたっけ?」
「ええ。今年も出場しなければいけませんが、毎年この時期は兄弟姉妹が揃って憂鬱なのです。皇族の参加は義務ですし、全く強くもなっていないと努力もしてないと批判されますから……。大会前に少しでもマシな姿になっておかないといけません」
「まあ、武術大会なのに皇族が肥え太っていては駄目だと思われるであろうな。しかし数ヶ月も前から節制しなければ痩せる事など出来ぬと思うぞ? それとも面倒だからと、一年を通して節制するのか?」
「皇族の食事は決まっていますので、太る事は難しいのです。太れるほど食べる事も出来ませんので。それはいいのですが、訓練をしていない体は見れば分かりますので、流石にそんな姿では出られないという事です」
「皇族がそれでは恥にしかならぬという事か。毎年体を鍛えねばならぬ時期が来ておると? いや、普段から鍛えておかねば見られればバレる。何だかよく分からんな」
「単純に言うと、皇族の皆様も気をつけていらっしゃるので無様な体では無いという事です。となると、観客が見るのは技術という事になる訳で……。それでカナイス様は実戦練習をしておいでな訳です」
「他にも数名、御本名を偽って狩人として追い込みを掛けている方がおられます。まあ、我が国の風物詩みたいなもので。我等はそろそろ帝都へと戻ろうと思っていたのですが、丁度その時に御会いしたという事ですな」
「私達は東の国境まで行き、帝都に戻るというルートにしましたのでここに居ますが、他の兄上や姉上方は別の場所にいらっしゃるでしょう。私達も戻るのはギリギリになりそうですが……」
「カナイス様がギリギリまで外に居たいと仰るからでしょう。一年に一度、この時期だけは帝城を出る事が正式に許されますからな。まあ、他の皇族の方々も同じですし、かつての陛下もそうだったと聞いています」
「仕方ありません。生まれた時から籠の鳥なのですから、外を羽ばたきたいと思うのは必然ですよ。陛下もよくその事を仰っておられますし」
昼食が終わったのでテーブルなどを全て壊して整地。その後、出発しようとすると話しかけられた。何だか嫌な予感がするぞ?。
「そう嫌な顔をしないで下さい。私が皇族と知って、それでも取り繕わない方は珍しいですが、アリシアも武器を持つという事は戦えるのでしょう? ならば私にも戦いを教えて下さい。予選は突破できるでしょうが、本戦が……」
「カナイス様。勝ちたいのは分かりますが、狩人の戦いは学んでも無駄ですぞ? 狩人は魔物と戦う者、人間種と戦うのは別でございます」
「そうでしょうか? 本質的に戦いというものは変わらないと思うのですが……」
「そこは間違っていないが、そもそも依頼料を払えるのか? 言っておくが、皇女だというだけでタダで請けろというなら断るぞ。そんな無駄な事はしない」
「それは大丈夫です。他の兄弟姉妹も教えを乞う場合は対価が国より出ますので」
「そうか、なら請けよう。暇だし、アリシアとウェルも集中的に鍛えるのに丁度いい」
それはそうと、さっさと移動しようか? 話なら歩きながらでも出来るからな。




