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部屋に戻ってきたウェルは紅茶を入れつつもスッキリした様子で話し掛けてきた。急いでいたって事は暴発寸前だったんだろうし、それだけスッキリするのは分からなくもないんだが……。
「仕方あるまい、急に目が覚めたと思ったらそうだったのだ。それはそうと、アリシアの機嫌が普通だが何かあったのか? ここ2日ほど酒に呑まれておるから機嫌が悪い筈だと思うのだが?」
「朝起きてすぐは機嫌が悪かったな。ただ、自分が悪かったと納得したら引っ込めたが。それにしても酒を飲むとそうなるんだから、酒を飲まなきゃいいのに、どうして2日連続で酒に手を出すのやら」
「それは……だって美味しそうでしたし、前のお酒よりはキツイ物ではなかったので大丈夫だろうと……」
「その結果がアレか。アルドが酒精は30度くらいあると言ってくれていたのにな。私達が普段飲んでいるのが10度ほどなのだから、その3倍も酒精が含まれておる。簡単に酔うのは分かりそうなものだがな?」
「だって……昨日のお酒も美味しかったんです。もうちょっと、もうちょっとって思ってたら朝だったんですよ。お酒を飲むのはやめた方がいいでしょうか?」
「体の事を考えたら良い事じゃないからなー。飲まない方が体に良いのは間違い無いぞ? それでも飲むかどうかは本人次第じゃないか? 女性陣だって1人を除いて全員飲んでたしな。俺がアルコールの危険性を教えても」
「そうなんですね。確か9人居らしたそうですから、その内の1人だけですか……。それでもお酒に飲まれたりしなかったんですよね? だったら大丈夫かな?」
「そうやってまた酒に呑まれるのだと思うのだがな。同じ失敗を何度も繰り返すのは愚か者のする事だぞ? アリシアがそうなりたいのなら好きにすればよいが……」
「私バカじゃありませんから! 少しの間、お酒飲むの止めます!!」
まあ、それが一番良いだろう。部屋を片付け綺麗にしたら、宿を出て食堂へ。中銅貨7枚を支払って朝食を注文したら席に座る。何やら近くの狩人がヒソヒソと話しているようだ。
「それで、どうだったんだ? ……具合だよ、具合! お前が昨夜、娼館に行ったのは知ってるんだぜ。新しく入ってきたケツを試したんだろ? で、どうだったんだよ?」
「ま、まあまあかな? それなりだったとは……思うけどさ。この話はこれでいいじゃねえか、別に朝っぱらから話すような内容じゃねえんだし」
「おいおい、つれないじゃねえか。今までなら喜んで話してた癖に急にどうした? 新しいケツの具合を聞いてるだけじゃねえか、何ではぐらかすんだよ」
「別にオレから聞かずとも他の奴から聞けばいいじゃねえか。オレは特にどうこうは無かったぜ? ああ、どうこうは無かったんだよ」
聞く必要も無く、聞きたくもない会話だからこれ以上は聞かないが、どうも頑なに話そうとしない男は尻が傷付いてるみたいだ。……まあ、それが答えなんだろう。どうでもいい話だし、皆は欠片も聞いていないしな。
俺も聞く気は無かったんだが、朝も早くからヒソヒソ話をしているとな、一応確認しておかないと困る情報を話している可能性もある。確認していない所為で妙な状況に陥っても困るし、仕方のない部分もあるんだよなぁ。だからって、聞きたい話じゃないが。
朝食後、入り口の兵士に登録証を見せるとあっさり通してくれた。どうも、早く出て行けという事らしい。出て行く時は楽で助かる。それに少年少女の所為で揉め事に巻き込まれる事も無かったし。色んな意味でセーフ。
西へと走って行きつつ、街道を行き交う馬車などを見る。特に国ごとで変わったりしないのは、スタンダードな物が時をかけて決まっているからだろう。馬車といえばコレ、という形で。特に悪いことじゃないが、バラエティ色は無いな。
そんな下らない事を考えつつ、ソソ村、アクス村を越えた辺りで昼食にする。今日の昼食は肉まんなのでウェルとアリシアには全粒粉と塩と神水を混ぜて練ってもらいつつ、子供達に指示して呪い狼の肉と野菜を炒めてもらい、最後に魚醤と黒砂糖と灰持酒を混ぜたタレを絡める。
俺はその間に鉄のフライパンや鍋を【融合】や【変形】し、大きめのフライパンや鍋を作る。土鍋も【融合】と【変形】で大きくし、鍋物が出来るだけの大きさを確保した。今は温かい程度なので、鍋をしても構わないんだよなー。ま、明日かな?。
それが終わると皆と一緒に成形していき、蒸篭を出して蒸していく。その間に野菜を煮込みつつ【抽出】で旨味を出す。あとは追い野菜を少々煮込めば野菜オンリーのスープが完成だ。旨味はたっぷり出ている。
スープを椀に入れていると蒸し終わったので、各々の皿に取り分けたら食べようか。それじゃあ、いただきます。
「アチチチチチ、やっぱり熱いですね。でも美味しいのが分かってますから、頑張って千切りますけど。………何かこっちに来ているみたいですが、賊ですか?」
「いや、違うな。男2と女1のチームらしい。こっちに気取られないように頑張っているみたいだが、空しい努力だな。あんな事をしたところで完全にバレているし、いったい何がしたいのやら」
「向こうはバレていると気付いておらんのだから、あの滑稽な事は続けるであろうよ。気付けば情けなさも出てこようが、気付いていないのだから仕方あるまい」
「そこの人達ー、こっちは気付いてるからコソコソしても意味無いよー。バレてるのにコソコソしてるの、バカみたいだよ?」
そう蓮が言うと、慌てて出てくる男2人と女1人。こっちを見て少し逡巡した後、呆れたような表情になった。こんな所で料理をしているからか? それとも子供達が居るからか? ……ま、とりあえず聞けば分かるか。
「何を警戒して慎重に近付いて来てたのか知らないが、俺達は狩人のチームだ。で、そっちは何だ? 見た目で分かるが、一応聞いておかないとな」
「すまん、オレの名はガルヴァン。このチームのリーダーをしている。横に居るのは仲間のオールドンとカナイスだ」
「わたしの名はオールドンだ、宜しく」
「ボクの名はカナイス。宜しく」
「……アルド、あのカナイスって人が女性? 他の2人は女性に見えないけど、どうなの?」
「ああ、蓮の言う通りカナイスと名乗ったのが女性で間違いない。何で男性のフリをしているのかは知らんがな。……一気に警戒度を跳ね上げたな? そんなに大事な女性なら男装なんぞさせるなよ」
「男装している女性で狩人……何か怪しい気がするのは気のせいですか? とっても貴族絡みの気がするんですけど?」
「元王女のアリシアが言っても説得力は無いと思うぞ? 普通なら貴族以上に面倒なのが王族だろうに……自分の元の立場を忘れすぎだ」
「………アルディアーナ・ヨーヌ・カーナント第一王女?」
「「!?」」
「………貴女はまさか、イルファリア・セロン・ウィルナイト第三皇女? ……何故、皇女の貴女が狩人の真似事を?」
「それはこちらのセリフですよ。第一王女である貴女が何故我が国に、それも狩人として潜入……あれ? アルディアーナ王女は呪いの大猿になっていて、少し前に亡くなった筈では?」
「亡くなった事にされただけで生きていますよ。少なくとも父上は死んだ事にしたいようですが、呪いも無くなって今は元の姿です。まあ、色々あったので祖国に居る気などありませんが……」
「とはいえ、王族は死んでいない事を知っているのに、諸外国には死んだ事として発表したんだな? それとも先走って発表したから取り返しがつかないのか?」
「それよりアリシアは早く食べた方が良いですよ? せっかくの肉まんが冷めてきています」
「うぇっ!? ホントだ! 冷めてきてる!!」
……王女達から呆れた目で見られてるぞ、アリシア。




