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5層の草原を皆で進んで行く。特に苦労する事も無いし、アリシアでさえ簡単に勝てる魔物しか居ない。この星では邪気がほぼ無い為、ダンジョンで出てくるのもモンスターではなく魔物だ。ちゃんと理性がある。代わりに【浄化】では弱体化しない。
どちらがいいかと問われると微妙だと言わざるを得ないな。一長一短あると言うべきか。半邪生といえる存在なので、分かりやすく向かってきて対処しやすいモンスター。通常の魔物と同じなので慎重だったり、逃げたりする魔物。
今もアリシアが戦っているが、シールドバッシュを受けたウサギの魔物が逃げて行った。相手の逃げ足が速く、アリシアは魔物が逃げ出した段階で追いかける事はしない。
「まあ、追いつけますけど無理に追いかけても仕方ないですし……。それに、今は先を急ぐのを優先したいですしね。このまま魔物を倒すなら追いかけるんですけど……」
「仮に魔物を狩って金儲けをするにしても、こんな浅い層の弱い魔物で金稼ぎをする事は無いな。もっと深い層に行かないと強い魔物は出ないだろうし、そこでないと美味しい魔物も出ないだろう」
「美味しい肉!? さっ! 早く行きましょう! 次はどっちですか? このまま真っ直ぐですか!?」
「落ち着け。このまま真っ直ぐ行けば次の層への転移紋がある。このダンジョンは転移紋の位置が分かりやすいが、その反面微妙に魔物も呪いの影響を受けてるな。まあ、それは外の魔物も変わらないんだが……」
外よりも多少濃い目に影響を受けていると考えれば分かりやすいと思う。俺は【浄化】しながら進んでいるが、ふと思う事があり、アイテムバッグから超魔鉄を取り出す。そして掃除機の先のようなTの形に加工し、中に魔法陣を刻む。
これで邪気を吸引する魔道具になった訳だが、これを使って呪いを吸引できないもんかね? 試しに魔力を流してみると微妙にだが吸い込んでいる。しかし邪気用だからか吸い込む力が弱い。仕方なくインゴットに戻して収納する。
自動で呪いを吸引する道具が出来れば【浄化】しやすいかと思ったのだが、やはりそうそう甘いものでは無いらしい。仕方なく自力で【浄化】しながら進んで行く。子供達やアリシアが狩るのを見ながら、狩った魔物の血抜きをしていく。
一応売れるので売るが、大した金にはならないだろう。それにしても魔物が弱過ぎる。10層まではこの弱い魔物の層が続くのかね? そう思いつつの10層。地形が荒地に変わり、魔物が牛系や鳥系に変わった。
上空を飛んでいるのはハゲタカだろうが、けっこう危なそうな牛が鼻息荒くこちらを見ている。俺は即座に前に出て、鼻息荒い牛に短剣を投げる。すると牛は角で弾いた後、俺を目掛けて突進してきた。
当然のように横に回避しつつ、矛で右後ろ足を切る。それだけで牛の魔物は転倒し、起き上がる事はできなくなった。後は首筋を切って始末するだけである。【浄化】と血抜きと【冷却】をしてから収納するのだが、前に出たのはアリシアに見せる為だ。
子供達は牛系の魔物の対処方法を知っているが、アリシアは知らないだろうからな。仮に知っていても、それは大猿の時のものでしかなく、人間状態での戦いではないので見せておく必要がある。なので前に出ただけだ。
アリシアはなんとも言えない表情をしたものの、盾で防いで反撃という今までのパターンが通用しない事は分かったようだ。牛系魔物の突進を防いでも体重差と体格差でふっ飛ばされる。それでは戦えない。
「まあ、そうですね。馬車に轢き殺されるようなものでしょうし、大猿の時ならまだしも、今はどう足掻いても正面からは無理です。そんな事をしたら死んでしまいます」
「分かってるならいいけど、妙な考え違いとかは起こさないようにな。その下らない一度の失敗で死ぬ事もある。慎重過ぎるくらいで丁度良い」
子供達もある程度の緊張感を持って進む。牛系の魔物は突っ込んで来るので、子供達の体格だと絶対に負けるのだ。勝つ見込みが一切無い。当たり前の事だが……。
俺達は適度に魔物を倒しながらも進んで行く。アリシアも上手く避けて足を叩いたり、横っ腹にシールドバッシュを行い転倒させている。その御蔭か、上手く倒せているようだ。それでも恐々と戦っているが、それでいい。
気持ちが緩んできた時が一番危険だからな。それに比べれば恐々と戦うだけ遥かにマシだろう。慎重であれば思わぬ怪我はしない筈だ。
15層まで来たものの、やはり地形は変わらない。ただ、魔物に猪系が増えている。最初の草原の層も、5層からは魔物が追加されていたんだろうか? 新規の魔物は見かけなかったような気がするが……。
それはともかく、猪の魔物も狩りながら進む。特に何の変哲も無い魔物だが、名前を知らないので猪の魔物と呼ぶしかない。黄色い毛皮で目も黄色。体高が1メートルには届いていないほど。そんな猪だ。
ちなみに牛の方は、灰色の皮膚に立派な黒い角が生えている。赤茶けた荒野の中でも大変分かりやすい色の2頭なので、認識しやすく助かっている。俺は【空間把握】で分かっているし、子供達は【気配察知】で問題ない。
分からないのはアリシアであり、一番危険なのもアリシアだ。未だ【気配察知】は教えていない。まだ走れるようになったのと、身体強化モドキのような方法で戦闘中に使えるようになっただけだ。その程度でしかない。
【気配察知】を教えるのは、ある程度身体強化が使えるようになってからだろう。今の実力じゃなあ……。
「キャー!!」
牛の突撃が来たので避けようとしたのだが、タイミングが早すぎた。だからこそ角の振り回しに移行され、その角で弾き飛ばされる。咄嗟に盾で防いだから良かったものの、ちょっとした余裕というか惰性で動いてしまった。
ダンジョンではそういう気の緩みが死に繋がると言っているのに、気が緩むとそんな事も考えなくなる。相変わらずだが、戦う相手は魔物よりも自分自身だ。それを常に忘れないようにしなきゃいけない。
「分かった? アリシアはちょっとだけって思ったかもしれないけど、そのちょっとで死ぬんだよ!?」
「はい、申し訳ないです……」
アリシア、蓮に怒られるの図。地面に座って頭を下げてるアリシアと、そのアリシアに説教をしている蓮。何だかんだと言って、蓮もイデアも修羅場は潜ってきている。矢が直撃した事もあるしな。それに比べれば危機感が足りないのはしょうがない。
王女様だし、かつての戦いは大猿様だ。色んな意味で庶民を知らない。ま、それは良いとして、そろそろ進むぞー。説教がしたいなら、また後でな。それにそろそろ20層への転移紋前だ。そこで昼食にする。
そう言うと、すぐにキビキビと動き始めた2人。現金なもんだと思いつつ、20層への転移紋前まで移動していく。
着いたら早速料理をしていく訳だが、あまり時間を掛けてもしょうがないので、小麦の全粒粉と米の全粒粉を塩と神水で練ってもらう。その間に俺は猪の肉で角煮を作り、かす肉と野菜のスープを作る。
生地が出来たら中に角煮を詰めて饅頭を作っていき、蒸篭で蒸していく。後は蒸しあがるまで待つだけだ。土のテーブルも椅子も作ってあるので、今は皆がゆっくりと出来上がりを待っている。
それにしても、初めてのダンジョンとはいえ、早速アリシアのダメなところが露呈したなー。緊張感を持ち続けるのは難しいし、集中力を維持するのも難しい。だからこそ適度な緊張感を持ち、集中しない集中をするんだが……。
まだまだアリシアには難しいか。もっと経験するしかないな。




