三日目
「へへ〜まさかこんなに早くお金を稼げるなんてね。あと四日余裕じゃないか」
俺は一人そう呟く。
あのお爺さんはとても優しかった。俺に仕事をくれて、お金を稼ぐ機会をくれて、そして食べさしてくれた。こんなに優しい人間がいることなんて全く知らなかった。
それでも、きっと母さんたちはそれを認めてくれないんだろう。何も知らないのはどっちなのだろうな。
とそんなことを考えながら俺は歩く。行き先なんてないし、どこに向かっているかもわからない。それでもその足を止めることはない。きっと、俺想像していた六日間より楽しいものになっていた。
最初は一人で楽しみを見出していけるって、そう言う自信があった。今でもそれは変わらない。…でも、それでも、ここにくるまでにあった出会いは、確実に俺へのいい影響を与えていた。
ここまで誰にも愛されなかった。誰にも相手にされなかった。そんな俺に関わってくれたあの人たちは、きっと俺が思っている以上に、世間が知っている以上に、苦しんできたのだろう。
「俺もいつかそうなれるかな」
まっあと四日しかないんだけどね。俺の余命は確実だ。生まれつきのものもあって確実に、あれから六日
日にちで言う、八月七日に俺は死ぬ。それだけには間違えがなかった。
「今日はここで寝るか」
俺はその場所で、寝る準備に取り掛かるのだった。
お金は稼げたが、まだ贅沢はできない。だから今日も野宿することにした。これもこれで楽しいからいいんだけど。
そして今日も考える。明日は何をしよう。どこに行こう。あれをしたい。これもしたい。ここがどこなのか、どこに行けばどうなるのか。そんなこと俺にはわからない。でも楽しむことはできるのだから。そんなことを考えていくうちに、俺はだんだん眠りにつくのだった。
「ねね、こんなところで何してるの?」
朝、そんな声で俺は目を覚ます。そこには見知らぬ少女が立っていた。
「ん?昨日はここで寝てたんだ。今からもっといろんな場所行きたいしね」
「え〜いいねそれ。僕もそんなふうになれるかな」
「もちろん!なれるさ。その気持ちがあるならどこへでも行ける」
きっとこの少女も俺と同じ思想を持っているのだろう。だから素直にそう告げたのだが。
「いやダメなんだ〜僕ねお金持ってないしさ、お母さんも色々言ってくるし。友達にも笑われちゃう」
「お〜なんだその友達?嫉妬?妬み?」
「よくわかんないけど、僕のこと理解してくれる人って少ないんだよね。よく言うやん。理解者で一番近くにいるのは親だって。でも僕の周りはそうじゃないからさ。親に否定されて、独りになって…」
「なるほどなるほど、お金もなくて、独りも嫌なんだ」
「そうだよぉ?お腹減ったな〜」
「そっかそっか、じゃなんか食べ行こうよ」
「だぁーかぁーらぁーお金ないって」
「違うよ。俺が奢るって言ってるの。最近ちょうどお金入ったんだぜ」
俺はその少女にそう告げた。この選択はきっと悪手だろうな。俺が生きなれるだけのお金は元々持ってない。それなのにこの出費。少し痛いけど、少し話がしてみたかったから、安いものだとそう考えることにした。
俺がそう言った瞬間、少女の顔は晴れ上がり、屈服のない笑顔で、頷くのだった。
少女の紹介で来たお店はなんとも、オシャレという言葉が似合う所だった。
「コーヒー、ブラック、紅茶、緑茶。
並び的に緑茶は場違いだろ」
僕がそんなことを言いながら、飲み物を選んでいる時少女が悩んでいるので声をかけることにした。
「何してるんだ?」
「あ、これ、美味しさあだけど高いからさ。僕コーヒーとか飲めないし」
少女が見ていたのはケーキだった。と言うかこのお店でこの少女が食べれるものはきっとこれしかないだろう。
「じゃ、このケーキとなんかジュース一つお願いします」
「えっ?いいの?これ高いよ」
「何を言ってるんだか、先が短い人が我慢した方が合理的だろ?」
そう言って俺はお金を出す。潤っていた、財布は少し軽くなったが横で目を光らせながら待っている少女を見るとそれでもいいかと思ってしまう。
「こんなの食べたことないよ。本当にいいの?」
「もちろんだ。その年にあったかといいなよ」
「あったことってなに?」
「だぁーかぁーらぁー。ありがとうでいいんだよ」
「あっ、」
それをつけ笑顔を作った顔で俺に言う。
「お兄さん。ありがと!すごく美味しい」
「あぁ、ゆっくり食べろよ。これも飲んで」
「えっ〜これも僕のだったの?本当にありがと!」
あぁ、俺はもうここで死んでもいいのかもしれない。なぜか?この笑顔が見れないとわからないだろうな。もし子供ができたらこんなことばっかするのだろうか?そんな経験もしてみたかったな。あと四日だから無理だけど。っと僕がそんなことを考えていたら、
一人俺らを凝視してる奴がいた。いや、近づいてきていた。それを確信し、俺は少し身が硬直したが、すぐ隣を見ると俺なんかより、震えている少女がいた。
それをみて直感でわかった。
………あいつはこの子の親だ。
そう認識した頃にはもう遅く、そいつは俺たちを怒鳴りつける。その内容はこの子にはまだ早いだの、勝手に連れ回すなだの誘拐だの、根も葉もないことを言われた。そして一つ確かになったこともあった。
「あのすみません。俺が連れ回したせいです。俺に責任があります。だからこのケーキが食べ終わるまでは、待っててあげてくれませんか?」
俺が交渉のため、口を開けたが、その言葉はより相手を挑発してしまった。
でもやっぱり確定だ。この親はきっと、この子の意見を聞いたことがない。
そうだ。さっきから自分の意見を並べて、俺の言葉を耳に届かずにいる。そして何より何も言えないのがこの子供だ。何も言っても否定される。だから自分を殺してしまっているのだろう。
今考えればたくさんのヒントはあった。お母さんに色々言われるとか、ケーキがいいと言えなかったり、ありがとうよりごめんが出てきてしまう所だった。怒られないために自分で工夫した結果なのだろう。
「あの一つ聞いてもらってもいいですか?」
とりあえず俺は頑張って話をしてみることにした。相変わらず自分の意見は曲げないが、なんとか聞いてもらうだけはできることになった。
「この子はね、旅とか新しいことに挑戦したいんですよ。ただそれにはたくさんの壁があって、可能性を根こそぎ取られてる気がするんですよね。あぁ、お母さんが取ったって言ってるわけじゃないんですけど、
この子の自信を削るようなことするのが
親なんですか?」
きっとこの子は俺とリンクしていると、そう感じた。だから放っておけなかった。だから俺は声を荒げる。
「俺はそうは思いません。自分が不安なことを、子供に押し付けないであげてください。気に食わないのなら放っておいてください。きっと、余計なことされるよりマシなはずです。俺が今ここにいるように」
それだけを告げた。自分の率直な考えだ。でも、その親が納得しているようには見えなかった。どうするべきか、そう考えている時、また一つの声が響き渡るのだった。
「僕は!!!!お母さんも友達も大切。だから、みんなと楽しく暮らしたい!!自分の意見をもっと認めてほしい」
勇気に満ちた、かっこいいセリフだった。
「と言うことですが、お母さん。どうですか?」
俺がその言葉を付け加えると、お母さんは少し反省の色を見せて、子供に頭を下げた。俺にも下げようとしたが、きっと俺にそれをされる価値はない。だから断った。
「今回のことケーキはお金とか本当にいらないんで、大切にしてあげてくださいね」
そう言い残し俺は去ろうとした。
「ありがと!この言葉を教えてくれて、ありがとう」
その言葉を背にして、俺はまた旅に出る。こんなに素直で学べるものがある。どんなに幸せだろうか。
目を瞑った時に迫り来る悪夢でさえも、あの子の可能性を閉じ込めることはできないのだろう。それが成長だと、俺は改めて気付かされるのだった。
「優しいお兄ちゃんだった」
僕は一人でそう呟く。何が原動力なのか、何を勇気にあそこまで戦えるのか、僕にはわからなかった。それでも憧れを抱いてしまった。きっとこの感情も知らなかったんだろうな。隣ではお母さんが僕に謝ってくる。でも僕はそれを否定して言う。
ーーなにそれ?ありがとう。でしょ?ーー
あぁ、いい子だった。気づいた頃には時間も過ぎていて、今日が終わろうとしている。
あの親子は仲直りできたのだろうか?親は学べることがあっただろうか?
あれだけ、話せたら俺もここにいなかったのかな。
そんなこといくら考えても答えは出ない。きっとこれは俺に関係がある問題なのだが。
「ニシシ、まだ負けてないもん」