二日目
「さぁ〜て、何から始めようか」
一人になった俺はそう呟く。
なんせお金も、家もなんもない。服だって病服だけだった。何か物を盗むという手もあるのだが、それは嫌だった。そもそも犯罪に手を染めたくない。
「お腹、減ったな」
考えれば、昼から何も食べていないのだ。時刻は二十時を回った頃だろうか。周囲はもう暗くなっていた。
とりあえず、今日はご飯を我慢して寝よう。とそう考え、寝れるような場所を探すのだった。
俺は他の人より図太いからか、どこでも寝れる体質だった。これが功を奏し今日は少し開けたところで寝ることにした。
「あぁ〜明日はどんな一日になるかな?なんやかんやでもう五日。ニシシ楽しみだな」
そう呟き、明日したいことを考える。美味しい物も食べたいし、新しい場所へも行ってみたい。夢が広がるな。そう考えているうちに俺は眠りにつくのだった。
「お〜いい朝だ」
朝一俺はそう声を出す。
いつも早起きだったからかきっと今は五時から六時の間だろう。いつもはその後もベッドで寝転ぶのだが今日は違う。
「どっかいこ」
そうだ、どこかに行けるのだ。自分の足で行ける。自分の目で新しい物を見れる。俺だからわかる。きっとこれはとてつもない。[幸せ]だと。
朝一というものは案外人がいないものだった。俺は街を歩く。まだ静かさ残り、活動し出す前の時間。そんな時間ですらも俺は楽しんでいた。
「うわぁ〜これ美味しそう」
お店に並べてあったお菓子を見て呟く。
ただまだお金がないもんで、これを買うことはできない。きっと今日明日はご飯を食べれないだろうと、気を締めていたのでそこまでの問題ではない。
どこを見渡しても、いいもので溢れている。きっと病院にいたままだと生涯この景色を見ることはできなかっただろう。
「うわぁ〜これも最高そう」
俺がいつも通りそう呟くと、店主が声をかけてきた。
「お?これの良さがわかるか、坊主」
「坊主?俺は髪ありますけどね。そんなことよりめっちゃ美味しそうですよ。あなたが作ったんですか?」
「おもろいやつだな。そうだぞ?どうだ一個買ってくか?」
「あはは、すみません。今待ち合わせがないものでして、またの機会に」
「んだよ〜そうなのか?こんな時間から何してるんだ?仕事か?」
「いや、散歩していただけですよ。次はどこに行こうかなって」
「おいおい、金なしだとこの街じゃほぼなんもできないぞ?」
「っえ?そうなんですか」
そんな事実をケロッというので、俺は少し驚いた。
「っえ?ってお前この街の人じゃないのか?親御さんは?」
「あ〜いないんですよね。なんなら家無しですし」
「は?なんだその事実」
お〜きっとおじさんにとってはこっちが驚きの事実だったようだ。
「仕方ないんですよ。俺余命があと五日でして、もう楽しみたいだけなんですよね。経験積みたいし」
「そうか〜大変だな」
おじさんは少し目を背けた。でも俺はそれをされる理由がわからない。今俺は別に可哀想ではないのだから。こんなに自由なんだから。
「それじゃ俺はここで」
そういい立ち去ろうとしたが、後ろから声をかけられる。
「じゃ坊主。ここで一日バイトしてみっか?金はちゃんと払うしよ。こんな経験はあと五日じゃできねーぜ?」
さっきまで申し訳なさそうな表情をしているように見えたが、それは気のせいだったのか。今のおじさんの顔は優しさで満ちていた。
「えっへ。いいんですか?楽しそー」
「なんだよえっへ。っていいからこい。そうと決まれば忙しいぞ?」
「任せてくださいよ〜」
そうして、急遽俺はそのお店を手伝うことになった。そのお店は結構有名らしく、昼間には多くの客が来た。昼ごはんを食べる時間もなく俺たちは働く。
でもとても楽しく、貴重な経験だったので俺に後悔はない。
そうして日も暮れ、閉店の時間になる。
「坊主。なかなかやるな〜初めてって思わなかったぜ」
そういい、俺の頭を撫でてくれる。この行為になんの意味があるのか。俺にはわからない。されたこともないししたこともないのだから。
「なんで俺の頭をそんな撫でるんです?」
「はっ。気にするなよそんなこと」
「へ?意味がないじゃないですか」
「されたことないのか」
「はい。ないです。これも初めてなのでいい経験ですね」
「そうかそうか〜」
そういい、もっと強く撫でる。でもなぜか嫌な気はしなかった。
「これはな?意味なんてないんだ。合理性なんてもってのほか。でもこれをしてもらう権利ってのは今のお前にあるんだよ。わかるか?意味のないことをわかってて、できるのが人間の特権さ」
「人間の特権」
「あぁ、そうだ。お前にどんな事情があるかなんて知らないけど、それでもここまで頑張って楽しんでる。誰よりも生きてるお前を見て、俺ぁ大切なものを思い出した気がするんだよ」
「そうなんですね」
まだ意味はわからない。でもその気持ちのいい行為をありがたく受け取ることにした。意味はなくても、いい気しかしなかった。
「ニシシ」
「それがお前らしい笑顔だな」
そういい二人で笑い合う。そして少しするとおじさんが歩き出す。
「わりぃ〜な。うちは嫁さんも息子もいるから、家に連れて行くことできないんだわ」
「ん?それって謝ることですか?ここでこんな楽しめたんです。むしろありがとうございます」
俺は率直に思ったことを述べる。
「そう、、だな。へへ悪かった」
そういいまた笑顔を取り戻す。
「じゃ、給料もだがほらこれ」
そういい、おじさんは俺の前に一つのお皿を差し出した。
「おめぇ何も食わねーとかそれはダメだぜ?お金がなくても働きゃ食える」
上には食べ物が乗っていた。しかも、
「これ朝の?」
「おうよ。お前さんは久しく見ないぐらいうまそうにそれ見てたしよ」
「確かに美味しそうって思ってましたよ。今見たらさらに。でもお金が」
その言葉を遮り、おじさんはいう。
「ばかたれか。食えって言ってるんだよ。ありがとうでいいんだ。これが合理性に合うか?」
「あはは、合いませんね。いただきます」
あぁ、すごく美味しかった。これが人間の温かみ。
「ニシシ。ありがとうございます」
「おうよっ!」
きっとこの味は、温かみはもう忘れない。忘れたくない!
こうして、俺とおじさんは別れた。これ以上ないぐらい充実してた時間だった。ニシシ余命とかもういいなっ!
「バカみたいなやつだ。素直でバカ真っ直ぐ。俺が無くしてたもん全部持ってんな」
あの坊主は余命があと五日だとそう言ってた。
あと五日、普通ならもう何もする気なんて起きないだろう。
楽しくないはずだろう。でもあいつは全力で楽しんだ。俺はここで物を売ることしか頭になかったんだがな〜。物をうり金を稼ぐ、楽しさなんて見出せなかった。見習わないとな。と思い、俺は家に帰るのだった。きっとあの家でも楽しさを見出すことはできるだろう。
ーー嫁も子供も俺のことを
愛してくれてなくてもーー
俺はおじさんと別れてから、走っていた。明日にはもっと別の場所に行けるように。
おじさんの最後の顔は今日一日の中でも少し違う、勇気に溢れる顔をしている気がした。俺もあんな顔できるかな?ニシシ
今頃、俺の両親も俺に気づくだろうか?怒っているだろうか。
「ニシシ、それでも俺には関係ない」