一日目
「さて、始めよう」
そう一人病室で呟く。ここには他には誰もいない。お医者様は僕を…いや俺を完全に諦めた。あぁ親も友達も誰もいない。一人で呟く。
目を瞑れば悪夢が襲い、現実を見れば夢が遠ざく。
大人はユメを見ることを教え夢を見ることを拒否する。
いつからか、歳を重ねるごとに人の原動力は可能性になってしまい、その自分自身の可能性は人の可能性を奪う。知らんけどな。
やりたいことを楽しいことを最優先に生きてきたらいつのまにか孤独になっていた。自分の好きなことをしているだけでは共存できなかった。だからきっと僕の周りに今人はいない。あぁ〜違う違う。俺だならないな。
よし。俺の人生はまだ終わってない。
…あと六日。途半端な余命つけやがって。
え?なにで始めるのかって?そりゃオメェなんか楽しいことしたい気分だから?犯罪以外ならなんでもできるってもんよ。
あ?できるのかって?そりゃそうだろ。
俺様を誰だと思っている?って言われても知らんわな。
俺は礼夜。三益礼夜。
余命はあるけど別に身体が悪いわけじゃないんだよ。そう運命って奴だな。今更余命だからとか言ってられない。
そうだこれから始まるのは俺が死に完成させるまでの物語だ。
と、前置きはさておき、なにから始めるか。とは言うもののやるべきことはもう一つしかなかった。
「この病院から逃げよう」
そうと決まれば俺はすぐに動き出す。付いている点滴を外し、ベッドから跳ね上がる。俺から言わせればこんな点滴に今となっては意味はない。それどころか最初からなかったのだ。両親からの愛があればその結果はまた違ったのかもしれない。ただそれはただの理想論であり非現実だ。俺にその事実を変えるだけの力がないから仕方がない。
「これってどうやったら外れるのかな?」
困った俺はナースコールで看護師さんを呼ぶことにした。
俺が予想してたこととは全く違うことが看護師さんは言った。
「いやダメですよ?なんで外そうとしてるんですか?」
「え?ダメなんですか?」
点滴を外すことはいけなかったらしい。
「えっと〜じゃもう大丈夫です。あ、外出たいんですけど」
「それもダメです。あなたね〜そう言うことしてるから、先生にほぼ見捨てられてるんですよ?わかってます?」
「いやわからないです。というかそれ直接言います?」
「もうどうせ気づいてると思ってますし、どのみち六日なんで」
この病院の人間はかなり終わっているらしいな。そもそもちゃんと検査したのだろうか?それすら怪しいと思ってしまう。
「そうですね。変なことで呼んですみませんでした。ありがとうございます」
それだけを言って看護師さんには帰ってもらうことにした。
点滴の外し方それはどんなに悩んでも俺にはわからない。
「しゃーなしか」
僕はもう力ずくで引きちぎることにした。
「あぁあ、」
かなり痛かった。こんなに痛いものだとは知らなかった。でもこれで俺には自由が手に入った。次はどうしようか。
運良くこの部屋には他の病人はいない。なぜだか俺がいるところには来ないようだ。看護師さんもお医者様も必ず防具を持っている。そんな暴れるやつでもないんだけどね。
かと言っても、俺が外に出れば病院内はパニックに陥ってしまうだろう。なるべく人に迷惑をかけたくないので、もう少し待つことにした。こうする間にも時間は減っていき、俺の死は近づいてくる。とりあえず俺は次の行動をするまではここを出てからなにをするかを考えていた。お金はないし友人もいない。恋人なんてもってのほかだった。
「ん〜ピザは食べたいよな」
そんなことを呟きながら時間が来るのを待つ。
一応いつもお医者様が十七時に、俺の様子を見に来る。点滴を引きちぎってしまったからには、見られるわけにはいかない。
「十七時か、」
まだ患者さんも看護師さんもいる時間帯だ。それならどこに逃げるか、俺が頭を悩ませていると一つ面白い案を思いついた。
「屋上なら誰もいないんじゃね?」
あぁそうだここの屋上は関係者以外は立ち入り禁止。俺も行ったことないからわかんないけど、多分人気は少ないだろう。そうと決まれば簡単だった。俺はすぐに行動に移す。
その屋上を目指して…。
バーンと勢いよく屋上の扉を開ける。
案外簡単に屋上まで来れた。見られた気はしないし、まだ十七時にもなっていない。さてどうやって生きていこうか。
ひゅ〜と風が吹く。久しぶりに肌で感じるその風は心地の良いものだった。
「寒くなってきたな〜」
俺は窓を開けることを禁止されていたため、その変化には気づかなかったけど、ひんやりと吹くその風は季節の変わり目を意味していた。俺の夏はもう死んでる。生きているのはあと六日時間にするともう六日分無いけど、とそんなことを考えていたら一人の女性が僕に声をかけてきた。
「あら?ここに人が来るだなんてね。知らないの?ここは立ち入り禁止よ?」
あれ〜?さっきまでいなかったはずなのにそこには確かに、女性が立っていた。
「あ、え?ごめんなさい。でもなんでお嬢さんはここにいるんですか?」
「あらあら、礼儀が正しいわね。私はここから動けないの」
動けない?少し言っている意味がわからなかった。
「動けないってどう言うことですか?俺と一緒に旅にでも出ます?」
「やっぱり病室から逃げてきたのね。点滴まで無理やり外して、いく宛はあるの?」
「おほほ、やっぱ気づいちゃいますよね。言っちゃダメですよ?あと宛はないです!」
「あなた面白いわね。言うつもりなんてなんもないわよ。ほらもうすぐ十七時を回るわ、そうするとここにもタバコを吸いに来る人たちがいるから逃げたほうがいいわよ」
「っえ?ここにも来るんですか。うわ〜飛び降りるしかないか」
「あら?飛び降りたら旅する前に死んじゃうわよ?」
「いやでも捕まったらそれはそれで終わるのでね〜残り六日も自由くれないんすから」
「そう〜?飛び降りね〜あまりいいものな感じはしないけどね」
「そうですね。まっなんとかなる気がするんで、ご忠告ありがとうございました。それでは失礼します」
それだけを言い残し、僕は勢いよくフェンスを…飛び越える。
「あらあら、本当に飛んじゃうのね。自由……私いつから諦めちゃったのかしら?」
それにあの子はなんだかいける気がするってその自信だけで命を賭けた。きっと私が諦めたものを、あの子は持っている。
「少し、あの子に期待しちゃおうかしら」
私が少年の背中を見送ってから少ししてからタバコを吸いに数人の先生が入ってきた。なにやら会話をしているが、私はそんなことどうでもよかった。
ーどうせ、私のこの声も先生には届かないし、
見えないのだからー
「うわっはは」
俺は今着地した。いや〜なんだか死ぬ気はしなかったんだけど、流石に痛いな。そんなことを思いながら上を見る。
さっきの女性の人は俺を見下げて、手を振っていた。さっきまで向けてくれなかった笑顔と共に。
あ〜なんだか、初めてだな。不思議と笑みが溢れていた。
「にしし、まだまだ捨てたもんじゃないな」
それだけ呟き、手を振って俺は走り出す。
やっと逃げ出した。きっと今頃病室は大騒ぎだろう。
「ニシシ、でももう俺には関係ない」