第7話 砂丘で出会った花
「で、結局、船を選ばず、砂丘を超えることにしたんだなー?」
「聖典が予言していたからな」
はるか南へ広がる足元の砂丘を眺めて、ため息がもれた。
ミラーによると、聖典に載っていた情報で、今、有効なものは2つだった。
今後、この世界に降臨する「5勇者の伝説」と、最強のアンチスペル「真実の光輪」。
聖典を見ることになったのは、一つの偶然だったのだが、予言書でもある聖典が見れたのは、神託以上に役に立つ情報だったと、今なら思える。
俺たちがこの世界に来て、何をやるべきなのかが「5勇者の伝説」という章に記載されていたからである。
正確にいうと「5勇者の伝説」は、この世界に降臨する神の転生者「光」「闇」「水」「風」「大地」が、世界を救うお話。俺が「光」の転生者かも、という話だったので、覚えていたそうだ。比喩が多くて、非常に読みにくいとも話していた。
「真実の光輪」は、シルベスタスの寺院にあったパーシラ神の加護による最高魔術。すべての魔術を無効にする、、、らしいが、使えた人はほとんどいないとのこと。呪文を覚えるのは簡単だったが、これを使うための精神力のキャパシティは国に10人もいないのだとか。ミラーにも、果たして使えるかどうか。逆に、効果が半端なく強すぎて、使い道があるのか?とすら、疑っていた。いかにも、リア充のハートを直撃してくれそうだ。
シルフィーいわく、それでも、ミラーの記憶力と集中力は、魔王以上だとこぼしていた。
結局、合計1週間、シルベスタスの街には滞在した。
残る1日を旅の装備の補強に費やして、その日暮れのうちに、街を出る。
ルークによると、砂丘を歩く行程時間は約3日と見積もっていいだろうとのこと。
今は、砂丘は雨季を開けてまもない季節。
まだ、リスクが低いのでは、と勝手に考えて、オアシスから、オアシスへ水をこまめに補給しながら、メードラの街を目指すことになったのだった。
最初の野営をしながら、俺たちは確認した。
砂丘の夜は、急激に冷える。
今夜は交代で、焚き火を欠かさないほうがいいだろう。
3人が寝息を立てるのを待ってから、俺は、聖戦士との戦いを考えていた。
忘れられない。「魔法剣ライシュール」というあの技。
聞けば、あれはパーシラ神殿における聖職者に伝承された剣術なんだとか。
仕組みは、神の加護を剣に宿らせての剣技なのだろう。
部活で剣道をやっていた経験が俺を救ってくれたのかもしれないが、残念ながら、中学生における競技剣道は、たんなるスポーツであって、実戦向きではない。
この世界で生き残るためには、この先、我流であっては、生き残れないかもしれない。
「兄さん、考え事?」
フゥとルークが寝息を立てている。
妹は、あの日から悩む俺に気がついていたらしい。
「寝てなかったのか?」
妹が起きて、焚き火に、薪を一本放り投げる。ぱちっと、はじける音がした。
「「神の転生者」と言われた気分はどう?」
「正直、厨二設定だと思う」
あっさり、断言してみせる。「俺は言うほど、特別じゃない」
「「二振りで15人斬り」が、こぼすセリフかしら」
「からかうなよ。あれは、素人相手の話だ」
「つまり、勝負に負けることに、不安があるのね?」
言葉を返せなかった。その通りだったからだ。
「確かに、兄さんに戦いをまかせちゃってる感じはある。フゥもルークも単独でそれなりに、やれるはずだけど、パーティー戦闘では、補助に回っているしね」
「お前は、怖くないのか?魔術師になってしまって」
「ゲームだと思っているから」
ミラーが真剣に、俺を見る「真剣にいうと、私は本来の魔術師とは程遠いわ。ただの特殊技能が使える一般人よ」
「記憶力はいいようだが?」
「受験勉強で英単語を覚えるのと、何も変わらない」と話した上で、妹が俺を見る。
「・・・ただ、私は帰らなきゃ、とだけは思っているけどね」
「・・・『帰る』?」
「あの世界の中学生に帰る、いうこと。悪魔なんてどうでもいい。帰りたいだけ」
少し沈黙があった。
妹はしっかり考えていた。自分の希望を持ちつつ、みんなの行動に気を配っている。
思えば、フゥもルークもそれぞれに希望を持っているんだろうか。
夜は、なおもふけていった。
早朝から、地平線から、朝日が上がる。
携帯のビスケットをかじると、スープを飲んで、チーズをかじる。
「今は、どれくらい来た?」
「思ったより、順調だなー。予定より半日くらい距離を稼いでる」
ルークがあたり一面の見渡した。
野営地を片付け、焚き火を砂で埋めた。
体は若干冷えているが、これから急激に気温が上がることを考えると、問題はない気がする。
砂丘の砂は、まるで小麦粉のように、細かい粒だった。
風で流されるうちに、削れて小さく砕かれたのであろう。
時々、熱風が吹き渡る。
小高い丘を登った時、サソリと思しき、大きな甲殻類の化け物の姿が見えた。
その足元には、横たわる人が倒れている。
「助けよう」
フゥが隊列から離れて、足元の悪い中、丘を走る。
まだ、日は高い。
そこにいたのは、高さ3メートルはあろう、巨大サソリだった。
「殻がしなやかで、刃物には強いみたいね。鈍器での戦いが向いているかしら?」
ミラーが見渡す。
ただ、今のメンバーには、鈍器を使えるメンバーはいない。
「ミラー、魔法攻撃で有効な呪文はないか?」
「雷撃が適当のようね。ただ、少し目立つわね」
光と騒音で、他の化け物を寄せ付けても、それはそれで、かなり困る。
ふと、昨晩、考えた方法を思い出した。
「ミラー、俺のブレードに、雷撃を帯電させることはできるか?」
「・・・なるほど。いけるわね」
「いくぞ!」
フゥが自前の俊敏さを生かして、サソリを撹乱していた。
すかさず、ミラーに見えるように、高く掲げる。
雷撃の光が、ブレードに宿る。
雷撃の魔法剣。
ブレードを頭上に抱えたまま、正面から一刀両断。
攻撃は甲殻に弾かれたが、そこから放たれた雷撃の刃が安々と、サソリの身を焼き切った。
倒れていた女性を見る。
頭から、すっぽり被ったフードを外すと、右足が大きく腫れている。
「解毒ね。まかせて」
ミラーが呪文をかける。
サソリの毒は、回るのが早い。ミラーは、フゥから借りたナイフで、傷口を切開する。足を簡単にしぼって、毒を抜いた後、癒しと解毒の呪文をかける。癒しの光に包まれ、足の腫れも、たちまちに引いていく。
フードがおちた。そこにいたのは、10代後半の少女だった。
サソリの亡骸を、フゥとルークが解体していた。
食べられはしないだろうが、彼らは何を求めているのだろうか?
「殻を外しているんだなー。」
「特殊な素材なので、売れないかな、と思って」
ルークとフゥが刃物の効かないサソリから外している。戦斧をてこにすると、簡単に身から剥ぎ取ることができたようだ。
少女が意識を取り戻した。
「どうしたの?大丈夫?」ミラーが女性を覗き込む。
「わたしは・・・?」
「サソリに刺されたみたいね。解毒はしておいたわ」
女性は、傷口の痛みに、軽く顔をしかめる。
「ここから、砂丘を超えるのに、1日程度かしら。一緒に街まで、同行しない? そこでしっかり治療に専念するといいわ」
ミラーが声をかけた。
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。