第3話 王都での謁見
俺たちは、フルタクに連れられて、彼の屋敷に拠点をおくことになった。
そこまでの交通手段は、笹舟の形をそのまま大きくした小舟。
小鬼が呂を漕いで、バロバッサの森から運河を抜けて、鮮やかなクリスタルの結晶のような山地の川辺を進み続けた。
ミラーへの魔法指導は、結局、彼女への対価の先取りとして認められることになった。
そこで魔術書が多く眠るフルタクの住まいへと移動することにしたのだ。
滞在期間は1ヶ月。
たった1ヶ月で魔法習得は無理だ、とも言われたのだが、三大魔術師の称号は飾りなのか?と煽ったところ、それならば、とあっさり試すことになった。
魔法の適正は、妹が言った通りだった。ミラーは、普通の人が10年の修行が必要とする過程をショートカットすることに成功したのだ。意志と想像力と記憶力、彼女にはすでに、術の発動条件を揃えていた。よく注意すれば、野犬に囲まれた時の紅く燃えた竹刀が、それをすでに証明していたではないか。数をこなせば、それだけ、使える術も増えるだろう。
彼女に今、必要なのは、この短期間でどれだけの量の魔術書を覚えることができるか、ということだけだった。
俺たちにも、この1ヶ月を通して、やるべきことがあった。
この国の言葉や文字、生活技術と貨幣価値、社会情勢、この世界で知るべき「常識」のお勉強だった。学校の授業の再来かと思ってうんざりしていたが、口伝でおとぎ話を聞いているのだと思えば、楽しく学ぶことができた。知識は水を吸うスポンジのように、体に馴染んでいった。
フルタクは、予想をはるかに超えて、すぐれた教師だった。素直にそう言ったら、小鬼に鼻先で笑われた。小鬼が言うには、フルタクは多くの教師たちが指示を仰ぐ、この国の最高の教育者だと、いうことだった。
俺たちにとって1ヶ月間で変わったのは、他にもある。
この国の民族衣装や武器、防具を身につけるようになったことだ。
世界を渡る際に着ていた学生服は、一旦、預けた。
奇妙な服装では、珍しい目で周囲の視線を集めることになる。との配慮だった。
武器も、いろいろ選んだ上で、自分に適したものを選ぶ。
軽すぎても、重すぎてもだめだった。
俺には、幅広のブレードが背中に担ぐのがちょうどよかったし、体力の関係上、フゥは投擲用のナイフやダガーしか持てなかった。ルークは、重心がしっかりしているせいか、持てる武器も超重量級の双刃の戦斧を持ち歩くことができた。
鎧は、3人ともレザーアーマーとマントを選ぶことにした。戦ならまだしも、マークーシーの砦までの距離を歩き通すには、それが一番、負担が軽かったからである。
自由な時間は、俺たちは、よく山の森で過ごした。
ルークが食べ物を見分けることができたのは驚きだった。食べられるもの、毒性のあるものを見分けることができたのだ。なんでも、この国の植生は、日本と似ているところがあるとのこと。
装備の中に、銀製の横笛を見つけたので、ときどき、フゥが旋律を奏でてくれた。
音階が現実世界と違うので、最初は苦労していたようだが、ブラスバンド部で絶対音感を鍛えていたフゥは、やがて使いこなすことができた。久しぶりに、アニメソングやモーツアルトを聞くと、数学教師をからかっていた日常や時間の流れを懐かしく感じてしまう。こっちの世界にいつまでいることになるのかわからないが、さっさと済ませて帰りたい。
30日後。
一人の使者が、フルタクの屋敷にやってきた。
王都からの使者だ。
文書がフルタクの手に渡る。
何重にも蝋で封をした羊皮紙が、その重さを感じさせた。
「やっと国王陛下への謁見の許可が降りたのか」
そこには、王都への通行手形が同封されていた。
戦時下である。
まだ、この国への侵攻が本格的になったわけではないが、街は旅人を警戒することだろう。よそものに向けられる世間の視線は厳しい。
運河の岸辺に立って、はしけを渡る。
小鬼が運ぶ船の5倍程度大きめのがっしりとした客船が停泊していた。
王都へ直通の船だ。
「行こう」
フルタクに連れられ、船に乗り込む。
船は静かに、運河を出、湖を経由し、王都トルリラへ向かう。
風は、南から北へ。
果たして、半日後。船は王都の港に着岸した。
通されたのは、貴族向けではなく、平民向けの非公式な謁見を行うための部屋だった。
「国王陛下への謁見を許可する」
王座に座る一人の若き王。
この国の現国王、マクシリア14世への謁見。
フルタクのローブも今日は、深い青を称えた正装へとかえられている。
「バロバッサの森にて召喚に応じた勇者を連れて参りました」
隣の王座は空席だ。本来、王妃が座る場に、今は人がいない。
「これで全員がようやくそろった。ということだな、義父上」
なぜか、多少不機嫌な声を上げる陛下。
「そういうことですな」
国王に義父と呼ばれたフルタクが平然と答える。
「命懸けで妻が召喚した勇者が1ヶ月遅れで到着か」
「妻が召喚?、、、まさか、あのロリババアは、、、、」
「ルピア=ラ=フルタク。そう、君らが簀巻きにしたのは、正真正銘、たった一人の私の妃だ」
・・・
「えええええーーーーー!!!!」
しっかり、国王陛下は把握していた。
そういえば、報酬について聞いた時、巫女は、王様の話を持ち出していなかったっけ?
「ルピアと私は非公認の婚姻関係だ。普通考えたら、私の心中穏やかではないよな」
通常、巫女は結婚しない。
通常、王妃に異世界の住人を召喚する力はない。
通常、魔術師と王家には、つながりはない
通常、そんなロマンスやスキャンダルが背景にある世界なんて存在しない。
、、、以後、こういった「通常」はすべて捨て去ることにした。
「「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」」
一斉に4人で息を合わせて土下座する。
「知らなかったのだから、仕方ない。済んだことだ」
国王陛下は意外に寛大だった。「それで、勇者の中に魔法を会得できたものはいるのか?」
「はい。4人のうちの1人が基本書全48章の習得に成功しました。いつでも自由自在に詠唱できる状態です」
「頼もしい」
陛下は、半分、顔をくしゃくしゃにして、俺たちをみる。
ひとが悪い。あれは、笑いを堪えている顔だ。
「よし、わかった。勇者たちに、王国のすべての街の通行を許可しよう」
「ありがたき幸せ」
フルタクは、深々と陛下へと頭を下げたのだった。
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。