第18話 決戦(上)
木々の隙間から、頂上の砦がのぞいた。
聖地マークーシー。
山頂にある砦は、もともとは、聖地を守る神殿を改造したものだ。
「さて、と」
と、隣にいるリリィが声をかけた。「行こうか、シン」
「おう」と答える俺。
空は不気味なほどの見事な黄昏に染まっている。
リリィが今回、使おうとしているモンスターは、彼女にとって特別な意味のある魔物である。
清水で一旦身を清め、特別な祝詞を唱え、指笛を吹く。
一刻後、空から、一匹の黒い鳥が現れた。
「『漆黒の翼』の名の由来、教えよう」
それが、漆黒の翼、鷲の翼と上半身、下半身が獅子の姿をした伝説上の魔物。
「グリフォン・・・それが私の最も信頼するビーストだ」
さすがに、最大戦力をもってしないと、今回の戦いは乗り切れなかった。
空を飛翔する魔物は、夜が弱い。
予定している砦の上空まで、あと半刻はかかるだろうか。
一気に、砦に侵入したい。
高さ30メートルほどの高度を維持しながら、リリィは砦上空を目指した。
ロック鳥より、狭いグリフォンの背から、地面をみるのは、多少遠慮したい。
せいぜい、二人乗りが限度といったところだろう。
「案の定きたか」
飛竜ワイバーンが砦の方向から、飛んでくるのが見えた。
もちろん、友好的なはずがない。
ワイバーンが火球を放ったのが見えた。
一気にトワイライト=ブレードを抜く。
黄昏の剣が、夕日を浴びて、黄金色に光った。
「斬る!」
火球をオリハルコンの剣で真っ二つに叩き切る。
オリハルコンは、あらゆる魔を切り裂ける。もちろん、魔物の瘴気も魔法も。
次の瞬間、飛んできたワイバーンを交わし、グリフォンの体勢を整えた。
「お前たち2人が上空から侵入するのは、二つの意味がある」
と、出発時、コバヤーは語った。
「一つが陽動として、派手に目立って、周囲の目を惹きつけることだ」
飛んできた2匹目のワイバーンは、剣圧で牽制し、その反動で一匹目の背を真っ二つにした。
周囲に、もうもうと瘴気が立ち込めるが、オリハルコンの刃に触れた途端、それが一気に四散した。
「シン、次だ!」
ワイバーンに続いて、どんどん、空を飛べる魔物が飛んでくる。
グリフォンは、次々来る魔物を恐れない。
おそらくは、グリフォン自身がよく訓練されていることもあると思うが、それ以上に、リリィのビーストマスターとしての支配力が強いのであろう。素人判断でも、それがわかった。
空中でいくつか切り結びながら、あるいは斬り、あるいは交わし、空中戦を繰り広げる。
しかし、実際、足場が不安定なことから、俺の剣戟は普段の切れ味はおちている。
ここでまともに戦えているのは、単純にトワイライト=ブレードが強力なことと、リリィのグリフォンのコントロールが冴え渡っているからだ。
「・・・シン、いよいよ本命がきたようだぞ」
頭上からきた炎のブレスを、グリフォンの急旋回でかわす。
それは、2体のドラゴン。
ファンタジー上で、もっとも最強なモンスター。
大きさにして、体長20メートル。吐く息には、複数の属性があり、しかも知的で賢い。
「リリィ、、、お前、ドラゴンをビーストマスターの支配力で指揮下におけるか?」
一応、確認までにリリィに聞いてみる。
「無理に決まっているだろう」
リリィも流石に緊張気味だ。「生き残るだけでも必死だ」
「だよな」
再度、2方向からの炎のブレスを巧みに交わす。
さすが。もっともかわしにくい角度で、攻撃してくる。
「じゃあ、説得はできると思うか?」
試しに言ってみる。
「それは・・・やってみないとわからない」とリリィ。
「わかった。頼みがある」
俺は、リリィに指示を伝える。
グリフォンがさらに高度を上げた。
空中戦においては、頭上をとられるのが、もっとも危険だからだ。
しかし、とはいえ。
さすがに40メートル下の地面は、目が眩んだ。
俺たちがドラゴンと空中戦を挑んでいるころ、フゥとミラーは、砦の正面突破に望んでいた。
砦正面には、もっとも多くの魔物や兵士が待機している。
「魔曲 シルフの囁き」
フゥがミスリル銀の笛を、口に当てた。
ゆっくり、でも力強く、旋律を奏で始める。
優しく暖かい南風が、周囲を満たした。
あとで、フゥに教えてもらったことだが、魔笛による召喚術には、制約がある。
直接、魔法陣を使って呼びだせる召喚獣がもっともポピュラーだが、魔笛の場合は、笛が曲を流し続ける間のみ召喚を続けることができる。また、その効果の範囲は、音が届く範囲のみ。
つまり、魔曲が聞こえ、届く範囲のみ魔笛は有効となる。
南風の風が集まって、つむじ風が起きる。
風が、、、笑った。
さあ、行こう。フゥがミラーにめくばせした。
フゥとミラーは、二人で歩調を合わせて歩きはじめる。
魔笛の旋律が、優しく、強く、そしてゆっくりと周囲を満たす。
「!?」
呼び出した風の精霊たちが、砦の正面を満たした。
警備兵が気づいた時、無数の精霊がつむじ風となって、門を取り囲んでいた。
警備のゴブリンやオークが合わせて、数十人飛び出して、2人を取り囲む。
しかし、すでに遅い。
風の精霊シルフは、魔笛の効果で、すでに実体化している。
疾風が、砦の門の間をはしり、兵士の視界を一斉に奪った。
「さて、私も仕事しないとね」
ミラーも息を一気に大きく吸い込んだ。
使う魔術は、フゥの集めた疾風にさらに力を乗せる呪文。
「風の刃よ!」
フゥの魔笛にあわせて、呪文を詠唱する。
朗々と流れる呪文の詠唱が、魔笛の伴奏で歌を歌っているかのように、周囲に響く。
あたかも、歌姫プリマドンナのように。
風の精霊たちが踊った。
起きた真空の『かまいたち』が広範囲にわたって、兵士を斬りつける。
兵士を殺すまでにはいたらずとも、無力化するには十分だ。
美しい暴力が一曲終わった時、そこに立っているものはいなかった。
「面白いことをする」
一人の巨体の男が門から現れた。
この戦場に、鎧もつけず、ランニングシャツ一枚のマッチョボディ。
「不審者がいると聞いてきてみたら、年端も行かない子供たちか」
フゥとミラーが、次の行動にうつった。
投げナイフの投擲で、その男を釘付けにする。
ミラーの呪文詠唱がはじまる。
男が拳をふるった。
拳は、城門の地面を、半径5メートルの範囲を叩き割った。
「我が名は、錬金術師ヤマキン。お前たちの名を名乗れ」
「貴様に名乗る名前はない」
フゥの言葉は、計算された挑発だ。フゥが、投擲用のナイフの残数を確認する。
6本。
これで、どこまで足止めできるか?
「ならば、力づくでも言わせてやる!」
再度、ヤマキンの拳が、フゥのいた地面を一気に叩く。
ふたたび、地面に5メートル半径の穴が開く。
「錬金術によって、強化した我が筋肉に、敵はない!」
ヤマキンの胸筋がひくひく動いている。「・・・くらえ、マグマ=アタック!」
「何が、どうして、マグマなんだよっ!」
フゥが再びかわす。2本のナイフで両足を狙う。
ヤマキンのふとももにナイフが刺さった、と思った。
というか、ヤマキンには逃げる意志そのものがなかった。
「ふんっ!」
筋肉が隆起し、ナイフがふとももから、弾けた。
「?!」
「我が筋肉に敵はなし!」
錬金術師は、自慢げに肉体を自慢した。
つまり、錬金術師ヤマキンは、その術によって、筋肉を強化しているのだろう。
鎧を着ていないところから、判断するに、その肉体、特に筋肉には異常な回復力を宿しているということかもしれない。
どうする?
フゥとミラーは、顔を見合わせた。
まだ、戦いは始まったばかりだ。
その頃、ルークとローザは、洞窟を歩いているところだった。
マークーシーの砦には、脱出用の洞窟がある。
この情報を、コバヤーが知っていたのは言うまでもない。
「もともと私が、この聖地の大神官だからだ」
聞くところによると、聖地マークシーの神殿の責任者、それがコバヤーだったというのだ。当然、神殿に隠された秘密通路のことも詳しい。
「空中からにしても、正面突破にしても、注意を引くには、十分すぎる陽動なんだな」
ルークが歩きながら、ローザに話す。
「その分、僕らの行動が、この砦攻略の鍵になるんだな」
「なるほど」
ローザが歩きながら、相槌を打つ。
「コバヤーによると、この通路は、砦の中枢深くに通じているはず」
確かに決定的な情報だった。
と同時に、もしかすると、相手方に熟知されていた場合、足元をひっくり返されかねない、危険な情報でもある。
「少し暑くないか?」とローザ。
「一応、途中で、地下聖堂がある、と見取り図には記載されていた」
ルークが地図を見ながら、答えた。
果たして、その通り、避難通路は、学校の教室を3つつなげた程度の広い部屋に通じていた。
石造りの正面の祭壇に、一人の男が祈りを捧げているところだった。
「ほぉ」
祭壇にいたのは、フード姿の黒い男の影。
地下聖堂自体が、避難通路にできていたこともあり、部屋は、当然、暗かった。
しかし、それにもまして、激しい熱気が、足元から噴き上げる。
通路は、祭壇へ一本道。
それ以外の床はない。
代わりにあるのは深い溝。その溝から、熱気がもうもうと立ち込めているのだった。
「お前は・・・?」
ルークが戦斧を構え、ローザがサーベルを抜いた。
待ち伏せされていた・・・?
そして、その声にルークは、はっとした。
「ようこそ。聖典シルベスタスの転生者よ」
祭壇から、男が振り返る。「我が名は、預言者ケンザン」
「・・・そして、久しぶりだな、長友」
男が被ったフードをはずす。
そこにいた預言者は、俺たちがいた元の世界の人物。
「今日はお弁当は4つ用意できたのか?」
・・・数学教師の姿だった。
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。