第16話 激戦区
その1日は、静かな朝から始まった。
キビタキの鳴き声が山に響く。
ハラーラ調合の薬が効いたのか、ミラーは完全に近いところまで回復した。
妹の看病は、俺の心にもいい効果を及ぼしていている。
いい休日になった。
「そう、思っていられるのは、今朝までだぞ」
リリィがぼそりという。
そう、今日から、俺たちが向かうのは戦場。しかもその中でももっとも激しい殺し合いが展開されている最前線。
トワイライト=ブレードをさやから抜いて、朝日にかざす。
しばらく、命を預けるぞ、相棒。
笛の音が聞こえた。フゥも起きたか。
水脈で水を組み、焼いたパンとチーズ、スープ、そして昨晩調理した川魚の塩焼きにかじりつく。
行軍が4日になると、幕営地の撤去もなれてくる。
進路は、俺たちの事情を最大限に配慮したため、2日分遅れている。
半妖の策士が今、どこにいるか、連絡はまだついていない。
もしかすると、戦局が動いていて、最悪、生きていない可能性もある。
当面は探りながらの行軍となるだろう。
昼前、戦局が動いた。
敵襲のラッパが鳴った。
そして、怒号と歓声が響く。
襲ってきたのは、・・・人間だった。
プレートアーマーを着込んだ10人が、雪崩れ込んでくる。
後方の隊列の弓兵から矢の雨、魔法部隊から氷結の散弾が複数の敵に向かって放たれた。
俺たちの出番は、半妖の策士との合流まで温存するよう指示が出ている。
部隊の中央で守られる俺たち。
ミラーが結界を張って、周囲からの流れ弾を遮断する。
先頭列の槍の隊列が前進した。
「!」
紙人形のように人が倒れ、周囲に細かい血しぶきが舞った。
目を背けてはいけない。目をそらす暇などない。
これが戦争なのだ。
頭上をワイバーンが飛翔して、爆撃を放ってくる。
魔法部隊の結界と、爆風が激しい衝突を展開した。
熱風が顔を焼く。あたりが火の海になった。
「さあ、勇者さま、今のうちに先へ」
兵士の一人が、隊列が乱れたその空間へ、俺たちを導く。
「・・・」
考える余裕はない。考えている時間もない。
ミラーが周囲に探索の魔法を展開する。
「近くに3つ、巨大な魔力の気配。正面と右舷方向に、集団の戦闘が展開・・・
・・・2つが飛んでくる!ともに敵襲よ!」
頭上を見上げた。
生まれてはじめて、ドラゴンを見た。
それも2体。
炎のブレスが、俺たちの後続を焼いた。
「こちらへ!」
兵士が俺たちの手を引いた。
必死で走る。走る。走る。
気がつくと、清流の川べりにたどり着いていた。
ルークが手元の地図と現在位置を確認する。
「ロックツリー川・・・当初の約束の地点だ」
ここで半妖の策士と落ち合う予定だった。
もちろん、今は誰もいない。
メンバーを確認する。
今、この場にいるのは、俺たち5人と神獣だけだった。
「・・・どうする、シン?」
下手に動いても、戦闘に巻き込まれるだろう。
「周囲の索敵をお願いできるか?」
妹に頼む。
「相変わらず、3体の大きな気配があるわね。2つはドラゴンだったみたいだけど・・・!」
ミラーが調べるまでもなかった。
正面から来たのは、レザーアーマーを来た、すらりとした長身の戦士だった。
左手に持つのは、サーベル。
兜はしていない。
歳の頃は、18歳くらいか。美しい端正な顔立ちをした青年だった。
「我が名は『ローザ』」
長身の戦士がサーベルを構える。
俺もみんなを守るように、剣を構える。
「それは『トワイライト=ブレード』だな。『黒き百合』に継承される、伝説の神具か」
青年が俺の剣の銘を見抜くと、すっと目をほそめた。
「ならば、問答無用」
早い!
サーベルで一直線に突いてくる。
斬る動きじゃない分、スピードが段違いに速い。
この戦い方は、無駄な動きが多いブレードには不利だ。
・・・しかし。
一回やり過ごし、ブレードを青眼に構える。
こちらの方が長い分、間合いをとりやすい。
青年が俺の動きに合わせて、剣を下ろした。
この青年、、、かなりできる。
構えだけで、こちらの意図を汲み取られてしまった。
「炎よ!」
青年が右手に護符を取り出した。護符が炎の玉を作る。
炎の玉が3つ、螺旋状に舞いながら、襲いかかる。
高速の炎弾とサーベルの連続攻撃。
これは・・・まずい。
防戦一方に翻弄される視界の隅から、誰かが飛び込んだ。
「リリィ!」
少女が鞭の一閃を放つ。
炎の玉の核を作っていた護符を鞭で絡めとり、そのまま、青年に向けて叩きつける。
「・・・いいだろう。名を名乗れ」
「"漆黒の翼"カサンドラ=リリィだ」
リリィが鞭を鳴らす。一瞬、川の中で何かが動いた。
もう一度。・・・リリィが、何かを呼び出そうとしている。
最後にもう一度。
川の中から、飛沫が上がった。
そこにいたのは、長さ3メートルはあろう、大蛇だった。
まさか、この川べりに大蛇が棲んでいたなんて、、、。
「ビーストマスターか」
「いかにも・・・勝負!」
先にリリィが仕掛ける。
大蛇が青年に向かって、飛びかかる。川べりに足場はない。つまり、青年には逃げ場がない。
青年が宙に浮いた。
「空が飛べる・・・?」ミラーがつぶやいた。
蛇がゆっくりとぐろを巻き、空中の青年に飛びかかる。
刹那。
蛇に何かが当たって、蛇の節々から、体液が噴いた。
急に、視界が暗くなる。
「炎よ!」
声をかけた瞬間、暗くなった周囲に5つの炎が灯った。
そこを起点につながる炎の線。五芒星が大蛇を囲む。術式が完成して、炎の柱が走った。
「やはり!魔法戦士!」
ミラーが気づく。「リリィが危ないわ・・・早く止めなきゃ!」
「刃よ!」
戦士が、何かを飛ばし、リリィを襲う。背中のレザーアーマーを切り、一筋の切れ目が入る。
リリィの背中からのぞくのは、黒い百合の刺青。
「やはり、お前たちは『黒い百合』の一味か!」
青年がそこまで、言葉を吐き捨てた瞬間だった。
一気に視界がひらけた。
清流の川辺一面に、草原が広がっていく。
森の薄暗い情景から、視界が突然変わっていた。
爽やかな風がひとすじ、頬をくすぐる。
「・・・?」
清流の流れが、さやさやと音をたてて、周囲を満たす。
「この情景は?」
青年も驚いている。
野鳥のさえずりが草原の中で牧歌的に響く。
暖かい。そして優しい風のにおい。
風が、流れた。
周囲から吹き込んだ風が6つのつむじを作った。
意志が集まっていく。
風が笑った。
誰かが、風の精霊を召喚したのだ。
つむじ風が走る。
青年の周囲を、つきまとう旋風。
「くっ」
右手の護符で、風を払う青年。
こう風に吹かれたのでは、空に逃げることも叶わないだろう。
風の精霊たちが、完全に青年を翻弄していた。
「待って!」
そこへミラーが、割り込んだ。「この人は敵じゃないわ」
いつのまに弾いていたのだろう。
フゥの魔笛の調べが止んだ。
同時にロックツリー川のせせらぎがよみがえる。
そうか、今のは、フゥの『魔曲』が見せた風景か。
青年が驚いたように、振り返る。
「・・・お前の名は?」
「あなたの理解でいうのなら『水のミラー』と言ったほうがいいのかしら」
「そして、あなたが最後の5英雄『闇のローザ』ね?」
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。




