第15話 たった一人の家族
行軍が、翌朝から始まった。
ここから、4日目間、最前線を目指して、マークシー森を徒歩で向かうことになる。
水、食料、装備、地図、コンパス。武器。
すべて、準備は整っているようだ。
昨夜のモンリーの奇襲を通じて、俺たちが狙われているのは、軍司令部も理解したらしく、護衛の数が以前の話より2倍に増えた。結果、俺たちは一個師団に守られる形で、行軍を続けることに。具体的には、2つの小隊に護衛される形となった。
昼食時、配給されたパンを口にしていると、ルークがそばにやってきた。
「軍の食事は、携帯食の割りには美味しいけど、飽きるんだなー」
ぶつぶついいながら、水筒の水を飲むルーク。「シン。ちょっといいかなー?」
「ミラーと仲直りしてほしいんだな」
そういえば、昨夜の襲撃以来、妹とはギクシャクした関係が続いたままだ。
しっかりみんなには気づかれていたらしい。
「僕にも、ねーちゃんがいるんだな」
唐突に、ルークが、つぶやいた。
彼が家族のことを話すのははじめてだ。
「10歳以上離れてて、今は社会人で結婚して家庭も持つねーちゃんなんだけど、僕以上にたくましいひとなんだな」
相槌を打つ。
この弟にどんな姉がいるのやら。
「正義感が強くて、人をすぐに殴る。怒ると超怖いんだな。一度、僕が夕食のミートボールを横取りした時は、殺されると思ったんだな」
「・・・それは事実上、お前が悪い」
とるなよ、人のおかず。と軽くツッコミをいれる。
「それでも、この世で唯一の姉だから、僕はねーちゃんが世界一大切なんだな」
ぐびっ、と水を一口飲むルーク。
「だけど、僕は、異世界にきてしまったんだな。しかたない、もう、ねーちゃんには会えないんじゃないかと、半分腹を括ってる」
弱音だった。
彼がこんなことを言うはずがない、と思っていた。
・・・
「だから、僕はシンがうらやましいんだな。異世界に、兄妹で一緒に渡れた君が。
たった一人の家族を悲しませてはいけないんだな。共にいられる幸せを忘れて、傲慢になっちゃったらダメなんだな」
ルークがそこまで言った時、休憩の時間が終わってしまった。
無言で一歩一歩行軍しながら、繰り返し、繰り返し、その言葉の意味を噛み締めていた。
その日は、何事もなく、夕暮れ時がきた。
予定では、明日には、いよいよ危険な地域に入る。
激戦区と呼ばれる"半妖の策士"のいる最前線まで2日までに迫っている。
先日のモンリーの一件もある。心の準備が必要かもしれない。
ふと、澄んだ音色に呼ばれたような気がして、俺は夕暮れのテントから出た。
フゥがミスリルの笛を吹いている。魔曲の練習をしているのだろう。
「練習頑張っているのか」
話しかける。
「まあな。正直、異世界でも音楽をやることになるとは思わなかったよ」
フゥがつぶやく。「でも、なんだ。やっぱ、こうでなくちゃな」
「音楽が好きなんだな?」
「らしいな。前の世界で課題曲をレッスンしている時は、嫌で嫌でしょうがなかったけど。音楽と離れた2ヶ月間で、自分の気持ちと正直に向き合うことができたよ」
乾いた布でミスリルの笛を軽く拭き、腰に下げる。
「俺にはこれがあればいい。おかげで、音楽さえあれば、どこにいても生きていける自信がついた」
フゥは驚くほど晴れやかな顔をしていた。
「お前は、元の世界に帰りたくはないのか?」
「おいおい。なんだそりゃ?」フゥが笑った。「もちろん、帰りたいさ。今月のハンバーガーの新製品だって気になるしな。ただ、この世界にも音楽があるってわかってからは、生きるのが楽になっただけのことだ」
しかし、俺にはわかってしまった。もう彼は迷わない。
「・・・きちんと休めよ」
「おう」
「シン、少しいいか?」
夜のテントを訪ねたのは、リリィだった。
最近の彼女は、ミラーの話し相手をしたり、神獣の世話をしたりと忙しい。
「ミラーが熱を出している。解熱剤を持たないか?」
士官の一人に相談してみると、現在、担当の小隊には、軍医が不在とのこと。また、いたとしても、薬は望めないだろうことがわかった。こんな時は、魔法で対処するらしいのだが、、、。
「リリィ。引き続き看病をお願いしたーー」
「断る」
リリィの表情は厳しかった。「お前自身がまいた種だ。自分の妹だろう」
「えっ・・・」
てっきり引き受けてくれると思い込んでいた。
聞けば、昨晩、妹は寝てないらしい。
昨夜の俺の表情にかげりと不安を感じて、リリィに相談していたんだとか。
そして、その足で今日1日の慣れない強行軍に臨んでいたというのだ。
何も知らなかった。気がつかなかった。
「せめて、今晩一夜くらいは、兄らしく看病してみせろ」
リリィは、つかつかと荷物を片付けて、別のテントに移っていった。
・・・。
「そうだなー。僕もそう思うんだなー」「だな」
ルークとフゥも俺を見る。
「軍には、きちんと言っておく。対処はあとで考えればいいだろ?」
2人も俺を送り出した。
おそるおそる妹のテントに入る。
妹が毛布から足を突き出して、横になっていた。
「・・・」
拗ねてる妹の顔がそこにはある。
「起きてるのか?」
「・・・ふん」黙秘権行使とのことらしい。こういうところは、小学生だったついこの間と何も変わらない。
「ちょっと失礼するぞ」
軽く手を額にあてる。汗ばんでいる額が、少し熱を持っている。
「大丈夫か?」
「・・・プィ」 少し赤い顔で、頬を膨らます妹。
神獣が俺の足元にまとわりつき、心配そうに俺を見た。
「・・・ユズポン。このスケコマシを黙らせて」と妹。
「無茶なこというな」
そんなこと言ってたら、本当に神獣に退治されかねない。「少し待ってろ」
枕元にあるボウルに水がはってある。タオルらしき布が浸してあるところを見ると、これで頭を冷やしているのだろう。ボウルを持って、新しい水を近くの水脈にくみにいく。
単純に過労だろうか、それとも病気だろうか。
いずれにしろ、ここで妹に何かあったら、父に合わせる顔がない。
ふと、父の亡くなった時のことを思い出す。今際の際に父から、妹を守れ、と強く言われたっけ。そんな大事な思い出すら、最近はすっかり忘れていた。
濡れタオルをかえて、ほっと一息。
大したことはなさそうだ。看病しろ、というから、一大事かと思った。
「・・・ありがとう」と妹が言う。
「お礼を言っても何も出ないぞ」
「・・・その性格は変わってないのね」
「お前の兄だからな」
こんなやり取りも久しぶりだ。この世界に来る前は、日常的にやってた他愛無い会話。
神獣を膝の上に乗せて、その背を撫でる。
「ユズポン、このスケコマシに『ふぁいやー』をお願い」
「うみゅ」
「ちょっとまていっ!」
慌ててて、神獣を叩き落とした。含み笑いを浮かべたような間があって、テントの外に出かけていくユズポン。きっと、この神獣。俺たちが何を言っているか理解していると思うんだ。
「・・・あはっ」
ミラーが不意に、こらえていた笑いをこぼした。
久しぶり妹の笑顔をみたような気がする。それを見た俺の心がほどけていくのがわかった。肩が軽くなっていく。
「これは、ゲームじゃないのね」
静かに妹が話を始めた。「相手のHPを減らして敵を倒すみたいな」
「ゲームじゃないみたいだな。どうやら」
慎重に言葉を選ぶ。「化け物を斬ったら赤い血が出るし、死んだ人は呪文をかけても生き返らない」
「ゲームでは、経験値を稼いだら、レベルアップするけど。
実際に殺したら、人は殺戮者へと変わっていく」
ミラーがあとを続けた。
・・・。
「兄さんが、アリアステで倒れた時、もう2度と会えないと思ってた。
だけど、兄さんは立ち上がって、バスバラの村で、私たちを助けに来た。
正直、うれしかった。
でも、代償として、兄さんは笑顔を失ってしまった」
「ロリババアが来た時は、笑っていたと思うぞ」
「そうかしら? そうふるまっていただけじゃない?
魔術師は真理を追求する。だから、私は兄さんが本当の笑顔を取り戻す方法を探す」
外でリリィが待っていた。
「ほら、荷物の中に入ってた」
丸薬の入った茶色の小瓶を、俺に渡す。「滋養強壮の丸薬だ。ミラーに飲ませてやってくれ」
「ありがとう」
「今、ミラーの様子は?」
「眠っている」
おそらく、明日まで、この地にとどまって回復に努めていたほうがいいだろう。
体調が少しでも不安定な状態で、激戦区に入るのは命を捨てに行くようなものだ。
「わかった。今夜は、シンはミラーの看病に徹して欲しい。明後日の出発に備えよう」
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。