第12話 守護の神獣と魔曲
「決めた!この子は今から、ユズポンよ!」
ミラーは、部屋に入るなり、おもいっきり子猫を抱きしめた。人になれた子猫らしく、人に抱かれても、肉球をぷにぷにしても暴れない。むしろ、あくびをしながら、静かにじっと視線を返している。
バスバラから、アリアステの街に戻ってきて、3日が過ぎた。
そこへ、ハラーラが一匹の子猫を抱えてきたのだ。毛並みは三毛だろうか、体格は1歳くらい。ミラーは、それを見るなり、ハラーラにしつこくお願いして、赤ん坊をあやすかのように、溺愛しはじめた。
「犬の時と、えらい違いだな」
フゥがボソリと皮肉を付け加える。「野犬の時は、松明つくって、ぶった切ったのに」
「あら、ユズポンは、かわいいからいいじゃない。それに野犬をぶった切ったのは私じゃないわ」 ミラーは、子供を癒すように、子猫を胸に抱いて離さない。
「うみゃ、うみゃ」子猫もごろごろと喉を鳴らす。
意外かもしれないが、どんなに大人になってても、可愛いものには目がないのが妹だ。この異世界を渡ってから、知的な雰囲気を放った彼女だが。彼女の部屋にあるぬいぐるみのえげつない数を、この場で俺だけが知っている。
「ほらー。餌をあげましょうねぇ。この子猫の好物は一体なんなのかしら?ああ、この世界にもチュールが欲しいっ」
「デレデレのところ、悪いんだが」
リリィが、おそるおそるミラーを見る。「天罰が下らないうちに、戻した方がいいと思うぞ」
「どうしてー?ねぇ、どうしてかしらー」
「・・それ、神獣だから」リリィがボソリと呟く。
「可愛いは正義!」ミラーはその言葉に、動じる風でもない。
リリィは、深いため息をついた。
「つまり、この子猫がかつて聖地を守っていた神獣なんだな?」
「そうです、、、正確には、神獣『白虎』の転生体ですね」
「可愛くない名前。いまいち」
「うみゃ、うみゃ」
俺、ハラーラ、ミラーそして、なぜか神獣ご本人(?)が言葉をつなぐ。
「この神獣を、聖地に戻せば、異界のゲートが蘇るんだな?」
「おそらくは」ハラーラがそう告げた。聞けば、ハラーラがフルタクと別行動していたのは、この転生体を探すためだったらしい。
「もう一人の三大魔術師は、どこにいるんだ?」
「"半妖の策士"コバヤーは、マークーシー聖戦の前線指揮をしています」
悪魔の懐で戦っているため、情報漏洩を防ぐために、連絡は最小限に抑えているのだとか。
「これから、異世界へ帰るには、俺たちはどう行動したらいいんだろう?」
「最終的には、ゲートを開くことですが」ハラーラが続ける。「ーー今のあなたたちでは、周囲を守る魔物も倒せませんね」
アリアステの貧民街でも、バスバラでも。振り返れば、いずれも、決定力に欠けた自分が歯痒い。
「一旦、この街に滞在して、心を休めてはいかがですか?能力は極めて高いのです。あなた方は十分強い。足りないものが何か、見極めるにはいい時間ですよ」
運ばれてきた紅茶を飲みながら、老人はおだやかな笑顔を讃えていた。
港の潮風は、思ったよりも優しかった。
「リハビリに、ちょっとつきあってくれ」と申し出るリリィ。
口実なのは、すぐにわかった。
バスバラの村であれだけ戦闘をこなしていながら、今更、なんのリハビリが必要だ。
港に来るなり、リリィが口を開いた。
「オリハルコンのブレードを、お前に貸してやる」
その金属の名前くらいは聞いたことがある。
「アリアステのアジトにあったはずだ。あれなら、魔物の瘴気をも断つ力がある」
そう。この少女は、こう見えても秘密結社の指導者だ。
「『黒い百合』では、モンリーの裏切りで失脚したんじゃなかったのか?」
「一部のものが離反しただけだ。まだ、この街には私の力が色濃く残っている」
リリィは、静かに答える。
ごくりと、思わず生唾を飲んだ。
破邪の金属オリハルコン。ダイヤモンドよりも硬く、ダイヤモンドよりも高価。考えてもみてほしい。一生抱えても払えない借金を、治安の悪い戦場に、とびっきり粗末に管理しなければいけない危険性。しかも、ブレードとなれば、希少なオリハルコンがどれだけ大量に使われているのだ。しかし、確かに一方で。魔物を斬る手段があれば、再び俺は戦場に立つことができるだろう。
「好きに使ってくれて構わない。『光の転生者』に使われるなら本望だ」
リリィが微笑んだ。
「ただし、3つ条件がある。『命を粗末にしないこと』。『人に貸さないこと』。『すべての使命が終わったら、必ず、この街に返しに来ること』」
それを聞いて、はじめて一瞬考えた。俺たちは使命が終わったら、一体どうなるんだろう?
「あっ!」
俺は大事なことに気がついて、思わず声をあげる。
「どうしたんだ?」リリィが唖然とした。
「・・・1日、考える時間をくれないか?」俺はなんとか、その場を取り繕った。
宿では、ハラーラの指導のもと、フゥが笛を奏でていた。さまざまなテンポの曲を、優雅に吹き流している2人。もともと、フゥは絶対音感をもっている。楽譜があれば、確実に譜面に忠実なメロディがひけるし、簡単な曲なら2、3回聞けば、完全に耳コピーをやってのける。小学校に入る前から音楽教育を受けていたと本人が語っていたことを思いだす。中学受験で失敗して、公立の学校へ入学してきたが、高校受験で再度、進路を再トライするという。今でも、帰宅したら、1日に1時間はレッスンを欠かせないと話していた。
そういえば、クリスタルの山々を出てからというもの、彼の笛の音は、数えるほどしか聞いてない。
「おかえり」
神獣ユズポンを膝に乗せたミラーが、声をかけた。そこにいるのは、笛を奏でるハラーラとフゥ、そしてミラーだけだ。
「ルークなら、でかけたわよ。どうやら、ゲームセンターを見つけたらしくて」
「ゲームセンター?」
「この世界のゲームに興味があるんだって。ハラーラから聞いたら飛んでいったわ」
バスバラでのモンリーとの対決で、ハラーラが「チェックメイト」と言ってたので、もしやと考えたらしい。知らなかった。彼に食べ物以外の趣味があるなんて。
フゥとハラーラは真剣に演奏に取り組んでいる。
「一体、何しているんだ?」
「魔曲を教えてもらっているの。かれこれ5曲くらい覚えたみたいね」
ミラーが言う。
モンリーと戦ったとき、巨人を召喚するのに魔笛が使われていた。フゥはそれに強く興味をもったらしい。フゥが持っている横笛は、ミスリル銀の横笛。俺たちの世界の曲を奏でることもできることから、魔法の力をこめた笛だと推測ができた。
「魔術師の中には、私のように学問的に魔術を組み立てる術師も多いのだけど、中にはこういった音や映像から魔法のイメージを作る召喚士もいるの」
「うみゃうみゃ」
神獣もフゥのメロディーを楽しんでいるようだ。
「これくらいにしておきましょうか。1日に半刻はレッスンを欠かさないでくださいね」
「お安い御用だ。慣れてる」
フゥが横笛を大切に収めながら、帰ってきた俺たちに気がついた。
「デートは終わったのか?」「リハビリだ」
意味ありげな視線をフゥは、俺たちに向けている。わかってはいるが、その視線をあえて、気が付かないをふりをした。
「ところで、とんでもないことに気がついたんだ」
「なんだよ」
「俺たち、聖地のゲートで、もとの世界に戻るんだよな?」
俺はわかりやすいように一拍置いて言った「つまり、クリスタルの山には、帰らない」
「学生服一式、フルタクに預けたままで、元の世界に戻っていいのか?」
沈黙が一瞬あって、顔を合わせた。
このままでは、とんでもない異文化の置き土産をこの世界に作ってしまうことになる。
「ああぁぁぁぁ・・・!」
フゥとミラーが、声を合わせて、絶叫した。
「あたしのセーラー服、おきっぱなしになっちゃうの?!」
神獣が思わず立ち上がったミラーの膝下から降りた。
「俺たちの持ち物も全部、だな」
「うみゃー」
神獣ユズポンが、眠たそうに思いっきり伸びをした。
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。