第11話 長老の課題
リリィは村はずれにロック鳥を降ろした。
「長老、行ってくる」
「リリィ。・・・けじめをつけていらっしゃい」
ハラーラは、謎めいた声かけをする。
「そして、シンも。魔物を斬らずに勝ってくださいね」
俺たち二人は、ハラーラとわかれて、走り出す。
「思うんだ。長老はときどき私たちに無茶な課題をだす」
リリィが苦虫を噛み締めた顔だった。「それがなければ、いい人なんだが」
「・・・」
意味を考えながら、ブレードを構えて走る俺。
村はちょっとした要塞だった。
ところどころに、トカゲの肌を持つ人が見張りが立ち、巡回している。
茂みから、俺たちはその様子を覗き込んだ。
「リザードマンだ」
俺たちは、息を潜める。
物陰から物陰へ、時に見張りをかわしながら、でも確実に村の中央へと走っていく。
「あそこだ」
やがてやってきたのは、まさしく砦というべき、ちょっとした豪邸。
場にそぐわない造りだ。
周囲の木に捕まって、上部にある窓近くの木々に、よじ登る。
窓の隙間から、中の様子が見えた。
中央に縛られた人影が見える。まさか。こんなに簡単に見つかるものだろうか。
飛び出そうとした俺の肩をリリィが差し止める。
「約束しろ、シン」リリィが、真剣な眼差しで、俺を見る。
「くれぐれも『斬る』なよ。危ないときは、一人じゃないことを思い出せ」
俺は、要塞の正面から、歩み出す。
抜き身のブレード。
門番は、俺を認めると、道を開けた。
「きたか」
正面に数人のリザードマンに守られて、プレートアーマー姿の男が座っていた。
「さあ、約束通り、仲間を返してもらおう」
中央に、猿ぐつわをかまされたフゥ、ルーク、ミラーが鎖で縛られて、座っている。
3人の足にのぞく足かせの鎖が痛々しい。
「・・・その前に、お前にはもう一人、連れがいるのだろう?」
俺の背中に、緊張で冷や汗が流れる。
リリィが、背後から、姿を現わした。
「随分、偉そうじゃないか。モンリー」
「これはこれは、ごきげんうるわしゅう」
鎧の男がリリィに深々と、頭を下げる。
この二人は、旧知の仲なのだろうか?
モンリーの兜の下で口元が歪む、が、目が冗談を言ってない。
「知らないのか? この娘は、わずか齢10歳で、秘密結社『黒い百合』を統治した、かつての天才指導者だよ」
モンリーが言い放ち、一瞥をくれる。
背後に出現する気配。リリィの右手がさらに一閃。
いつの間にか、構えた鞭がその魔物を絡め取った。背後も見ずに。
「・・・シン。時間を稼ぐ。今のうちに」
とまどいつつも、とっさにブレードで、足枷をくだき、仲間達の猿ぐつわを外す。
しかし、声をかけても3人の表情がまったく変わらない。
おかしい。
リリィとモンリーの対峙は、なおも続いている。
「2年前はどうあれ」
リリィがモンリーに吐き捨てる。「たった今の私は『漆黒の翼』。一介のビーストマスターだ」
「リリィ、罠だ。最初から、人質はここにはいない」
「わかった。任せろ」
俺は、3人・・・の形をした物体から、距離をとった。
どろりと人型をなくす。
この物体は、擬態したスライム。塊が一気に崩れる。
パシッ。
リリィの鞭が宙を舞う。鞭が空を切って、鋭い音を立てた。
瞬間、俺に襲い掛かろうとしていた、スライムの動きがかたまる。
リリィがさらに鞭を鳴らす。
今度は敵意が消え、スライムが弾けた。
方向を変えて襲ったのは、、、モンリーのプレートアーマー。
どろり、酸がモンリーの肩当てにあたり、金属が溶ける。
「スライムへの支配力を奪ったか」
モンリーは、溶けた肩当てごとスライムを叩き落とした。
つんとした酸の異臭が辺りを満たす。
周囲のリザードマンが5体。退路を塞ぐ。
迷わず、ブレードを構える。
「シン!」とリリィの声。
言われるまでもなく、承知している。最初から、斬るつもりなどない。
すばやく、両手持ちのブレードを片手に持ちかえた。
「せえのっ!」 一気に振りかぶって、、、、投げる!
手を離れ、大きく回転するブレードの刃が、一気にリザードマンを吹き飛ばした。
空いた空間に滑り込む俺とリリィ。
入口を出る。と、そのとき。
「無駄だ」
プレートアーマー姿のモンリーが外に立っていた。
この現象には、見覚えがあった。
「転移術か」
かつて、シルベスタスでミラーがつかった魔法だ。あのとき妹は、俺たちを一気に寺院の外に飛ばしたが、モンリーにもそれができるらしい。敵に使われると、かなりやっかいだ。
リリィの鞭がしなって、手元に投擲したブレードがかえってくる。それを掴み取りながら、好機を再び探りなおす。奇襲でできた時間の余裕は、簡単に奪いかえされていた。
「転移の宝具フロッガーリング・・・空間を渡る転移の指輪」
リリィが苦々しげにこぼす。「奴の持つ7つの宝具の一つだ」
ゆっくり、剣を抜くモンリー。構える姿はどうみても、剣士。
とても魔術師とは思えない。
俺の頭で何かが引っかかった。
プレートアーマーとの距離をはかる。予想より、間合いは遠い。
背後には、リザードマンが体勢を立て直して、武器を構え直していた。
ジリジリと、距離が詰まる。
気配を探る。・・・そして、奇妙なことに気がついた。
「フォローを頼む」確かめるために、俺は一歩を踏み出した。
「おい!」
斬るな、と言われた指示。しかし、この場合はそれは気にしなくていい。
なぜなら・・・
・・・このプレートアーマーの中身がカラだからだ。
ブレードがプレートアーマーを弾き飛ばした。案の定、鎧が崩れた。
「本体がくるぞ!上だ!」
リリィの鞭が宙を舞い、飛翔する術者の足首にまきついた。
空中に浮かぶモンリーを一気に地面に叩きつける。
体制をなんとか立て直したのは、さすがというべきか。
「くっ!」
モンリーが銀の笛を取り出した。
場違いな澄む魔曲が、周囲に響く。
召喚の魔法陣が展開されて、地面から巨人が3体現れた。
「ふぅん。それがこの世界の音楽ねぇ」
背後から、耳に馴染んだテナーの声。
「?!」
そこにいたのは、フゥだ。そばに、ルークとミラー、そして、正面に立つ笑顔のハラーラ。
「バスバラの村には、これまで何度も足を運びました。思うに、人質を隠せる場所は、そう多くはありません」
ハラーラが、軽く、こちらにウインクした。
俺たちが時間を稼いでいるうちに、3人を助け出してくれたのだ。
形勢逆転。
ハラーラがリリィと俺に笑顔を送る。
「さて、真っ向勝負と行きましょう。
あせる必要はありませんよ。時間はたっぷりありますからね」
リリィが鞭を宙に鳴らす。巨人たちの動きがピタリと止まる。
リズム良く鳴る鞭。
そして、さらに高らかに、リリィの鞭が音を立てた。
動きのなかった巨人たちが、ゆっくり振り返り、召喚したモンリーの方へ、立ちはだかる。
リリィの魔物使いとしての支配力が、モンリーのそれを完全に上回った瞬間だった。
「・・・っ!」
再び、フロッガーリングを使って消えるモンリーの姿。
周囲に気配は残らない。つまり、負けを認めて逃走したのだ。
「チェックメイト」
リザードマンが次々と降伏する中、ハラーラは静かに宣言した。
はじめまして。はるのぱせりです。放課後の異世界旅行第1章を読んでいただきありがとうございます。
この物語の発端は中学1年生の頃、執筆した作品。それを4年ほど前に加筆したものになります。もともとがTRPGのゲームシナリオとして、宿題の合間をぬって書いたものです。
日の目をみるきっかけになったのは、先ごろのステイホーム。安価で楽しい娯楽を、と家族にこの物語を読みきかせしたところ、なかなかの好評。ならば、と調子に乗って、友人に公開して、ホームページを作り、と発展していきました。
大人になっての習作としての意味も強いので、みなさん、温かい目でみまもっていただいたら嬉しいです。




