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天啓

ミカエル騎士団の一員となった流星はフリードの元、修行に励む。

だが自身の天啓を出すことが出来ず、悩む流星。

騎士団に貢献するために、自身に隠された秘密を解き明かすため、前線への志願をする流星。

だが前線では驚くべき光景が広がっていた。

カレドニアに来て1年が経とうとしていた。

俺は城の中寮に住み込み、近衛騎士としてフリードの元で修練に励んでいた。

運動も喧嘩も人並み以上だと思っていたが世界は広い。俺より身体が大きくても身軽な奴もいれば女なのに軽々とコンクリートの壁を壊せる力を持つ奴もいる。

日々の修練はとてもきつく大変だが、強さを着実に実感できていた。

フリードの話だと、これも神の加護らしい。

強くなりたいと願うものには神様は手を差しのべるのだとか。

今いる隊長達は皆この気持ちが強いのだと言う。


近衛騎士でも仲間が出来た。死刑になるかの瀬戸際だった1年前よりは大分良い。

それにこのミカエル騎士団の事も知ることが出来た。

俺の処遇も、依然保留のままだ。月に一度キーファ参謀長とフリード。たまに他の隊長を交えての審問が行われるが結局なんの進展もない。

審問と言っても近況報告のようなものでお菓子を食べながら談笑することが主だった。

ローズ隊長やリアン隊長とも仲良くなれたがジキル隊長は来て早々険悪なムードになり、それ以来審問に訪れることはなかった。


カレドニアの住民も依然は俺に対して恐れを抱いた居たようだが今ではフレンドリーに接してくれる。

ジキル隊長だけは「お前の尻尾を必ず掴んでやるっ!」等と言っては目の敵にしているが。

分からないのはヴィンセント隊長だ。あの人とはあの裁判以来審問にも訪れず、一度も会っていない。


もっと分からないのは俺の天啓だ。

周りの兵士達は皆何かしらの天啓を持っている。

戦闘向きの天啓や一風変わったものもあるが皆それを使いこなし、実戦でも生かそうとしている。

だが俺に未だに天啓を使えていない。

あれ以来泉にも近寄っていないし自分があんなに大きい炎を出したのが遠い昔の事のように感じる。

皆があれ程恐れているサタンも少なくとも俺が来てからは一度も攻撃してこない。

このまま平和な世界が続くと良いが……。

少なくのも俺はこの世界を。カレドニアを気に入っていた。

ここでは皆、自分の正義の元に行動している。

下界では誰かの命を救ってここに来た奴らだ。

フリードが言うところの魂が崇高。なのだろう。

ここでは差別も無意味な暴力もない。

理想の社会で、理想の世界。

俺は月に一度の審問を終えフリードと共に帰路に付いていた。1年もいると大分彼女の事が分かってきた。


性格は少し、いや、かなり抜けてる。と言うよりバカに近い。

マイルドに言うなら天然。悪い奴ではない。

だが強さには絶対の自信がある。

他の隊も含めて、俺が見てきた中では間違いなく最強。剣技やフィジカルを含めても彼女に敵う者はいない。女性特有の身体の柔らかさに圧倒的なパワーが乗っかる。いつも力をセーブしているようで全力は未だに見たことがない。


「流星もここに来て1年も……か。あっという間だったな。」

「あぁ、今日の審問も無事終わって良かった。」

「キーファさんもお前の事を認めている。信頼を勝ち取ったのは流星の日頃の行いの良さだ。後は天啓をコントロールすることが出来れば毎月の審問もなくなるだろう。」

「審問は全然やっていいんだけどよ。フリードにも会えるし、お菓子は美味しいし!」

「キーファさんの作るお菓子はどれも美味しい。週末には娘さんと一緒にお菓子を作るのが楽しみだそうだ。」

「ははっ!最初に会った時は裁判だったから、怖い印象しかなかったけど、いい父ちゃんなんだな。」

「ふふっ。そうだな。」

「それにしても天啓……ね。どんなに修練しても俺にはあんな炎は出せない。ほんとにあれは俺の力なのかって疑っちまうよ。」

「どうにか出来ないものか……。」

そう言ってフリードは腕を組んで考え込んだ。

「なぁ、フリード。俺も前線に立たせてくれねぇかな。環境が変われば、天啓も出せる気がするんだ。」

俺は前線に立ちたくて仕方がなかった。

もっとカレドニアの事やサタンの事を知りたい気持ちと前線はどのような状態なのか知っておきたかった。

「……駄目だ。天啓も出せない奴が前線に立つべきではない。いつサタンが攻め入ってくるか分からん。もしもの時にお前は自分の身を自分では守れない。それにお前はまだ処遇も決まっていない。」

「そんなことねぇよ。俺は強くなった。それはフリードも分かってるだろう!なあ。頼むよ。サタンの奴らだって、俺が来てから1回だって攻めて気やしねぇじゃねーかっ!処遇だってそうだ!このままじゃあずっと保留のままだ!」

「今日まで来ていなくとも、明日来ない保証にはならない。わたしは前線にいる人員は足りないと思っているくらいだ。この状態でもしサタンが攻めてきたらいくら隊長が必ず一人常駐しているとはいえ、危険だ。」


「俺も力になりてぇんだ。武器磨きでも炊事でも馬の世話でもなんでもする!もし万が一サタンが攻めてきても天啓が使えないなりに戦う!みんなの力になるっ!だから頼むよ。役に立ちたいんだ。」

「……考えとく。まぁ前線の人手不足は事実だし、来週からはわたしも行くから。もし行くとしたらそこだな。キーファ参謀長とミカエル様にも伺いをたてないといけない。はぁ、それならばさっきの審問で伝えておけばよかったのに。」

「ミカエル様って、あのミカエル様か?」

「あぁ、他に誰がいる?」

「あ、あのさぁフリード。俺ここに来てまだ一度もミカエル様に会ったことないんだけど、もしかして会えるのか?」

「会うのはわたしだ。流星ではない。それにミカエル様は隊長やキーファ参謀長以外の者とはほとんど顔を合わせることがない。」

「ミカエル様ってさ、神様なの?」

「半分正解だ。天から生まれ落ち、ミカエルの名を冠する者がカレドニアの王となる。だが人と同じように年を取り、老いる。わたしも詳しいことは分からんが少なくとも下界からきたわたしたちよりは位の高いお方だ。」

「なんかよぉ、士気が上がらねぇっつーか。言わばミカエル騎士団のトップって訳だろ、自分の名前使ってるくらいだし。なんつーか、もっと表に出てもいいんじゃねーのか?」

「人には人の事情ってものがあるんだ。」

「人じゃねーのに?」

「揚げ足を取るなっ!それにミカエル様は半分は人間だ。いいからお前は早く天啓を出せるようになれっ!」

俺との問答に怒ったフリードは眉をしかめながら言った。

「もしこれ以上ガタガタ言うなら天啓が出せるようになるまで修練に付き合ってやってもいいぞ。」

「え、遠慮しときます……。」


俺はフリードと別れ寮に着いた。

もう日は暮れて多くの団員は読書や歓談など思い思いに過ごしている。

正直俺は退屈していた。

前線に行った仲間の話を聞いているとどうしても行ってみたくなる。


俺はもう殆ど誰も居ない食堂に足を運び夏野菜のカレーを食べる。

ここの食事はとても美味しい。

取れる野菜や果物はどれも長いこと新鮮だ。

これも神の加護なのだろう。

無心になってカレーを食べていると扉の隙間から視線を感じた。

「……隠れてないで出てこいよ。」

俺がそういうと扉が開き小さな頭がぴょこんと出てきた。

「また部屋を抜け出してきたのかぁ。寮母さんに見つかったら怒られるぞ~。みいちゃん。」

「えへへ、また来ちゃった。」

「少し背伸びたんじゃねーのか。」

「うん!もう履いてるお靴も小さくなっちゃった!」

「成長期ってやつだな。いっぱいご飯食べてる証拠だ。」

みいちゃんは俺の裁判の後城の中で生活している。

13歳以下の子供は学校に通って知識を付ける。

住まいも城の中にあるのだが俺達騎士団とは棟が別なので中々会えないと思っていたがこんな風に部屋を抜け出しては俺に会いに来てくれた。

みいちゃんは俺にとって下界の頃から知っている唯一の人物だ。

それはみいちゃんも同じできっと会うことの出来ない両親や赤ちゃんの寂しさを埋めたくて、俺に会いに来るのだろう。

たまにみいちゃんは俺の所に来て泣くことがある。

何も言わず一人で泣くのだ。

まだ6歳の女の子には厳しい現実だ。

カレドニアには下界から来る子供はさほど多くない。カレドニアで生まれ育つものも多くみいちゃんと同じ境遇の子供はほとんどいない。

俺は早く天啓を使いこなし一人前の兵士になって城を出てみいちゃんを引き取る事を目標にしている。

俺にとってもみいちゃんの存在は大切なものになりつつあった。

お互いの近況報告をした後、彼女を部屋まで送り届けた。最近あった出来事や学校での出来事などを俺に話してくれた。みいちゃんを見送ると、棟を移動するのに外を歩く必要があり俺は庭師によって綺麗に整備された庭を一人で歩いていた。

深夜のこの時間帯は灯りも減って綺麗な月が見える。

「カレドニアにも月ってあるんだな。」

修練に明け暮れてまともに空を眺めたのは久しぶりだ。

そいえばレイスは元気だろうか。ジキルの隊だから会う機会がほとんどない。

もし前線に立つことが出来れば会えるかもな。

その時にはお礼を言わないとな。

綺麗な月に照らされながらこのままサタンが現れず、平和を享受できるよう、俺は神に祈った。



物事の移り変わりと言うのは俺が思っているよりも早い。

3日後にはフリードは俺の意見をキーファ参謀長とミカエル様に伝えそれが受理された。

つまり俺は次の任務で前線に立つことが出来る!


「よっしゃぁ!!」

通達が届いた時思わずガッツポーズをしてしまった。

兵士としての始めての実戦だ!

怖くない訳ではないがそれ以上に嬉しかった。

もしかしたら何かのきっかけで天啓が出るのかも知れない!

考えるより行動だ!

俺はみいちゃんに暫しの別れを告げると仲間の近衛兵と共に進軍した。

前線では別の隊とも一緒に仕事をする。

レイスにも会えるかもしれない。


俺は補給隊の一員として前線の兵士達のサポートを行う。

およそ10日間滞在し物資の補給と交換が主な仕事だ。

フリードを含む近衛騎士団達と共に物資の乗った馬車を6人小隊で順番に運転している。

3日もすれば前線のセインツに到着する。


「おい流星!よかったな!やっと前線への任務の許可が降りて!」

「アーノルド、ありがとう。」

「セインツに着いてからはみんな別行動だけど、無事に任務を終えられるといいね!」

「あぁ、セリカ。お互い頑張ろうな。」

「それはそうと流星!お前は始めてだからよう!肉体強化や武術の修練で、座学も満足に出来てねぇから、この世界の情勢ってやつ、なんもしらねぇんじゃあないの?」

「世界情勢か……。随分大袈裟だな。」

「へへっ!まあ世界って言っても俺達カレドニア本国とサタン達が侵略したビルド。そしてその中間にあるセインツくらいなもんだけどよ。」

「本国とビルドまでは約1000キロメートル。セインツまでは400キロメートル……だったよな?」

「そうね。神の加護が届く範囲は本国から500キロメートル。それ以上離れると天啓の力が弱まってしまうの。」

「そうそう!それで俺達ミカエル騎士団とサタンの軍勢は、これから行くセインツで攻めぎあってるって感じなんだよな!」

「ここ1年は殆どサタン達の攻撃はないけどこちらが攻めようとしても天啓の力が弱まってるせいで敵の防衛戦は突破できない。文字通り一進一退って感じなの。」

「ローズ隊長の天馬騎士隊も相手の死竜隊に攻めあぐねているしリアン隊長の騎馬隊もセインツの湿地に足を取られて思うように攻められないから中々打つ手がないんだ!」


セインツ…元々は広大な平野が続く自然豊かな場所だったがサタンの進行によるその自然は歪められみる影もないそうだ。

兵の消耗も激しい。小競り合いだとしても向こうは獄門から新手を呼べる。こちらに比べると遥かに兵の調達はしやすい。なにより物資の減りやストレスもある。

だがセインツを10キロメートルほど進むとすぐに人の住む村があり拠点もある。ここを、突破されると次の拠点までかなり距離がある。

なんとか局面を打開してセインツを確保したいのが本音だろう。

今軍の指揮権はキーファ参謀長に一任されている。

どんな判断を下せど時間だけが過ぎてしまってはジリ貧だ。


「ところでよ、ヴィンセント隊長の部隊は何をやってるんだ?ジキル隊長の所は防衛隊だから最前線にこないのは分かるが。あの裁判以来一度も会ってねーぞ。」

「ヴィンセントさん達の特務隊は正直謎だな。兵の殆どは別の隊の雑用に回されてるし、実質動いているのは10人にも満たないって話だよな。」


「そうだね。あたし特務隊に下界からの友人がいるけど、ヴィンセント隊長に会ったことすらないって言ってた!」

「へぇすげぇな、下界から知ってる奴いるなんて。」

「まぁね、腐れ縁って奴だけどいないよりはましかな。」

少し照れ臭そうにセリカは言った。類は友を呼ぶと言うがあながち間違いではないのだろう。

ここでは下界から知っている人がいるのは稀だ。

俺で言うところのみいちゃんやセリカに取ってのその友人も。ここカレドニアでは特別な存在になっているんだろう。


「早く、終わるといいな。この戦争も。」

「そうね。」

「あぁ、そうだな。」


アーノルドやセリカの話を聞いて状況や部隊の話は理解することが出来た。

今までは自分の修練に精一杯だったし、大半の時間をフリードと過ごしてきたから、他の仲間とこうして話が出来るのも久々だった。


ローズ隊長の天馬騎士隊。ミカエル騎士団は隊によって身に着けているスカーフの色が違う。天馬騎士隊は赤色だ。

カレドニアに生息する翼の生えた馬と共に空から相手を攻撃する部隊。

機動力と汎用性を兼ね備えており遊撃隊のような立ち回りをしている。

特に天馬弓兵は相手の射程外から一方的に攻撃出来のがかなり強力でミカエル騎士団の中でも重宝されている主力部隊。

だが相手の死竜と呼ばれる獄門からきたワイバーンのような見た目の飛竜によって思うように力を発揮出来ていない。死竜にとって天馬は大好物のようで奴らが姿を表すと天馬は怯えてしまって戦闘にならないのだ。

だが地上の相手には圧倒的優位に立ち回ることが出来るためとても頼りになる部隊なのは間違いない。


リアン隊長の騎馬隊。青色のスカーフ。

騎馬隊とは言うが実際には陸上海上なんでもござれの万能部隊。攻撃の核となる部隊。

ミカエル騎士団の約半数はこの騎馬隊に属し騎士団の屋台骨を担っている。

リアン隊長を始め頭の良い優秀な人材が多く集団戦闘を得意とする。

統率力が高いリアン隊長の手腕で大規模な部隊でも効率的に動くことが出来る。


ジキル隊長の防衛隊。黄色のスカーフ。

騎士団の中でも屈強な人材が多く、城や騎士団の最終防衛や殿(しんがり)等の重要な役割を任される。

体力の有るものや純粋な戦闘力が高い等各兵士達は何かしら優れている点がある。

ジキル隊長の下精神的な訓練にも時間を割いているため忍耐強く芯の強さがある。

1対1の戦闘に滅法強くとても頼りになる。


ヴィンセント隊長の特務隊。緑色のスカーフ。

謎の多い隊で兵士の殆どが他の部隊の仕事を手伝っている。

数も1000人より少し多いくらいでミカエル騎士団全体でも1割に満たない。

その内特務隊として活動しているのは10人だと推定され。内情を知るものはごく僅かだ。

隊長のヴィンセントには裁判以来会ってはいないし、月に一度の俺の審問にも顔を出さなかった。少なくとも仲良くは出来ないだろうな。


最後にフリードが隊長で俺達も所属している近衛隊。白のスカーフ。

基本的にミカエル様やキーファ参謀長、その他要人の警護にあたる。

兵士数は100名にも満たない。

他の隊にも言えることだが特にこの近衛隊は実直な人物が多い印象だ。

訓練もとても厳しく音をあげて他の隊へ異動するものも後を立たない。

あまり前線に赴く機会がなく実戦経験は少ないが有事の際には誰よりも勇敢に行動できると俺は思っている。


交代で馬車を運転しながらセインツ内にある前線から10キロメートル手前の村と拠点に到着した。

村まで後100メートルというところで馬車が止まった。

「お、おい……。なんだこりゃあっ!」

馬車を操作していたアーノルドが声をあげた。

「アーノルドっ!どうしたっ!?」

車内に居た俺や他の隊員も緊急事態を察知して車内には緊張が走った。

小隊長のレニーが再度アーノルドに問いかける。

「アーノルドっ!状況を説明しろ!」

「みんなっ!外に出るなっ!」

「アーノルドっ!!何があった!?」

そう言ってレニーは車内から前方が確認できる小窓を開けようとした。

その瞬間黒く尖った物体が小窓を割りレニーの喉元を貫いた。

「っかぁっっ!!」

「レニー小隊長っ!!」

レニーの喉を貫いたその刺はレニーの血がしたたり黒褐色に光沢を出し、車内のライトに反射している。

「いやぁぁっっ!!!」

セリカが思わず声をあげた。

即死だった。レニー隊長は断末魔の声もまともにあげることが出来なかった。


「へへっ、まだ居やがるかっ!」

極端に低い男の声が聞こえた。

聞こえた瞬間黒く大きい手が小窓から伸びてきてセリカの首元を掴んで引っ張っていった。

引っ張られたセリカの身体は小窓によりも大きく回りの窓枠のみならず馬車の箱の側面の壁をぶち抜いた。。

『ドバンっ!!』

引っ張ると言うより引っこ抜かれたと言った方が良いくらいの勢いだった。

俺達は咄嗟の事で何も反応出来なかった。


『ドガッシャンッッ!!!!』

側面ごとぶち抜かれた馬車は横転した。

「はぁ……はあ……。」

崩れた馬車からなんとか這い出た俺は目の前の光景に絶句した。


なんだ……これは……。

こんなの鬩ぎ合い(せめぎあい)でも何でもない……。

蹂躙(じゅうりん)されている……。これがサタンの軍勢……。


100メートル前にある村は既に人の気配はしない。

禍々しい(まがまがしい)オーラを発し村の屋根や外には黒い異形の者がこちらを見ている。

悪魔と形容するのがぴったりのその怪物は手足が異様に長く瞳のない赤い眼をしている。

身体は黒みの強いグレー色でネズミのような尻尾と耳の上の側頭骨には2本の金色の角が生えている。お腹は異様に膨れている。

『ポリ……カリッ……。』

左から新鮮なキュウリを食べるときのような音がする。

視線を向けるとそこにはセリカとアーノルドがいた。

砂埃で良く見えないが確かにあの二人だ。

だが二人とも地面から足が離れている。

『ボトッ』

セリカから何かが落ちた音がした。

「はぁ……はぁ……。」

呼吸が荒くなる。まさか……こんなことって……。

ついさっきまで話していたのに……。

前線への補給任務の筈だったのに……。


セリカの腕が地面に転がっていた。

もう既にセリカの右半分はない。

アーノルドも息絶えていた。

怖かったのだろう。恐ろしい形相のまま絶命している。


『ポリッ……ポリッ……ムシャ。』

咀嚼音と共に先程の低い声が聞こえてきた。


「やっぱり…女の方が柔らかくて上手いな。」

「そうかぁ、俺は男の方が固くて好きだけどな。」

「俺はガキがいい。さっき食べたガキは臭みがなかった。」


いつの間にか、俺の回りには3体の悪魔が居た。

囲まれている。

他の二体は同じ隊のカーターとアンジェラを殺していた。

一瞬で俺達の小隊が俺を除いて全滅した。

強さも速度も桁違い……。とても敵わない。


三体の悪魔は俺を見据えながらそれぞれ手にしている食糧を食べている。

だが三体とも俺から視線を反らすことなくじっと見つめている。

食べ終わったら次はお前だ。そう言わんばかりの表情。

『パリ……ポリ……!』

『バキ……コリッ……!』


俺は恐れのあまり剣を出して戦う意思を示す事すら出来なかった。

全身から汗が吹き出ている。頭の中は真っ白だ。


カーターを捕食していた悪魔がカーターに対する興味を捨て、ゆっくりと俺のもとへ歩み寄ってきた。

『ドスッ……ドスッ……。』

俺はまるで袋のネズミ。

悪魔も俺を確実に殺すことが出来ると確信しているためか急いで殺そうともしていない。

俺の眼前1メートル。あいつが手を伸ばせば確実に殺せる間合い。

俺はただ震えることしか出来ない。

悪魔は勝ち誇ったような笑みを浮かべると大きな声で叫んだ。

「ウガアァァァァァァァァ!!」

あぁ、終わった。

俺は敗北確信した。また死ぬのだ。

そう思ったときだった。

ななめ横から凄まじい速さの光が悪魔を突き刺し、包み込んだ。

「ルゴアアァァァァァァァァ!!」

断末魔の叫びと共に光によって悪魔は消滅した。

俺は何が起こったのかわからず呆然としていた。


他の二体の悪魔も何が起こったのか分からず辺りをキョロキョロ見回している。

すると先程と同じ方向から光が飛んできて悪魔を殺した。

「ガアァァァッ!!」

残りの悪魔が光の飛んできた方向に向かって威嚇をしている。

俺も同じ方向を向いては居たが全く反応出来ない。まさに光速の光が飛んできて一瞬で最後の悪魔を葬った。

跡形も残らないくらい凄まじい破壊力。

「なんだ……ありゃぁ……。」


大きな翼の獣とそれに跨がる人形のシルエット。

間違いない、天馬騎士だ。あんなに遠くから俺を巻き込まずに正確に悪魔のみを攻撃したってのか?

その天馬騎士はセインツの村に居る悪魔を先ほどの力で撃退し、制圧した。

俺達近衛騎士が手も足も出なかったあの悪魔数十体を、ものの数分でやっつけて見せた。

赤毛の長い髪を側頭部の高い位置で結んだサイドテール。顔立ちは幼さが残り俺よりも年下に見える。

表情を変えずに淡々と悪魔を倒していく。武器は弓で天啓なのだろう、矢がなくとも矢を番える(つがえる)動作をすると手から光の矢が生成される。あれがあの悪魔を葬った力。

空中から一方的に悪魔を蹂躙すると天馬に跨りながら俺のところまで降りてきた。

「あんた、運がいいわね。」

彼女は壊れた馬車や死んだ仲間を一瞥すると、ため息交じりにこう言った。

「運はよくない……か。こんな状態だもんね。」

「すまねぇ。助かった。」

改めてこの惨状を目の当たりにして今起きていることを実感した。

俺は今殺し合いの場にいる。

彼女が来なければ確実に死んでいたし。運が悪かったらアーノルドやセリカのように無残な姿になっていただろう。

アーノルド。セリカ。みんな。さっきまで話していた仲間がこんなにあっさり死んでしまうなんて。


「死んだ人間の魂は天界へ還り再び下界に戻る。大丈夫、魂が生きている限り人は死なない。」

「……ありがとう。」

「あたしの仲間も大勢死んだ。」

「セインツがこうなってるってことは前線も。」

「今はローズ隊長が踏ん張っている。でもかなりまずい状況よ。フリード隊長も来ているはずだけど、合流できていない。ねぇ、あんた。近衛隊なら、フリード隊長がどこにいるか知らない?ローズ隊長の援護を頼みたいの。」

「……俺にもわからねぇ。数時間前に城を出発して俺達より先に到着してるはずなんだけど。」

「そう。おかしいわね。まあいいわ。とにかく時間がない。援護は諦めて前線に戻るからあんたは馬に乗って非難しなさい。ここはもう持たない。できるだけ多くの人を避難させようと思ったけど。前線から一番離れているこの村も全滅……。悔しいけど、完敗よ。」

彼女は悔しそうな表情で言った。全滅……。セインツの村人全員がこの異形の悪魔に殺されたのか。

「俺も行くっ!俺も騎士だ!役に立つ!」

俺がそう言うと彼女はあきれたように言った。

「はぁ!あんたバカ?今殺されかけてたのよっ!抵抗すらできずに。されるがまま!そんなあんたにここよりもっとやばい前線に来て何ができるっていうのよっ!」

「くっ!」

言葉が出なかった。悔しいけどその通りだ。

「勇気と無謀を履き違えない事ね。」

「あんたっ!天啓は使えるの?」

「……。」

「天啓も使えないような奴が前線で戦えるわけがない。さっさと家に帰りなさい。」

言葉が出なかった。彼女の言っていることは正しい。天啓も使えないのに前線に来るべきじゃなっかった。

「ギャアアアオッ」

セインズの村の後方から大きな鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声を聞いた彼女の顔には緊張が走った。

「ま、まさか。こんなところまで。」

声の先には天馬の二倍ほどの体躯の怪物が三体空から姿を現した。

「……死竜!」

「あれが……。噂に聞いていた死竜なのか。」

地上の相手には無敵を誇る天馬騎士の天敵。

「ギャアアアオッ!」

「やばい。奴ら明らかにこちらの存在を認識してる。乗ってっ!はやくっ!」

俺は彼女に促されるまま天馬に跨った。天馬は地面を力強く蹴り上げると瞬く間に上空へ飛び上がった。

「あんたは黙って後ろに居なさいっ!」

彼女はそう言うと金色の弓を背中から取り出し構えた。すると彼女の手から光の矢が生成される。それを弓矢を射るように弦を思い切り引くと呼吸を止め一点を見据えた。天馬もそれに応えるように動きを最小限に止めて彼女に合わせた。


死竜は速度を上げてこちらに向かって突進してくる。

『ビュンッ!』

彼女が弦から指を離した瞬間、瞬く間に光は手元を離れれば離れるほど範囲を増し、すさまじい速度で死竜目掛けて向かっていった。

300メートル離れているであろう場所から寸分の狂いもなく真ん中の一体に命中すると、叫び声を上げながら絶命した。

「ギャアアアァァァァァッ!」


彼女はすぐにもう一度弦を引くと先ほどよりも速いテンポで矢を射ってすぐにもう一体倒した。

だが最後の一体がすさまじい速度で俺たちに向かって突っ込んでくる。

「ちっ!」

彼女との連携で空に天馬は翼を大きく動かしてさらに上空へ飛び上がり死竜の突進を回避する。

そのまま天馬は上空へ上り続ける。

死竜は大きく方向転換するとそのまま一直線に天馬に向かって再び突進してきた。

だが天馬は死竜の大きな牙に臆することはなく彼女との連携で接触する寸前でひらりと死竜をいなすとそのまま真下に加速しながら降りて行った。

地上に到達し彼女は天馬から降りると真上にいる死竜に向けて弓を構え狙いを定めた。

死竜は真上からこちらに向かって威嚇をすると直滑降に向かってきた。

彼女は光の矢を正確に射抜くと死竜の眉間に命中した。

死竜の方が人を乗せていない分天馬より速さがある。

だが天馬の方が死竜よりも体が小さい分小回りが利く。

彼女はその利点を生かして上手く距離を保ちつつ正確に死竜を射抜いていた。

「ギャアアアオッ!!」

『ズドンッ!!』

光の矢に当たった死竜に身体は今度は消えることなく彼女の居る横の地面に落ちた。


彼女の天啓を見て分かったことがある。

どうやらあの光の矢は命中した相手との距離があればあるほど威力が上がるということだ。

最初に俺たちの小隊を助けてくれたときの悪魔は身体ごと消えてなくなった。

そして最後に戦った死竜は距離が近い状態で命中した。

いずれにしても強いことには変わりないが……。

「まずいわね、ここまで死竜が来ているってことはローズ隊長が。」

彼女がそう言いかけた時死んだと思っていた死竜が起き上がり彼女に向かって突進してきた。

「危ねぇっ!」


火事で陽太君やみいちゃんを助けた時と同じだった。

頭よりも心が先に動いていた。

剣を抜く間もなく俺は彼女を攻撃しようとする死竜に向けて手を出していた。

咄嗟(とっさ)の事だった。反射的にこうすれば助けられると本能で感じていた。

それがいつどこで身についたにか分からない。

俺は深い深い谷底で絶望と孤独を感じながら変わりたいと強く願った事を思い出した。


泉で出したあの炎が俺の掌から出てきた。

螺旋状(らせんじょう)に出てきた炎の渦は言ったこともない地獄の炎を連想させた。

炎は死竜を包み込むと灼熱で焼き尽くした。

「ギャアァァァスッ!!」

断末魔の叫びの後死竜は息絶えた。

「な……今の……。」

「これが俺の……天啓。」



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