ミカエル騎士団
サタンの手先の疑いを掛けられる流星。
だが無実を立証する証拠がない。
サタンの手先は問答無用で死刑。
窮地に陥った流星を救った意外な人物とは!?
カレドニア……。
他者のために命を賭した者に与えられた世界。
病や争いで苦しむことがなく、安寧が約束される。
俺もこのカレドニアで失った時間を取り戻せる。そう思っていた。
だが今のところ俺には安寧も平和もない。カレドニアの人たちが恐れているサタンの仲間の疑いを掛けられている。
自分でも自覚はないがもしかしたら本当にサタンの手先なんじゃないかと思ってしまう。
下界での俺の人生は不幸の連続だった。もしそれが運命的なものだったのだとしたらこの不幸な生い立ちに説明がつく。
馬車は先程俺とフリードが通った道をそのまま戻った。
城の正面通りとの合流地点まで到達すると馬車を降ろされた。
行き先はあの大きな城だろう。
俺はまだカレドニアのことをなにも知らないが恐らくあの城はこの世界にとってもかなり重要であるに違いない。
正面通りの市場を抜けジキルの部下の兵士に連れられ石造りの階段を登っていく。
大きな門を通り城内に入ると既にフリードが待っていた。
「よう、流星。手荒な真似はされていないか?」
「フリード……あぁ、大丈夫だ。」
「お前の処遇はこれから話し合う。ジキルは裁判と言っていたが……。あまり深く考えるな。」
「はぁ……。ここに来てから訳の分からないことだらけだ。もう慣れたけどよ。」
「直に慣れるさ……。わたしとお前とは違う場所での裁判だが、また近いうちに会えるさ。」
「フリードには何から何までお世話になりっぱなしだったな。ありがとう。色々助かったよ。」
「ふっ、それがわたしの仕事だからな。」
フリードはそう言った後俺の眼前まで近づくと、真剣な表情で俺の眼を見つめた。
「な……なんだよっ!」
「いいか、流星。今回の裁判はお前がサタンの手先でないかを証明しなければならない。お前も考えろ。わたしも何とか出来るようにする。」
そう言うとフリードは近くで待っていた部下らしき人物とともに去っていった。
サタンの手先……。もちろん全く身に覚えがない。だが精霊の泉で俺が出したあの火柱が原因なのだろう。
「はぁ、証明っていったいどうしたらいいんだよ」
「話は終わっただろう。ついて来い。」
ジキルの部下に連れられて俺はフリードとは反対の通路を進んでいった。
「ここでしばらく待て。」
「へぇ、てっきり囚人が入るような牢屋だと思ってたけどよ、結構きれいじゃねーか。」
連れてこられた部屋は大きな窓のある個室だった。
豪華なペルシャ絨毯にシャンデリア、部屋の隅にはピカピカのオルガンが置いてある。
ベッドは真っ白で寝心地がよさそうでまるで高級ホテルのスイートルームのようだ。
「お前は疑いがあるだけでサタンの手先と決まった訳じゃない。もし疑いが晴れたならお前は下界で立派な行いをした俺たちの同士だ。ジキル隊長が何と言おうと、ぞんざいな扱いはしない。」
俺は少し天邪鬼なところがある。なんというか真っ当なことや正論を述べるてくるような奴には意地悪をしたくなる。
そういうやつが嫌いなわけではないのだがその言葉が上辺だけのものではないのか試してみたくなるのだ。
「……もし俺がサタンの手先だったらお前を殺してそこのでかい窓から逃げちまうかもな。」
ジキルの部下は俺の方を見て不敵な笑みを浮かべると自信満々にこう言った。
「やってみると良い。」
そう言った奴の顔や言葉には恐怖といったものがない。本当になんの問題もないのだろう。
馬車に乗ってからここに来るまでジキル隊長はおろか他の兵士の姿もなかった。
奴一人でなんの問題も無いということなのだろう。
「なんてな、悪かったよ。お前、名前は何て言うんだ。」
「お前の容疑が晴れたら答えてやる。」
「そーかい。んでいつその裁判てのは始まるの?」
「明日の朝日の出とともに行うそうだ。それまではこの部屋で缶詰だな。」
「明日の朝っ!?まさかお前それまでこの部屋にいるわけじゃねーよなっ!?」
「俺も不本意だがそうなるな。」
「はぁ。生前の行いのご褒美って聞いてたけどよ。泉で死にかけてこの城に連れてこられて。初めて会った男と一夜を共に過ごすことになるなんてよぉ。」
「誤解を生むような言い方をするな。まあ良くも悪くもあんな天啓を出せたんだ。もし本当にサタンの手先じゃないのならすごい事だ。本当に。」
「その天啓ってのはお前にもあるのか?」
「あぁ、カレドニアにいる者には全員ある。」
「お前もあの泉に触れたらよ、俺の時みたいにすごい事になるのか?」
「お前ほどじゃないがな。まああの泉はその人の天啓を見つけるためのもの。天啓を引き出す泉だからな。」
男は腕を組みながらまじまじと俺を見ると、怪しむように見ながらこう言った。
「しかし、あの規模も相当だ。見たことがない。それに何より、サタンの出す地獄の業炎にすごく似てたんだ。俺も一度しか見たことがないが。サタンの事をよく知ってる先輩方からすると相当な衝撃だっただろうな。」
「そのサタンってよ、一体何者なんだよ?」
「……悪魔王サタン。この平和なカレドニアにおいて唯一無二の脅威。」
そう言うと男は近くにあった椅子に座ると俺にも座るように促した。
俺はベッドに腰かけた。ふかふかのベッドは座るだけでも寝むけを誘った。
「ハキミさんからもこの世界について聞いてるんだろうが、俺からも教えてやるよ。お前の知ってることを話してくれ。」
俺はここに来てからの事やハキミさんから聞いている自分の知っている情報を男に話した。
「……ここまでが俺の知っている事全部だ。」
「なるほどね。まぁ今日来たばっかりならそれしか知らなくても仕方ない。そういえばお前、食事はしたのか?」
「いいや、まだだ。」
「そうか、腹減ったよな。これやるよ。」
そう言って男は腰に携帯しているポーチから柳色の包みを出すと俺に差し出した。
「なんだよ?これ?」
「開けてみろ。」
包みを解くと中には見慣れたものがあった。
「これ……おにぎり?」
「昼ごはんにと思っていたがお前のせいで食べ損ねた。やるよ。夕食まではまだ時間があるしな。」
「カレドニアにもおにぎりってあるんだな。」
「カレドニア産の米は美味いぞ。」
「……悪ぃな、腹ぁ減っててよ。遠慮はしねーぞ。」
大きめのおにぎりをあっという間に平らげた。
美味しい……今まで食べたおにぎりの中で一番美味い。
胃袋が満たされてたためか緊張が少し解けた気がした。
「ご馳走さん。美味かった。」
「ここで収穫できる食物はどれも美味しい。これはミカエル様の加護があるからなんだ。」
「ミカエル様?」
「このカレドニアは天界にいる神と言われる存在がミカエル様とサタンのために作った世界なんだ。」
「サタンのために?」
「ミカエル様もサタンも、元々は天界にいる神様の一人だ。天界というのは修練を終えた魂が行き着く先。俺達魂の最終目標は神様になることなんだ。」
「ハキミさんが言っていた下界での修練や獄門での懺悔を経て魂は少しずつ浄化するってやつか?」
「そうだな、善と悪は表裏一体。魂に宿るすべての悪を削ぎ落とした時、天界に到達できる。」
「この世界はその神様だった二人のために作られたって事なのか。」
「あぁ、理由はわからんが罰としてミカエル様とサタンは天界から下界に落とされた。それを哀れんだ神様がその二人のためにカレドニアを作った。」
「神様が作った世界か。」
「神様は魂が清らかな者だけが住める世界にしようと、カレドニアへの入国条件を他者のために命を賭した者に決定した。」
「なるほどな。」
「だが罰は罰。修練の場であることには変わりない。二人は神としての力は剥奪され。普通の人間と同じになった。」
「カレドニアに落とされた後の二人は対照的だった。ミカエル様は自分の罰と向き合い神様に戻った。そしてこの地カレドニアを守る守護神となった。」
「守護神ねぇ。」
「この地では食物がよく育ち病気もない。何より天啓によってより便利に助け合って生きることが出来る。」
「それが全部、ミカエル様の加護によるものってことか。」
「そういう事。」
「んでそのサタンはどうなったんだ。」
「カレドニアに戻されてもサタンは変わることはできなかった。それどころか獄門に干渉して悪魔に魂を売っちまった。」
「まじかよ。」
「悪魔に魂を売ったサタンは獄門とカレドニアの間に道を作った。」
「道……?」
「今まで他者のために命を賭した者しか来ることが出来なかったカレドニアに罪を犯して獄門行きにされた下界での犯罪者達が続々と送り込まれた。」
「獄門行きの条件って何なんだ?」
「俺達とは逆、他者の命を奪った者。つまり人を殺めた者だ。」
「つまりサタンによって獄門行きの奴がこのカレドニアに送り込まれたってわけか。」
「あぁ、それがあったのが500年前。獄門から来た悪魔を倒すのが俺たちの役目。その歴史が、ミカエル騎士団の歴史だ。」
「だから平和なカレドニアに兵士がいるってんだな。」
「兵士もいれば軍隊もある。今も軍の半分以上が前線の補給地点に居る。」
「まさかこんな所まで来て戦うことになるなんて。よく兵士が集まるな。戦える奴ばかり集まるわけじゃないだろうし。そもそもカレドニアに来る人数もそんなに多いとは思えねぇ。」
「一年で300人。下界からここに来る奴らの人数。それにこのカレドニアで結婚して子供も生まれる。カレドニアの総人口は10万人、兵士の数はそれの一割ってとこだな。兵士に志願する奴は、下界から来た奴が多い。それにみんな、このカレドニアを愛している。天啓は性格にも影響しているから戦闘向きの天啓で騎士団入りを断る奴は少ない。」
10万人、思ったよりも多く感じた、それに下界には行かず、ここで生まれた子供はずっとカレドニアで育つのか。
「いいのかよそんなに教えちゃって。もし俺がサタンの手先なら今の情報って重要なんじゃねーの。」
俺がそういうと男は口角を上げてニヤッと笑った。
「そうだとしてもここからお前は逃げられないし俺を殺せない。」
空気がピリッと張り詰めた。
すごい自信だな。座っていても隙の無さがひしひしと伝わる。本当に強いんだろうな。
「冗談だよ。それに俺はサタンの仲間でも何でもねえし。まあ証明しろって言われても難しいけどな。」
自分で作ったこの空気を笑って和ませようとした。
「おしゃべりしすぎたな。まあ明日の朝にはわかることだ。どんな裁判になるかは俺にもわからない。脅すつもりはないがサタンの手先だったら即死刑だ。」
「カレドニアにも死刑ってあるんだな。」
「サタンの手先には特別だ。」
お互いふっと笑いあうと男は立ち上がり軽く背伸びをした。
お腹も膨れて緊張もほぐれたことで急に眠気が襲ってきた。
それに気が付いたようで男は俺に声をかけた。
「少し寝ると良い。夕飯には起こしてやる。」
ここまでの会話でわかったことがある。この男は俺が思っていたよりも優秀だ。
単純な強さは勿論だが洞察力や胆力などもある。ジキル隊長の部下みたいだがもしかするとその隊長よりも実力があるのでは。
何より奥底には優しやがある。下界にもそんな奴はなかなかいない。
「話せてよかったよ。」
「……。」
俺はそう言うとベッドに入り目を瞑った。
俺には証明する手段は何もない、もしサタンの手先ってことになったら俺はきっと殺されるのか。
そう言った不安や恐怖で中々寝付けないでいた。だが身体は一度床に着くと動かせないほどには疲労は溜まっているようだ。
『ガチャ』
「ジキル隊長。」
「どうだ、奴の様子は。」
「10分前に眠りにつきました。何も問題はありません。」
「あの炎は異常だ、サタンの手先に違いない。いつ襲ってくるかわからない。油断するなよ。」
「……はい。」
「明日は必ずあいつの本性を暴いてやる。」
「……彼はそんな風には見えないですが。」
「何を言っているっ!お前もあの炎を見ただろうっ!あれは俺が何度も見てきたっ!サタンの業火そのものだ!」
「……はい。申し訳ございません。」
「ふんっ!お前もフリードと同じでこいつをかばい立てするか。まあ良い。どちらにしろ奴は自分をサタンの手先でないと証明する手段がないのだからな。奴の死刑は決定的だ。明日の裁判が楽しみだわい。引き続き監視を怠るなよ。逃がせば貴様も処罰の対象になるっ!」
「はい。ジキル隊長。」
『ガチャ』
「証明する手段……か。」
「……。」
――「おいっ!起きろっ!」
男に起こされ目を覚ました。
「ん……。もう朝か。よく寝たな。」
「悪いな、夕飯の時に起こしたんだが全然起きなくて。もうすぐ日の出だ、準備しろ。迎えが来る。」
「あぁ。わかった。」
気づいたら寝てしまっていたようだ。
起こしても起きないなんて、相当疲れていたんだな。
外は少し明るくなってきていた。日が沈む前には寝ていたことを考えると十分すぎるほど睡眠はとれている。
俺は顔を洗って準備をするとすぐに迎えが来た。
男が扉を開けると数十名の兵士が俺を迎えに来ていた。
「よろしく頼む。」
「はいっ!」
「へっ。本物の囚人みたいだな。」
俺は手錠を掛けられると取り囲まれるようにして連れて行かれようとしていた時、男が声をかけてきた。
「おい、月野。」
「ん?なんだ?」
「……レイスだ。」
「え?」
「俺の名前はレイス・ギルベルだ。もしまた会えたら……よろしくな。流星。」
「……なあ、レイスっ!最後に1つ聞かせてくれ!」
「……。」
「おいっ!早く歩け!」
俺は兵士たちに制止されながらも後ろを振り返りレイスの方を見た。
「なんで昨日俺をかばってくれたんだ?」
「……ジキル隊長との話、聞いていたのか。」
「はっきり言って、俺にはわからねえ。自分が何なのか。自覚はないけどもしかしたらサタンの手先なんじゃないかって思ってきてもいるんだ。なあレイス!お前にはわかるのか?」
不安と焦燥が入り混じって変な事を聞いてしまった。でももしかしたら、レイスなら俺の知らない何かを知っているんじゃないかという思いからの言葉だった。
レイスは俺の方を見据えるとゆっくり歩み寄り周りを囲む兵士を押しのけ俺の前まで来た。
「俺は10歳の頃ここに来た。今年で丁度10年経つ。ここは今楽園なんかでも、神の加護がある平和な世界でもない。サタンはもう俺たちの目の前まで来てる。悪魔の力は強大だ。俺達人間なんか虫けらみたいに簡単に消される。仲間もたくさん死んだ。そしてここにきてサタンはどんどん勢力を拡大させている!原因は下界の乱れだ。下界での悪の増長が獄門やカレドニアにも干渉している。悪の力が強くなってきているんだ!!」
語気に強さを感じる。今のレイスの言葉は建前でも嘘でも何でもない。本心で語っていることをひしひしと感じた。
「だが善悪の干渉はここから下界や獄門でも同義。カレドニアで善の意思を増やし悪を絶つことが出来れば、下界での悪の感情や非道な行いは抑制できるんだ。俺の母は下界にいる。俺達ミカエル騎士団はサタンを倒して獄門への扉を塞ぎ。母さんの住む下界もここカレドニアも平和にすることが目的なんだ。少なくともここに来た奴らは善の心を持った俺の同士だ。自分の恐怖や悪に対する憎しみの感情で、自分の眼を曇らせたくない。命を賭して誰かを守ったその正義を……安易な判断で壊したくないんだ。」
俺を連れて行こうとしていた、兵士たちも黙ってレイスの話を聞いていた。
「そしてもしお前がサタンの手先だったとしてもそこから先はお前の意思なんだ。お前次第なんだ。それだけは忘れるな。」
「レイス……。」
「連れていけ。」
レイスの命令で再び俺は連行された。
この男には今まで感じたことのない何かがある。
正義感や誠実さ以上に、人間として優れた何かがある。
短い時間ではあったが彼には信頼に足る何かがあると感じるには十分だった。
裁判所と言われるこの空間は俺が知っている裁判所とは異なるものだった。
裁判所というよりも競技場に近いものだった。周りには1000人近くが入ることのできる傍聴席がある。真ん中には椅子があり俺はそこに座るよう促された。
周りを見回すと東西南北4つに分かれた傍聴席にはそれぞれ異なる隊服に身を包んだ兵士たちがすでに到着していた。赤・青・黄・緑でそれぞれ東西南北に陣取っている。黄色の隊の先頭にはジキル隊長の姿があった。きっとそれぞれの隊の先頭にいるのが隊長なのだろう。
こんなに大規模な裁判になるなんて、やはり精霊の泉での一件は大きなものだったのを痛感した。
俺が椅子に座ってしばらく経つと後方の俺が入ってきた扉から緑の隊服を着た大男が姿を現した。
身長は優に2メートルを超える。恰幅もよく力士のような見た目だ。
『拘束』
男がそう発し両手を合わせると男の体が輝くとともに俺の方に光が進んできた。
「な、なんだっ!」
光は4つに分散し輪になり、俺の手足と椅子を縛り拘束した。
あっという間に俺は身動きが取れなくなった。
どんなに力を込めよて抵抗しようと試みても全く解ける気がしなかった。
むしろ抵抗すればするほどこの光の手錠は益々力を増していく。
「これがあんたの天啓ってわけね。」
「抵抗すればそれに比例してきつくなる。おとなしくしていた方が良い。」
すると前方の扉が開き数名の書記官らとともに壮年の男が入場して来た。
ベージュ色の髪に少し白髪が混じったような髪の毛が肩まであり細身で手足が長い。
一見しただけでも厳格だと分かるような顔つきをしている。
その男が俺の向かいの椅子に座ると、傍聴席にいた赤・青・黄・緑のそれぞれの隊長らしき人が立ち上がりこちらまで降りてきた。空いている4つの席にそれぞれ座ると男が立ち上がり皆に向かって言葉を発した。
「これより、ミカエル騎士団の規約に則り月野流星の審問を執り行う。最終判断は私キーファ・グレイスが、ミカエル様の命により判決を下す。議論に関しては各隊の隊長。そしてここにいる隊員すべてに参加する権利がある。審問の最終段階には各隊長により意思表明を行う。ではまず被告人である月野流星。君の主張から聞こう。」
キーファがそう言った後間髪入れずにジキルが大声で捲し立てる。
「キーファ参謀長っ!こんな事、議論するまでもありませんっ!精霊の泉にサタンが下りてきたのかと思いましたっ!あれが何よりの証拠ですっ!」
「ジキルよ、少し落ち着け。お前の意見は重々承知しておる。」
「あんな炎は今まで前例がないっ!精霊の泉は天啓を、もとよりその人物の内面を映すもの。こやつの内面には悪魔が宿っておるっ!」
「ジキルっ!!」
キーファがそう言うとジキルは黙った。そしてジキルは俺の方をじっと見据えている。憎しみや恐怖。そんな感情だろうか。
コホンとキーファが咳払いをする。
「では改めて月野流星。主張はあるか?」
足の拘束が解かれた。後ろを見ると恰幅の良い大男がこちらを見ながら立つように促している。
俺は立ち上がる大きく深呼吸をして周りを一瞥した。
1000人近い群衆は俺の一挙手一投足に注目している。ジキルのように恐怖や憎しみを感じる表情や好奇の目等様々だ。
「……俺は昨日捕まってから今まで、自分がサタンの手先では無いことを証明しようと考えていた。だが俺にはその方法が思い付かない。」
俺の発言を聞いたジキルは笑みを浮かべながら問いかけて来た。
「では月野っ!お前は獄門から来たサタンの手先であることを認めるんだなっ!」
ジキルがそう言うと青い軍服を着た隊長がキーファに向かって問いかけた。
「キーファ参謀長。フリードの供述では彼はあの爆花草の中で倒れていたと。仮に彼がサタンの手先だとするなら悪魔達にとっての脅威である爆花草に近づくとは思えません。それに下界から来た者の約半数はあの爆花草の周辺で見つかります。それを踏まえて、彼をサタンの手先と決めつけるのはいささか早い気がします。」
すると赤の軍服を着た女性の隊長が言った。
「リアン隊長の意見に賛成です。確かにジキル隊長の言うようにあの炎は異常です。しかし精霊の泉に関しては私達の範疇を超えることも過去にもありました。分からない事も多い。サタンの力と似ているとはいえもっと検証する必要があるかと。」
2人の隊長が俺の味方をしてくれた。意外だった。だが少なくとも裁判の結果を左右する2人の意見を聞いて俺は安堵した。
「リアン、ローズ。君たちの意見は分かった。ヴィンセントよ、君の意見はどうだ。」
ヴィンセントと呼ばれている緑の軍服を着た男はキーファの問いかけに表情1つ変えず意見を述べた。
「問答無用。即刻殺すべきです。」
「ヴィンセント、何故そう思う?」
「この議論、いくら進めても答えは誰にも分かりません。サタンの手先かもしれないしそうでは無いのかもしれません。答えが分からぬなら殺してしまうべきです。疑わしきは罰す。それがこのカレドニアでの、ミカエル騎士団での掟では?」
「そうか……。」
「ヴィンセント隊長。カレドニアは元々下界で名誉の死を遂げた者の救済の地。彼にはここに住まう権利がある。」
「ローズ隊長。確かにあなたの仰る通り。しかしここ数年のサタンの侵略行為は常軌を逸している。何が来てもおかしくない。我々がサタンに屈してしまえば、この地は安寧ではなくなり、下界も悪意に満ちる事となる。それに我々がカレドニアに来たものに対して一番始めに精霊の泉に案内するのはサタンの手先かどうか見極めるため。精霊の泉は仕事を果たしたのです。」
「ヴィンセントの言う通りっ!俺達の役割はこの地カレドニアの平和を守ることに他ならないっ!」
「ローズ隊長。あなたはもし月野流星が覚醒し我カレドニアの民に被害をもたらした時。いかがなさるおつもりか。我々の総力をもってしてもミカエル様のご加護がなければ全く歯が立たない現状。得たいの知れぬ者を野放しにしておく余裕もあるまい。そして何よりあの業火はサタンの炎そのもの。彼の存在が今後彼が死ぬまで、カレドニアの住民にとっての恐怖となりえます。ローズ隊長、本当にそれでも彼を生かすべきだとお思いか?」
「……。」
「ローズ隊長。何か申したい事はないか?」
「……いいえ、ありません。」
「そうか、わかった。リアン隊長はいかがかな?」
「……。ありません。」
「……わかった。では今度はここにいる全員に問う!何か申したい事がある者は手を上げよ!」
……終わった。あのヴィンセントとか言う奴の言葉で会場の空気が変わった。
カレドニアに長くいればいるほど、サタンの存在は恐怖の対象なのだろう。
始めはかばいだてしてくれていた隊長達ももう諦めている様子だ。
キーファが皆に問いかけるが誰も手を上げなかった。
恐らくこれで俺の死刑はほとんど確定しただろう。
……まあいいさ、このカレドニアという存在自体、下界にいた頃の俺には考えもしなかった事だ。これで死刑になったとしても後悔も何もない。
「……では月野流星。何か言いたいことはあるか?」
キーファの問いかけに俺は静かに口を開いた。思ったことを言おう。どうせ最後なんだから。
「……俺がここに来たのは火事になったアパートから小さい女の子を助けたためだ。燃え盛る炎の中小さな身体を震わせながらお腹の中の赤ちゃんの命を優先したあの娘を助けるために、俺は自分の命を犠牲にした。後悔はしていない。むしろ自分のしたことを誇りに思うよ。」
「……。」
みんな静かに俺の話を聞いていた。
1000人以上いるこの空間が、まるで俺しかいない様に感じた。俺はまるで自分に話をしているような気持ちで、自分の人生を振り返っているような気持ちで話を続けた。
「俺の人生は決して恵まれたものじゃあなかった。父を殺そうとした母を止めようとして今度は母が父に殺された。人殺しの血が入っているという理由で親戚からは人間扱いなんてされたもんじゃなかった。俺を肯定してくれた人なんて一人を除いていなかったよ。そんな俺でも大切な人が出来て人生もこれからだって時に死んじまった。それでこのカレドニアに来た。欲を言うならもっとみんなと話してみたかったけど……仕方ねぇよな。」
だがどうしても伝えたい。
今までもこれからも、俺は自分に嘘をついたことがない。このことを皆に伝えたかった。
「だが1つだけあんた達に知っておいて欲しいことがあるっ!俺は嘘はついてねぇ!サタンの手先だなんだと言われているがそんなこと身に覚えはねぇっ!俺は悪魔に魂は売ってねぇ!俺の命は……そんな安くなんかねぇ!!」
目からは涙が溢れていた。悔しかった。
「神は結局、俺には何も与えてくれなかった。幸せも正義もっ!何もかもっ!今度生まれ変わったとしても、俺は神もサタンも信じねぇ!何がミカエル騎士団だっ!」
「おい貴様っ!神を愚弄するかっ!」
「ジキルっ!やめろ。」
キーファは表情を変えず俺に問いかける。
「月野流星、言いたいことはそれだけか?」
「……あぁ。」
「そうか、ではそれでは判決を」
キーファがそう言いかけた時俺の後方の扉がひらいた。
腰まで伸びた長い髪をなびかせ、出会った時と同じ力強くも優しい瞳で真っ直ぐに俺を見据えている。
「……フリードっ!」
「よう、流星。」
フリードの登場に隊長達の反応は様々だった。
「フリードっ!貴様っ!今は裁判の最中だと言うのにっ!どういうつもりだっ!」
ジキルは怒った様子だ。
「フリード!」
ローズはフリードが来て嬉しそうだ。
「フリードさんがここにいると言うことはもうそっちの審問は終わったんだね。」
リアンもフリードには好意的に感じる。
「……。」
ヴィンセントは何を考えているのか分からない。裁判が始まってから表情が変わっていない。
「「ざわ……ざわ……。」」
会場がフリードの登場によって騒がしくなる。
さっきまでの静寂が嘘のようだ。
「静粛にっ!!」
キーファの一声によって会場は一瞬にして静まり返った。
「フリード。この裁判、反逆罪の疑いのある君は不参加のはずでは?」
「はい、キーファ参謀長。厳粛なる審問の最中に申し訳ございません。しかしどうしても伝えたいことがございます。」
「キーファ参謀長っ!部外者の発言は認めるべきではありませんっ!今すぐ退場させるべきだっ
!」
ジキルがそう言ったあとフリードの後ろから書記官のような人が現れキーファのところに書面を届けた。
キーファは書面を一読した後ジキルの方を見ながら答えた。
「ジキル隊長の発言は却下する。先程行われたフリードの審問の結果容疑は晴れた。本来であればこの裁判には近衛隊長のフリードも参加すべきもの。そして一番長く月野流星といたフリードの意見は聞いて然るべき。フリードの発言を許可する。」
「はい。ありがとうございます。」
フリードはキーファの元へ進み俺の横を通りすぎる。通り際フリードは俺の肩に手を置くと小さな声で俺に呟いた。
「もう大丈夫だ。遅れてすまなかったな。」
俺の方を見るとニコッと微笑んだ。
笑うと普段の凛とした姿とギャップのある、子供の様なあどけない表情になる。
こんな場ではあるが、俺は少しドキッとした。
キーファと俺の間に立つとフリードは自信満々に口を開いた。
「月野流星はサタンの手先ではありません。証拠もあります。」
「なんだとっ!フリードっ!嘘をつくなっ!」
「ジキル隊長、嘘ではありません。」
フリードはそう言って後方に振り返ると扉の奥にいる人物に向かって声をかけた。
「さぁ、入ってきて。」
そう言われて入ってきた人物に俺は心底驚いた。
驚いたと同時に深い悲しみに襲われた。
「お前は……!!みいちゃんっ!」
そこにいたのは俺が命を賭して助けた女の子。
自分の命よりもお母さんの、お腹の赤ちゃんの命を優先した小さな女の子。
「……お兄ちゃんっ!!」
みいちゃんは俺のもとに駆け寄ると思い切り抱きついた。
「ここに来たってことは……そうか。死んじまったんだな。」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん。助けて貰ったのに。」
「……いいや。ごめんな。助けることが出来なかったんだな。」
「でもね。お母さんと赤ちゃんは助かったんだよ。お兄ちゃんが助けてくれたから。ありがとう、お兄ちゃん。」
「喜べた再会じゃあねえけどよ。なんだか心がホッとするよ。」
フリードは俺達を見て優しく微笑むとキーファ達の方に向き直った。
「この子の名前は日暮未来。夜明けに城下町外れの林に倒れているのをわたしの部下が発見しました。もしかしたらと思い話を聞いたら流星に聞いた話と一致しました。サタンの手先は獄門からやってくる。月野流星は確実に下界からやって来た事が、今証明されました。」
「ふむ。では日暮未来。君はこの月野流星と下界で会ったことがあるんだね?」
「うん……えっと。このお兄ちゃんにみいちゃんのお母さんと赤ちゃんを助けて貰ったの。」
「そうか……ありがとう。もう行ってよい。規定に基づき精霊の泉に行った後住居の手配を。」
「はっ!」
近くにいる兵士に命令するとみいちゃんはそのまま退場した。
「じゃあね、お兄ちゃんっ!また会えるよね?」
「あぁ!大丈夫だ!またな!」
でもどうして、みいちゃんはこのカレドニアに来れたのだろう。
俺がみいちゃんを優先して助けようとしたときに、俺にお母さんを助けるように促したから?
確かに、みいちゃんはお腹の赤ちゃんを助けようとして俺の選択を変えた。
結果自分の命を賭して、お母さんとお腹の中の赤ちゃんの命を救ったことになる。
だが本当に良かった。みいちゃんはこの安寧の地に来ることが出来た。
そしてフリードの容疑も晴らしてくれた。
俺にとっても……重要な証言者になってくれた。
「安心しろ流星。彼女は必要な手続きを済ませ。城内の寮に住むことになる。またすぐに会えるさ。」
「ありがとうフリード。何から何まで本当に。」
「それが仕事だからな、気にするな。」
「さて……。だがあの業火はどう説明をつけようか。」
キーファは少し困ったように言った。
「キーファ参謀長。ここで結論付けるのは早いのでは?時間が必要なのではないでしょうか。」
「ふむ……リアン。確かにそうだな。」
「ではキーファ参謀長。私から提案があります。」
「ローズ隊長。申してみよ。」
「彼の身柄を、フリードの部隊に預けると言うのはいかがでしょう。彼女の潔白は証明された。少数精鋭の彼女の部隊であれば万が一彼がサタンの手先だとしても被害を最小限に防げます。勿論、ミカエル様の近くへは置いてはおけませんが……。ですが何より、ミカエル騎士団最強の彼女が適任かと。」
俺もフリードも驚いた顔をした。
おい!待てよ。俺がミカエル騎士団に入るってことか!?
「僕も賛成です。騎兵隊でもサポート出来ることがあるなら喜んで致しましょう。」
「ふむ……。ジキル、ヴィンセント。お主らはどうだ?」
ジキルは渋々といった感じで小さな声で言った。
「……異論はありません。ですが細心の注意を払うべきです。」
ヴィンセントは眼鏡を少し上げると顔を伏せながら言った。
「……時間が必要なのはそうですね。様子を見させてもらいましょう。」
俺の存在に肯定的なローズとリアン。
否定的なジキル。
どちらとも言えないのがヴィンセントと言ったところだろうか。
「では最後に改めて各隊長に問う。月野流星の処遇についての見解を述べよ。」
キーファ参謀長はフリードも含めた隊長5人に順番に聞いていく。
「ローズ隊長。」
「月野流星はフリードの管理下の元ミカエル騎士団の一員として共にサタンを打倒する。」
「おいっ!ちょっと!それって俺が騎士団に入るってことか!?」
「月野流星。静粛に。今は隊長に問うておる。」
「リアン隊長。」
「ローズ隊長と同意見です。もしかすると彼の存在は我がミカエル騎士団にとって大きな存在になるかもしれません。」
「ジキル隊長。」
「……納得したわけではありません。だがここで決断をするにはいささか材料不足です。だがいずれ決断を下さなければ行けません。敵か味方か。手遅れになる前に……!」
「ヴィンセント隊長。」
「ローズ隊長やリアン隊長の様に楽観的ではいられませんが、フリード隊長の部隊に預けるということであれば…賛成です。」
「フリード隊長。」
「彼の力を見極める必要があります。そのためには彼を知り、その力を図らなければならない。判断を下すのはその後。そしてもし月野流星がサタンの手先である事が決定付けられたのなら、わたしが彼を殺します。」
「……あいわかった。以上の見解を踏まえて判決を下す。」
会場が静まり返った。俺はキーファの言葉に耳を傾けた。
「月野流星。お主の処遇は見送りとする。処遇が確定するまでは近衛部隊所属としフリード隊長に生殺与奪の権利を与える。これにて裁判は閉廷。解散っ!」
傍聴席の扉が開き次々と退出していく。
隊長達も前方にある扉から出ていった。
残ったのはキーファ参謀長とフリードと俺。
「流星。良かったな。取り敢えずは殺されずに済んだ。」
「ハキミさんの所で鼻ちょうちんだして寝てた時とは大違いだな。しかし助かったよ。ありがとう。」
「お礼ならあの女の子に言うんだな。わたしもあの娘に助けられた。彼女がいなかったらわたしの審問も長引いていただろうな。」
「あぁ……結局。助けられなかったんだな。何のために死んだんだろう。俺。」
「命を助けることは勿論重要だが。それはあくまでも結果に過ぎん。大切なのは命を賭けること。あの時きっとお主は頭よりも身体が先に動いていたのだろう。誰にでも出来ることじゃない。」
そう言ったキーファさんの目は優しさで満ちていた。裁判の時とは違う。本来はこういう人なのだろう。
「……ありがとうございます。」
「ここカレドニアにはそう言った者しかおらん。崇高な魂を持った。尊重されるべき人間達だ。カレドニアは常に安寧と幸せを享受できる世界でなければいかんのだ。」
「悪魔王サタン。嫌と言うほどこの名前を聞いたと思うけどわたし達は今そのサタンと戦争をしている。このミカエル騎士団にもあまり余裕がない。拠点の確保のために常時半分の兵が前線に出づっぱりだ。」
「……そこで俺もミカエル騎士団の仲間入りって訳ね。」
「あぁ、本来は精霊の泉で戦闘や戦争に向いている天啓の者をスカウトしている。だが流星、お前の天啓は天啓の範囲を大きく越えている。鍛えて強くした隊長クラスの力と引けを取らない。ジキル隊長が恐れるのも無理はないのだ。」
「そうか。でもそんな俺の力を、いざとなったらフリードは止められるのか?」
「ふっ、愚問だな。」
「へぇ、随分と自信あるんだな。」
「いずれわかるさ。」
ローズ隊長はフリードが騎士団最強と言っていた。それに反論する者もいなかった。確かにあの力は俺も身をもって体感している。ハキミさんがいなければ、俺は死んでいたかもしれない。
天啓と言うのは不思議な力だ。傷を治せるものもいれば、破壊するものもいる。
不思議だ。何か意味があるのだろうか。
まだまだ分からないことだらけだが1つだけ分かったことがある。
それはカレドニアは安寧の地でも楽園でもない。
俺が今まで生きてきた世界と変わらない。
覚悟を決めよう。拾った命だ。
「ようこそ流星……。ミカエル騎士団へ。歓迎するぞ。」
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