精霊の泉
天国に一番近い世界、カレドニア。
カレドニアには崇高な魂を持った人間が多くいます。
流星はこの世界で何を思うのか。そしてまだ知らぬ流星の秘密とは?
「カレドニア……。なんだそりゃあ。聞いたこともねぇ。」
俺は突然の事に困惑した。分かったことと言えばここはもう俺の知っている世界ではなく、全く別の世界。死後の世界に他ならない。
「わたし、説明が下手なの。だから今は付いてきてもらえる?」
「……あぁ、わかった。」
「爆火草には気をつけて。」
俺は地面に咲いている花に注意をしながら彼女の後を付いていった。
なんだってこんな危険なものを咲かせているのだろう。
城の側方まで辿り着くとそこには堀や塀などはなかった。
敵の侵入などは考えていないような造りだ。
やがて城を正面から見える位置まで案内されると驚くべき光景が広がっていた。
正面通には市場の様なものが開かれており人でとても賑わっていた。
肉や野菜、果物を売っていたり生活に使うような雑貨や作業用と思われる農機具や刀剣の類いのものまで様々だ。
まるで生前の頃のような光景に面食らって立ち止まっていると彼女に呼び掛けられ我に返った。
「おい、いくぞ!市場なら後で連れていってやるから。」
「あ、あぁ……。」
彼女に促され市場を抜けた。
周りの人達の服装は統一感がなく。それぞれが着たいものを着ているといったような感じだった。
国籍もバラバラだ。そういえば彼女とも普通に話すことができた。恐らく日本人ではないだろう、なのになぜ?
「あれ、そういえば俺の服は。」
自分の服を改めて見てみると燃える前の状態に戻っていた。
そういえば掌の火傷や天井が落ちた時の傷も手で触って見ても一切なかった。
それに何より小さい時からの目の後遺症だった物が二重に見えていたのも、ここに来てからは無くなっていた。
視界がクリーンで爽やかだ。
「ふふっ、今気がついたのか。」
自分の背中や目を必死にさする俺を見て彼女は笑っていた。
市場を抜け城とは反対方向に進んでいく。
小高い丘の上に城がありそこから少し進むと下りの階段がある。
そこにはところせましと住居が並びさらに下るとそこには広い平野があった。
そこには牧場や農場などがありのんびりと作業をしている人がいる。
生き物は羊や牛の様な生き物が多く見かけられた。
俺たちは今まで歩いていた公道を逸れて林へと続く森の中へと足を踏み入れた。
獣道に近い道をなれた足取りで彼女はどんどん進んでいく。
俺は後ろから追いかけるので精一杯だった。
「なあ……あんた、名前は?」
「……。」
返事がない。
「あぁ、悪かった。人に名前を尋ねる時はまずは自分からだよな。」
「……。」
返事がない。先程までは普通に会話出来てた筈なのに。なにか気に障ってしまったのだろうか。
「俺は月野流星。道案内してくれてありがとう。ほんと助かるよ。」
「……名前は……フリード。」
「フリードか、良い名前だな。」
「この名前は、先生が付けてくれたの。一度死ぬ前の……下界での本当の名前は分からない。」
死んだ……?そうか。彼女……フリードも俺と同じように死んで。その後この世界に来たってことなのか。
それに下界と言っていた。これは俺が今まで生きてきた世界の事なのか?
「なあフリード、この世界って。一度死んだ人が来る世界ってことなのか?」
フリードは前を向いて歩いたまま俺の質問に答えた。
「厳密には違う。全員がこれるわけではない。選ばれた人だけが来ることの出来る天界と下界のどちらにも干渉でき、干渉される世界。」
「それがこの世界……カレドニアってことなのか?」
「もうすぐ着く。そこで気のすむまで質問するといい。お前の天啓も分かる。」
「……天啓?」
「ここでの職業はすべてハキミさんと泉の精霊が判断してくれる。」
「……着けば分かるってことね。」
全てを今理解することは不可能だと察した俺は質問を辞め素直にフリードの後ろを歩いた。
「着いたぞ。」
「うおっ!すげぇ!」
林を抜けるとそこには大きな泉があった。
水は青く澄んでおり濁りがなく、下の地面がはっきりと見える。
泉の奥には木造の小さな家が一軒あり庭では立派な白ひげを蓄えた老人が絵を書いていた。
サンタクロースのような風貌だ。
フリードは老人の元へ行くと跪き挨拶をした。
「ハキミさんお久しぶりです。」
老人は筆を停めて俺とフリードの方へ向き直り挨拶を返した。
「おはようフリード。元気じゃったか?」
ハキミさんは穏やかな表情をした物腰の柔らかな雰囲気で見るからに優しそうだった。
「はい。ハキミさん。こちらにおりますのが新しくカレドニアに来た者です。ハキミさんと泉の精霊の力をお借りしたく参りました。」
ハキミさんは俺の方に向き直ると目大きくを開けて、驚いたような表情をした。
がすぐに元の柔らかな表情に戻ると優しい声色で挨拶を交わしてくれた。
「おはよう。良く来たね。」
「よろしく……お願いします。」
「わしはハキミ。お主の名前を教えてくれるかな?」
「月野……流星です。」
「流星くん。ここにきたばかりで分からないことだらけだと思うから、まずはこの世界について説明しようか。」
そう言うとハキミさんは俺とフリードを自宅に招き入れてくれた。
「ハキミさんはここに1人で暮らしてるんですか?」
ハキミさんの家はすごく質素で余計なものがほとんどない。
絵を描くためのキャンバスや奥の部屋にはたくさんの本が並んでいる他は椅子やベッドがあるくらいで何もない。
「仕事柄余計なものごとを家に置きたくないものでな。」
ハキミさんは俺とフリードを椅子に座るように促すと俺の正面に座った。
「フリード。君からは何か流星に伝えたのかな?」
「いえ、ほとんどなにも。」
「そうか……。では1から話そうか。」
コホンと軽く咳払いをするとハキミさんは話し始めた。
「下界……。流星が今まで生きてきた世界は、元は神と呼ばれる方々が私達の魂の修練の場にするために創造した世界なんじゃ。」
……いきなりギブアップしそうだった。
元々神も仏も信じていない俺には想像も付かない世界だ。
「神々が住まわれているのは天界で今まで君が生きてきたのは下界。そしてここカレドニアはその中間に位置する。」
カレドニア……。少なくとも俺にはここは今まで生きてきた世界と何ら変わりない。
感覚もあるし腹も減る。目の前に出された透明な液体は無味無臭で水となんら遜色ない。
「この……カレドニアには全ての人がこれるわけではないって聞いたんですけどここに来るには何か条件があるってことなんですか?」
「あぁ……そうとも。通常生物が死ぬと天界へ進むか獄門に進むか裁判がなされる。」
裁判……。人がやっているようなことをこっちの世界でもやるのかと俺は少し驚いた。
「裁判というのは便宜上のそう言っているだけで実際は下界での行いや今までしてきた選択を精査して天界と獄門どちらが相応しいか天界の神々が判断を下す場所じゃな。」
「天国か地獄か……閻魔大王様じゃなくて神様が決めるってことなんですね。」
「名称が違うだけで概ね間違っとらん。ここまでは大丈夫かね?」
手を組ながらハキミさんは笑顔で俺に語りかける。
ハキミさんの声は聞き心地の良い低音で思わず眠くなってしまう。
こっちの世界でも眠気は感じるものなのか……。
「えぇ……なんとか。だけどにわかには信じられません。死後の世界がこんな風になっているなんて。」
「魂は循環している。下界での修練や獄門での懺悔を経て魂は少しずつ浄化して本来あるべき姿になるのじゃよ。」
「あるべき姿……ですか?」
「あぁ……このことを話すと本格的な授業になってしまうのう……。まだこの世界について話すことがたくさんあるからそれについてはまた今度話すとしよう。」
「わかりました。ここに来た目的はハキミさんに俺の天啓って奴を見てもらうんでした。なぁフリード。」
「zzz……zzz。」
そう言って右後方にいるフリードの方を振り向くと彼女は首をガクンガクンさせながら鼻ちょうちんを出していた。
「っておい!フリード起きろ!ハキミさんに失礼だろうっ!」
「いいんだよ流星くん。いつもの事じゃからな。」
ハキミさんは温厚な表情を崩さず笑顔のままだ。
いつもなのか……。確かにハキミさんの声はとても眠たくなるが……。
「さて……次にこのカレドニアについてなのじゃが。」
そう言うとハキミさんはスゥっと軽く息を吸い込み。ゆっくり吐いた。
「流星くん……。君はこの下界にいた頃人を傷つけたり、悲しませたりしたことはあるかな?」
……人を傷つけず、悲しませずに生きている人なんてほとんど居ないだろう。
軽く思い返してみただけでもすぐに浮かんできた。
そのほとんどは傷つけるつもりが無かったものでも後々思い返してみたりして気が付く事もある。自分が知らないだけで、相手を傷つけしまったこともきっとあるだろう。
「……あります。」
俺がそう言うとハキミさんはニコッと微笑んで見せた。
「ありがとう。では今度は逆に人を助けたり救ったことはあるかな?」
人を助ける……。真っ先に思い浮かんだのは俺が死んだ理由……。火事で死にそうだった人達を助けた事だ。
「……あります。」
「そう。人は時には誰かを傷つけたり、助けたりしながら生きている。そうして魂をぶつけ合うことで成長してくのじゃ。」
ハキミさんは柔和な表情こそ崩さないが瞳の奥には何か底知れぬ物があるように感じた。
不思議とハキミさんの話はスゥっと飲み込める。
「善と悪。両方の要素をもって生まれた魂は下界で修行をし新たな側面を見つけ、悪は獄門で削ぎ落とし、善は天界で昇華させる。そうして少しずつ魂を磨き清らかな存在となる。それがあの世とこの世全ての理であり。わしらが存在する理由なのじゃ。」
なるほどな。今まで下界には多くの宗教、宗派があったが。その答えがきっとハキミさんが今話した事なのだと思った。
まだまだ信じられないことばかりだが死後の世界は確かに存在した。
俺の表情を伺いながらゆっくりとハキミさんは話を続けた。
「そしてこのカレドニアについてじゃが……。」
ハキミさんはふぅっとため息をつくと俺の後ろでうたた寝をしているフリードに声をかける。
「これっ!フリード。そろそろ起きんか!」
そういうとハキミは机を手で何度か叩いた。
『バンッ!バンッ!』
相も変わらずフリードは深い眠りの中だ。
俺は後ろを振り向きクリードの肩を掴んで揺すろうとした。
「おい。フリード。おき…」
「待つんじゃ流星っ!」
ハキミさんが止めようとしたのも束の間。俺がフリードの肩に触れるすんでの所でフリードはパッと目を見開くと俺の手を弾き胸に向かって掌底をお見舞いしてきた。
「ぐはっ!」
俺は壁を突き破り外に飛ばされた。
ただの掌底がまるで車に引かれた様な衝撃だった。
肺に肋骨が刺さったようで俺は吐血した。
「……っかはっ!げほっ!」
「はっ!流星っ!!すまない!大丈夫かっ!?」
大丈夫な分けないだろ。何ていう力だ。
俺よりも華奢な女にここまで吹き飛ばされるなんて。
「流星っ!」
ハキミさんが急いでこちらに駆け寄ると俺の傷を診てくれた。
「これはまた……。フリードよ、お主は加減という言葉を知らんのか。」
あきれたようにハキミさんは言うと俺を抱き抱えると俺の傷口に右手を当てた。
するのハキミさんの掌から青い光が出現し俺の胸に入り込むと再度輝きをまして発光した。
「なんだ……これ……。」
「今楽になる。」
青い光は全身を包み込むくらいに大きくなると俺の胸の傷みや肺を突き破った傷が再生し元の状態に回復した。
「……はぁ……はぁ……。あれ……痛くねぇ……。」
何が起きたのか理解できなかった。
「これがわしの力……。"天啓"じゃ。」
「……天啓?」
「うむ。カレドニアに住まう民達は皆天界の神々から授かった天啓という力を有しておる。」
ハキミさんの言葉に続きフリードが口を開いた。
「わたしの天啓はさっきの力だ。」
そう言うとフリードは倒れこんでいた俺に手を差し出した。
ええんじゃ。また直せばよいからの。じゃがフリード。その悪癖はなんとかならんもんかのう。」
「すみません。自分ではどうも制御が効かず。」
「すまなかった。近づかれると反射的に手が出てしまうんだ。ハキミさんも申し訳ありません。家を半壊させてしまいました。……流星もすまない。」
「……いいよ。ハキミさんに治してもらったし……。でも、正直かなり驚いてるよ。フリードに吹き飛ばされた時も。ハキミさんに傷を治してもらった時も……。幻覚でも見ている気分だ。」
フリードの手を借り起き上がった俺は自分の胸に手を当てた。
痛みも傷跡もない…。
「天啓について話す前にこのカレドニアについて話すとするかのう。」
ハキミさんは吹き飛んだ自宅を前に動揺する素振りもなく平然と続きを話し始めた。
「カレドニアは天界からも近い。神々の恩恵を身体に取り込み反映させやすいのじゃ。」
「神のご加護ってことなんですね。」
「そうじゃ。そしてカレドニアに住まうには1つ条件がある。」
「……条件?」
「あぁ、そうじゃ。流星もその条件をクリアしてここカレドニアに来たのじゃ。」
「その条件って、なんですか?」
「その条件は、自らの命をとして他者を助けること。」
「……自分の命を犠牲にして他の誰かを助ける……。」
「そうじゃ。いわば神々からのご褒美。誰かのために命を擲った者には。その者の本来の寿命までこのカレドニアに住まう権利が与えられる。」
「つまり誰かを救うために自分の命をかけた人がこのカレドニアに集められるってことなのか。」
「そうじゃ。」
俺とハキミさんとの会話が落ち着くとフリードが口を開いた。
「カレドニアは天界に最も近い町。神のご加護を受けたカレドニアでは病になることがない。」
「それと先程の天啓が下界との大きな違いじゃな。」
「病気にならない……か。」
なるほど、他の人を命懸けで助けた分このカレドニアでは命の危険に冒されないようになっている。と言うことか。
「人を助けた分、このカレドニアでは安心して暮らせるってことなんですね。」
「つまるところそういう事じゃな。資源もこの世界には潤沢にある。下界より遥かに住みやすいのがここカレドニアじゃ。」
他者を助けたご褒美って事か……。
国と言う概念がなく資源が豊富にある分奪い合いによる争いや侵略などがないという訳か。
「良いですね。病気のリスクや争いのない世界。理想の世界です。」
俺がそう言った途端、ハキミさんとフリードの顔が少し歪んだ。2人とも嘘が付けない性分なのだろう。分かりやすく表情が曇った。
重そうな口をフリードが開いた。
「争いは……ある。」
続けてハキミさんも続けて話した。
「悲しきかな。天界に最も近いこの世界でも。争いと言うのは起こるものよ。」
「……すみませんなんか……変なこと言っちゃって。」
俺の謝罪にフリードは笑顔で応えた。
「いや、こちらこそ。すまないな。この話はまた別の機会にしよう。」
「そうじゃな……よし!では次に天啓について話すとするかの。」
ニコっとハキミさんは笑って言った。
「このカレドニアではひとりひとりの性格や性質などが大きく影響し、天啓が神により授けられる。」
ハキミさんは手から先ほどの青い光を出しながら説明をしてくれる。
「わしは下界では医者で発展途上国に行って医療活動をしていたのじゃが。そこで発生していた風土病の治療薬の研究をしている最中にわしもその病にかかってしまってな。治療薬の開発には成功したのじゃがわしが手遅れになってしまったのじゃ。」
「すごい!じゃあハキミさんは自分の命をかけて大勢の人の命を救ったんですね!」
「ハキミさんは本当に偉大な方だ。このカレドニアでは病こそ無いものの怪我に関しては下界と変わらず起こりうる。ハキミさんの天啓の力はかなり高い。他のカレドニアの住民でもここまでの天啓はそうない。」
「誉めすぎじゃ。照れるわい。」
ハキミさんは鼻を擦ると照れ臭そうに言った。
「他の人には……どんな天啓が?」
「例えば、そうだな、水中を魚のように早く動ける天啓や遠くの物音が聞こえる天啓。色をより正確に見分けることのできる天啓なんかもあるぞ!」
「なんかハキミさんのと比べるとすごい地味だな。」
「天啓については分からないことだらけじゃ。さっきは性格や記憶が影響すると言ったが詳しいことはわかっとらん。もしかすると救った人の人数や救い方などでも授かる天啓が決まると言う説もある。まあカレドニアで暮らす間のちょっとした特技くらいに思って居ればよい。」
「なるほどな。人を治す力のハキミさんはわかるけどよ。フリードのあのゴリラみてぇな力も天啓なんだな、すげぇ。」
「ゴリラだと?流星、もう一度吹き飛ばしてやろうか。」
「……すみません。ところでさ、俺の天啓ってなんだろうな?」
「それが分かるのがこの泉。精霊の泉が教えてくださる。」
「このボートに乗って泉の中心まで進んでみるのじゃ。」
「あぁ、わかった。」
俺は促されるままボートを漕いで泉の中心まで向かった。
中央までくると空気がガラっと変わりボートとそよ風の影響で静かに波紋を広げる以外にはとても静かでまるで無音のようだ。
ハキミさんやフリードからはそれほど離れていないはずだが俺の回りには静寂が支配していた。
水面から反射する俺の顔を眺めているとまるで自分自身と対話をしているような感覚になった。
「おーい!流星!手を泉の上に置くのじゃあ!」
「わかりました!!」
返事をすると俺は自分の手を泉の上に置いてみた。
これで何が分かるのかまだ何も分からないが取り敢えず試してみよう。
泉に俺の手が触れた瞬間青く澄んだ水が瞬く間に紅くなると穏やかだった泉が激しく渦巻くと水面に火がつき燃え始めた。
炎は俺の身体を優に越えると20メートル上まで火柱ができる。
「うおっ!なんだっ!」
俺は焦って手を離すも炎は俺に制御できるはずもなく渦巻きながらどんどん威力を増していく。
「まずい……。フリードっ!ハキミさん!どうすりゃいいっ!?」
俺は2人の方を見るが炎が邪魔をしてはっきりと視認できない。
ボートには火が点き少しずつ燃え始めている。
手が触れただけでこれだけの炎になった。
もし身体を泉に落としてしまったらどうなってしまうのか。
そしてこの炎はあの火事を思い起こさせた。
身体の焦げる臭いや息苦しさ、身体が燃え少しずつ死へと近づいていく痛みと恐怖。
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
全身から汗が溢れて寒気がしてきた。
視界がぼやけてクラクラと揺れている。
もう駄目だ……。
俺はボートから転落し泉に落ちた。
地獄の業火のような出で立ちのこの炎は湖全体を包み込み10メートル、いや20メートルの高さにまで達していた。
俺はゆっくりと湖へと落ちていく。
全身から力が抜けていくように少しずつ意識が無くなっていった。
――気が付くと俺はベッドの上にいた。
重たい瞼をゆっくり開くと窓からは光が差し込んでいる。
まだ明るい、それほどは時間は経っていないようだ。
身体は少し重かったがしっかり動く。
窓の外を覗くと先程の精霊の泉が見えた。
火柱が立っていたのが嘘のように穏やかだ。
他の木々に燃え移る事もなかったようで安心した。
ここはどうやらハキミさんの家の奥の部屋のようだ。
耳をすますと奥から人の話し声が聞こえてきた。
ただどうも穏やかではない。
俺は部屋の扉を開けた。入り口の扉のところでハキミさんとフリードが誰かと言い争いをしていた。
「ハキミさん、先刻の火柱。精霊の泉によるものか。」
「あぁ、そうじゃ。わしにもまだ詳しいことはわからん。」
「城からもはっきり見えた。あれは悪魔の業火そのものだ。フリード、お前もそう思うだろう。」
「……まだ分からない。それにあいつは爆花草のある白嶺山の麓で倒れていたんだ。下界から来ている。サタンの手先ではない。」
「すべてが演技で精霊の泉に偵察に来たのでは?現にお前はそいつを案内してハキミさんの所まで連れてきた。処罰は免れんぞっ!」
「ジキル隊長、落ち着いてください。あなたの言う通り彼はサタンの手先かもしれない。じゃがあの火柱だけで決めつけるのは余りにも早計すぎんか?」
悪魔の業火……サタンの手先……?訳がわからねぇ!
俺は勢い良く扉を開けると会話のなかに割って入った。
「おいおいっ!ちょっと待ってくれよっ!俺は死んでここに来たんだ!サタンの手先でもなんでもねぇよ!」
そういうとジキル隊長と呼ばれていた人物はハキミさんのフリードの間を割って入りこちらに詰めよってきた。
身長は俺と同じくらいだが恰幅がよく口元に髭を蓄えた細目の男。
40~50代くらいだろうか。いつも怒っているのか眉間にはくっきりシワが出来ている。
有無を言わさず俺の腕を掴むとそのまま足払いをされて床に倒された。
「痛っ!」
「おいジキルっ!何をするっ!」
「フリードっ!既に貴様は反逆罪の容疑が掛けられているっ!サタンの手先を精霊の泉に招き入れた罪だっ!今のお前に騎士としての権利はないっ!」
そのまま俺を手錠で拘束すると外に出ている部下に引き渡した。
「フリードっ!お前も来いっ!」
「……何を言っても無駄か。」
そう言ってため息を付くと馬車に乗せられそうになっている俺にフリードは言った。
「流星っ!お前がもしサタンの手先でないと言うならありのままのことをそのまま話せっ!」
「おい!フリードっ!俺はこれからどこに連れて」
俺が言い終わる前に馬車の扉は閉められた。
「ふんっ!フリードっ!お前は馬車に乗らなくても付いてこられるだろう。だが逃げようと思うなよっ!お前まで殺したくはないからなぁ。」
「ジキル……本気で言ってるの?」
「……ふんっ。まあいずれにせよ奴がサタンの手先なら降格は免れまい。雑兵としてなら俺の隊で使ってやってもいい。」
「なぜ流星をサタンの手先だと決めつける?」
「なぜ?決まってるだろう、あんな強い火柱サタンの手先でもない限り出せる訳がないっ!」
「でももし本当にサタンの手先でないなら……わたしたちにとって大きな力になるわね。」
そういうとフリードは微笑んだ。
安寧だと思っていたこの世界にいったい何が起こっているのだろう。
最後までご覧いただきありがとうございます。
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