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最終話となります




 インターホンを押すとすぐに聞き慣れた声で入室を許可される。ツンツンした感じは何処かへ消えていったかのような、そんな優しい声だった。


 いや、そう感じてしまうほど僕は流川さんに好意を抱いてしまっているのかもしれない。


 何にせよ、このドキドキがバレないようにしなければ。きっとこの気持ちを伝えれば男子嫌いな流川さんは困る。そうなったらせっかくの誕生日が台無しだ。


 「ナイスタイミング、入って」


 「う、うん」


 違和感なくいつもの笑顔で対応できたか、一挙手一投足を振り返る。こんなにも落ち着きが消えるなんて、恋は恐ろしい。


 案内されたのはリビング。観葉植物が置いてあるだけのシンプルな部屋を想像していたが、思ったよりもぬいぐるみが多い。これが原因で女子ですら中々家に呼ばないと言われているのかもしれない。


 壁は白一色でテーブルは木製。リビングで使われている色は全部で5色程度のスッキリした空間。


 流川さんに合うな……。


 「好きなとこに座っていいよ」


 「うん、ありがとう」


 ソファとテーブルを囲む椅子が置かれていたが、今は断然ソファの気分なのでドシッと堂々と座るわけもなく、優しく緊張感丸出しで座った。


 冷蔵庫に集中していた流川さんが気づくことはない。タイミングには恵まれるらしい。


 「今日は1人でお祝いに来てくれてありがと」


 ジュースをお盆の上に載せながら丁寧に運んでいた。


 「1人って、流川さんがみんなを拒否るから1人になったんだよ」


 「神代だけは呼んでも問題ないかなって、害ないし」


 「まあ、そう思ってくれてるのは嬉しいけど」


 そしてジュースを持って来た後、僕の左隣に座り、距離も近かった。左手を動かせば当たるのは確実と言えるほど近い。珍しいこともあるんだな。


 その場の雰囲気というものは完全にお祝いをしないといけないムードだった。圧をかけられてるわけでも、脅されてるわけでもないが、僕自身、今の空気感に耐えきれなかった。


 なので、早速だが右手に持った紙袋を動かす。


 「はい、流川さん。誕生日おめでとう」


 「ん、ありがとう」


 振り向けばジュースを口に含んだ状態の流川さんが、急かされるようにジュースを飲みながら反応へしてくれた。少しぎこちなかったが、それを見てホッコリする僕が居たのを確かに確認した。


 両手で丁寧に受け取る姿は、まさに天使。少しの作法も流石と思えてしまうのはもう病気だ。


 「これ、開けてもいい?」


 「うん、いいよ」


 リボン結びされた開け口を簡単にスルッと引き抜いて開ける。


 「これ……」


 「流川さん、可愛のが好きでしょ?でも正直可愛いものはいつでも取れるし、限定のものとか見つけられなかったんだ。だからその他で流川さんが欲しそうなものって考えたら、文化祭の日のマフラーを思い出したんだ。だから少し厚めのマフラーをプレゼントしようかなって」


 これ、難なく説明出来ているように見えるが、実は違う。マフラーを買ってプレゼントしようと意気込んだ時、僕は調べて気付いた。マフラーはカップルで贈り合う人が多いということに。だから正直今の僕は焦っている。流川さんは、好きでもない人からマフラーを貰って嬉しいのか、気になって気になって次何を発するか口元に意識を割いていた。


 「へぇ、良いじゃん。ありがとう神代!」


 「えっ、う、うん。喜んでもらえて僕も良かったよ」


 あぁー!良かったぁ!


 笑顔で、それも満面の笑みで喜びを顕にしてくれる流川さんは僕の気持ちを何もかもを解してくれた。きっとこんな姿を毎日見れたら、僕は幸せ者だ。


 いや、この一瞬でさえ見れたなら幸せ者だな。


 「巻いてみようかな」


 「良いね」


 早速マフラーを取り出し、クルクルっと慣れた手付きで巻いていく。巻いてと頼まれて後ろから巻いてあげたあの日が思い出されて、ポッと頬が熱を持つ。


 なんで流川さんの誕生日に僕が照れないといけないんだ。


 「はい、どう?」


 嬉しそうに首元に手を起き、四方八方を僕に見せる。


 「めちゃくちゃ似合ってるよ」


 「んふっ、ありがと!」


 あぁー!んふっ、とか聞いたことないって。耳が豊かに癒やされていくのを感じる。この場に死ぬまで留まりたい。


 どんどんエスカレートする僕の気持ち。自分でも分かるほど、抑制が効かなくなっている。何もかもを知りたいという欲が初めてここで顕になる。聞いてはいけないと思っていたけど、もしかしたら今なら聞けるかもしれない。


 「ねぇ、流川さん」


 「ん?」


 「流川さんってなんで男子が嫌いなの?」


 「ああーそれ?――昔、私はおとなしくてね、そんな性格で男子と話すためには何したら良いかなって考えてたら、話し方とか分からなくなって、そしたら男子に悪口言われるようになったから、そこからずっと男子は統一して嫌いになったんだよ。もちろん逆に言い返してボコボコにしたからイジメとかに発展しなかったけどね」


 「……え?」


 思ったよりもあっさり教えてくれたことに、僕は戸惑った。こんなすぐ終わって、何も抱える様子のない理由なんだと信じられなかった。


 てっきり思い悩むほどの過去を抱えているのだと思っていたので、正直驚いた。それに、返り討ちにしたとまで言うんだから、昔から流川さんは流川さんらしい。


 この勇気はなんの為に?


 「流川さんって……昔から流川さんなんだね……」


 「ん?それはそうでしょ」


 本人は分かってない。でもそこがいい。ツンってしたところがある時も無い時もどっちも楽しめるが、ツンがある方がどちらかといえばお得だ。


 ギャップって意外と強めのパンチを胸に向けて放つからね。


 「そっか、男子に色々言われたから嫌いになったのか……」


 口に出していることに僕は気づいてない。でも流川さんが反応しないので気づくことはない。ここで覚悟を決めたことも流川さんは知らない。


 「ねぇ、流川さん」


 「何ー?」


 マフラーを触っては嬉しそうに口角をグッと上げるのを繰り返す不思議ちゃん。こんな一面を見れるのは僕だけが良い、そう思うのは今日が初めてかな?いや、何度もあったな。


 もうストッパーは存在しない。


 「流川さんにとって、僕って男子をピラミッドで表すとどのくらい上にいる?」


 「上を最大としたら、うん、1番上だね」


 「そっか……」


 嬉しかった。だって他の男子より流川さんにとって存在が上だったんだがら。それだけで十分、微笑む理由にはなる。


 「じゃあ、僕が――流川さんのこと女の子として好きだって伝えたら嫌がる?」


 この時の僕は照れも恥じらいも何も感じなかった。あるのは顔の暖かさを感じる感覚だけ。ホワホワとする顔に手を当てると手が冷たかった。それほど赤くて熱い。


 そんな僕の想定外の質問に、流川さんは想定外とは思っていない態度で返してくる。


 「……伝えてみたら?」


 左横を見ると僕の目を見て、微かに赤に染めた顔を向けて動揺を隠している流川さんが居た。きっとこういったことが起こりうると可能性を感じてたのだろう。そうでないとこの落ち着きは流川さんからは考えられない。


 もしくは、流川さんも同じ気持ちを持って僕だけを呼んだのかもしれない。


 様々な考えが頭を縦横無尽に交じる中、僕は冷静になる前に口を開いた。今の僕に後悔はない。


 「僕は……夏休みから薄々気付いてたけど、知らないふりと気付かないふりをしてた。だけど、ここに来る途中で、何故か気付かないふりをしてはダメだって思って……だから……だから」


 最後の言葉が詰まる。嗚呼、僕はついに言うのかと思えばグッと詰まった言葉が出にくくなる。


 でも、そんな僕を助けてくれるのは、いつだって君だった。


 僕の手をそっと握り、ゆっくりでいいと分からせてくれる。顔を見るとニコッと、今までで1番柔らかくて可愛くて惹かれる笑顔に、僕は落ち着きを取り戻した。


 「こういうとこも含めて、僕は――流川さんのことが好きです」


 やっと出た「好き」という言葉。人生で1度は詰まる言葉の1つだろう。1人で解決出来なかったのはまだまだだが、きっとこの先、この詰まりを後悔することはないはずだ。


 伝え終えてもまだ、流川さんは手を握ったまま。しかも、強めに握ってきた。その意味を僕ながら、自然と理解した。それも絶対に合ってる自信がある。


 「だから、僕と付き合ってくれませんか?」


 夢でしか、僕の中の妄想でしか言ったことのない言葉を今、本心から口にした。それは勇気が必要で、覚悟も同じぐらい必要で、人生の分岐点を作る言葉。


 しっかりと込められた想いにどう答えるか、流川さんはいつだって予想を超えてきた。


 僕が問いかけた後すぐ、僕の体を僕よりも小さい体で思いっきり抱きしめる。何が起きたか、それは簡単に分かった。


 「嬉しい。マフラーも嬉しいけど、それよりも何倍も、神代からその言葉が聞けたことが嬉しい!」


 「えっ、ちょっ、流川さん?!」


 ギュッと強めに抱きしめられる。抵抗はしないけど、恥ずかしさとパニックが相まって頭の上でヒヨコが無数に回りそうだった。


 「答えは――お願いします!だよ!」


 より強く、肋骨がさよならするほど強く引き付けられる。


 こんなことをする人だなんて、僕は知らない。好きな人からの告白だから見せる一面なんだから、当然なのは当然だな。


 僕の流川蘭という本はまだまだ書き終わりそうにない。


 こうして結ばれることになった僕と流川さん。きっと出会った日から今まで、心の距離は何mも縮まっていた。でも気付かなかったのは、思ったよりも流川さんが僕を気に入ってくれていたことを知らなかったから。


 そりゃそうか。他人の気持ちに触れることなんて出来ないし、隠し通したいことだってある。


 結局、流川さんの不思議な点は解明出来なかった。それでも、それが流川さんと言うのなら僕は一生不思議なままの流川さんでいいと思う。だってそれが僕の好きな流川蘭なんだから。




 ――「おはよう、蘭」


 「うん、おはよう、閃」


 「それじゃ、行こうか」


 「その前に」


 ギュッ


 「誰かに見られるよ?」


 「その時はクラスのみんなに私たちの関係をバラせばいいよ」


 「いいの?」


 「うん。閃が彼氏なら私も自慢出来るし」


 「そっか――なら、バレたらそうしようか」


 ギュッ


 どうやら、天使の残り1%は――僕への好意だったようだ。

ここまでお付き合いいただいた方、本当にありがとうございました!

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