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CAR LOVE LETTER 「Sea gull Mother」

作者: YAS

車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。

貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?

そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。

<Theme:MAZDA DEMIO(DY3W)>


「んじゃまたなー。」

「お、また母ちゃん迎えに来てんじゃん。お坊ちゃんだね〜。」

「うるせー!そんなんじゃねーよ。」


バンド仲間とそんなやりとりしながら、俺は母さんのデミオのリヤドアを開け、少し乱暴にギターを投げ込んだ。


「今日バンドどうだった?上手く弾けた?」

「いいから。もう行ってよ。」

俺は母さんと目も合わせずに、ぶすりとそう言った。


俺は高校で軽音楽部に所属している。同じ学年のドラムとベースの奴らとバンドも組んでる。一年生ではかなりいい感じのロックバンドなんだ。


でも今は母さんのデミオに乗って、予備校へのクルージングだ。最低だね。


俺は勉強なんてやりたくない。ずっとギターを弾いていたい。将来はコイツで食って行きたい。真剣にそう思っているんだが、親父がそれを許してくれない。


俺は一人っ子で、小さい時から親父に期待をかけられてきた。


今通ってる高校は市内でも有名な進学校で、中学2年の時から、親父にここに行けと決められてたんだ。


みんなが遊んでる休みの日も塾の講習。俺は勉強が苦しくて苦しくてたまらなかった。


だが母さんが、俺が入学出来たらば、ずっと欲しがってたギターを買ってくれると言った。

俺はそれを目標に、一生懸命頑張って、何とかここに滑り込んだんだ。


入学して、念願だったギターを手に入れてからは、バンドに明け暮れる日々だった。

もちろん成績は伸びない。親父は怒って、俺を予備校に通わせる事にしやがった。


予備校の授業に間に合わせるためには、部活なんてやってる時間はなかった。

俺は強く親父に抗議したのだが、学生の本分は勉強だ、それを趣味の為に怠るのは本末転倒、とまったく聞き入れてくれなかった。


俺、部活続けられないや、と失意のメールをベースとドラムに打っていると、母さんが部屋にやってきた。


母さんが学校まで迎えに来れば、部活を続けられるんじゃないか?という提案だった。

親が学校に迎えに来るなんて恥ずかしくてたまらないが、俺は、とにかくバンドを続けたかった。俺はバンドのために恥をかくことにした。


以来母さんが学校まで迎えに来る様になったのだが、俺についたあだ名は「坊ちゃん」だ。何とも不名誉だ。


予備校の授業が終わり、遅い晩飯を食う。母さんがバンドの話や最近のテレビの話なんかしてくるが、俺は話半分。

食事の後は、宿題と予備校の課題を片付けて、さぁ、ギターが弾けるぜ。


親父がうるさいから、アンプの音は小さく絞って。

この時だけが俺を忌まわしい現実から解放してくれるんだ。


次の日も、また次の日も、俺は母さんのデミオで予備校に通う。

エンブレムがカモメみたいよねと母さんは言う。

オレンジ色のカモメは今日も、学校の門の脇に停まっている。


俺は母さんのカモメに乗らなきゃならない。


俺の自由を奪うこの車が、俺はホントに大嫌いだった。


学祭が近付くに連れ、練習が思うように進んでない事に焦りを感じた。

俺は予備校通いで練習出来なかった事を心底悔やんだ。

ギリギリの仕上がりで、俺達は学祭を迎える事になってしまった。


学祭のライブは生涯初のライブだ。

ムチャクチャ緊張している。それは俺だけではないようで、ベースのやつなんか、さっきから何回トイレに行ってる事か。


心の準備が出来ぬまま、俺達の順番がまわって来る。緊張は最高に達した!


一曲目の、ギターで始まるかっこいいイントロ、いきなり俺は入りのコードを間違えた。

メンバーみんなが顔を見合わせる。そして大爆笑。

観客席の同級生達は、ポカンとした表情。


でもこれで一気に緊張が吹き飛んだ。

仕切り直してもう一度!練習の時以上にメンバーの息がピッタリと合う。最高のステージだ。俺は何もかも忘れ、夢中で弦を弾きまくった。


学祭は終わったが、俺達はまだ興奮冷めやまぬ状態。クラスの女子も誘って、カラオケに行く事になった。


だが、校門にはいつもの通り、オレンジの母さんのデミオが居る。

そうだ。これが現実なんだ。でも、今日の俺は現実に戻るつもりはこれっぽっちもなかった。


俺は母さんに気付かれない様に、友達の陰に隠れてデミオの横を通り過ぎた。

そしてそのまま、朝までみんなと騒ぎまくったんだ。


家への足取りが重い。土曜の朝だし、親父も必ず家にいるだろう。

携帯には、母さんや家からの着信が10分おきに夜中の3時半まで残っていた。


もうこのまま消えてしまいたかった。でもどうしたらいいか分からず、悶々と考えながら歩いていると、気付けばもう家のすぐそばだった。


玄関に上がると、母さんがリビングから出て来る。


「あんた、今までどこに行ってたの・・・!」


すぐに親父も出てきて、俺は思いきりぶん殴られる。


メチャクチャ怒鳴られ、殴られ、そしてギターを取り上げられ、俺は全てが終わった様な気がした。


勉強が大切なのはわかってる。でも今しかない友達との時間も大切にしたい。

俺はこの家に生まれた事を、これほどまでに呪った事はなかった。


俺はその日、部屋から一歩も出なかった。

飯も食わず、涙を流しながら、ベッドでゴロゴロし、好きなアルバムを何度も何度も聴いていたんだ。


その夜遅く、母さんが部屋にやってきた。オニギリと味噌汁と、左肩には俺のギターを携えて。それを俺に、はいとよこし、少しお話しようか、と優しく言ってきた。


とにかく腹ペコだった俺は、夢中でオニギリと味噌汁を掻き込んだ。

そんな俺を眺めて母さんは、心配したんだよ、と口を開いた。


「お母さんね、若いころ映画の字幕を書く仕事がしたかったの。」


突然そんな事を話し始めた。初めて聞く母さんの学生時代の話。


映画が好きで、字幕を書く仕事に強く憧れて、留学して英語を勉強したかったらしいが、爺ちゃんの強い反対にあって、全く自分の好きな事をさせてもらえなかったと言う。


そんな経験から、俺にはそういう思いをさせたくなかったって。

とは言え、一家の主である親父の意見は強いし、親父も俺の事を思って言っている。

ならば、勉強と好きな事を両立出来る様にすればいいと。


俺は間違ってたんだ。

母さんのデミオは、俺から自由な時間を奪っていたのではない。俺の自由な時間を守ってくれていたんだ。


俺はホントに情けない声を上げて、母さんの前で枕につっぷして大泣きしたんだ。

恥ずかしかったけれど、俺は泣かずにはいられなかったんだ。


次の日も、母さんのデミオは校門のそばで待っている。


「お、また母ちゃん迎えに来てんじゃん。お坊ちゃんだね〜。」

「そーだよ。俺は坊っちゃんさ。うらやましいか?」


俺は母さんのデミオのリヤドアを開け、ギターをひょいと投げ込んだ。


「今日も上手く弾けた?」

「ああ、そのうち聴かせてあげるよ。」


母さんのデミオに乗って、予備校までのクルージング。


ま、悪くないかな。



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― 新着の感想 ―
[一言] 昔は何になりたかったかな。 今はよく思い出せない。友達とギターでハモって売り出すことも考えたっけ。4曲ほど作った。 息子もダンサーになりたい、医者になりたい、下の子まで、考古学者になりたい、…
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