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8.『否定』の魔女サンサーラ ③

 今日は雨が降っていた。私は嫌いじゃないが、マーシレスは傘を持ち運ぶのが面倒ということで、雨の日は嫌いらしい。


「2割ってところね」


 今日のマーシレス確率は2割。雨だとしてもかなり少なめに見積もっている。理由は先日見た魔女の処刑での彼女の様子だ。

 あれは少し休養が必要だろう。彼女はあの魔女を人並みに追悼しようと思ってあの場所へ向かった。しかし遂にその願いは果たされず、茫然自失のうちに処刑は終わりを迎えてしまった。


 かなりのショックを受けたのか、すっかり元気を無くした彼女を、屋敷の前まで送った時のことは暫く忘れられない気がする。


 私は使用人に嘘を交えながら事情を説明し、頭を下げて帰ってきた。から元気で別れの挨拶をしてくれたマーシレスの胸中を考えると、後悔したくなる。

 何度も言うようだが、無理にでも彼女の気まぐれを引き止めるべきだった。これは私の責任だ。


 とはいえ、そんな私の気分だけで定休日にしてしまうのもあれなので、仕方なく店を開く為に外へ出る。


「なーごー」

「……」


 猫がいた。黒猫だ。

 店の(ひさし)で雨宿りをしている。


「なむまあぁぉぉ」

「……」

「うな゛ん゛むむ゛ま゛ぉ゛ぉ゛ぉ」


 えっ、なにこの子。

 外国語? 人の言葉喋ってない?


「えっ……と……」

「になぁむむ゛なぉぉ」

「と、とりあえず……入ります?」

「なぉ」


 畏れ多くもネコ語を喋るその御仁を招き入れてみると、小さく鳴き、尻尾をぴんと立てながら優雅に喫茶店の中へと入って行く。

 私は店の看板をOpen表示に切り替えておきながら、多分今日は一人もお客が来ない日だと割り切って、その猫の様子を見ておくことにした。


 こんな雨の中放っておく訳にもいかない。それに何だか不思議な気配を感じる猫だ。もしかして意思あってこの喫茶店に訪れたかもしれない……と思うのは、考え過ぎだろうか。


 黒猫に続いて店に戻り、店の裏から毛布を取り出して、隅に敷いといてあげる。人の世話に慣れてる猫なのか、すぐにそいつは毛布の上でゴロゴロし始めた。


 ◆


 退屈を紛らす為に、本は幾らか役に立つ。特に私は架空の物語が好きだ。嫌なことがあると空想に逃げたくなる時もあるが、今日もその気分らしい。低気圧のせいではないだろう。


 窓際の雨垂を横目にカウンターで読み耽っていると、黒猫は銀色の目を開きながら私の足元に擦り寄ってきた。

 気が付けば時刻も昼。読み通り客は来ないが、出かける気にもならない空模様だ。しかし、何もしなくても空腹は訪れる。朝食がパン一枚だったのにも起因しているだろうが、今日は少しがっつりと食べたい気分だった。


「1匹分追加しても、手間は変わらないわね」

「うなんまむ」

「……アンタは何喋ってんのよ。それは同意? それとも注文かしら。猫の恩返しとか、期待しても良いわけ?」


 リンドヴェルの家で窯を見てから、火を使う料理も普段から作っていきたいと思った私は、ついこの間魔道具を購入した。

 竃型の簡易加熱調理機だ。以前まではコーヒー用の湯を沸かす時もわざわざ薪やら炭やらと火を使う旧型の竈を愛用していたのだが、これは良い買い物をしたと思っている。


 最近の魔法技術は進んでいる。何でも、かつては秘伝だった魔法の一部を公開するような魔法使いが増えてきたらしい。

 同時に魔道具師や商業組合(ギルド)が協力してそれを流通させ、今や簡素な生活魔法は人々の暮らしに浸透し始めている。


 中でも画期的なのが、異端審問官ヨルシカが発明した「属性石」というものだ。

 敵の道具を使うのは嫌だというフレデリカ先生のような古い考えに毒されていたが、いざ使ってみると元の生活には戻れなくなりそうだった。


 火の属性石を調理器の所定の位置にセットし、引き金のようなものを引くだけで、あとは竈と同じように機能してくれるのだ。


 まずは鍋に水と貝類を入れて煮立たせる。貝の口が開いたら火を止めて、蓋をしてから予熱で暫く待つ。

 東国の「ダシ」というものの製法らしい。これは友人の魔女に教えてもらった。

 特定の食材の旨味を水に出すことで良い味が出る。貝類だけでなく海藻類や動物の骨などからも作れるので、コンソメ作りほど手間がかからずにお手軽だ。


 そして、次に用意するのも東国の穀物。(ライス)だ。淡白な味の中に甘みを感じられるため、私は結構気に入っていた。


 普通は多めの水で蒸して食べるのだが、今回はダシを使ってみようと思っている。初めて米と出会った時から、この作り方をしてみたかった。


「(他の店とかで出てるのは見たことないけど、これは絶対に美味しいヤツよ……私の料理人としての勘がそう言ってる)」


 (ムッシェル)を鍋から取り出し、そこに洗った米を入れて再度加熱を始める。海の美味しさの匂いが漂う。

 心なしか黒猫も落ち着きが無くなっているように見えた。


「待ち遠しい? うんうん、私もよ。上手くいくかしらね?」


 途中、干した鳥ささみを小さくほぐして同じ鍋に入れてみた。ダシの良いところは、このままであれば猫も食べられることだ。

 暫くしたらまた火を止めて、予熱で蒸し上げる。


「……これで貴女のぶんは出来上がり。私はここに魚醤で和えた貝の身を入れて、(ラウホ)生姜(イングゥァ)で味を整えたら……よし完成」


 名前はどうしようか。今まで見たことも作ったこともない料理だし……パエリア? とも何か違うわね。


「ま、いいわ。食べながら考えましょう」


 美味しそうにがつがつと食べる黒猫に触発され、私も料理が冷めてしまう前に食べることにした。スプーンで掬って、もくもくと口を動かす。


「(柔らかい。少し水気が多かった……? だけどダシの味が強くて美味しい。風邪引いてたり、お腹壊してる時には抜群に効きそうね)」


 人間用のランチメニューにするには、もう少し味を強くしても良いかもしれない。私はこういうの大好きだけど。


 空腹も相まってか、温かい米の優しさたっぷりな味わいに、気付けば皿は空になってしまっていた。


「……料理名決め忘れてた。うーん……ピラフ? いや、あれは炒めてるし……」

「『ポリッジ』に似てると思うんじゃが」

「え? 何それ、私知らな――」


 息が止まる。

 反射的に魔法で鋏を具現化させ、逆手に持って構えると、躊躇なく真後ろへ振りかぶった。


 その()は猫のような身のこなしでふわりと飛び退き、私の一撃を躱す。


「危なっかしいのぅ。何じゃ、ヒステリーか?」

「……! 貴女……この前の……!」


 唐突に現れた女の顔には見覚えがあった。

 私より少し高めの背丈と、リンドヴェル以上に濁りきった銀色の瞳。私とお揃いの黒髪は、私とは違ってざんばら頭のように整えられていない。


 今のようなエキゾチックなドレスを纏った姿は見たことが無いが、見間違えるはずもない。


「『否定』の魔女……!」

「サンサーラ・コンバロという。宜しく」


 彼女は私の店のテーブルに、不躾ながら優美かつ妖艶に座ると、湿っぽい笑顔で自己紹介をした。雨模様にはぴったりな、嫌味ったらしい微笑だった。


「……首刎ねられてたわよね?」

「今も刎ねられそうで怖いんじゃがの。ま、それは簡単な事よ。儂の魔法が()()()()()()なんじゃ」


 サンサーラは老人のような語り草で、されど大事な部分はぼかしながら、私の質問に半分だけ答える。

 鋏を持つ手がより固くなった。それを見て、観念したのかサンサーラはぽつぽつと真意を口に出し始める。


「儂は興味を持っただけじゃ。のう? 物見遊山に魔女の処刑を見に来た酔狂な魔女よ」

「気付いてたのね」

「鼻が良くてな。お主から漂う金属の臭気は誤魔化せん。隣に居たのは誰じゃ? 貴族のような服装をしておったが……全く、他の貴族と同じで屑のような奴じゃ。阿保面で、儂を見世物のように眺めておった」

「……何も知らないくせして、あの子を悪く言うのは止めて」

「ああ、何も知らんかったよ? じゃがお主の今の態度で分かった。何と気色の悪い。女の身にして女色家とは。孫の顔も見れぬ家族も泣いておろうに――」

「黙れッ!!」


 鋏を構え、その()()の首に切り取り線を刻み込む。汚い猫にはおあつらえ向きの首輪だ。


「ふぅ……ッ! もう一度……首を飛ばされたいのね……!」

「あっははは! 好きにせい。儂の魔法は『輪廻』を冠する。もう一度生まれ変わったら、今度はこの場所を異端審問官にゲロってしまうかもなぁ?」


 悪意しかない口ぶりで、サンサーラはまた笑った。

 本当に何をされようと構わないとでも言いたげな態度と、処刑されたというのに実際に蘇っているという実績が、怒りに任せて鋏を振るうことを躊躇わせた。


「んん? どうした、やらんのか? 命が惜しくなったか? あっははははは! 愉快じゃ愉快じゃ! お主のように愛を知った気で居る莫迦(ばか)には丁度いい目覚ましじゃろうて! その調子じゃよ。儂はお主の全てを()()しに来た。『否定』の魔女じゃからなぁ?」

「何言ってんのよ……! 私は、アンタ程度の奴に否定はされない!」

「無言の世界に生き方を否定されただけで『愛している』の一言も言えんでいる若造が、儂に否定されんじゃと? 何の冗談じゃ?」


 彼女から発されるどんな言葉も、怒りで麻痺した私に重苦しい痛みを強いる。しかし、私はそれに気づく事ができなかった。

 色々な感情が点滅し、私の中に消えていき、やがて深くで突き刺さっていたからだ。そこは深すぎた。じわじわと、嬲るように私が否定されていく。


 それは最も厄介な劇毒だ。本人にすら蝕まれているとは気付かせない。美しい毒花の花束を見繕うかのような言葉選びだった。


「っ……」

「フフ……いぢめ過ぎたかのぅ? すまんかったのぅ? 儂はこれだけが生きがいなんじゃ……」


 右手をヒラヒラと動かしながら、私に背を向けて店の出口に歩んで行く彼女に、私はどうしてやる事も出来なかった。


「しかしお主のことは気に入った。看板猫として、また来てやろう。今度はもう少し虐めてやろうか」

「2度と来るな、このクズめ……! 泣き言喚きながらもう一度処刑されろッ!」

「あっはははははは!」


 扉を少しだけ開けると彼女はみるみる猫の姿に変貌し、隙間からするりと立ち去った。甲高い笑い声を響かせて。


 これが私と、史上最低の訪問者サンサーラとの出会いだ。ここから私の歯車は、大きく狂っていくことになる。

 そうとは知らず、私は煮えくりかえりそうな腑を抑えながら、冷め切った怒りで当たり散らす場所を探していた。

幸福が壊れる時分の影には、いつも貴女を否定する人がいる。私が私を肯定するために、ブックマークや評価、感想などぜひお待ちしてますm(_ _)m

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