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4.『形代』の魔女リンドヴェル ②

 私が掃除を済ませている間にも、彼女は作業をしていた。声をかけても気が付かないほど集中し、次の人形のデザインについて考えを張り巡らせてはスケッチする。その繰り返し。


 リンドヴェルの呼吸音だけが、彼女が確かに生きていることの証明になるほどの没頭は、何度見ても壮観だ。見惚れてしまうと言っても良い。


 その狂気にも似た作業の中でも、ぶっちぎりで狂っているのは彼女の人形製法である。


 普通、街の人形師たちは型を取ってそこに粘土などの材料を流し込んで固めたり、材料を彫刻してから色付けするという工程を経る。

 どちらにせよ基本理念として「大枠」を作り、外面を飾り付けるというものがあるのだ。


 しかし彼女は人形を「骨格」から作り始める。

 巨大な動物や魔物、果ては人間の骨から200近い骨組(パーツ)を切り出して、人の形に並べるところを起点とするのだ。


 そして彼女は自身の魔法で、全ての骨を内側から縫い付けて接合する。


 私が持つのは「刻印」と「切断」の力。対する彼女はその真逆……「補綴(ほてつ)」の魔法を扱う。


 補綴の魔法の実態とは、リンドヴェルの爪の内側から生成される()にあるらしい。彼女曰く、自らの意思で好き勝手に操れる糸を紡ぎ出す、とのこと。

 この屋敷の自動扉も、人間には見えないほど極細の糸を作り出して操っているそうだ。


 このように、原理だけは説明してもらったが、それほど長く伸ばした糸が何故絡まったりしないのかは理解できなかった。


 指先の僅かな操作だけで糸を操り、作業の片手間に自動扉を実現させているのだとしたら……おそらく彼女の指の精密さはどんな道具よりも優れているだろう。


「……何度見ても便利そうね」


 今もこうやって、掃除をする私の目の前を道具が浮遊し、彼女の手元に収まっていく。私の独り言など聞こえないように、彼女はあるケースを手繰り寄せて、手も触れずに中身を探り始めた。


 それは先程言った200以上の骨の部品が仕舞ってある木製の棚のようなケースで、彼女は中身から必要な「部品」を取り出す。


「【形代蜘蛛(ピグマリオン)】」


 本当に糸なんか出しているのかと疑いたくなる様子で、あっという間にそれを人型に並べると、普段の彼女からは考えられないほどの速度で指を動かし、裁縫をするようにパーツを繋ぎ合わせていった。


「……ふぅ」


 数時間経って初めて、彼女の額に一雫の汗が伝う。よかった。彼女も普通に汗を流せるくらいには人間のようだ。

 そんな私の視線を感じたのか、ようやく彼女は私の方に目線を送ってくるや、その細い人差し指を向けてきた。


「ウィスパーくん、失礼なこと考えてない〜?」

「いいえ? それにしても凄いわね。そのパーツ、本当に糸で繋がってるの?」

「そうだよ〜。でも1本の糸で繋げようとすると強度も落ちるからね〜……骨の中で交錯させるみたいに糸を通してるんだ〜」

「……本当、人間離れしてるわね」

「職人と言ってくれたまえ」


 骨格を作った後は肉付け……なんて甘いことを、職人リンドヴェルは許さない。

 彼女は次に「筋肉」と「腱」を作るのだ。今度は接合の為の糸とは違う、伸縮性に優れた糸を生成し、()り合わせて太めの糸を作り出す。さらにそれを編み込んでは、骨格の正確な位置に結びつけていく。


 ……解剖学なんてこの国ではまだ発展途上だというのに、彼女はこの上なく精確無比な感性と技術で、人の内側を再現しているのだ。

 実際、作り上げた人形の可動する様子は本物の人間のようで、それが大貴族や物好きによくウケた結果、彼女の人形は超高額で取引されている。


 しかし筋肉造形は数日がかりの作業だ。彼女も私の掃除が殆ど終わっているのを見て、休憩を決意したらしい。


「いつの間にか、だいぶ綺麗になってたね〜」

「貴女が気付かない間に、何度そこの金を持ち逃げしようと思ったか」

「あはは、ウィスパーくんはそういうことはしないでしょ〜? それにもし持ち逃げしても、今度は新しい人に掃除を頼むよ〜」

「……途方もなく危なっかしい人ね」


 多分、リンドヴェルは本気で言っている。

 金への頓着は醜いと言う人も居るだろう。しかしその(げん)は、自分が恵まれているが故に出てくるものだ。


 彼女はそんな()に関する美醜とは無関係に、金への執着心がない。皆無だ。


 恵まれている者はこれを美徳と捉えるだろうか。

 だとしたら間違っている。それはリンドヴェル・ストナスという人物を知らない。


 彼女は金に執着が無いのではなく、「どうでもいい」だけである。埒外の誰かに向ける以上の感情を、自分の(もちもの)に抱いてない。


 例え自分が餓死するほど困窮しても、彼女は金への執着を一片も見せずにあるがままを受け入れるに違いない。


 自分の環境がどうなろうと、今と同じように、材料から人形を作り続けるだけだろう。金への無頓着は、自分への無頓着へとそのまま繋がる。


 ――その代わりに、と言うべきか……人形作りへの「妄執」とも呼べる想いは狂気の域に達している。いかに人々と同じように見えたとしても、彼女は立派に魔女なのだ。


 どこかが(いか)れていなきゃ魔女じゃない。

 裏を返せば、(いか)れていることだけが魔女になる条件である。


「休憩休憩……君の料理が楽しみだなあ。偶には生の食材以外も食べなきゃね〜。不健康のせいで人形が作れなくなるのは困るしぃ?」

「貴女はとっくに不健康でしょ」

「まっ、()()()()()()だから……そこまで保たせれば良いってだけだよ〜」

「それもそっか……って、いやいやいや。貴女見てると文化的な感覚が麻痺するわ」

「君の恋も文化なの?」

「……(それ)は単なる……私の"変えられない生き方(なおらないびょうき)"」

「きゃはは。なら私たちは、似た者同士だよ〜」

「……そうみたいね。ほら、昼食の準備するわよ」


 ◆


 幸い、埃まみれだったキッチンも掃除をし終えている。私は使う食材を並べ、手入れされていない道具を取り出しては小さくため息をついた。


「いつからだっけ〜? 君と出会ったのは」

「去年ね……貴女を殺そうとしたんだから、それは蒸し返さないでよ」

「あの頃の君は怖かったなあ」


 ボウルに小麦粉と水、オリーブ油に塩を入れ、手で混ぜ合わせていく。その作業の合間、私は退屈そうなリンドヴェルの話し相手になり、彼女との出会いを思い出していた。


 私がこの場所を見つけたのは偶然だ。その人気のなさから誰も居ないと思い込んでいた時、あの自動扉に迎え入れられたのに心底驚かされたことを覚えている。

 家主に姿を見られたのではと焦った私が屋敷に入り、飾られた人形に手を触れた瞬間、何も出来ないまま宙ぶらりんに吊し上げられたのだ。


 糸の存在など知るはずもない私にはどうする事も出来なかった。何を切ればいいのかも分からず、そもそも切る対象を見つけられてすらいなかった。


 だから私は、この屋敷そのものに切取線を刻印した。そして確かに、家を切り落とした……はずだったのだが、彼女は切断と同時に家を縫合してしまったのだ。あれほどの早技を見た試しがない。驚愕した。


「馬鹿言うなって……君がこの家を真っ二つにした時は、私が焦ったんだよ〜。今はカーペットやら壁紙やらで隠してはいるが、天井まではどうにもならなかったしなぁ」


 そう言ってリンドヴェルが上を指差す。言われた通りキッチンの天井には、目を凝らせば分かるような細い傷が残っている。


「断面が恐ろしく綺麗だったから、無理やり繋いでも目立ってないけどね〜?」

「むぅ……悪かったわよ。まさか魔女が住んでいるなんて思わなかったんだもの」

「私も魔女が訪問して来るなんて、予想できなかったよ〜」

「それが何の因果か、今やランチを作ってあげていると……」


 生地を作って少し寝かせている間に、私は野菜のカットを始めた。トマト、馬鈴薯(カルトフェル)、ベーコン、そしてリンドヴェルが生で齧っていたと思われる玉ねぎの残りも見つけたので傷んだ部分だけを切り捨て、全ての材料を適当な大きさに刻む。

 この家の包丁はボロボロなので、私の場合は魔法を使う方が勝手がいい。気を付けないとキッチンごと切ってしまいそうになるのが玉に瑕だが。


 そして寝かせておいた生地を、手と綿棒を使い、平らな皿のように少しだけ縁を盛り上げて伸ばしていった。

 伸ばした生地の上に先程の野菜と少量のスパイスを加えて、左半分にチーズを乗せる。あとはこの使っていないくせに無駄に大きな窯で焼き上げれば完成だ。

 燃料となる薪の量を確認し、マッチ棒で火をつける。

 十分に熱されたら、これまた何故あるのか分からないパーラーに生地を移して、窯の奥に入れた。この火力であれば40秒ほどで生地を回転させられるだろう。


「私の店では道具がないから出来ないのに、何で料理もしない貴女の家には色々あるのよ?」

「客の伝手(つて)でね〜……チップ代わりに色々押し付けられるのさ。ほら、向こうにある最新のミシンとか、謎の工具とか……」

「それもすぐに散らかす原因ね。処分しなさいよ」

「ゴミ捨てがめんどくさい」


 私が来る前はどんな生活をしていたのか、想像したくもない。この魔女、家を使い捨ての品物だと思ってるんじゃないだろうか。


「ああ、そうだ。人形作りに関係する物以外なら持ってって良いよ〜?」

「私もミシンとか使わないし……このパーラーは窯を導入したら欲しいかもだけど、それだったら新品を買いたいわ」

「ママ〜。じゃあ捨てといて〜」

「私はママじゃない」


 無駄話をしているうちに、いい感じに焼き終えたようだ。加熱する料理は準備費がかかるので、こういう整った環境でしか作れないので新鮮だ。

 この家の訪問は、意外と私のフラストレーション解消にもなっているのかもしれない。


「お待たせ。レフトピアス流『フラムクーヘン』よ」

「待ってるだけで出てくるランチの贅沢さたるや、って感じだね〜。苦しゅうない」


 私は大きめの皿に料理を盛り付ける。飲み物も用意して、食事の準備は万端だ。


「うーん、感謝感謝」

「何よ今更」

「君が来るようになってから驚くほど体調が良いからね〜。これで人形作りに益々力を入れられて、非常に助かってる」

「毎日ふかし芋とか、生野菜とか、味付けもせず焼いただけの肉とか食べてればそうなるでしょ。魔女にとっても健康は1番なの」

「これからもよろしくね〜」

「それは自分でやりなさい」


 と言ったのは良いものの、彼女は人形を作ること以外に関して壊滅的だ。

 一度料理をやらせてみたが、火を使ってないのに食材が発火するなどの怪現象が頻発したのを思い出し――


「……今の無しで。やっぱ私の居ない所で何かやっちゃダメよ」

「はぁい」


 ――と、お説教を訂正することにした。

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