28.幸福な恋 ②
「終わったぞ。見とったんじゃろう? いい加減姿を見せい」
儂はローブを深く被り、夜闇に姿を隠しながら、何処にいるとも分からない姿に声を掛けた。辺りは誰の気配も感じぬほど静か。
こうしてわざわざ人気のない山道を選んで歩いているのじゃから、さっさと出てきて欲しい。儂をウィスパー・マーキュリーに焚き付けたあの黒幕め。
「息災かい」
「ああ。今日はそろそろ空から降ってくると思ったんじゃがの」
「木々の隙間からこんばんは」
「……結局お主は何がしたかったんじゃ?」
フレデリカ。舞い遊ぶ星の女。
此奴は儂の処刑が終わってからすぐ、儂にあの小娘の元へ出向き、否定の言葉を与え続けて欲しいと言ってきた。最後まで何が目的なのかは分からぬが、それはいつものことじゃ。
しかしこうやって最後に本当のところを聞くのは罪ではあるまいて。儂とて真意も知らぬ頼みをずっと引き受けていた身じゃ。その権利くらいはある。
「ウィスパーを追い詰めたかったのか? 殺したかったのか? ……真意は違うんじゃろ? 彼奴が儂と同じで、お主に魔女にしてもらった身だと聞いた時、少なくとも何か裏の目的を感じ取った」
「ま、その通りだよ。隠してて悪いね」
ともすると、ますます分からぬ。此奴は儂の性格を知っておるはず。自分でも気付いておるが、儂は歪んでいるのじゃ。
人が傷付くところがおかしくて堪らない。人を否定することに生きがいを感じる。こんなに楽しいこと、辞められるわけがない。
そんな奴をウィスパーに仕向けた理由は何じゃ?
結果として、これからあの小娘は捕まって処刑される。これが望んだ結果だというのなら構わない。誰が捕まって処刑されようと、儂には関係のないことじゃ。
フレデリカはそんな無関心に近い儂の歩幅に合わせながら、やがてぽそりぽそりと真意を口にし始めた。
「……君も知っての通り、ウィスパーくんは手遅れだった」
「そうじゃろうな。一度でも人を殺せば幸せにはなれぬ。色々な魔女を見てきたが、このルールだけは共通じゃった」
「だから君に、彼女の恋心を救ってもらおうと思ったんだ。一般人と恋に落ち、裏切られ、一度処刑された君ならば、彼女を救うことができると思ってね」
「もうそんなヘマはせんわ。それに、儂は変わった。期待せず、愛さず、今度こそ全てを否定して生きると決めたんじゃ。……そんな儂が、あの小娘を救うじゃと? 到底出来ていたと思えんなぁ。傷付け、虐め、すり減らせた」
フレデリカは何の皮肉を言っているんじゃ。
儂に救えるものはない。儂の「否定」に曝された者の顔を知っておるくせに、馬鹿な事を言うでない。
人は誰しも、人に否定されることを嫌う。
自分でその土を踏み躙るのは構わぬが、他者が土足で踏み荒らすことはどうしてか嫌う。自虐の冗談は笑い草で、それでもその内容を指摘されるのは生理的に受け付けぬ。
それが人。人じゃ。
故に儂は誰の生理的にも受け付けられぬ魔女。
同じ魔女たちにすらそうなのじゃから、兎角言わずとも嫌われ者じゃろう。下克上も考えられぬほど最低まで落ちぶれ、何ならこの深みの泥を啜ることが癖になっておる。
「君は優しい魔女だ。しっかり役割を果たしてくれた。彼女の恋は、君のおかげで死なずに済んだ」
「優しい魔女? 儂が? 何を見て言っておるのじゃ?」
「否定された者の反応は2つだ。自己嫌悪に陥って破滅するか、自分を見つめ直して強くなるか。君に否定された人たちは、少なくとも全員が後者だったのを私は知っているよ」
「……それこそ偶然じゃよ」
「そうかなぁ? 君はいつも人の願いを否定するけど、それを願った理由だけは否定していない。その人が自分の正しさを信じることができれば、君が付けた傷はその願いの肥料になる。私は君にそれを期待したんだよ」
儂はそんな事を考えもしていない。立ち直られることを求めてもいない。
「君は人を歪めているんじゃない。歪んで成長しないよう、形を整えさせているんだ」
「はん。それは買いかぶりというヤツじゃよ」
「でも君が居なければ、ウィスパーくんは間違いなくマーシレスくんを殺していたよ。絶望的な角度で歪み、やがては抑えられず、愛する者を刻んでいただろうね」
あの小娘は思い止まった。コーヒーに睡眠薬を入れ、眠らせてはおったが。
考えてみれば以前までの店の制服とはだいぶ違う男物を身に付けておったし……何か心情の変化でも起こったのか?
しかしもう、奴のことはどうでもいいのじゃ。
何かから解き放たれたような奴の感情は、もはや儂の否定など歯牙にもかけぬ。つまらぬ玩具に成り下がった。
フレデリカの真意は儂の予想以上に予想外ではあったが、儂はその選択に効果があったとは到底信じられぬ。
何処まで行っても、嫌われ者は嫌われ者なんじゃよ。
……正直に言えば、彼奴に儂と同じ想いをして欲しくなかったというところも、無いわけではない。
儂は愛した者に裏切られる感覚を知っていた。時に人は、魔女よりも醜く恐ろしくなれる。
もし彼奴が愛を伝え、万が一にも受け入れられてしまえばどうじゃ? 彼奴はきっと、目の前の者しか信じられなくなってしまう。
しかし、春の天気よりも移ろいやすいのが人の感情というもの。そこに理屈はない。想い人に唐突に裏切られれば、それこそあの小娘は全てを恨んだまま死んでしまう。輪廻も出来ずに、その恋心ごと無間地獄へと放り込まれる。
儂は最初から、魔女の身で恋をするのは諦めろと言っていたのじゃ。それがあの小娘は、自分が何かを悟ったかのように振る舞い、「恋」などという狂気に身を染めた。
あれではもう使い物にならん。人の数少ない親切心を無駄にしおって。それを見越して儂をけしかけたフレデリカもじゃ。
「お主のことは嫌いではなかったんじゃがのう。今回で少し嫌いになったわ」
「私は君のこと、全く嫌いじゃないんだけどね。何やかんやで人を殺していない、とどのつまり平和的な魔女だから」
「なーんか釈然としない呼び方じゃ」
「はは、そうやって自分のことまで否定しないの。君は自分が思っているよりも優しい人。それでいいでしょう?」
「お天道様が西から昇ることなんかより信じられんわい」
何度も言うようじゃが、儂は嫌われ者じゃ。
性格は歪み、悪趣味を趣味とし、理非なぞ知らず、ただひたすらに誰かを傷付けながら生きていくことが快感なだけの、御伽噺で言うところの悪役にあたる者。
誰しもが儂を煙たがるし、それで正しい。
例え儂が何かを救っていたとして、それは儂の目的とするところではない。あまり見透かした気にはなるな。
それは其奴が勝手に自分で救われただけじゃて、儂は知らん。
フレデリカは暫く儂と会話をしつつ山道を歩いておると、再びふらりと姿を消してしもうた。おおかた教え子の終幕にでも付き添う気なのじゃろう。
儂はもうあの面白くない玩具には興味がない。
「……これだから『恋』なぞ、クソ喰らえじゃ」
烏に化け、また新たな「否定」を探しに行く。
王都からは離れよう。これ以上、此処に儂の興味を惹くものは存在しない。
◇
数日前、捕らえたリンドヴェル・ストナスからの最後の嘆願を受けた。彼女の願いは「一体だけ人形を作らせて欲しい」とのこと。
醜いことに、その財政的な影響を踏まえた上層部は、最後のリンドヴェル人形と称してそれを貴族の間へと流し、高額の収賄を目論んでいるらしい。
この決定に彼女を捕らえたカルダンは不満そうだったが、私は純粋に彼女の最後の願いを聞き入れたいと思い、後押しさせてもらった。
しかし流通だけには断固として反対の姿勢を構えた。リンドヴェル・ストナスの嘆願としては、最後の人形は彼女の家のとある部屋に置いて欲しいということだったからだ。
そんな私の強硬な姿勢に、上層部は渋々了解を出した。自分でも、どうしてこのような、従事を否定するような真似をしてしまったのかは分からないが、いずれにせよこの感情は、リンドヴェル・ストナスの最後の願いを聞き入れることを優先した。
そして今、私は初めて彼女とまともに対面している。
牢獄の中では何の拘束具も必要としないほど大人しく、私があの嘆願を受理した事を話したら大層驚いたような表情を見せた。
「そうなんだ。ヨルシカ……さん? 貴女が口聞きしてくれたんだね〜」
「ああ。普通、拷問前には望む食事が与えられるんだが……貴様はその代わりに人形を選んだらしいな」
「そうだよ〜。私の人生の最重要事項。まさか、通るとは思わなかったけどさぁ」
「……ところで、カルダンから報告を受けたんだが……ウィスパー・マーキュリーの話は本当か?」
ウィスパー……あの小喫茶の店主だ。マーシレス嬢から名前を聞いたが、未だに彼女が魔女だということに衝撃を受けている。
普通に会話し、普通に接していた者が魔女だったという経験は初めてだったのだ。
「ま、そりゃ報告するよね〜。貴女、知り合いだったの?」
「レフトピアスには何度か足を運んでいた。しかし最近、臨時休業続きでな。足取りは掴めていなかったのだが……そうか。彼女が魔女か」
驚きはしたが同時に腑に落ちたところもある。
初めて出会ったときの、あの不思議な雰囲気は並ではなかった。彼女の言葉は思い返してみれば魔女の理に直に触れるもの。私の何と間の抜けていたことか。
「私の大切な人なの。捕まえないで」
「それは出来ない」
「だよね」
「……あの店は監視中だ。戻ってくる事はないだろうが、一応な」
「万が一戻ってきたら、貴女が捕まえに行くの?」
「ああ。その手筈になっている」
リンドヴェルは私の答えに対して少しだけ考えるような素振りを見せると、やがて小さな格子窓の外を眺め始めた。
「出たいか?」
「いいえ。最後の人形を作れるのなら、悔いは無い」
……彼女もおかしな魔女だ。
魅力的、と表現するのは間違いなのだろうが、私が持っていないものを持っていて、それを大切にしているという印象を受ける。
人形師リンドヴェル……ただその生涯を人形を作り続けることに捧げた根っからの職人と聞いていたが、こうやって対面してみるとその姿の何と儚いことか。
「……何故貴様は魔女になった。こうやって自分どころか友を失うことになり、それでも後悔は無いと言うのか?」
「私は家族が恋しかっただけなの。私の気持ちは、完璧な貴女には分からないよ〜」
分からない。
知れば知るほど魔女というものが分からなくなる。そんな自分が許せないと思うことも無くなってきた。
恋しい。
恋とは何だろう。
魔女たちの話を聞く限り、彼女たちの動機はひどくシンプルで、根本を辿ればそれは人が持つべき感情に根ざしているように思える。
家族が欲しい。好きな人に告白したい。至極当然の感情だということは理解できる。
――私は最近、魔女たちの正体は、何かが欠落して生まれてしまった人間だという結論に至った。しかし「被害者」にしては、魔女たちは蠱惑的で、恐れ知らずで、我々には無いものを持っている。
その正体が、もしかすると、恋なのだろうか?
「……どんな人形を作る気でいるんだ?」
「命ある母親の人形。私が人形を作り始めた時から、これを最後のテーマにするって決めていた」
「命を……そんな事が出来るのか?」
「さあ? 無理じゃないかな〜。結局、人形に命を宿す方法は見つけられなかったし」
「貴様の本当の母親はどうしている」
「まだ何処かの貧民街で生きているよ。ただ、私のママには愛だけが無かった。手が届かないから人形を作ろうと思った」
「……そうか」
「ヨルシカさん! 大変です! ウィスパー・マーキュリーが……戻って来ました! 店が開いてます!」
その一報は突如として飛び込んで来た。
私は思わず立ち上がる。しかしリンドヴェルは彼女が自分の店に帰ってくることが全く予想外ではなかったようで、驚く様子も見せなかった。
「他に誰か入店した者は?」
「フュルステンベルク嬢が1人だけ……強行突入しますか?」
「少しだけ待ってあげて欲しい」
リンドヴェルが口を開いた。
「今行けば、誰も救われないよ」
「……」
魔女の言葉だ。信用性はない。
第一、ウィスパー・マーキュリーがマーシレス嬢を殺害する可能性だってあるはずだ。戻って来たということは、おそらく彼女は既にまともな状態ではない。そんな状況下で2人きりにさせることには、危険性しか感じなかった。
しかしリンドヴェルの言葉はどこか確信めいていた。
何より彼女の方が、ウィスパー・マーキュリーのことをよく知っている。
リンドヴェルを魔女として扱うか、1人の人間として扱うかの判断を強いられたところで、私が選択したのは――
「……少し待とう。マーシレス嬢が出てくるか、閉店時刻になったら私が突入する」
「しかし……!」
「誰かに問われたら私の判断だと言え! 全ての責任は私が取る!」
マーシレス嬢に恋をしているであろうウィスパーは、きっと彼女を傷付けない。それに今私が魔女を捕らえに行ってしまえば、マーシレス嬢はウィスパーの正体を知り、深く傷付くだろう。
初めて許した魔女への信頼。
私も、理論上の話ではあるが何となく魔女を理解してきた部分がある。未だ分からない部分は多いが……それでも、ウィスパー・マーキュリーはきっと何か、やり残したことをやり遂げるために帰ってきたのだ。漠然とそう感じる。
そしてそれを邪魔する事は……この上ない冒涜だ。
私の知り得ない場所で、私の知らない奇跡が起こり続けて、彼女は戻って来た。
彼女にはその限りない奇跡の後に訪れる終幕を、選択するだけの資格がある。
彼女は自己の運命を欲することを許されなくてはならない。
それが、探し求める者である私自身の決断だった。
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次回で本編は最終回です。




