25.異端審問官『銀弾』のカルダン・グリル ④
種明かしを待つ時は、くれぐれも慎重で、それでいてわくわくするようなものだと思っていた。
しかし不思議とそういう気は起こらない。何故この計画が失敗し、どういうトリックが裏にあったかなど、今はどうでも良かった。
ただ、ウィスパーくんへの「伝え忘れ」に心を割くばかりだ。あれは言えただろうか。これは伝わっただろうか。無念よりもそちらの方が際立って仕様がない。
それでもやはり聞いておくべきだろう。どうして私は敗北したのか。このカルダン・グリルという奴が何を画策し、何を思い、どうやって私を嵌めたのか。
「――ベイジャフロル・オレアンドという個人は存在しないんだよ。簡単な事だ。これは私の道具……そして君たちはすっかりこれを信じた」
私の脚には魔法妨害の細剣が突き立てられ、いよいよ魔法が行使できない。そして聞いたのが、余りにも突拍子もない真実。まったく、どんな顔をすれば良いのだろう。
ベイジャフロルくんとの付き合いは、実のところウィスパーくんよりも長い。相容れない性格だとは感じていたが、聞いてみると彼女の半生は壮絶だった。
「ヨルシカさんは魔女の作り方を突き止めた。そして、その研究を基に私は考えたの。魔女の軍事利用をね。それで人格を破壊した後、そいつを魔女に仕立て上げると、一体何が起こるのかを知りたかった」
曰く、ベイジャフロルくんは意図的に作られた存在だったようだ。一般人の精神を蹂躙し、強制的に魔女に仕立て上げられた、カルダン・グリル製生体兵器の試作品……納得はいかない。
なぜなら彼女は「魔女」らしかった。欲望に傾倒し、娯楽と名の付くものを全て愉しむ。そんな人。
未だに裏切られたという気すらしていない。
「ベイジャフロル・オレアンドもとい、試作捌号。実験の唯一の生存例だね」
私が解剖医なのに対して、このカルダン・グリルという人物はどうやら根っからの研究者のようだ。特に兵器の研究に身を投じる、純然たる科学者。
科学と魔法は交わらないという話を聞いたことはあるが、彼女にとってはその垣根すら灰塵に等しいらしい。水と油を融合させる研究……とでも言うべきだろうか。
最初、その探究心は愛国の気持ち故の何かだと勘違いしていたが、彼女が「科学」を突き詰める理由は違った。
「ふふっ……私がリンドヴェル人形の作り手を魔女として捕まえたら、ヨルシカさんはどんな顔するんだろうなぁ? 焦ってくれるかなー? 怒るかなー?」
「……その為だけに私を捕まえるのかい?」
「うん、そうだよ? ヨルシカさんという『完成された理屈』を少しでも掻き乱したい。研究者にとって完璧というのは最低で下劣なものだよ。それ以上突き詰める必要性が無いって言われてるみたいで、反吐が出る」
つまりはヨルシカの足を引っ張りたいとのことだ。私よりもよっぽど魔女らしい。こんな奴でも異端審問が出来るのなら、私にもその役割は務まるんじゃないだろうか。
「捌号もその為に作ったの。だけどこれは失敗作でもあってね。魔法が一切使えないから、容れ物としてしか機能しなかった。これが持ってる『独白』と『記憶』、そして『身体強化』の魔力は、本来は私のもの。それを一時的に捌号に渡していたんだよ」
「……そして君に関する記憶を消去して、人の世界に解き放っていた。魔女を釣るための擬似餌として」
「おおっ、頭の回転は早いね! 二重丸あげちゃいます」
彼女が身体強化魔法を使えない理由や、ベイジャフロルくんが3つという非常に多い魔力を持っていたことにも合点がいきはじめた。
胸糞悪い話もあったものだ。つまりベイジャフロルくんには、最初から何の感情も備わっていなかった訳か。或いは人格を破壊された後、人為的な感情群を叩き込まれた人間らしきもののスワンプマン。
いずれにせよ、私が信じてしまったベイジャフロル・オレアンドという人物は最初から存在していなかった。
動かないベイジャフロルくんの方に目を向けてみる。その瞳に輝きはなく、本当に死んでいるかのように機能を停止していた。
……色々と揶揄ったりはしたが、君にも辛いことがあったんだろうな。なりたくもない魔女に祭り上げられ、偽物の意識を刷り込まれ、道具として生きてきたのか。ある意味では私たち魔女よりも救われない。
「任務完了という『合言葉』を聞かせればいつでも機能を停止させる傀儡。もちろん私に関する記憶も持ち合わせていないから、当人は裏切られているという実感すら湧かない……そんな完璧な餌に、貴女は偶然引っ掛かったの」
「君はクズだね〜。吐きそうだ」
そんな言葉に、彼女は嬉しそうに笑う。一般人と神経回路が真逆に作られているのだろうか。おかしいな、私としては貶したつもりだったのに。
しかしまあ、この口ぶりだとウィスパーくんのことも筒抜けなのだろう。まったく私はいつからこんな風になってしまったんだ。前までは人形作りの「外」にはまるで興味がなかったのに、今となっては彼女の安否を心配している。
「んふふふっ……結構面白かったよ。捌号がこっちに情報を流し続けてもまるで気付かない貴女たちの姿は。まあ、仕方ないよね。捌号の私に関する記憶は全部自分で消すように命じてあるんだから。気付かないのも無理はない」
「……私はこれからどうなるのかなぁ?」
「もちろん勾留して処刑だよねぇ。貴女に余罪が無ければ苦しまずに断頭台行きだったんだけど〜……ここの私兵を殺したのは貴女でしょ?」
「それも君の算段かい? だからあの兵士たちを強引に退かせなかった……ってのは考えすぎ?」
「どうでしょうねぇ」
ああ、何となく分かってきた。この感じは絶対に最初から企んでいたよ。率先して誘った他人の不幸で大爆笑出来るタイプだ。
気に入ったものを壊さずにはいられない。気に食わないものにとことん愛情を注ぐ。そしてそれが気に入り始めた瞬間に、また壊そうとする。
魔女にも見られる完全な破綻者だ。末恐ろしい狂気の花園に酔っ払っている。まさか異端審問官にもこんな奴が居たなんて驚きだ。
「ふふ……さてと。勝ち誇った余韻に耽っていたいところだけど、連行させてもらうね。ヨルシカさんの反応が楽しみ」
「……」
私は負けた。完膚なきまでに。
悔いは……無いと言えば嘘になるけど、ウィスパーくんに私の願いを託すこともできた。私に出来るのは、あの子が自分の願いを叶えてくれることをただ祈ることだけだ。
◆ ◆ ◆
目を開くと、そこは街道沿いの林の中。おぼろげな記憶が少しずつ蘇り、リンドヴェルの最後の言葉が頭に浮かんだ瞬間、空に手を伸ばしながら体を起こす。
記憶と同時に痛みも蘇ったようで、落下して打ちつけたときの激痛が私の全身を叩いた。
――ウィスパー・マーキュリーは生きた。生き残ってしまった。
「いま……何時頃……?」
「お昼だよ。遅い目覚めだね」
真横から聞こえる声に思わず飛び退き、反射的に構える。こんなに近くから声を感じたというのに、まるで気配を感じなかった。
瞬時にその声の主が「普通」の存在でないことに気付く。しかし私の身体はそれだけの咄嗟の動きに耐えられるほど健康ではなかった。痛みに呻きながら膝をつく。
霞む視界の中でようやく突き止めたその声の主は、ごく幼い少女だった。髪や瞳は嘘のように美しく荘厳な金色で、時代を変えれば神様にだって勘違いされそうな容貌だ。
到底ここまで外出して来るような服装ではない真っ白なワンピースを一枚だけ身に付け、足下は裸足だった。
「ぐ……ぅッ……」
「無理しないの。何箇所か骨にヒビが入ってる」
「貴女、一体」
「私は『告命』の魔女レテ。無意識への水先案内人」
「私をどうする気?」
「まるで私が誘拐犯みたいな物言いね。だけど、さっきも言ったように私は案内人。来て……貴女に会いたいっていう魔女が居るの」
「……気分じゃ、ないわ」
「『眼窩』の魔女イデアよ。リンドヴェル・ストナスの師」
「っ……!?」
この世で最も「会えない」とされている魔女イデア様。その名前は魔女の中ではひどく有名だというのに、実際に彼女と出会ったことがある人物は一握りしか居ない。
リンドヴェルの言葉を借りるならば、「全てを知っている魔女」だという。
私は考えた。
イデア様の協力を得られれば、まだリンドヴェルを救えるのではないか? あの方はフレデリカ先生の同級生だ。先生と同様、途方もない力を持っているに違いない。
それに、リンドヴェルはイデア様が直々に魔女に仕立て上げた数少ない例。教え子の危機を訴えれば、その余地はあるかもしれない。
「……分かった。それで、イデア様は近くに……?」
「イデアはずっと傍にいる」
レテと名乗る魔女は先程と同じように、全く動きの気配を感じさせないまま、気が付けば私の目の前に移動していた。そして私の胸元を軽く手で触れると……私は後ろへ押し倒される。
「……えっ?」
「行ってらっしゃい」
私の背後は何も無い地面だったはず。
それなのに、私が着地したのは、まるで虚無の中ような白一色の景色が広がる理解不能な空間だった。
見えないが床のようなものはあるらしく、手でも触れられる。ふと正面を見返してみると、私が居たはずの林は既に見えず、代わりに同じような真っ白な光景が視界いっぱいに広がっているだけ。あのレテという魔女も消えていた。
「……何なの、ここ……?」
ボロボロの身体を気力で起こし、私はその奇妙な空間を見回した。フレデリカ先生の同級生がやることだ。私の常識の範疇なんて簡単に超えてくることは分かっていたが、それでも疑問符が頭の中を飛び回る。
そもそもどうしてイデア様が私に会おうとしているのだろう。ただの気まぐれ……にしてはタイミングが奇妙すぎる。リンドヴェルが連れ去られた直後にその師匠から接触があるなんて、絶対に目的があるに決まっている。
ふと、白い空間にぽつりと扉が建っているのが目に入った。何の特徴も、人間じみた営みもないようなこの場所で、明らかな異物だ。
あれを目指せということだろうか。とはいえ、目印になりそうなものもあれしかない。ふらふらと導かれるように、私はその扉へと向かった。
おもしろいと思ったらブックマークや、ページ下部の☆☆☆☆☆マークをタップして作品評価をお願いします。




