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24.異端審問官『銀弾』のカルダン・グリル ③

 リンドヴェルは再度ベイジャフロルのサポートを開始した。ここからは現場に立つ彼女の仕事だ。人形を回収し、ハルトマン家の口封じを行う。


「っし! ようやく暴れられる……のか? もうあらかた終わってね?」


 物陰から出てしばらくは周囲を見渡してみても、どこもかしこも生き地獄のような光景が広がっていた。同士討ちが同士討ちを呼び、警備は瓦解しているようだ。

 結局、やることは予定通り後片付けだけになるのかと肩を落とし、邸宅の正面入り口を目指す。


「はぁ……不完全燃焼だぜ。準備運動も出来ねぇなんてな」


 刹那、ベイジャフロルの野性的な直感が何かに反応した。それはリンドヴェルの糸を介しても気付くことの出来ない些細な空気の流れ。

 彼女は到底人間が瞬間的に出来ないようなアクロバットを見せると、その回避の直後、ベイジャフロルが元居た位置が横一文字に斬り伏せられる。


 彼女は空中で体勢を整えて背後に振り返りながら着地。その一撃を繰り出した人物を目視した。


「……普通反応できる?」

「こっちのセリフだぜ。よく一瞬でも私の背中を取れたな」


 リンドヴェルという高感度センサーが付いていながらも、その気配を限界まで絶って掻い潜った敵の正体は、おかっぱ頭の子供のような人物だった。

 軽薄そうな声をしてはいるが、ベイジャフロルの中の危険信号はその小さな姿に対して最大限の警鐘を鳴らしている。


「魔力も隠してたし、足音も消してた。邪魔な糸も避けながらここまで近付いたってのに……まさか最後に素の反射神経で躱すなんてね。野生の魔物か何かかな?」

「おうよ。こちとら山生まれ山育ちの運送業者だ」

「出前は頼んでないんだけどなぁ」

「着払いだぜ。お代は命だ。簡単だろ?」

テメーが死ね(返品だよ)

「じゃあキャンセル料払いやがれ」


 ベイジャフロルは飛び出した。踏み込みの脚は一瞬大地を砕き、生み出される走力は「本来の力」を存分に発揮する。

 鮮やかな剣技を見事にスカしつつ剣の間合いの内側に入り込み、何の工夫もない殴打が炸裂した。


 カルダンはそれを左腕で受けるも、骨の軋む音が全身に響く。何の工夫も無しに生身で受けられる代物ではないと理解した瞬間、彼女の身体は吹っ飛ばされていた。

 正確には自ら後ろに跳んで衝撃を最大限吸収したのだ。


 それでも襲いかかる腕の痺れを堪えながら、カルダンは空中で身を整えて剣を地面に突き立てて減速する。しかし再び剣を構えるよりも早く、目の前にはベイジャフロルが迫っていた。


「(吹っ飛ぶ私よりも速く走ってる……パワー系だなあ……!)」


 この距離感を保たれては、剣による間合いの利を十分に発揮できない。カルダンは初撃を躱しながら、不安定な態勢から突きを繰り出した。ベイジャフロルの頬を掠めて小さい傷を付ける。


「ブッ潰れろ!!」


 ベイジャフロルが無防備なカルダンに止めを刺さんと強烈に踏み込み、回し蹴りの構えに移る。

 しかしここで彼女は自身の体に起こった異変に気付く。


「(……! 魔法が――)」


 身体強化の魔力が途切れていた。侵入時から常に解放していたというのに、あろうことかこの瞬間に発動していない。再起動を試みても、細剣によって付けられた頬の傷から焼けるような痛みが広がるだけだ。


「やべッ……」

「ふっ!」


 そんな目に見えた硬直の隙を逃すほどカルダンは甘くない。即座に剣を構え直し、ベイジャフロルの胴体を切り裂くように薙ぎ払う。

 あわや回避不能……のように思われたその一撃は、間一髪のところでリンドヴェルのサポートが間に合った。ベイジャフロルの全身は強く背後に引き寄せられ、切先一寸で細剣を回避する。


「ふぃ〜っ、危ねぇ。助かったぜ」

「……糸か。味方の補助にも使えるんだ。こいつは厄介」


 距離が離れた今、ベイジャフロルは再び剣の間合いを掻い潜らなくてはならない。睨み合いの中、もう一度身体強化魔法をかけてみると、今度は起動できた。それでもなかなか魔法の制御が安定しない。


「……その細剣、魔法を妨害するんだな」

「御名答。傷が浅くて助かったね。ま、浅くても10回くらい当たれば身体強化魔法は使えなくなるかな」

「へぇ、良いんだ。自分の手札をバラしちまって」

「警戒せざるを得ないでしょ?」


 確かにその通りだ。これで迂闊に剣の間合いに入りづらくなった。暴力的な手の内が露呈したいま、接近を警戒したカルダンの剣を掻い潜るとなると、簡単にはいかなさそうだ。


 何より問題なのが、長期戦が出来ないことだった。戦闘が始まってから、リンドヴェルの運動サポートがあまり機能していない。

 ベイジャフロルの全力があまりの速度を叩き出すため、余計な手出しはかえって彼女の動きを阻害してしまうせいだった。


「(つーかコイツ、私よりも断然ノロいくせして私の動きについて来られるのがおかしいんだよ……思考を加速させる魔法かぁ? 一体いくつ魔力を持ってやがる?)」


 ヨルシカの魔力は12万種を超える。

 そもそもあれと比較するのはおかしい話とはいえ、魔女が持てる魔力は1〜3つ程度が限界。これを超えるとなると、いま対峙しているカルダンは相当高位の魔法使いだということが窺える。


「でも、剣に注意を向けるだけじゃ私には勝てないよ。【大地槍(ラントシュペア)】!」


 足元に魔法陣が展開する。ベイジャフロルが咄嗟に身を引いて回避すると、その地面が棘のように突き出した。


「土の魔力もあんのかよ……ッ!」


 これでは足を止めることも危険になってしまった。燃費の悪い身体強化魔法にこのハンデは大きい。より短期決戦が求められる。


 その槍を切り結びながら、今度はカルダンが突進してきた。ベイジャフロルが力押しなのに対して、小さい彼女は小回りの効く技巧派だ。

 流麗な剣技は一分の隙も与えず、動き方を大幅に封じられ擦り傷すら許されないベイジャフロルは回避の連続で徐々に消耗していく。


 それでも何とか剣の射程逃れた直後、カルダンは不思議な動きを見せた。痺れの収まった左手をベイジャフロルに向ける。魔法を行使する様子も見せなければ、魔法陣なども展開していない。

 しかしそこから不穏な雰囲気を感じた彼女は、頭と首を咄嗟に腕でガードした。


 「パンッ」という乾いた音。非常に間の抜けた音とは裏腹に、ベイジャフロルの右肩には剣で斬られた時とは比較にならないほどの激痛が走る。


「が……ッ……!?」


 銃だった。もちろんそんな兵装を持ち運んでいた素振りは誰も目にしていない。左手から鉄の弾丸が飛び出したのだ。


 銃火器は最先端の技術である。この国には未だ単発式しか存在せず、そのどれもが腕に抱えるような大型のもの。

 それを小型化し、自分の腕を改造することで身体に仕込んでいるなど誰が予想できただろうか。


 ましてや弾頭のコーティングなど考えられていない代物である。弾丸がベイジャフロルと接触した瞬間、それは小さく破裂し、深く肩を抉りながらも、弾丸は体内に留まり続ける。


 体感したことのない痛みに足運びが弛む。リンドヴェルも糸越しの未経験の衝撃に、ベイジャフロルの身体に何が起こったのか理解できずにいる。


 この瞬間を狙っていたカルダンは再び素早く彼女へ接近し、細剣を胸元に向けて突き出した。糸のサポートも間に合わない。


 カルダンとベイジャフロル、2人の目が合った。

 ベイジャフロルは痛みを噛み殺すように口を閉じ――静かに笑っていた。彼女の瞳の光は、まだ燃え上がっていた。


 細剣から肉を貫く感触が伝わる。

 ベイジャフロルは使い物にならなくなった腕を強引に持ち上げ、右手を犠牲にして刃を受けていた。


 今度は自らがそれを望んでいたかのように怯む様子も見せず、深々と貫いた剣の(つば)を、万力のような力を込めてその右手で握り込む。


「(離れな――)」

「テメェをブン殴るのに……最初(ハナ)から魔法だ何だとやかましい……」


 ベイジャフロルは残った左腕を振り上げる。

 身体強化魔法は細剣の魔法妨害により封じられた。しかしカルダンの剣はピクリとも動かせない。


 失念していた。

 元よりベイジャフロルは、ただの「脳筋」なのだ。


 素の身体能力だけで人を殴り殺せるような強靭な肉体。土魔法もこの体が触れ合ってしまうような距離感では自殺行為だ。

 ベイジャフロルは見抜いていた。

 ――こいつは身体強化魔法を使えない。多種多様な魔法を掻い潜ればこの餓鬼は生身だ、と。


「ッ……」


 危険を感じたカルダンは武器の利を捨てた。

 魔道具の細剣を手放し、距離を取ることを選択したらしい。


「良いんだな、それで?」


 そしてそれは見事に裏目に出た。


 カルダンの手足が極細の糸で雁字搦めに縛られる。リンドヴェルはベイジャフロルの補助を途中で()()()()()。結局、速度についていけなかったのだ。


「な……!?」


 だから待った。カルダンが致命的な隙を見せるのを。

 そして今がその瞬間だった。


「へっ……流石だぜ。やって欲しいことを全部分かってやがる」


 もがいてもその糸は更に絡み付くばかりで、解ける気配を見せない。カルダンは空中に磔にされるように固定された。

 奪った細剣を抜き捨てたベイジャフロルが左腕を振り回しながら迫る。


「まいど。キャンセル料、確かに貰ってくぜ」


 彼女はカルダンの目の前で、大きく腕を振りかぶる。


 ――これが、リンドヴェルの最後の誤算だった。


 カルダンは「何でもやる」……そしてそれは正当性に基づかない。文字通り、手段を選ばず何でもやる。


()()()()


 敵を見上げているはずの彼女の瞳孔には、魔法陣が刻み込まれていた。その瞳と同じく、灰色の魔法陣。

 その魔法陣を覗いた瞬間、ベイジャフロルは全身の血管が沸騰するように脈打つ感覚を覚えた。


「う……ッ……!?」


 彼女は膝を着く。痛みにも似つかない、身体の何かが書き換えられていくような底知れない感覚。

 ――ベイジャフロルはそのまま動かなくなった。


 心臓は鼓動している。しかし、身体だけが動かない。糸で状況を判別しているリンドヴェルも、何かの異常を感じ取った。


「……思ったより時間を食っちゃった。貴女の魔法、とても良いねぇリンドヴェル。久しぶりに楽しかったよ」


 ヨルシカは相手の魔法を瞬時に逆算し、無効化し、コピーしてしまうが、カルダンにそれと同じことは出来ない。

 しかし似たようなことなら可能。カルダンはそれを逆算ではなく「解析」と呼んでいる。

 相手の魔法の主導権を一時的に握るという逆算の劣化版ではあるが、それでも超が付くほどの高等技術だ。


「ねぇリンドヴェルさん。『釣り』はお好きかしら?」


「……ッ! ウィスパーくん! 私から離れてッ!」

「え?」


 リンドヴェルの操る「魔法の糸」が、一斉にコントロールを失った。

 カルダンを縛っていた糸は完全に解かれ、リンドヴェルの身体は遠く離れた隣町に引き寄せられるような方向へ吹っ飛んでいく。


「ちょっ、リンドヴェル!?」

「かはッ……!」


 リンドヴェルはまるで腕を巨大な生き物に引かれているように、強烈に床に叩きつけられながら、そして扉を打ち破りながら、屋敷の外へと引き摺り出される。


「私、釣りが趣味でね。馬鹿な魚が餌にかかって、最後は住処から引き離されて地面でのたうち回る……待ち時間なんて苦にならないほど、その瞬間が好きなの」


 近くに居たウィスパーは咄嗟に彼女を押さえようと脚を掴んだが、その抵抗も虚しく、彼女と一緒に大空へと巻き上げられた。


 ベイジャフロルが動く気配もない。ただ機能を停止した機械のように、相変わらず地面に膝を付いているだけだった。


 ウィスパーとリンドヴェルは空中に身体を持っていかれながら、自分たちの作戦が何処から崩れていたのかを考える。しかしその結論に至るまでの時間は残っていなさそうだ。


 ――朝日が昇り始めた。


「リンドヴェル! 魔法を止めて!」

「……無理だ。主導権を握られてる……」

「っ……じゃあ私の魔法でッ……!」


 ウィスパーは歪な鋏を具現化する。

 しかしリンドヴェルの糸は目視が出来ないほどに細い。ウィスパーが刻印の魔力で狙いを定めるには、少なくとも「目で見る」という過程が必要だ。


 この速度で宙に浮かされているなか照準が使えないということは、魔法がリンドヴェルに当たってしまう可能性が高い。


「ウィスパーくん……私の脚を離せ」

「嫌よッ! 絶対に嫌!!」

「じゃあ君は私の腕を切り落とせるかい!?」

「ッ……!」


 ウィスパーにそんな残酷なことは出来ない。

 人形作りが全てのリンドヴェルにとって、その腕は命よりも遥かに重い。その事を痛いほど知っているウィスパーに、彼女の腕を切り落とすことなど不可能だった。


「……ごめんね。君に私の人形を持っていて欲しかったんだ」

「やめて……そんな遺言みたいなこと、聞きたくないわ……! 無事に終わらせるんでしょう!? 人形を取り返すんでしょう!? だったらこのまま付いて行って、私も戦うからッ……!」

「君まで巻き込む訳にはいかない……だからその手を離せ」

「嫌……嫌よ……貴女まで離れて行ってしまうのは……私、耐えられない……! それに貴女の願いはどうするの? 人形に命を宿すって願いは? 簡単に諦めていい事じゃないでしょう!?」


 淡い朝焼けが、空飛ぶ2人を照らす。彼女たちは、お互いに涙を流していた。涙の意味するところは、それぞれ違うだろう。


「……私の恋は君に託すよ。代わりに君は絶対、君の恋を叶えろ。幸せに死ぬ魔女になるんだ」

「いかないで……リンドヴェル、いかないでよ……!」

「きゃははっ、大丈夫だよ。私の願いが生き続ける限り、私はずっと君の側にいる」

「そんな抽象的じゃなくて良いからっ……ただいつもみたいに人形を作って、時折私のご飯を美味しそうに食べてくれるだけで良いから!!」


 彼女はウィスパーから顔を背けた。

 彼女は目を細めながら、山の尾根にかかる朝日を見ていた。


「……外ってこんなに綺麗だったんだね。君と一緒に色々な所へ行くのも良かったかな〜」

「うん、行こうよ……私もリンドヴェルと一緒に旅行とかしてみたかったの……お弁当は私が作るよ……」

「きゃはは。願い事が増えちゃった……だけど――」


 最後に、リンドヴェルはウィスパーに笑いかけた。

 これから一生呪いのようにウィスパーの頭から離れないような、残酷で身勝手で……息が詰まるくらい綺麗な微笑だった。


「それも君に託す」

「……あっ」


 そして彼女は、ウィスパーの腕を蹴り飛ばした。

 時間が極端にゆっくり進むような感覚。涙の雫が朝露のように、ウィスパーと共に落ちていく。


 もう手を伸ばしても届かない。余りに唐突で、救いようのない形で、世界は2人を引き裂いたのだ。


 ――神様。どうかこのまま頭を砕いて。


 そんな言葉が舌の先まで出かかって、それでも最後にリンドヴェルの願いが頭を横切って、口に出すのをやめてしまった。


 きっと言葉にしていれば、神様は慈悲深く彼女の頭蓋骨を粉々に砕いてくれただろう。華のように脳漿を散らさせてくれただろう。


 しかし彼女は溢れる涙を両手で押さえ、絶望的な希死念慮を飲み込んだ。


 するとやはり、神様は慈悲深く、彼女を殺すような真似はしなかった。真下に広がる林の枝たちに身体を打ち付けながら落下し、最後に柔らかい土で受け止められる。


 ウィスパー・マーキュリーは打ち付けられた身体の甘い痺れの中に意識を手放した。離れて行く親友の姿は、もう見えなくなっていた。

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