22.異端審問官『銀弾』のカルダン・グリル ①
◇
明日、払暁の時刻。私とウィスパーくんの考えた作戦は決行される。各々のスタイルを鑑みて、やはり前線を張ってもらうのはマスクを付けたベイジャフロルということになった。
しかしウィスパーくんはこれ以上、この作戦には深入りさせられない。彼女が私の家に滞在しているのはヨルシカからの目眩しに加えて、ほとぼりが冷めるのを待っているからだ。
万が一ということもないが、この件で何かが再加熱してしまったら今度こそタダでは済まない。そしてそれは私たちも含めてのこと。
彼女もそれは本意ではないということで、立案以外の過程には関わらないことを約束した。
「作戦は理解できた〜?」
「マジで私の脳味噌ナメてるだろ……ヒヨコでも理解できるぜ」
「ま、君の仕事で難しいのは私に信頼を置くってところだろうね〜」
「上手くいくよな?」
「失敗しない。今回は珍しく本気だよ」
極力表情には出さないようにしているが、私は怒っている。それはもうカンカンに。
あの「初めての息子」は私だけのものじゃない。彼はウィスパーくんの心を救い出す為に、私だけが出来る最大の方法だと信じて糸を紡いで、彼に捧げるはずだった贈り物だ。
それをハルトマンとかいう貴族は私欲で盗んだ。そこに人形愛のある盗みなら私は寛容しただろう。しかし彼はあまつさえ、「羨ましがられるため」という害悪極まる目的の達成に私の息子を利用している。
ウィスパーくんへの冒涜だ。
……同時に、私への冒涜だ。
私は人形ではなく、人間を作りたい。
人と同様に人に愛され、人を愛する。そんな魂を注ぐという意味を込めて、どんな技術も努力も惜しんでいない。惜しむべくもない。それが私の生きている意味なのだから。
「しっかしなぁ……手前が隣町に突入した私を『糸で繋いで操る』なんて芸当……とても人間業じゃねぇぞ」
「きゃははっ。それが出来るから私は魔女なんだよ〜」
1人の身体を操るなら造作もない。今回は強盗の実行犯も同時に操って突撃させる。彼らは意図せず自分の飼い主を裏切るのだ。
泥棒たちには生きても死んでも地獄を見せる。そう決めていた。
「これで良いよね、ウィスパーくん?」
「……ええ。今回のリンドヴェルは、止められない。私には止める資格が無いの……本当は、私なんかの為に無茶して欲しくないけど」
「ごめんね……私、今回だけは泣き寝入り出来ない。これは、私が魔女であるが故の……その領域に踏み込まれてる」
私は弱い。魔法で戦った時、という意味ではない。
貧しい故郷に生まれ、愛されず、人形作りにしか生き方を見出せず、師匠に認められて孤独に魔女となった。
いくら手先が器用でも、私の生き方は不器用が過ぎる。そうなった原因を探っても結局「悪いのは世界だ」という結論に行き着くような、最初から色々と詰んでいた人間だ。
その生き方の中で出会う連中といえば、誰かを害することしか考えていないような最低の魔女たちと、私のことを利用しようとする最悪な貴族たち。
……稀に「良い客」というのはいる。彼らは私の人形に価値を見出し、愛してくれ、豊かな環境で大事に扱う。それは喜ばしいことだ。私の生き方が、間違いでなかったと思えるような瞬間だ。
しかし……ある時私は気が付いてしまった。
――じゃあ一体誰が、私の過去の生き方ではなく、今の私を肯定してくれるのだろう。
それは自分の人形たちを羨ましいと思ってしまうような、歪な気持ちを生み始めていた。結局のところ、私は孤独の糸に繋がれたままだったんだ。
そんな私を絡め取る糸を、断ち切ってくれた人がいる。
ウィスパー・マーキュリー。君だよ。
君が初対面で私を殺そうとしたことを覚えているかい? それが似た者同士語り合って、今やこんな仲になった。思わず笑ってしまいそうだ。
それは奇妙な縁としか言いようがない。誰かの恋の始まりのような、劇的なきっかけなんて無かった。
それらしい理由といえば……「私に似て生きづらそうだった」という事だけ。
君と一緒なら地獄から見る景色も好きになれそうだ。君の魔法は、私に絡まる孤独を切り刻んでくれたのかもしれない。
「運命」という手に取れないものなど信じていなかった私だが、今なら少しだけ信じることが出来る。
私の魔法は、そんな運命まで紡げるのだろうか?
そうだとしたら私は嬉しい。そのお陰でウィスパーくんに会えた。気付いていないかもしれないが、君は心から信頼できる、私の初めての友達なのだから。
……大好きな彼女にはそんな顔を続けないで欲しい。ここのところ彼女は見るからにおかしくなっている。私の声が届かない場所まで、1人で行ってしまいそうな儚さだ。
今度は私が彼女を救い出す。彼女が孤独を切り裂いてくれたように、私が彼女を繋ぎ止める。
私の人形は。私の息子は。
きっと彼女を絶望の輪廻から掬い上げるだけの力を持っている。それこそが、大切な人の為に私が出来る一番のことだと信じている。
「(きゃはは……恥ずかしいから、面と向かってこんな事言えないんだけどね……)」
◆
異端審問官『銀弾』のカルダン・グリル。
伝承である「魔を穿つ銀弾」からその名が与えられた、まさに魔女を殺戮するためだけに生きる者。
彼女の身体は小さく、初見ではまるで子供のように思えるかもしれない。
しかしその見目に騙されてはいけない。彼女は砲の弾丸なのだ。ごく小さいというのに、たった一撃で魔を屠るような毒を持っている。
仕事の成果の評価は言うまでもないが、問題なのはその仲間からの評価。同じ異端審問官である同僚や、果てはヨルシカに関しても彼女の評価は一貫しているし、そこに疑いようはない。
曰く「何でもやる女」……此処でいう「何でも」とは、正当性に基づきながらという意味ではない。
ヨルシカのように、正しさの中で何でもやるという訳ではなく、真の意味で手段を選ばないのだ。
彼女の行動原理は、おそらく彼女自身も分かっていない。一般的に矛盾していると思われるような行為すら容易く行うし、そこに主義も理念も存在していない。
ただ、「やろう」と思った事を、思ったままにやっているだけ。「今」でしか生きていない女である。
実際、異端審問官の中で様々な暗い噂も存在する。人体実験だったり、処刑前の拷問で故意に魔女を殺してしまったり――
もちろんあくまでも噂でしかないのだが、誰にも行動原理を理解されていない彼女の性格上、有り得ないとは言い切れないだろう。
「(まあ、やってるんですけど。……おっかしいなぁ。バレないと思ってたのに)」
事実は小説よりも奇なりと言うが、カルダンに関する噂は「全くのデマから生まれたもの」である。しかし偶然それが事実と重なっていた。他者評価と行動がここまで合致している者もそう居ないだろう。
そして今回も、彼女は手段を選ばない。既にこのハルトマン邸を襲うであろう魔女に対して、手は打ってあった。
「『夜明け前の奇襲』とはまあ合理的。人の判断力が最も鈍っている時間帯だし。でも乗り込んでくる魔女は単体となると……うーん、上手いこと裏方を引き摺り出せるかなぁ?」
彼女はハルトマン邸の客間を半ば無理やり占領しながら、ソファの上で寝転がりながら考え耽っていた。独り言のようだが、どことなく「何か」と会話をしているようにも見える。
「へぇ……実行犯はベイジャフロル・オレアンドとリンドヴェル・ストナス。もう1人のウィスパー・マーキュリーとかいうのは今回捕縛は不可能として……これからどう遊んでやろうかなぁ」
そんなカルダンの無邪気な笑みは子供が褒められた時のようなものと何ら変わらないが、それ故に異常なまでおどろおどろしいものだった。
人の足を引っ張るのが大好きなので、私以外のブックマーク解除、評価撤回、感想削除を推奨する運動を近所の通路で隔週土曜日に開催してます。今月は神輿も出ます。ガハハ。以上、大法螺ニュースでした。
さーて、来週のサザエさんは
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「強欲ですまないが感想もあれば嬉しいな」
の三本です。お楽しみに。




