19.『胴欲』の魔女ベイジャフロル ③
「顔色悪っ。さては昨日飲みすぎたね〜?」
「んー……あんまり飲んだ覚えはないけど……」
「でもテーブルの上で寝てたじゃん。ものすごい量のボトルも空いてたし〜」
「おうっ! おはよーさん! 良いベッドだったぜ!」
「……アレはベッドじゃなくて床っていうんだよ。あとウィスパーくんは話付いてるけど、君勝手に泊まっていったね?」
「あんだよぉ? ケチくさい奴は殴っても良いってばあちゃん言ってたぜ? 良いのかぁ?」
「なんだい、君のばあちゃんもクレイジーマッチョなのかい?」
……昨日の夜あたりの記憶が曖昧だ。ベイジャフロルと安物のウイスキーを飲んだ。それまではいい。しかし、どんな話をしたのかだけが一切思い出せない。
何かの意図が働いているかのような記憶の欠落と、その不安の伴った寝起きの時の気分は、ここ最近でも随一の最悪さだった。
私は泥酔か何かで取り返しのつかないことを口走ったのではないだろうか。そう考えて、相席していたベイジャフロルに話を聞いてみる。
「ねえベイジャフロル……私、昨日何か……変なこと言ってないかしら?」
「確か好きな女の子とエロいことしたいって言ってたぜ。攻めたい派だとか」
「……え゛っ」
「マジ? 君たちすんごい面白そうな話してるじゃないか……私も相席すれば良かったな〜」
「ちょっと待って……本気で記憶にない……」
「恥ずかしくて血圧上がってるとこにウイスキー掻っ込んでたから、一気に記憶吹っ飛ばしたんだろ?」
「なんだ。やっぱり思い切り飲んでるじゃないか〜」
そう……なんだろうか。私は正体不明の、何だか気付いてはいけない禁忌に触れてしまったかのような、そんな心持ちがして気分が悪い。
抜けない棘を心の奥に食い込ませることを許してしまったのではないか? いくら考えてもやはり記憶は蘇らない。
……いや、ベイジャフロルを信じよう。
私は途方もなく恥ずかしいことを口走ってしまい、ちょっと後悔しているだけだ。これ以上記憶を辿ろうとしても、訳の分からない吐き気に襲われて苦しむだけのような気がする。
「……顔洗ってくるわね」
「うん。とりあえず気分はスッキリさせておきなよ〜」
◆
きょうはなんにもないすばらしい一日だった――
となるはずだったのだが、ベイジャフロル急遽お泊まりということで少し予定変更があった。
私たち3人が揃っているうちに、早めに人形泥棒が居るであろうハルトマン領セニカへの浸透襲撃作戦(?)の立案を済ませてしまおうということだ。
「ウィスパーくんは……手伝ってくれるのはありがたいけど、表に出るのは認めないよ〜。君はもう少し身を隠しておくべきだ」
「ええ、異存ないわ」
「そして脳筋くん。君は前線に出てもらいたいんだけど……危ないから断っても良いよ〜?」
「脳筋呼ばわりはさておき、首突っ込んじまったモンは最後まで付き合うのが私のポリシーだ。ギャランティは弾めよ?」
「首突っ込んだ挙句ギャラを望むのはさておき、協力者は助かるね〜」
魔女3人が同じ目的の為に揃うなんてなかなか珍しいことだ。異端審問官に咎められそうな事案だが、「リンドヴェル」という後ろ盾にはとてつもない秘匿性がある。
これは貴族たちがそもそもリンドヴェルの存在を他の貴族にバラさないように情報操作していることに加えて、それほどの有名人が魔女だということになかなか気付けない者が多いということに起因している。
灯台下暗しというやつだ。リンドヴェルが全く悪さをしない珍しいタイプの魔女ということもあるだろう。
「はは、こうやって魔女が揃ってるのも壮観だな。魔女の祝宴って感じだぜ」
「はあ……それ、簡単に口にして良いほど軽いものじゃないわよベイジャフロル」
「そうだよ〜。気軽にそんな言葉使ったら私の師匠に思い切り怒られるし……」
「何だ、手前らお堅い奴に師事してんだな」
「「常識」」
魔女の祝宴……フレデリカ先生など含めて大物の魔女が一同に会する、魔女たちによる最大儀式。
不定期で行われる研究発表会のようなものだ。私はまだ参加したことはないが、ここでは魔女の存在が根本から見直されたり、魔女の秘密にとことん迫ることもあるらしい。
フレデリカ先生はかつてその場で現代の「魔女の創り方」を発表し、それが今の魔女になる為の儀式にそのまま転用されているという。
重大かつ重要な祭典のため、魔女たちは軽々しくヴァルプルギスなんて言葉を使わない。伝統に厳しい過激派の魔女にでも聞かれてしまったら、最悪命を狙われるからだ。
私もフレデリカ先生にはだいぶ仕込まれた。その名は容易く口にしてはいけないと。
「良かったわね。私たちが未参加の世代で」
「全くだよ〜。君は一回、私やウィスパーの師匠に怒られた方がいいって」
「はははっ。伝統守ったって、何も気持ちよくねぇからよ」
リンドヴェルの師については彼女の口から聞いたことがある。『眼窩』の魔女イデア……先生と同様、魔女の中でも異端な長寿と、既存の魔法を遥かに超えるような強大な力を持っている。
先生は彼女のことを「唯一の同級生」と呼んでいた。
しかし反面、イデア様は魔女創りに精力的ではない。彼女は滅多に新しい魔女を誕生させないようだ。
人物像は全く想像できないが、リンドヴェルの話を聞くに「この世の全てを知っている」らしい。
そんな人が居るのかと思っていたが、ベイジャフロルの存在に対しても同じ気持ちを抱いてしまった反省を生かせば、多分実在するのだろう。
ましてやあのフレデリカ先生の同級生。有り得る。「有り得る」と考えさせてしまう先生も怖いが。
……話が変わってしまったが、ベイジャフロルはそういう伝統を重んじない軽率な魔女だということは理解できた。こういうことを口走るようなことがあれば、諌めてやらねばならないだろう。
私たちがこの上ない深刻なため息を見せたところで、ベイジャフロルは反省しているのかしていないのか分からない態度で軽く謝罪を入れてきた。
「私たちは見逃すけど……他の魔女の前でその名前を言うんじゃないわよ?」
「おう、気ぃ付けるわ」
少し先行きが不安になってきたところで、私たちは人形を取り返す計画を練り始めた。
途中、取り返そうとしているのが私を象った人形だと察したベイジャフロルが私たちに「お熱いねぇ、浮気か?」などと煽ってきたが、それはまた計画が成功した後で説教してやることにしよう。
◆
「……そ、それは間違い無いのかカルダン」
「うん。その人形を奪いに、いずれ刺客が来るよ? 不用意に自慢してたのが祟ったね。墓穴掘っててウケる」
「ぐ……ッ! き、貴様のような奴に本当に警備を任せても良いのだな!?」
「ご安心を。仕事はやりますよハルトマン伯爵。ヨルシカさんは別件で不在ですが、まあ私一人居れば何とかなるっしょ」
「信じられん……かの『銀弾』がここまでの礼儀知らずだったとは……ッ! 他の警備兵を引き払うなど却下だ! 貴様は人形だけを守っていろ!」
「良いですけど、普通に無駄死にするだけじゃ? 魔女が来るかもしれないんですよ? それこそ異端審問官の領分でしょ」
――隣町セニカ。
領主ハルトマン邸の密会室で言葉を交わすのは、その領主当人であるカルヴァーナ・フラメル・ベルン・ハルトマンと、1人の異端審問官の制服を身に付けた若い女性。
短くおかっぱのように切り揃えた燻銀の髪に、どこか輝きのない灰色の瞳。「銀弾」の名を持つ彼女は幾度かの魔女捕縛の実績もある。
その対魔女作戦行動の成功率が未だ100%という功績により、ヨルシカのように国王から二つ名を賜った名誉ある1人。
異端審問官「銀弾」のカルダン・グリル。
彼女は審問官の制服に部分鎧を取り付けながら腰に十字架を倣った細剣を差すと、座り心地悪そうに椅子から立ち上がった。
「まっ、貴賤問わず北から南まで、魔女の脅威から人々を守るのが我々です。例え『テメーは自業自得だろ早よ死ね豚野郎』と心の中で思ってても」
「き、こっ……貴様ッ……! この餓鬼っ! な、あ、ふ、不敬だぞ!!」
「ものの例えです。んじゃ、とりあえず警備しまぁす」
そう言い放つに至るまで、彼女は表情を一切動かさないまま部屋から退室して行った。
貴族邸特有のやたら着飾った長い廊下を1人で歩きながら、カルダンはようやく頭を掻いてため息をつく。
「私も給料貯まったら、贅沢してリンドヴェル人形買ってみようと思ってたのになぁ……」
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