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17.『胴欲』の魔女ベイジャフロル ①

 さて、ここに誰もが気になっているであろう疑問がある。それは他の怠惰な者にとっておそらく朗報にはならないだろうが、ひとまず彼女がどのように自身の怠慢を実現させているか知れば何かを閃くかもしれない。


 ――リンドヴェルは一切外出しない生活を送っている。これは比喩ではなく実際的に「一切」外出をしていないということだ。


 当然買い物など行くことなどないし、そもそもが自室から出ることすら稀である。

 そんな彼女がどうやって自身の生活を維持しているのか。私も最初の頃は疑問に思っていたが、その答えは意外とシンプルだった。


「うす! 今日も来てやったぜオラァ!」

「ん」


 私以外に、魔女の訪問者が存在しているのだ。会ったことはないが、リンドヴェル自身からその話は聞いていた。


 曰く「魔女なのにやたら筋肉質で、地黒で、男みたいな喋り方で、癖のあるミドルヘアの白髪で、常にタンクトップを着てる」女。


 名前は確か……『胴欲(どうよく)』の魔女、ベイジャフロル・オレアンド。


 この前情報を聞いた時は、そんな魔女が存在するのかと疑いの眼差しを向けそうになったのだが、今だからこそ言えるのは「いましたごめんなさい」という謝罪の言葉だけである。


「ほら、飯だぞ飯。新鮮な物資10kgぶんだ。手前(てめー)が食い切る頃にゃ新鮮じゃなくなってるだろうけどな」

「その辺置いといて〜」

「おうよ。あとコレが頼まれてた……うぉあ!? 何か動いてると思ったら人形じゃねぇ奴がいるぞ!?」


 どうやら私はリンドヴェルが作った人形だと思われていたらしい。かなり接近するまで無機物と同一視されていたのかと思うと少々複雑だ。

 それほどリンドヴェルの人形の精巧さが優れているからとでも考えておこう。


「ど、どうも。話は聞いてたけど、実在してたのねこの人」

「何だこのクソみてぇな美人。妬ましいな。顔が倍くらいになるまで殴るか」

「えぇこの人怖」

「あんまりマトモに相手しちゃダメだよウィスパーくん。竹を割ったような性格の奴に思えるかもしれないけど、根っこの部分はちゃーんと魔女だからね〜」


 その忠告の意味は、お互いに魔女だからこそよく分かっている。

 最も用心しないといけないのはリンドヴェルやフレデリカ先生のような魔女らしい魔女ではなく、こういう「どちらかといえば一般人っぽく見える手合い」なのだ。


 何かに対する常軌を逸した感情が無ければ魔女にはならない。要するに、その本質を忘れてしまいそうになるくらい根明な奴にほど、警戒を怠ってはいけないということである。


「ひっでェ言いようだな。友達無くすぜリンドヴェル」

「少なくとも君は友達じゃないけどね〜。雇用関係。アンダスタン?」

「驚いた……いくら友達人数がゼロの近似値でも、人くらいは選ぶのね」

「ん〜? これまさか私がアウェー?」

「いいや、今のであの女がアウェーになったぜ」


 じとりと私に視線を向ける2人を宥めるように、ジェスチャーで「冗談よ」と伝える。こんな糸一本で完全犯罪が出来るような魔女と、魔法じゃなくて素手で人を殺してそうな魔女の2人を敵に回したら勝てそうもない。


「……って、こんなお遊びしてる時間じゃなかったな。ほらよ。この資料、依頼のヤツだ。別料金な」

「費用はその辺の袋に入ってるから適当に持ってって〜」


 彼女が冗談の通じる人で良かった。そんな様子で苛立つ様子もなく、すぐさま話を切り替えると、リンドヴェルに何かの紙束を渡す。

 おそらく私の人形を盗んだ貴族についての情報資料か何かだということは予想できたが、それに少しばかり違和感を覚えた。


 彼女は私が来てからも殆ど部屋を出ていない。その間でベイジャフロルに何かを頼むことは不可能だ。

 彼女が前回訪問したのが、私がスケッチを描いてもらった5日後だったらしいが……そこまでの間に人形を盗まれて、資料の調達を依頼していたに違いない。


 ということは、やっぱりリンドヴェル……先日私が身を隠しに来るまでずっと人形部屋の片付けしてなかったということ? そして私が来てから怒られると思って急いで整頓を始めた? この子どんだけ面倒臭がってたのよ。


 何だか事実確認をしなくてもいい所に気付いてしまったような感覚だった。これは……叱ってやった方がいいのかしら。


「まいど。金払いが良い奴は好きだぜ。これでしばらく生活費にゃ困んねぇ」

「君の"生活費"なんてどうせ酒4割ギャンブル6割で終いでしょ〜? 全く……娘たちを渡した時のお金が、こんな使われ方するなんてねぇ」

「快楽主義上等。わたしゃ『胴欲』の魔女だぜぃ? それに、手前は金に頓着のない金持ち。私は守銭奴な貧乏人。世界はバランス良く出来てんのさ、わはははっ」


 バランス良く……すなわち不平等に出来ている。その点に関しては、彼女と同意見だ。だからと言ってリンドヴェルにタカるのはどうかと思うが、誰の文句も生まれないならそれがきっと正しい。


 リンドヴェルが資料に目を通す。多少なりとも私にも関係がある事なので、思わず気になって紙に書かれている文字に目を向けてみた。


 「ハルトマン領セニカ」「Whisper」「人形師リンドヴェルによる数ある作品の中でも唯一の」「象徴」「至極の逸品」「批評家たちの」……ああ、ページを捲るのが早過ぎる。流し読みしているのか。


 いずれにせよ犯人が分かればそれで良いといった感じだろう。報告書の内容なんてリンドヴェルにとってはどうでも良さそうだ。私はかなり気になるところだが、それは私の都合だから仕方ない。


「(セニカって……隣町よね。ハルトマン家の領地)」


「カルヴァーナ・フラメル・ベルン・ハルトマン伯爵。写し絵まで付いてるなんて丁寧だね〜。……ん? なんか、どっかで見た気がする……気のせいかなぁ?」

「ハルトマンはその人形のこと、無警戒にも仲間貴族に言いふらしてるみたいだぜ? 『リンドヴェル人形初の男型』ってな。価値ある珍しいモンの所有権ってのは、そのまま権威の誇示になる」

「ああ……リンドヴェルの人形は貴族令嬢に大人気だからね。きっとこのハルトマンって人、他貴族から羨望の的よ」

「エグい額での取引の噂もあった。反面、これまで女型しかなかった手前の人形の事だから、批評家からは贋作説もちらほら聞こえた」

「え? 批評家とか居るの〜? 初めて聞いたよ……私の人形ってそんなに人気ある?」


 あの剛気なベイジャフロルがドン引きの視線を彼女に向けた。当然だ。私も引いた。

 この子がどれだけ俗物離れしているかを知っている私たちだったので辛うじて理解はできたが、そのぶんこれを本気で言ってるということが分かるのでタチが悪い。


「バッカお前、とんでもねぇ人気だぞ……洒落抜きに一部じゃ信仰の対象レベルで」

「貴女が過去に作った人形とか、掘り出されたらいくらで取引されてるか知ってる? 王都に家が一軒建つのよ? って、貴女に言ってもアレでしょうけど」

「『掘り出される』って、化石みたいに言われてもな〜……それに私の昔の人形なんて、今みたいな良い材料じゃないよ〜? 家出直後は製糸魔法も弱かったから木材の繊維とか使ってたし、出来上がったらその辺の子供とかにあげてたし……」


 私とベイジャフロルは顔を見合わせる。


 8年前、国の西部にあった貧困地帯を1人の弱小貴族に押し付ける形で統治を進めさせるという出来事があった。最初のうちは誰もが失敗すると思ったであろうその領地経営は、近年になって意外な形で解決した。


 その場所から「未発見だった芸術品」が大量に発見され、その弱小貴族は芸術的価値をそのまま財源に変えて貧困地帯の復興を進められたというのだ。

 以来、その地域は何故か多くの支援を受けられるようになったらしい。


 その歴史的出来事の、一連の流れを記した記事の見出しはこうだ。


 「旧代リンドヴェル人形の大量発見」


 旧代は、製法はそのままだが現在の材質とは異なり、その地の林業に利用されていた木材の繊維から作られていたという。

 この記事でリンドヴェル人形はその存在を貴族に留まらず一般大衆にも知らしめ、同時に旧代リンドヴェル人形の希少価値は爆発的に跳ね上がった。その影響で贋物も出回り、批評家も出てきた。


 今や「本人死亡説」まで出ている謎多き一流人形師リンドヴェルが、未だにその西の地に秘密の店を構えている……なんて噂話を信じている貴族や平民も多い。


 というか、ここに人形を購入しに来るごく僅かな貴族の中にすら、彼女本人のことを「リンドヴェルを名乗る仲介人」として認識している者がいるという話もある。ミステリアスでうさんくさい見た目のせいもあるのだろうが、「貴族の利己的な秘密主義」も関係しているに違いない。


 あまりこの場所が知られていないのは、貴族が裏で色々と手を回して、リンドヴェル人形の仕入れ先を共有させまいと画策しているからなのだろう。


 真実は意外と素直なものだというのに、やたらこんがらがった事情や、噂好きな人々の考えが重なって事態を難しくしている最高の例だ。


 私もその「旧代リンドヴェル人形」というのは贋物か、或いは別の魔女の仕業という可能性も考えてはいたのだが……何だか全てが繋がったような気がした。


「ああ、何……つまりそういうことだったのね……いや確かに、いつかは旧代について聞いてみようかなとは思ってたけどさぁ……」

「私も頭痛くなってきたぜ……何なんだよ手前。外に興味無いにも限度があるだろ」

「?」


 俗物の対義語は「芸術家」だと言うが、だとしたら彼女は生粋だ。狂気じみてるを通り越して尊敬すら覚えるほどに。かといって、同じ魔女という立場から今更よそよそしくなるような気さえ起こらないが。


 リンドヴェル自身、自分の人形がここまでして盗まれる理由というものはよく分かっていないのだろう。

 ということは……少しばかり危険な復讐劇になりそうだ。価値の自覚がないということは、相手がどれだけその人形をガチガチに固めているかを理解できていないということ。


「はあ……リンドヴェル。貴女やっぱり危なっかしいから、私も少なからず協力するわよ」

「手前見てるとヒヤヒヤして来るぜ……おい、私にも手伝わせろ。良い収入源が減るのは困るんだよ」

「よ、よく分からないけど、まあ、ありがとう……?」


 こうして、危機感の欠如しているリンドヴェルと私……そして飛び入り参加のベイジャフロルによる共同戦線が張られることとなった。

ここから最終回に向けての物語が進んでいきます。一つのターニングポイントです。ブックマーク、評価、感想などはお忘れなきよう。またこんど!!

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