14.『魔女が愛する女』マーシレス ②
ヨルシカさんに連れられて足を運んだのは、街の外縁にある小さな飲み食い処だった。そこは魔女の被害に殆ど遭っていない地域であり、『遊星』の魔女が出たという話が蔓延していても活気づいている。
「ヨルシカ姐さん! 連れとは珍しいね!」
「ああ、偶にはな……満席っぽいし、カウンターで構わないか?」
「はい、大丈夫です」
彼女は店主のおじさんと軽い雑談を交わして、席へと向かった。それにしても、ヨルシカさんのことだから普段は私なんかの想像もつかないほどお洒落な店に通っていると思っていたけど、此処はたいへん庶民的だ。
「……意外だったか?」
「えっ?」
「顔に書いてあったんでな。都心部でもなければ、高級店でもない。どちらかと言えば『小田舎の飯屋』って感じだろう」
「はい……でも、とても落ち着きます。元平民なので」
「ふふっ。君は驕らないタイプと見た。もしくは肩書きに興味がない」
その評価に曖昧な自問自答をしながら、隣同士のカウンター席に着く。お陰で生返事のようになってしまったが、彼女はそれすらも受け入れて深く踏み入ろうとはしなかった。
……実際、私は貴族という家柄に嫁ぐことができて名誉なことだと思っている。それに結納を済ませた時なんかも、彼は私の両親と打ち解けられた。
家族関係も、もちろん平民と貴族なので家庭の違いもあり最高とは言えないが、悪くないとは言えるほどだ。
そして何より……恥ずかしいけど愛している。だから多分、彼が貴族でなかったとしても私は彼を選んでいたし、その点で言えば私は「貴族だから」ということに拘りはない。
「私も元平民でな。まあ、神職に就きながらぼちぼちやっていたら、いつの間にか枢機卿だ。どちらかというと、こういう店の方が肌に合う」
「ぼちぼちって……これほど国に名前を残しておいて、『ぼちぼち』なんですか?」
「正直、自分でも何をやったのかはよく覚えていない。ただ自分なりに色々手を出していたら……ね?」
武功だけでも、幼少期からの対外戦争での活躍、近代魔法戦のストラテジー構築。齢12歳にして合計18人の魔女を捕縛と、今やこの国は「ヨルシカあっての平和王国」とまで呼ばれてたりする。
学術面においても属性石の開発だったり、詳細は未公開だけど魔女を創る方法の理論的な解明をしたりと、浅学無知な平民だった私でも知っている功績が沢山ある。
それなのに「自分がどうしてこんな立場にいるのか分からない」と本気で言っているかのように目の前で肩を竦める彼女は、きっと私では想像も付かない天才なんだろう。
そんな天才とのランチ……あ、何か急に緊張してきた。馬鹿って思われそうで嫌だなあ。実際、ヨルシカさんからしてみれば残念なくらい馬鹿だし。
「何か頼もう。私は決めてあるよ。お勧めは……いや、やめよう。『じゃあそれで』となるのはつまらないし、私に勧められたものは断りづらそうだ」
私の心境を察したかのように、彼女は自ら壁を取り払おうとこう言ってくれたのだろう。
「えっと、じゃあ……すみませーん。この『冷製ジェノヴェーゼ』を一つ」
「私は『鱈のフリット』で頼む」
「はいよっ。ヨルシカさんはフリット特盛りで、ね?」
「……人前だと恥ずかしいから、その文言は付けないでくれ」
「んふふ。ヨルシカさんよく食べるのよ〜。『宮廷料理は子供に食わせろ』とか、よく量に文句も言ってるし」
ウェイターの若い女性にそう言われると、彼女は少しばつが悪そうな表情で咳払いをした。またしても意外な一面が垣間見え、私は思わずウィスパーに見せるような素の笑顔で笑ってしまった。
「きひひっ……良い店ですね?」
「……口数が多いんだ全く」
「慕われてるんですよ。私もヨルシカさんのことは尊敬してます。にしても……意外な面が知れて嬉しいです」
「その……忘れてくれ」
「では猫の件についてご検討を」
「吝かではない」
先程の痴態を返上する取引が成立したところで、私たちは料理が来るまで雑談をすることにした。
貴族の雑談の実態は他の貴族に奸計を巡らせたり、笑顔で誰かの悪口を言ったり、案外厄介な側面も持ち合わせている。
その為、貴族の食事の場は本来トップシークレットであり、最低でも護衛付きの個室を使うのだ。そしてヨルシカさんの立場ならそれが可能。
それでも彼女がそれを選ばなかったのは、少なからず意図してのことに違いない。元平民同士による他愛のない会話を望んでいるのだろう。私も貴族のそういうところは息苦しく、好ましいとは思えなかったので、これはお互いにとって最良だと感じた。
「君とレフトピアスの店主……ウィスパーだったか。彼女とはどういう関係なんだ?」
「親友です。言葉が軽い気がしますけど、そうとしか言えません」
「即答だな。馴染みと言っていたが、いつ頃からの知り合いだろう」
「5歳くらい、だった気がします」
「ほう。それは長い付き合いだ」
そう尋ねられると、あの頃を思い出すなあ。
ウィスパーが病気がちな反面、私はヤンチャな感じだった。全く正反対の2人だけど、お互い一緒に居るときは妙に落ち着いてたし、自然体でいられた。もはや家族みたいなものだった。
結婚を決めた時も、母より先にウィスパーに報告したくらいだ。あの子の店で初めてお客さんとしてレモンサラダを食べて、私は自分の道に進んで行くことを決意することが出来た。それで今まで行けなかった場所が拓いた気がした。
レモンが酸っぱくて、ベーコンがしょっぱくて、葉野菜が瑞々しくて……別に大好物って訳じゃなかったけど、ここから記念日とか大事な日にはレモンサラダを作るようになったんだっけ。
旦那はまだ献立のレモンサラダの意味に気付いてないみたいだけど、いつ気付くのかな? 余りにも些細だから、鈍いあの人は気付かないかもしれないな。
「あの子、昔から体が弱かったんです。今も薬を飲んでるくらいで。だから、家の中で出来ることをずっとやってましたね。料理とか、掃除とか、女の子らしいこと。だから、とても良いお嫁さんになると思うなあ……私は地元の男の子に混じって、外でぎゃーぎゃー騒いでたんですけど」
「ふふっ……想像できてしまうな。もっと聞かせて欲しいよ。君たちの思い出話を」
「あ、余り面白いことはないですよ?」
「興味がある。……特に、お互いのことをどう思っているのか」
「……それなら」
ヨルシカさんの優しい微笑の中には、何かを試しているかのような含みがあった。私は少し違和感を覚えたけど、減るものでもなければやましいことがある訳でもないので、これから来る料理の付け合わせ程度の何でもない話をすることにした。
◇
平民の中では少しだけ裕福な、小高い丘の上にある広めの一軒家。先々代の頃にこの場所へ引っ越してきたのが、ウィスパーの実家だ。
そんなマーキュリー家は女家系で、生まれてくる娘は全員が病弱だったらしい。そのこともあってか「呪われた家」なんて噂もあった。
私はその家の近くにある場所が景色も綺麗でお気に入りだったこともあって、そこで遊んでいたら、たまたまウィスパーと知り合った。
それくらい、出会いは偶然だった。ロマンチックでもなんでもないけど、多分運命だったんじゃないかな……なんて思ったりもする。
「ウィスパー! ねえ見て! アーサーたちと野良猫捕まえてきたよ!!」
「……私に料理しろってこと?」
「えっ? 食べる訳ないじゃーん! ウィスパーったらおかしいの!」
「無意味に野良猫を捕まえる方がおかしいと思う……って、マーシレス! 怪我だらけ……!」
「引っ掻かれちゃって。でも平気!」
「ばかっ! 見せて! ……危ないんだよ? 病気とか、炎症になっちゃうんだから。お薬塗ったげるから、こっち来て」
「きひひっ、ごめんごめん」
ウィスパーの母親はあの子が生まれてすぐに他界し、父親1人で育てていた。いくら稼ぎが良くても薬代は馬鹿にならないらしく、そんな父もウィスパーの為に朝から晩まで働き詰めで、彼女の家に行くといつも自分の部屋で、1人で何かをやっていた。
必要な時以外は決してベッドから出ないし、ましてや家から出たことなんて数えるほどしかない。あの子の部屋には色々な薬が数えきれないほどあったけど、怪我なんて滅多にしないから、傷薬関連はもっぱら私が使っていたと思う。
一緒に遊べないのは寂しかったけど、あの子は色々な話をしてくれる。私の家は百姓一族だったから学問への興味のある人は居なくて、家に本なんて一冊も無かったし、読み書きもできない。寝る前に御伽噺を読んでくれる人も居なかった。
だからウィスパーの話を聞きながら、あの子の部屋で昼寝をするのが好きだった。床で寝ちゃった時は、いつの間にかあの子も隣で寄り添って寝ていたりした。
部屋の隅で人形が転がっていたので、私も「たまには」と部屋でのままごと遊びを提案したこともあったけど、あの子はどうやらそういうのが好きじゃないらしい。
――正直、私は迷惑な子供だったと思う。いつも窓から外を眺めていたあの子に、変な憧れを強いてしまっていたんじゃないかとも思う。
だけど、きっとそれ以上に、私はウィスパーのことを尊敬していたし、憧れていたし、大好きだった。
太陽に照らされて細めた時の、あの子の蒼い瞳の輝きも。本のページをなぞる細い指も。母親みたいな優しい声も。時折叱ったり、厳しくしてくれることも。私に軽食を用意しようと、手際良く料理をする後ろ姿も。
それは全部私に無い綺麗さで、だけど嫉妬なんて簡単に呑み込んでしまうくらい慎ましくて……まあ、怒らせるとちょっと怖いけど。いや、かなり怖いけど。半端じゃなく怖いけど。
でもそれは、私を全部受け止めてくれるだけの芯の強さがあったからだと、子供ながらに思ったんだろう。あの子は私よりも遥かに強い。もちろん、身体の弱さとは関係なしに。
だから、せめてそこだけでは、彼女に心配かけないくらい元気でいなきゃと感じていた。
明確に自分の気持ちに気付いたのは、私たちが12歳の頃……これはウィスパーの身体が見るからに衰弱し始めていた時期だ。
その事もあって、私は気持ちがかなり荒んでいた。家の仕事も手伝わず遊んでばかりいたし、ウィスパーの家に行く事も無くなってしまっていた。
日に日にベッドから出られなくなるあの子を見るのが怖かったから、ずっと逃げていたのだ。
「あのマーキュリーって家にさ、今度の夜訪問してやろうぜ?」
「いやいや……夜とか絶対誰か居るだろ」
「それがひ弱な女しか居ないんだってよ。結構派手にやっても逃げれるんじゃね?」
「俺も聞いたことあるな。貴族でもないのに本がたくさんあるとか」
「おっ、それなら……いいこと考えた」
私は友達伝手に、ある不良たちがウィスパーの家に対して、嫌がらせの域を遥かに超える計画を立てていることを知った。彼らは少し年上の犯罪者直前みたいな連中で、物を盗んだり暴力沙汰を起こしたりと、悪い意味で有名な5人組のグループ。
そんな連中が立てた計画は、「ウィスパーの家に押し入って本を盗み、それを家の前で燃やす」というもの。
それが私の耳に届いたのは、既に実行当日のことだった。ウィスパーと距離を置いてしまっていたから話が届くのが遅れたんだろう。
おまけにそれは単なる子供の間の噂話であり、大人たちはこの事を知らない。
他の子たちは彼らを恐れて止めに行こうとは考えなかったらしく、誰もがその事を黙殺しようとしているとのこと。
――それを聞いた瞬間、私の琴線が音を立ててはち切れたことに気が付いた。
これからするのは、2人のはじまりの話です。
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