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12.異端審問官『黄金姫』のヨルシカ ④

「はあ……」

「まあ、そう気を落とさず。『遊星』の魔女は怪物です。国一つと戦争する気で向かっても足りない。上の連中はもう殆ど諦めてますよ。末期の結核のように」

「……民の様子は?」

「大きな怪我人は出ませんでしたが、あの地域周辺はしばらく落ち着かないでしょうね」


 審問官の仲間から激励を受けてしまうほどに悩ましい様子の私は、少しばかり完璧さを欠いているのかもしれない。


 そう思いながら、民の安全に胸を撫で下ろす。

 しかし、あの日から私の胸の()()()()は取れないままだ。


 私は力でも知性でも、あの紳士服の魔女を圧倒していた。しかしだ。何かが私の中で軋んでいる。何故かあの魔女が、途轍もなく巨大ものに見えてしまっている。


 思えばレフトピアスという小喫茶に赴き、あの店主に妙な話を聞かされてからずっと考えっぱなしだ。いつもだったら、私の中に不純を落とし込むのにそう時間は掛からないというのに。


 あらゆる側面から検討しても、あの店主の「理屈」が正しいとは思えない。

 しかし100%間違っているということを証明出来ないのがもどかしい。掻きむしりたくなるほどに不安定だ。


 理屈を考えるにつれ、私の行っていることは「正義の行いなのか」という思考の霧が濃くなっていく。今や全ての魔女に対して、そんな霧がかかってしまっていた。


 魔女は異端な狂人だ。人を殺す。子供は攫う。物を壊すし、それは力任せ。他者の思想は汚すし、挙句国家に敵意を向けるよう仕向けたりする。


 だが、人を殺さない奴もいた。子供を攫わない奴も、物を壊さない奴もいた。他人の思想を尊重している奴もいた。


 ――私の中での禁忌は、まず人殺しだ。そして食人。次に近親相姦。自殺含む自傷行為。神への背信や冒涜。遺体の弄び……このくらいか。

 これを行った者は、天国に到達出来ない。その魂が救済されることは決して無い。


 そして魔女になる為には、その中でも「自殺含む自傷行為」を必要としている。これこそが、私が魔女を害悪と判断する理由の中で、最も比重の大きいものだ。


 揺るぎない事実。だが、今思えばどうだろう。


「(……魔女たちは全て『不正解』なのか?)」


 もっと正確に表現するならば、圧倒的多数の不正解に欺瞞を植え付けられているのは、私なのではないかということ。

 そんなのは、私が求める「完璧」ではない。


 ――魔女は人を殺す。子供は攫う。物を壊すし、それは力任せ。他者の思想は汚すし、挙句国家に敵意を向けるよう仕向けたりする。


 ……だがそれは、時折人もやるよな。


 どうして魔女というだけで大罪人なのだろう。

 魔女の儀式における自殺や自傷行為は咎められるべきものだ。しかし、()()()()がその道に至ったのは、単に生き様が、救われていなかったからなのではないか。


「(あ……)」


 魔女を「彼女たち」と考え始めている? 人間だと思い始めてしまっている?

 私の思考の霧の正体は、そんな認識の変化の所為なのではないだろうか?


 ……レフトピアスの店主を見て思った。あれほどまでに「生きづらそう」な人間が居るのかと。禁じられたものを、背負わざるを得ない人間が居るのかと。


 彼女の言葉を思い出す。


「(畢竟、敵は()()……だったか)」


 考えてみれば、穢れた行為に身を染める一部の人間は、本質的に毒を抱えて生きている。

 そして魔女はその毒が異常なまでに強い。そうならざるを得なかったから。強烈な毒を孕まなくては生きていけなかったから。


 ――もしかして、ただ「それだけ」なのか?

 私と彼女たちの違いとは、その一点だけなのか?


 ともすると、魔女もまた人間じゃないか。


「(クソッ……駄目だ……どうしても揺らぐ。私の合理が、安定しない……)」

「いつになく頭を抱えてますね。ま、そんな時は仕事でもしましょう。3年前に審問官を殺害した『相剋』の魔女の情報です」

「……ああ、そうだな」


 同僚から資料となる羊皮紙を受け取り、ざっと目を通した。『相剋』の魔女アイリス・オーリン。かつて国の南方で市民を震撼させた魔女だ。


 強力な「腐敗」の魔力の持ち主で、一度は捕縛されたが、その後魔法使いの異端審問官を殺害して逃走した。

 私の管轄外の魔女だったはずだが……なるほど。逃亡先がこの街か。


「情報統制は?」

「その点は抜かりなく。民衆には決して不安感を与えてません。ヨルシカさんはいつも通り、他の審問官や騎士団の統括を――」

「……いや、私が出よう」

「えっ? ヨルシカさんが自ら?」

「一番手っ取り早い。それに……少し確かめたいことがある」


 次の魔女を捕らえる時、密かに決めていたことがある。それは「対話」だ。

 これまで魔女たちとは事務的にしか話したことがなかった。他の魔女の居場所だったり、自身の魔力の性質だったりを尋ねるに収まっていたし、それ以外の必要性を感じていなかった。


 しかし今は少し違う。私の「黄金比」を補填する為には、魔女との対話は必須だと思う。もちろん説得などではなく、捕らえた後に。


 コイツは日和見魔女じゃない。大勢殺している。あの紳士服の魔女と同じだ。

 もしかすると、魔女の理に触れることができるかもしれない。そんな淡い期待をして。


 ◆


「やあ、ウィスパーくん。噂は私にまで届いてるよ〜。何でも『遊星』の魔女とヨルシカの睨み合いに立ち合ったとか。ははっ、イカれてるね〜」

「……そっちも、いつにも増してひどい有り様」


 私は腕の包帯をさすりながら、リンドヴェルの……もっと言えば人形部屋の惨状に思わずそう溢した。

 これは散らかした訳じゃないと、一目見て分かるような状態だ。整然と起立していたはずの人形たちは見事に荒らされ、中には腹を引き裂かれたものもある。

 仕事でもないのに彼女が自室から出て部屋の整理しているのを見るに、相当な出来事が起きたことを何となく察することができた。


「……泥棒?」

「押しかけ強盗に遭ってさ〜」

「何で殺さなかったのよ」

「貴族の紋章が見えてね〜。私兵っぽかったから、手出ししない方がいいと思って」

「うっわぁ……厄介事の匂いがプンプンするわね。だから不特定多数の貴族と深く関わるのは嫌なのよ」

「まっ、命はあるし良いよ」

「相変わらず無関心極まってるわね」


 片付けの様子は魔法を駆使していたので非常にスムーズで、1時間もあれば終わりそうだった。自分の部屋もこれくらい整理して欲しいものだ。

 これで押しかけ強盗から数日経っているということは……私が来ると分かった時に、ようやく慌てて片付けを始めたという光景がありありと目に浮かぶ。

 それもそうだ。前来た時に「見せる場所は着飾らないと〜」とか宣言してしまった手前、面倒でもこの部屋の片付けをしている所くらいは見せようとしたに違いない。

 当たり前のことをしてるというのに、「私も意外と頑張ってるでしょ」とでも言いたげな顔が腹立つ。この子、本当に腕一本でのし上がったカリスマ一流人形師?


「……それよりも気になるのは君の方。いやあ、よく無事だったよ〜。もうあの太りそうな食事を食べられないのかと思った」

「私の身の安全じゃなくてそっち? そんなの絶交よ絶交」

「きゃはは、ゴメンって〜。無事が嬉しくてつい揶揄いたくなったんだ。ついでにゴメンなんだけど、君の人形盗まれちゃった」

「ああ、そうなの。へぇ………………えぇぇぇぇぇ!?」


 嘘でしょこの人。話に抑揚が無さすぎて、うっかり素の返事をしてしまった。

 私の心情としては非常に悲しくもあり、犯人を許せないのが実際だ。しかし全てが驚愕に上塗りされてしまったのは、むしろ幸運だったのかもしれない。


「ちょ、ちょっと……そんな平然と言われても……! 楽しみにしてたのに――」

「平然に見える〜?」


 そう言って振り返る彼女の顔は、いつものようなだらけきった様子と変わりないように思えたが、その声は彼女にしては珍しく……というか聞いたこともないような重低音を宿していた。


 そうだ。これはリンドヴェルが1番キレることだ。

 人形を蔑ろにすること。他の全てを許すリンドヴェルだが、この一点に関して言えば、決して彼女の前でやるべきではない。


 理解していたつもりだったが、改めて彼女の人形に対する狂気じみた感情は凄まじいことを認識した。


「え、えっと……どうする気なの?」

「きゃはは……バレない範囲で、かつ最も惨たらしい方法で殺す」

「うわぁ……その、そうね。バレないのは大事よね……でもどうやって追跡するのよ」


 そして彼女は、笑顔のまま中指を立てた。一瞬私への無言の罵倒かと思ったが、どうやらその指からどこかに糸が繋がっているという事らしい。


「強盗全員の鎧と皮膚に繋いだの。国境も縫い合わせられるくらいの長〜い糸で。きゃはは」

「……一番怒らせちゃいけないタイプね」

「私は大事な娘と、初めての息子を略奪されてるんだよ〜? 本当なら三親等全員葬ったって気が済まないことなのに……当人だけで良いっていう私の慈悲深さに感謝すべきだねぇ」

「その……ヨルシカに喧嘩売った私が言うのもアレだけど……程々にね」

「うん。まあ、そんな私の話は置いといて。君今日はどうして来たの〜? 定休日じゃないでしょ〜?」


 そこらに置いとけないほど血みどろ沙汰になりそう話だったが、本人がバレないように済ませると言っているのだから止めようがない。主張は激しいが、この話は隅っこに置いておこう。


 第一、リンドヴェルが私の為に作ってくれた人形を奪った奴に対して私も敵意を抱いていたところだ。私の敵意すら、リンドヴェルのそれが飲み込んでくれたのはある意味では幸運だった。

 私がこの件で手を出したくても、しばらく目立った動きが出来ない。

 店も定休日ではなかったが、怪我を治すまでは身を潜めようと思っていた。


「えっと……しばらく泊めてくれない?」

「いいよ〜」

「そうよね。そんな簡単に魔女を囲うなんてウソ良いの?」

「大歓迎さ。ご飯は任せるけどね〜」

「やるやる。喜んでやる」

「ほとぼりが冷めるまで居ても良いよ〜」


 本当に、人形以外に関しては軽い私の友人だ。今はそんな彼女の性格に感謝しなくてはならない。

 此処ならサンサーラも来ないだろうし、そもそも人すら滅多に訪れない。使ってない部屋も多くて、最高の潜伏場所だ。


「えっと……ありがと」

「きゃはは。ま、少しは作業とか手伝ってもらうけど〜」


 私を取り巻く環境は、どうやらしばらくの間ガラリと変貌しそうだ。嫌な顔一つせずに頼みを共有できる間柄、か。意外と彼女はマーシレスに次ぐほどの最高の友人なのかもしれないと、素直にそう思った。

余談ですが、ウィスパー編最終話までのプロットが完成しました。一つの目標点まで到達した気分です。文字に起こすのはこれからですが、ここでグダグダしない為にも、モチベとなるブックマークや評価、感想などをよろしくお願いします!

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